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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十伍章 火種

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ルル・イファン領海にて……

IMSA(イムサ)』のルル・イファン人民共和国の仮加盟国入りの正式声明が発表された翌日、世界の報道機関の一面トップはその記事であった。

それは、主国の締め付けによって苦渋の服従をさせられている植民地の民によって実に朗報であり、反対に締め付けている主国としては最悪の出来事であったと言えよう。

そして、その当事国の連盟政府は激怒し、翌日の緊急会議で軍を派遣して査察が始まる前に再度占領し、『IMSA(イムサ)』に対して敵対する方針で固まった。

そう決まった主な理由としては、ルル・イファンの特殊な地形が大きい。

やはり主港が一つしかないという点が今回の決定を大きく作用したと言っていいだろう。

首都や全土を占領していなくても、主港を押さえておけば『IMSA(イムサ)』の査察は防げるという考えがあった為だ。

そして、それは考えとしては間違っていない。

確かに入口さえ押さえておけば、中身は見られる事はないだろう。

だが、そのあまりにも急な決定は、実行する現場、軍を混乱させた。

それは仕方ない事なのかもしれない。

準備するのは一隻、二隻ではないのだ。

今回の遠征は完璧を望むが故に前回の実に三倍にあたる百二十隻の艦船が参加することが決められたのである。

その構成は、戦闘艦は、重戦艦十五、戦艦二十二、装甲巡洋艦四十一の七十八隻、補給などの支援艦、兵員などを輸送する輸送艦は四十二隻となっている。

また、各商会の派閥の艦隊からそれぞれ艦艇を出して今回だけの特別編成をすることで、各商会全員に負担がかかり、勝利しても独り勝ちしないように牽制しあうことは忘れていない。

それは損得を第一に考えてしまう商人気質がそうさせたのだろうが、しかし、それがますます現場を混乱させる原因となってしまっていた。

そういった中、不満が出ないわけがない。

「政府は何を考えているのか!」

「いくら何でも酷すぎる」

「現場無視もいい加減にしろ」

罵詈雑言があらゆる現場で叫ばれたが、それが政府に届く訳もなく、各商人たちの派閥によって縛られまくっている軍は、混乱しながらもオーダーを遂行させるしかなかったのである。

