フソウ連合海軍外洋艦隊 その2
「連盟の艦隊から通知来ました」
副官である三上勝正少佐のその報告に、フソウ連合海軍外洋艦隊司令真田平八郎少将はニタリと笑みを浮かべる。
それは待っていましたと言わんばかりのものだ。
「それで連中は何を言っている?」
「はっ。『こちらは連盟海軍第二十三遊撃艦隊である。艦隊の所属と目的を知らせよ。また、現在、この海域は連盟によって封鎖中である。停船し停船検査を受けるか引き返せ』以上です」
その言葉に、真田少将は鼻で笑った。
「ふんっ。馬鹿か、連中は……」
そう呟くと視線を遠くに映る点を向けた。
「それで返信はどうしましょうか?」
「返信?!必要か?」
はるか先に見える点から副官に視線を向け直して真田少将は聞き返す。
彼にとって目の前の連盟の艦隊は、無きに等しい存在という認識だろう。
もし砲撃してくれば、自衛の為という名目で徹底的に潰してやろうと思っているのか見え見えだ。
「さすがに……返信ぐらいは……」
困ったような表情を浮かべて三上少佐がそう言うと、仕方ないといった感じで真田少将が返事をする。
「わかった。文面はお前に任す」
まさか丸投げされるとは思っていなかったのか、三上少佐が一瞬呆れ顔になったがすぐに表情を引き締め直した。
そして、三上少佐は少し考えた後に口を開いた。
「『我らはIMSAの代理によりルル・イファン人民共和国を親善訪問に向かうフソウ連合海軍外洋艦隊である。ここは、もうルル・イファンの領海であり、連盟の領海ではない。よってその理不尽な命に従う義務はなし』って感じでどうでしょう?」
「ふむ。いいじゃないか。特に『ここは、もうルル・イファンの領海であり、連盟の領海ではない』ってところに悪意を感じられて中々痺れる文句になったんじゃないかな」
「いや、悪意はないんですよ。こっちの認識をですね……」
「だから、その我々の認識が現実だとわからせるってところが、実に悪意っぽくていいんじゃねぇか」
そう言うとケラケラと真田少将は笑う。
「いいんですかねぇ……」
「いいんだよ。これで連中がどう動こうが、こっちが損する展開にはならんってことだ。もし攻撃してきても十分追い払う戦力はあるし、大義名分も得ることになる。その上、連盟を追い詰める材料にもなるしな」
「確かに。なんか自分らにいいような事ばかりですね」
「そりゃ、そういう風になるようにいろいろ手を回しているんだろうよ。そうでなきゃ、そうそうこんなことはないさ」
そんな二人の会話に、通信兵が恐る恐るといった感じで声をかける。
「それで返信は?」
「ああ。そうだったな」
その問いに三上少佐が苦笑して答える。
「では、相手に返信を……。文面は『我らはIMSAの代理によりルル・イファン人民共和国を親善訪問に向かうフソウ連合海軍外洋艦隊である。ここは、もうルル・イファンの領海である。連盟の領海ではない。よってその理不尽な命に従う義務はなし』以上だ」
「了解しました」
そう返事をすると通信兵は自分の席に戻っていく。
その後姿を見ながら、真田少将は楽しげに呟いた。
「さて、どういった態度をとってくれるかな。実に楽しみだ……」
その呟きに、三上少佐は苦笑するしかなかった。
「おいおいっ。そりゃないだろう」
思わず真田少将が呆れ声で呟く。
もっとも、それはキングジョージV世の艦橋にいたものは誰でも思ったのではないだろうか。
攻撃があればすぐにでも反撃して叩き潰せるように戦闘配置について突き進んでいたというのに、連盟の艦隊は返信を受けて逃走を始めてしまったのだから。
まさに泡を吹いてっていう表現がぴったりと言っていい有様だ。
「あれは……酷い……」
三上少佐も呆れ返ってそう相槌を打ってしまう。
一気に緊張感が抜けるとはこんな時に使うのではないだろうか。
だが、それでもすぐに表情を引き締め直すと真田少将は声を張り上げる。
「油断するな。我々を惑わす策かもしれん」
十中八九そんなことはないと思っているだろうが、それでも油断は思わぬ結果に繋がると体験しているのだろう。
真田少将の声に、その場の緩み切った雰囲気は吹き飛ばされて一度緩んだ緊張の糸は再びぴんと張られる。
そんな中、連盟の艦隊は逃走し続けていく。
「無様だな……。軍人の恥だ」
そう言い切ると真田少将は視線を逃走していく連盟の艦隊から、ルル・イファンの方へと向け直した。
「念のために警戒は続けろ」
そう命令したものの、真田少将の思考に連盟の艦隊の事はもうない。
もしかしたら、考えたくもないのかもしれない。
彼にとってみれば、あの行動は軍人としてありえないものだ。
だから、もう考えたくないと思ってしまったのかもしれない。
真田少将らしいな。
三上少佐はそんな事を思いつつ口を開く。
「それで、これからどういたしましょう?」
「ふむ。まずはルル・イファン人民共和国政府にコンタクトを取る必要があるな。間違われて攻撃されてしまってはどうしょうもないからな」
「了解しました」
そう返事をした後、念のためといった感じで三上少佐は言葉を続けた。
「あと……」
「あと?なんだ?」
「もしかして……また……」
何が言いたいのか分かったのだろう。
ニタリと悪戯っ子のような笑みを浮かべて真田少将は口を開いた。
「もちろん、文面は貴官に任す」
「やっぱり……」
「俺は外国語はわからんからな。それにこういった時の通訳としての勉強もしているのだろう?」
「いや、その通りなんですが……、文面ぐらいは……」
「俺の副官になった時点で諦めておけ」
それはこれからも同じようにするぞという意思表示でもあった。
呆れ返った表情の後、諦めたようにため息をつく三上少佐。
「わかりました……」
「そうそう。人間諦めが肝心だ」
そう言った後、さっきの連盟の艦隊の事を思いだしたのだろう。
「諦めが良すぎるのも問題だがな……」
そう言ったものの、その言葉には何やら複雑そうな感情が混じっていた。
そう言えば、真田少将は、家庭のゴタゴタでかなり苦労されたと聞いている。
その事を思い出されていたのか?
