日誌 第四百五十日目
ルル・イファンの代表による提案は実に景気のいい話ばかりであった。
言い換えれば耳心地がいいと言うべきかもしれない。
ルル・イファンが加盟することで、二つの組織が得られるメリットだけでなく、フソウ連合やアルンカス王国、それに王国や共和国さえも利益が得られるような提案であった。
その次々と並べられていくメリットには、僕が予想していないものさえあった。
つまり、この話は美味しすぎるのだ。
例えるなら、いい点を強調し、『さらに』という言葉を連呼して見ている者の購買欲を刺激するするテレビショッピングのようであった。
確かに言っていることは正しいだろうし、予想もその通りになる算段が高いだろう。
だが、裏を返せば、それだけしないと購買に至らない駄目だというデメリットがあるはずなのだ。
テレビショッピングの場合は、モデル切り替え直前の在庫処分だったり、言わない部分で性能がよくなかったりといった点だ。
そして、今回の件の場合は、それだけ加入したいという切迫した事情があるという事だ。
情報封鎖されているとはいえ、ルル・イファン側が艦隊を破り、連盟の艦隊を押し戻したのは聞いているし、その反動として今は封鎖作戦によってじわじわと連盟によって追い詰められている事も知っている。
つまり、かなり不味い状況という事だと想像出来た。
だから、話が一段落し、「いかがだったでしょうか?これで加盟を後押ししていただけないでしょうか?」と問いかけられた時、僕は無意識のうちに言葉を発していた。
「実に面白い話でした。ですが、まだ必要な事をすべてを話しておられないのではないですか?」
その言葉に、熱心に説明していた男性だけでなく、マックスタリアン商会の商人や同行していた女性も凍り付いたような硬い表情になってしまっていた。
空気が張り詰めたような沈黙が当たりを包み込む。
だが、そんな中、何とか立ち直ったのだろう。
代表者が顔を引きつらせて聞き返す。
「まだ必要な事をすべてを話していないとは……どういった事でしょうか?」
その言葉に、僕は思いついたことをそのまま口にする。
「そのままの意味ですよ。あなたの言われることは実に美味しい話だ」
「なら……」
「だからこそですよ。あなたの言われていることは、確かにその通りでしょう。それは否定しません。ですが我々のメリットばかりでそちらのメリットも、こっちの背負うリスクの話もまったくない」
そう言って僕はニコリと笑うとマックスタリアン商会の商人の方に視線を向ける。
「商人の方ならわかるでしょう?おいしすぎる話には裏があるって……。なんせ、別に利益があるか、或いは利益がなくてもどうにかしなければならない理由があるといった事がないと普通は取引言いだしませんよね?」
その僕の言葉に、商人は黙り込む。
それは僕の言葉が正しいことを意味していた。
商売は慈善事業ではない。
儲けを出すためにやっているのだ。
それは一部の事を除き、すべての事に当てはまる。
人と人だけでなく、国と国の取引や交渉だって同じことだ。
もっとも、この場合は組織と国だが……。
そして、僕は視線を代表者に向ける。
「取引、それは契約と同じです。もちろん、別に公平にきちんとする必要はありませんし、一方的なものだっておかしくない。しかし、僕はそれは嫌なんですよ。確かにきちんと完全な公平は無理でしょう。ですが、出来るだけ公平にしておきたい。一方的な理よりも、共に理がある方がいいと思っています。なぜなら、一方的な理はもう片方にしわ寄せが偏って怒りや恨みなどを生み出していく。それは簡単に拭い去る事は出来ない人としての負の感情です。そして、それはいつしか蓄積して爆発するでしょう。そうなった時、今より一層の最悪の場面になることがほとんどです。そうはなって欲しくない。もちろん、自分の国もですが、せっかく仲間として共に歩む道を選んでくれたのです。仲間にもそんなことになって欲しくない。だからこそ、聞いたんです。『まだ必要なことを話していないのまではないか』ってね」
