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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十伍章 火種

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アンパカドル・ベースにて……  その1

アルンカス王国内にはフソウ連合海軍が管轄する場所が四ヶ所ある。

その内訳は、リノアンナ湖周辺とサンドンラルという内陸地、後はアルンカス王国の主港の一部とその側のアンパカドルの四ヶ所だ。

最初のリノアンナ湖周辺はその大きな湖を使っての水上機関係の基地となっており、軍だけでなくアルンカス王国で運用が始まった九七式水艇による王国内の半民半官による航空会社の航空網の拠点となっている。

次のサンドンラルという内陸地はかなり奥地の辺境の場所で、フソウ連合以外での環境による兵器の運用実験など軍の兵器の実験場として運用中だ。

それ故に、人がいない場所としてここが選ばれたのだろう。

三番目の主港の一部は、主にフソウ連合というより『多国籍による国際海路警備機構(International Maritime Security Agency)』略して『IMSA(イムサ)』や『国際食糧及び技術支援機構(International Food and Technology Assistance Organization)』、通称『IFTA(イフタ)』の施設として使用されている。

もちろん、組織本部もここにあり、各国の大使館もある。

そして、最後がもっとも大規模で、海軍港とその周辺施設を持つアンパカドルだ。

元々は廃れてしまった漁村だったが、フソウ連合海軍基地として再開発が始まって短期間でその機能と規模は充実し、今や外洋艦隊の母港、陸戦隊や警戒部隊の駐屯地という役割だけではなく、アルンカス王国でのフソウ連合の経済や外交の窓口の役割も果たしつつある重要拠点だ。

その為、多くの兵や関係者が働き、それ故に基地周辺には自然とそういった人々を相手に商売するものが集まり、それがきっかけとなっていろんな人々が生活するようになり、いつしかその規模が大きくなって都市としての形を整えつつあった。

そして、そんな街の中を一台の車が進んでいく。

黒塗りの高級車といった感じのもので、前のバンパーの部分に小さなポールが設置され、風を受けて青色の小籏がたなびいていた。

青色の小旗。

それはフソウ連合の外交関係車両の証である。

異国の地に護衛なしで外交関係の車両が走り回っているというのは、この世界の、六強と呼ばれる国でもほとんどありえない。

この世界の都市はそれほど治安が悪いのだ。

しかし、そのありえない世界の中で唯一の例外がここであろう。

それは、フソウ連合とアルンカス王国の関係が極めて良好という事もあるが、映画公開によって、公式には伝えられなくても王族唯一の生き残りのチャッマニー姫とフソウ連合から出向している王国軍事顧問の木下喜一の二人のロマンスが知れ渡っているためである。

チャッマニー姫は唯一の王族というだけでなく、お忍びで街の中に現れたりといった親近感を感じさせるエピソードや庶民寄りの感覚の発言が多く、民衆に愛されている。

そんな彼女が選んだ相手が、先の海賊襲撃の際にはアルンカス王国の為に骨をおったフソウ連合の人物であるという事も好感度をより高く押し上げた。

これによってアルンカス王国の民にとってフソウ連合は家族であるという認識になりつつあり、それ故によほどのことがない限り今や護衛は必要なくなっていたのである。

「すごいな……」

車の窓から街並みを見てリプはそう呟く。

ルル・イファンに着くまでにいろんな国の都市を見てきたが、ここまで安全で活気のある街は見たことがなかった。

それは同行しているエヴゲニーヤも同じなのだろう。

「ええ。すごい活気が感じられます。それに、みんな幸せそうに笑っている……」

帝国ではこんな光景はほとんど見られなかった。

貧民街や一般の街中は活気がなく、どちらかというと廃れていく印象が強くて人々の表情も暗かった。

そして、何より治安がとてつもなく悪く、普通の人でさえ入れないような場所がいくつもあった。

もっとも、そういった場所だとわかっている人たちは、自分でそういったところには絶対に行かなかったが……。

ともかくだ。

それ程に帝国とここでは雲泥の差があった。

そして、もう一人の同行人であるマックスタリアン商会のパウエル・リルシンタも声こそ出さないが驚きを隠せない様子だ。

彼としては、今のアルンカス王国は商売の地としてはかなり魅力的な物件に見えただろう。

そして、ここでしっかりとした基盤を作り、商売をしているリットーミン商会をうらやましく思ってしまう。

我々もここで商売できれば……。

その思いが思いっきり顔に出ていたのである。

そして街中を抜け、車は何回かゲートでチェックを受けた後、基地内に入り込んだ。

もっとも基地内といっても敷地内はいくつもの区画に分けられており、軍がレベルごとに振り分けて管轄している。

そんな中、彼らが入れるのはレベルの最も低い外交部や経済部が管轄している区画のみだ。

そして、車はその区画の中でも一際大きな建物の前で止まった。

入り口には、『フソウ連合外交部、アルンカス王国支部』という看板が掲げられていたが、フソウの言葉をわからない三人には読めないが、重要な建物という事はわかったのだろう。