三上少佐はそんなことを思っていたが、さすがにそれは口にしない。
人にとって触られてほしくない記憶はあるのだから……。
だから、話題を変えることとした。
「文面は考えますが、会合なんかは参加していただきますよ」
「そうだよなぁ……。それが気が重いんだよなぁ」
アルンカス王国でも最低限失礼がない程度にしか公式の場に顔を出さず、代理としてもっぱら三上少佐が出席していた。
「諦めてください」
「仕方ねぇか。最初が肝心だからな……」
少し気になったのだろう。
三上少佐が聞き返す。
「なんでそんなに出たがらないんですか?」
「俺は軍人は縁の下の力持ちでいいと思ってる。軍人が前面に出ていいとは思ってねぇんだ」
意外な言葉に、三上少佐は驚いた顔になる。
まさか、そんな考えがあったとは……。
感心したし、その通りだとも思う。
だが、そんな思考は真田少将の続く言葉に吹っ飛ばされてしまったが……。
「もっとも、それ以上に俺がああいった場が嫌いだってのが大きいけどな……」
思いっきり肩透かしを食らったかのようにぐらっと三上少佐の身体が揺れる。
そして思わず突っ込んでいた。
「黙ってればいいのにっ」
「何を言う。俺はそんな人間なんだ。きちんと言わないとどんどん祭り上げられっちまう。そりゃごめんだよ」
カラカラと笑った真田少将は、ニタリ笑みを浮かべて言葉を続けた。
「それより、さっさと文面考えろよ」
「ああ、そうでした……」
呆気にとられて惚けていた感のある三上少佐だが、その言葉に慌てて自分の仕事を思い出す。
「では失礼します」
「おう。一応、報告だけはくれよ?」
「もちろんですっ」
そう返事を返すと歩き出す三上少佐の後姿を真田少将は嬉しそうに見ている。
その眼差しは、自分の息子や孫に見せるような温かみに満ちていた。
こうして、一月五日の夕方には、フソウ連合海軍外洋艦隊は、何事もなくルル・イファン人民共和国の主港であり、唯一の入り口でもあるファンカーリル港に入港する。
そこで艦隊を待っていたのは、多くの人々の歓迎の声だった。
こうして、連盟の海上封鎖はあっけないほど崩壊した。
IMSAの派遣艦隊が来るまでは、外洋艦隊はここに滞在となるだろう。
その圧倒的な戦力の駐屯に、連盟政府は混乱した。
もちろん、IMSAやフソウ連合に対しての敵意はある。
だが、武力で叶う相手ではない。
IMSAはフソウ連合だけでなく、王国、共和国も後ろ盾にいるのだ。
一対一でも戦力では劣っているのに、それが一対三になれば到底敵うはずもない。
ならばどうするか。
やはりここは戦力以外で報復せねばならないだろう。
ならば、その方法は?期間は?
あと、今回の出来事に対しての植民地対策が必要になるだろう。
こっちも問題が山積みだが、放置できない問題だ。
だが、そんな中でも早期に決断を迫られる問題があった。
ルル・イファン占領の為に出港させた艦隊の件である。
すでに艦隊は動き出している。
数では敵を圧倒するだろうが、専門家の話ではよくて引き分けという結果らしい。
これが防衛戦なら問題ないところだろうが、攻める側としてこれでは戦う意味がない。
儲からなければ意味がないといった商人独特の発想でもあった。
そんな思考が交差して中々結論が出せない中、時間だけが過ぎていく。
そして、誰かが呟いた。
「どうせ、みっともないところを見せたのだ。今更、どうのこうのする必要があるだろうか」
それは、素直な感情が滑らせた言葉だった。
結局、その呟きで流れが変わった。
艦隊を帰港させる方向で決まったのである。
だが、それに納得できない者たちもいた。
軍の関係者だ。
無理難題を言われて艦隊を何とか編成したのに、その艦隊で恥を払拭する機会を取り上げられた上に、さらに重ねて恥を晒せと言われたようなものである。
その理不尽なまでの物言いに、商人たちの子飼いである軍人たちも憤慨した。
元々、下に見られ、押さえつけられていたのだ。
その何とか抑えつつも溜まり溜まっていた怒りの炎に油が注がれた。
それも揮発性の極端に高いやつが……。
その結果、まさにその怒りは限界点に達しょうとしていた。




