フンドント諸島殲滅戦
「本当にこちらでよろしいのですか?」
心配そうな顔でそう聞かれたものの、相手がここを指定してきた以上、駄目だとは言えない。
だから、ハンバード元大将は「問題ない」と短く返事をすると双眼鏡で周りを見回し始める。
その様子を恨めしそうに少し見た後、副官はため息を吐き出して艦橋から降りて行った。
明らかについて来て失敗したといった感じの態度である。
恐らくこの艦隊のほとんどの者たちがそう思っていることだろう。
特に、兵士たちはその傾向が強い。
なんせ、ここにいるのは自分の意志で選択してきたわけではないのだから。
しかも、味方だった艦艇に襲われて逃げてきたという現実が、ますます後悔させる要因となっていた。
「こんなはずではなかったんだがな……」
そう呟くとハンバード元大将は双眼鏡で現在の味方の艦艇と場所の情報を再度確認する。
幾つかの小島とサンゴ礁によって湾のような形状になっているフンドント諸島。
実に美しい島と海だ。
特に海は澄み切っていて、今も陽の光を反射し、さらに透き通った海水は海底の様子を煌びやかに見せつけているかのようだ。
そんな湾上の中に艦隊は停泊している。
もっとも、周りの美しさに反して艦隊はボロボロだった。
何度かの襲撃ですでに半数以下に減らされており、ここに停泊しているのは重戦艦パトストロネと装甲巡洋艦四隻のみで無傷の艦は一隻もない有様となっている。
しかし、それでも何とか海賊国家と連絡を取ってここまでやってこれた。
それでよしとすべきだろうな。
しかし…、あのフソウ連合製の駆逐艦は化け物か。
失われた艦艇の半数以上がジョン・C・バトラー級護衛駆逐艦五隻の戦果で、その速力と小回りの利く艦体、そして精度の高い砲撃と雷撃によって、艦隊は混乱に陥り次々と味方は沈められていった。
特に効果を発揮したのは雷撃だ。
今まで魚雷による攻撃はどちらかというと博打みたいなものであった。
破壊力はあるものの、故障や不発弾が多い上に、射程距離も短く速力も遅い。
そんな不確定要素の塊であったのだ。
しかし、フソウ連合製の魚雷は違っていた。
もっとも、合衆国に引き渡された八式魚雷は、酸素魚雷ではなく通常のものでなにより性能も抑えられたものだ。
しかし、合衆国が標準で装備している魚雷やこの世界で各国が使っていものよりもはるかに高性能で、より確実に戦果を期待できる兵器となっていたのである。
だからこそ、納得できることがあった。
帝国や共和国の大艦隊が負けたことが……。
そしてそんな相手に勝てると踏んで政府をひっくり返そうと思っていた自分が無知であった事を実感する。
しかし、時は巻き戻らない。
やったことは、なかったことにできないのだから……。
そんな後悔に苛まれながら周りを見回すハンバード元大将。
だが、見回すのは島の周辺のみであり、そして、それは警戒に当たる兵士たちも同じである。
だから、彼らの頭上、はるか上空を黒い点のようなものが移動するのに気がつくことはなかった。
「こちら、ヨンマルニのニ。フンドント諸島にて艦隊を発見。数は五。恐らく合衆国の例の艦隊の生き残りと思われる。以後の指示を求む。繰り返す。こちら、ヨンマルニのニ。フンドント諸島にて艦隊を発見。数は五。恐らく合衆国の例の艦隊の生き残りと思われる。以後の指示を求む」
晴嵐の後部に搭乗する鳩川飛行兵曹長が無線にて報告を行う。
報告先は、母艦である伊-402だ。
その報告が終わったのを確認し、操縦手の栗田少尉が後ろに声をかけた。
「しかし、なんだな……。まさかこっち方面に逃走したとは聞いていたがまさか発見するとはなぁ」
「確かに……。こっちはただ海図制作の為の情報を集めていただけなんですけどねぇ」
フンドント諸島周辺の海はほとんど無人島であり、海賊国家の艦船の出没もあるため六強の勢力外となっている。
その為、海図が本当に正しいか確認するために数隻の潜水艦がこの海域には派遣されており、伊-402もその一隻であった。
「運がいいんだか、悪いんだか……」
鳩川飛行兵曹長が苦笑交じりにそう言うと、栗田少尉は笑って言い返す。
「まぁ、前向きに考えればいいんじゃねぇか。運がいいと」
「確かに。前向きに考えた方が気分がいいですしね」
「しかし、連中、どうしてあんなところに……」
機体を傾かせ、視線を艦隊に送りつつ栗田少尉が言葉を漏らす。
「もしかしたら待っているのかも……。かなり被害を受けていますが、航行できないという感じではありませんし、煙も上がっていませんから……」
「誰だと思う?」
「さぁ。自分にはさっぱり……。少尉こそわかるんですか?」
そう聞き返され、栗田少尉は笑い飛ばす。
「俺が判るわけないだろうが。大体だな、そういった事は上の役目の仕事だ。現場は、命令されたことをいかにうまくやるか。それだけだ」
「確かにそのとおりなんですが……。ですが、それだと中尉に怒られますよ。『常に考えて行動せよ』って言われてたじゃないですか」
「なあに、構わないって……」