少し緊張した面持ちで、彼らは案内人である立見律蔵少尉の後に続いて建物の中に入り、会議室の一つに案内された。

その部屋は豪華絢爛という事はなかったが、シンプルで失礼ない程度に整えられており、ある意味緊張せずに気軽に待つにはちょうどいい感じであった。

案内された三人がソファに腰かけると台車を押して軍服を着た女性が紅茶とお茶請けを並べていく。

「まもなく、来られると思うので、もう少しお待ちください」

その言葉と動きは実に丁寧で優雅であり、失礼な部分やガサツなところはまったく見受けられない。

さすが教育が行き届いている。

ここまで来るまでに見た兵達や女性を見て、今の連邦やルル・イファンの兵とは比べ物にならないほどの差を感じ、リプは国の品格、国力の違いを実感する。

そしていつかはこれに匹敵するレベルに達しなくては。

そう思い、心を引き締める。

そして五分もしないうちにドアがノックされた。

「失礼します」

そう言って入ってきたのは三人の人物だ。

三人とも軍服は着ているが二人は男性で、一人は女性。

それに、雰囲気が皆かなり違う。

女性は、二人の男性の後を少し離れて入ってきたから、恐らく秘書官当たりなのではないだろうか。

ならば、本命はこの二人か……。

そんなことを思いつつ、リプは立ち上がって微笑んだ。

同行していた二人も立ち上がる。

「お待たせしました」

そう言いつつ右手を差し出したのは、最初に入室してきた男性だ。

年の頃は四十後半から五十といったところだろうか。

武骨でがっしりした身体付きに日に焼けた肌、そして意志の強さを感じさせる太い眉。

まさに海の男に軍服を着せましたといった感じだ。

反対に、もう一人の男性は二十代ののんびりとした感じの印象を受ける人物で、軍服を着ていなかったらただの一般人ではないかとさえ思ってしまうほどだ。

恐らく事務関係者という事だろうか。

階級章がついていないこともあり、もしかしたら民間からの出向なのかもしれないな。

ならば話を持ってくのは最初の男か……。

そう判断し、リプは差し出された手を握り締めて握手を交わす。

「今回は、このような機会をいただき感謝に堪えません」

「いえいえ。こちらこそ。お待たせしました。まずはソファにお座りください」

最初に入室した男性にそう進められ、リプ達はソファに腰を下ろすとフソウ連合側もソファに座った。

もっとも、座ったのは男性二人のみで、女性はのんびりとした感じの男性の後ろに立っている。

どうやら予想通り秘書官らしい。

そうこうしているうちに最初に入室してきた男性が自己紹介を始める。

「自分が、アルンカス王国アンパカドル・ベースの基地責任者の樫木徳次郎特務大佐であります。で、隣が補佐の者で、後ろの女性は秘書官てす」

そう言われ、二人は頭を下げる。

そして、視線を二人からリプに向け直すとずいっと樫木特務大佐は身体を乗り出した。

「それで、今回、わざわざ遠いところから、それも手間をかけてまでこちらに来られたのはどういったご用件ででしょうか?」

手間とは、商会などのコネを使ってまでという事を示しているのだろう。

つまり、かなり無理してきたことを先方はわかっているという事か……。

それに、態度や言葉から話を前向きに聞くという印象が強い。

なら、まずは第一段階は問題ないな。

これでろくに話も聞かないで追い出されるという事はなくなったか。

それで少しほっとしたものの、リプは心の中で気を引き締め直す。

なぜなら、ここからが本番なのだから……。

だから表情を引き締めるとゆっくりと口を開いた。

「声明で発表した通り、我々ルル・イファンは連盟から独立いたしました。しかし、ご存じの通り、国際的認知度はかなり低いと言わざるえません。そこで、我々は正式に『IMSA(イムサ)』と『IFTA(イフタ)』に加盟し、国際的な認知度を上げるのと同時に世界に貢献したいと思っております」