確かに、ある程度の自国優先は必要だろう。
だが、それは度を越えてしまえば間違いなく他国の反発を生む。
そしてその反発は溜まり溜まって大きな一撃となって跳ね返ってくるだろう。
僕はそれがとても怖いと思っている。
そして、その反発は長く残る恐れすらある。
だからこそ、出来る限りそういった要因は無くしたい。
それが僕の本音だった。
もっとも、誰彼構わず別に八方美人になりたいとは思わない。
だが、友誼を交わし共に歩む仲間ぐらいはある程度公平でありたいと思っている。
持ちつ持たれつ。
その思いが僕を突き動かしていた。
僕の言葉の後、沈黙が辺りを包み込んでいた。
向かい側に座る三人は黙ってただ下を向いている。
隣では、樫木特務大佐が申し訳なさそうな顔でこっちを見ていた。
まぁ、いい。
もしこれ以上話すことがないのなら、会談は終わりだ。
そう思って腰を浮かせようと思った時、ルル・イファンの代表者が顔を上げて僕を見返してきた。
その瞳には強い意志が宿っているように見える。
「では、そういうお考えだから植民地体制に反感をお持ちなのですか?」
代表者がそう言って僕をじっと見ている。
まるで一挙手一投足でも見逃さないかのような真剣さだ。
僕は浮かせかけていた腰をもう一度ソファに深々と沈めると口を開いた。
「ええ。そうですね。その通りだと思います。植民地体制は、偏りが大きい。もちろん、主国としての義務も責任もありますから、それらを全うしてきちんとやってくれるところもあるでしょう。ですが、どこもその通りにやってくれるわけではない。そのいい例が今回の世界規模の災害の対応です」
「ええ。その通りです……」
僕の言葉に、代表者はそう言って強く頷く。
一方的な理ばかりを求め、蔑ろにされ踏み台にされた。
だからこそ、彼らは連盟から独立をしょうと行動したのだ。
そんな彼の相槌に僕も頷き返すと、言葉を続けた。
「それに、僕はね、平等や完璧は無理でもある程度の公平さはできることだと思います。だから、聞いたんですよ」
それですーっと代表者の顔から緊張が解けた。
まるで憑き物が取れたかのように……。
「参りました。本当に……。我々は焦りすぎたのですね」
そういった後、真剣な表情になると頭を下げた。
「本当に申し訳ない。貴国には失礼なことをしてしまったと思う。しかし、失礼ながらまだ話を聞いてもらえるだろうか?」
その問いに、僕は微笑んで頷く。
「もちろんです。その為にこういった場を設けたんですから……」
僕がそう言うと、代表者は安心した顔になった後、苦笑して言った。
「あなたが、フソウ連合のあの鍋島様だったのですね」
どうやら今のやり取りでバレたみたいだ。
素直にここは非礼を詫びるしかないな。
そう判断し、僕は頭を下げる。
「すみません。名前も名乗らず……」
僕がそういって謝罪すると、少し驚いた表情になった後、代表者が苦笑を浮かべつつ言う。
「いえいえ。私達を、ルル・イファンを試されていたのですね。組織に加盟するに、いえ、共に歩むのに相応しいかを……」
余りそういったつもりはなかったんだけどな。
しかし、結果だけ見るとそんな感じになってしまった。
だから、僕は何も言わず苦笑を浮かべるだけだ。
「ふーっ」
代表者が息を吐き出す。
そしておもむろに口を開いた。
「我々、ルル・イファンとしては……」
そうして、代表者は話してくれた。
デメリットの部分を……。
自分達の目的を……。
隠そうと思えば、喋らなくていいことまで……。
そこにはさっきまであった誤魔化そうといった感じの詐欺じみたものはなく、只々誠意があった。
僕は説明を聞きつつ、決意をする。
こっちの手の内を明かすべきだと。
それは甘いのかもしれない。
外交官としては失格かもしれない。
しかし、それでも彼らを信じてもいいんじゃないかと思ったのだ。
そして、共に歩んでいこうと……。