「どうしてです?」
「そりゃ、お前さんが報告しなきゃ中尉が知ることはないんだからよ」
その言葉に、鳩川飛行兵曹長は苦笑したが、それはすぐに真顔に変わる。
伊-402から命令がきたのだ。
「で、なんだって?」
「『着水し監視せよ』だそうです」
「なら近くにいいところあるか?」
「そうですねぇ……」
そう言いつつ、海図を確認しているのだろう。
鳩川飛行兵曹長は後ろの方でごそごそと何やらやっていたが、すぐに言葉を続けた。
「確か、連中のいるところから離れたところに小さな小島があります。そこなんてどうです?」
「お前さんに任せるよ。誘導を頼む」
「了解しました」
こうしてフンドント諸島上空を旋回していた点はゆっくりとその場所を離れていく。
誰にも気づかれることなく……。
監視が始まって三時間後。
そろそろ陽が沈もうとする頃、フンドント諸島に近づくいくつもの艦影があった。
フッテンが率いるサネホーンの艦隊である。
超大型戦艦フッテンを中心に、重戦艦八隻、戦艦十、装甲巡洋艦三十二、支援艦八隻からなる五十八隻になる大艦隊だ。
わずか五隻に対してはあまりにも強大すぎる戦力だが、それには理由がある。
途中追撃を受けてどれだけ削られたのかの情報は教えられていないためだ。
だからこそ、逃げられないように場所を指定し、余剰と言えるほどの大戦力を用意したのである。
そして、艦艇はゆっくりとフンドント諸島を取り囲むように移動すると主砲を目標に向けた。
もちろん、この目標というのは、ハンバード元大将の率いる五隻の艦艇へである。
何か手違いがあったと思ったのだろう。
重戦艦パトストロネから発行信号が何度も送られている。
もちろんそれ以外は見えないが、無線などの方法でも何度も試されたのだろう。
そして、返答がないことにパニックになったのか艦上では乗組員たちが慌てふためく様子が手に取るように見えた。
しかし、そんなことはお構いなしにフッテンから発火信号が打ち上げられる。
赤二発。
それは敵を殲滅せよ。
その合図であった。
まず最初に火を噴いたのはフッテンの40.6cm47口径連装砲4基8門であった。
他の重戦艦や戦艦とは比べ物にならない圧倒的な火力が襲い掛かる。
命中こそなかったものの、艦の側に落ちただけで巨大な水柱が立ち、停泊していた艦を大きく揺るがすには充分であった。
その砲撃にハンバード元大将は呟く。
「これがサネホーンの選択か」と……。
そして叫ぶ。
「こうなったら我々の意地を見せてやる」
それは軍を率いて戦ってきた男の意地であった。
そして、その叫びに同調した者たちが主砲を動かす。
しかし、重戦艦パトストロネの主砲がフッテンに火を噴くことはなかった。
その前に、重戦艦八隻、戦艦十、装甲巡洋艦三十二のすべての主砲が火を噴き、わずか五隻の艦艇に降り注ぐ。
それはまさに火砲による袋叩きであった。
次々と砲撃が当たり、爆発を引き起こして漏れた油や破片が飛び散っていく。
澄んでいた海水はどす黒く汚れ、まるでそこだけは別の世界のような有様になっていった。
もちろん、乗組員たちも無事な訳もなくミンチとなって吹き飛び、血は油に交じり黒く染まり、肉片はただの魚の餌になり果てていく。
五隻があっけなく沈んだ後も砲撃は続けられていた。
沈んでいく船の原型を無くすためのように……。
もちろん、これで助かるものなど皆無だろう。
もはや海上に漂うのは、破片と油のみであり、それらも砲撃によって引き起こされる波の動きに合わせて翻弄されるだけだ。
まさに、海戦ではほとんどみられることのない圧倒的なまでの殲滅戦であった。
そして、フッテンから発火信号が打ち上げられた。
白一つ。
砲撃停止。
主砲が吐き出した爆煙が当たりに立ち込める。
それは、圧倒的なまでの火力がなせる業だろう。
煙が薄れゆくのに合わせるかのように陽も沈んでいく。
あたりが暗くなろうとする中、近くの島から一機の飛行機が海面より飛び立った。
それは暗闇の為に肉眼では確認できなかったが、電波の目は誤魔化せない。
ただ腕を組み、殲滅した海面を睨みつけるように見ていたフッテンにレーダー員より報告が告げられる。
「艦隊後方の島影より機影が一つレーダーに映りました」
その報告に、フッテンの細い眉がピクリと反応する。
「どちらに向かっている?」
「艦隊から離れていきます。間もなく、レーダーの範囲から離れますが、いかがなさいますか?」
その問いにフッテンは視線を動かさず答える。
「ほおっておけ。それにどっちにしてももう追いつけないしな」
「了解しました」
そして、フッテンは厳しい表情のまま考える。
「思っていた通り、フソウ連合の連中め、監視を入れていたか……」
それはたまたまの偶然であったが、フッテンはそうは思わなかった。
フソウ連合の連中は、この一件で我々がどう動くかを見極めるために監視を入れていたのだと確信してしまったのである。
そして呟く。
「できれば戦いたくない相手だ」と。