そして、決定された翌日には、物資や艦艇の移動や作戦司令部の構築なども行われ、一週間後の翌年一月四日の午後三時過ぎ、ルル・イファン討伐艦隊が出航する。

その結果、艦艇の数こそそろえたが、その中身はまともに戦えるかも怪しいほどの複雑な指揮系統を持つ烏合の衆といった方が正しい有様の艦隊が一つ出来上がっていた。

だが、それでもかなりの戦力であるから、被害は大きくなっても勝利するだろう。

政府はそう確信していた。

軍の恨みを買っているとは知らずに……。

しかし、一月五日の午前十時にルル・イファンの沖合で海上封鎖を行っていた艦隊から討伐艦隊と本国に緊急連絡が入る。

その連絡の文面は、『我、ルル・イファンに接近する艦隊を発見する』であった。




「艦隊司令……艦隊が……」

唖然とした表情で報告する兵に対して、戦死した指令に変わり海上封鎖の艦艇の指揮を執るランバナ・カントンヘル中将が怒鳴りつける。

「見ればわかるっ。すぐに無線と発行信号で所属と目的を聞け。それに現在、この海域は連盟によって封鎖中だ。停船し停船検査を受けるか引き返せとな」

「は、はいっ」

兵達は慌てて命令に従い動き出す。

そんな兵達には目もくれず、双眼鏡で接近する艦隊を確認するランバナ中将の額には汗がびっしょりと浮かび上がっていた。

彼は今までどんな時も運が味方に付いていた。

自分が積極的に動かなくとも、周りがいつの間にか自分がいいような方向に流れていた。

その結果、とんとん拍子で今の地位に付けたのだ。

そして、その勘が告げた。

今回の任務は楽勝だと……。

実際、どう考えても楽な任務でしかなかったはずなのだ。

前任の司令官は運がなかったし、やり方が悪かっただけだ。

俺ならうまくやる。

そう思っていた。

しかし、その考えは過去のものとなってしまった。

非常な現実が目の前にあった。

ただの黒い点だったものは大きくなり、それによってシルエットが形作られていく。

それは段々と近づいてくるという事だ。

そして、その艦隊の規模もよりはっきりとしてくる。

明らかに自分達よりも数は多いだろうし、何よりこの距離からでも艦隊の中央に位置する艦艇の大きさが判る。

どう考えても我々の重戦艦よりも巨大だ。

超巨大戦艦テルビッツとビスマルクによって王国艦隊が束になっても叶わなかったことは、世界的に知られてしまっている。

海軍関係の人々から『悪夢』として……。

そして、目の前にそれに匹敵する大きさの艦艇の姿……。

それらの事実から恐怖に駆られたのだろう。

ランバナ中将があたふたとしながら悲痛な声で叫ぶ。

「返信は、反応はまだかっ」

冷静な者からしてみればその姿は実に見苦しいが、誰もそんなことは思っていない。

いや、そんなことが思いつかない。

なぜなら、誰もが似たような状況だからだ。

誰もがまさかという思いと恐怖に蝕まれているのだから。

「まだですっ」

その声に、ランバナ中将はガタガタと身体を震わせる。

「し、司令官、どう対処しましょう?いざというときの為に戦闘準備をしておくべきではないでしょうか」

そんな中でも任務を遂行するためだろうか。

必死な表情の兵士が聞き返す。

だが、それは恐怖という真っ黒な炎に油を注ぐ結果にしかならない。

「ば、馬鹿かお前はっ。それに気づかれて攻撃されたらどうするっ」

そんなことはあり得ないのだが、恐怖が常識を破壊し、思考は只々逃げるを選択し続けているのを任務と義務で思いとどまっているのだから、ロクな返事ができるはずもない。

ただ相手を刺激しない。

そんな選択しか思いつかないのだ。

そんなやり取りの中、通信兵が叫ぶ。

「返信来ましたっ」

「読めっ」

「『我らはIMSA(イムサ)の代理によりルル・イファン人民共和国を親善訪問に向かうフソウ連合海軍外洋艦隊である。ここは、もうルル・イファンの領海である。連盟の領海ではない。よってその理不尽な命に従う義務はなし』以上です」

IMSA(イムサ)だとぉ。それにフソウ連合海軍……」

ランバナ中将の顔から血の気が一気に引き、真っ青を通り越し、画面蒼白となった。

外洋艦隊のスペックは一部ではあるが公開されている。

そして、そのデータだけでも今までの艦艇が束になっても勝てないものであった。

だからこそ、その言葉が引き金となったのであろう。

ランバナ中将は叫んでいた。

「に、逃げるぞっ」

「は?!」

兵士の一人が思わずそんな声を上げる。

だが、それはその場にいた全員の代弁でもあった。

「逃げるんだっ。あんなのに敵うはずねぇだろうがっ」

その恐怖に震えた声は、すぐに周りに伝染した。

そして、それは艦隊全体に伝わったのである。

誰もが恐怖に駆られ、逃走し始める。

もしここにリネット・パンドグラ少佐のような野心に溢れた者やランドルス・リントランシア大佐のような人物がいれば違ったのかもしれない。

しかし、パンドグラ少佐は前回の件での責任を問われて本国に送還され、その際にランバナ中将は自分の意にそぐわないリントランシア大佐を始めとする人物達も移動させてしまっていた。

つまり、今やこの艦隊を押しとどめるべきブレーキはなかったのである。

まさに烏合の衆という有様で、散り散りバラバラに逃げ出す連盟の艦艇に目もむけず、フソウ連合海軍外洋艦隊は悠々とルル・イファンに向けてまっすぐに進む。

その堂々とした態度は、まさに連盟の態度とは相反するものであった。

こうして、連盟のルル・イファン封鎖艦隊は、戦わずして逃走した。

のちの戦史で、この出来事は『連盟封鎖艦隊逃走事件』として、一番情けなく、やってはいけない愚行として記録されることになるのである。

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