その言葉に、樫木特務大佐はニタリと笑う。

「ほほう。それでなぜ我々に最初にコンタクトを取ったのですか?」

「両組織もフソウ連合が中心となって立ち上げられた組織です。つまり、組織内のフソウ連合の発言力は高いと考え、まずこちらから話を通すべきだと考えました」

「ほう。そうですか。ですが、それは買いかぶりすぎではないでしょうか?」

「いえ。私はそうは思いません。フソウ連合が賛成してくれれば、他の加盟国も承認して下さると確信しております」

リプの強い口調に、フソウ連合側の二人はそれぞれ違った表情になった。

樫木特務大佐は困ったような表情を、そして補佐の男性は面白そうな笑みを浮かべている。

その差に、リプは違和感を感じた。

だが、それは些細なことだと思い、言葉を続ける。

「それに我が国が加盟することで、両組織にかなり貢献できるのではないかと思っております」

「ほほう……」

困ったような顔をしている樫木特務大佐に比べ、補佐の男性はリプの言葉に興味があるのだろう。

相槌を打つような声を発した。

これはいけるか?

手ごたえらしきものを感じ、リプは加盟の利点を次々と上げていく。

ルル・イファンは穀物生産国であり、今回のような世界的災害の際には、協力を惜しまず精一杯の力添えができる。

立地条件から考えれば、イムサの中継基地としてルル・イファンはちようどいい位置であり、もちろん港の一部を提供する。

また、それだけでなく、資金や人材などの提供も行い、組織に貢献したい。

などなど、実に美味しそうな利点ばかりを並べていく。

その内容は、かなり破格だ。

だから、最初こそ困ったような表情だった樫木特務大佐もいつの間にか熱心に話を聞いてしまっていた。

その様子から、これならばいけるとリプは判断した。

元々、帝国にいたときに詐欺師まがいなことをやっていたが、その時に身に着けたテクニックがこんなところで役に立つとは思いもしなかったな。

そんなことを考える余裕さえリプはあった。

それに、リプの話に合わせてマックスタリアン商会のパウエルも口を添える。

「彼の国は間違いなくこれから大きく発展するでしょうし、我が商会も協力を惜しまず投資するつもりでおります。これにアルンカス王国やフソウ連合の商人なども参加できればそれぞれの手にする利益はより大きいものとなるでしょう」

その言葉は、商人としての自信に満ち満ちており、フソウ連合側は頷き、相槌を打つのみだ。

それ程に第三者から見ても実に美味しい話なのだ。

それに話し方や話のもっていき方がうまいのだろう。

あまり疑問や不安を持たせないようにして、その気にさせるには十分すぎるやり方であった。

その証拠に、最初は困ったような表情をしていた樫木特務大佐も今や乗り気になっている感じだ。

だか、それでもリプは少し焦りを感じ始めていた。

最初こそ乗り気を見せているかのような態度の補佐の男性の反応が芳しくないからだ。

確かにニコニコと微笑んで聞いているが、だんだんと違和感が大きくなっていく。

その男性の笑顔の仮面の下に恐ろしいものが潜んでいる。

そう感じ始めたのだ。

恐らく、それはマックスタリアン商会のパウエルも感じたのだろう。

彼の額にはびっしょりと汗が浮かんでいた。

樫木特務大佐はただの補佐だと言ったが、本当だろうか。

最初は樫木特務大佐に向けられていた視線も、気がつくと無意識のうちにいつしか補佐の男性の方に向けて反応をうかがうようになっていた。

なんだ、この状況は……。

すーっと背中に冷たい汗が流れる。

そして、そんな不安を抱えたまま、話が終わる。

用意してきたものはすべて話しつくしたと言っていいだろう。

本当はここまでするつもりはなかった。

ある程度の所でいったん話を止めて反応を確認しつつ話を追加していくはずであった。

しかし、不安がリプを捉えて離さない。

それでは駄目だ。

この男はそれでは満足しない。

そう本能が警告する。

故に、すべてを出し切っていた。

そして、すべてを話した後に、リブが恐る恐る口を開く。

「いかがだったでしょうか?これで加盟を後押ししていただけないでしょうか?」

その言葉には哀願に近いものが含まれていた。

樫木特務大佐はきょとんとした顔でそれを聞いていたが、補佐の男性は苦笑を浮かべる。

そして、少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。

「実に面白い話でした。ですが、まだ必要な事をすべてを話しておられないのではないですか?」

彼はそう言うとリプに向けて微笑みを浮かべたのだった。

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