合衆国の現状 その4
大統領の緊急事態宣言から一週間が経過した。
合衆国内の反フソウ連合派はほとんどが一掃されたが、それでも完全に事態は収まっていない。
大統領はそう考えていた。
その大きな原因は、二つある。
アーサーの安否がはっきりしていない事、それと中核メンバーの一人であるハンバート元大将の殺害は或いは捕縛が成功していない事だ。
実際、一斉検挙に合わせてかなりの人数を動員しての捜査が進められたが、アーサーはいまだに見つかっていない。
それこそ死体でもあれば諦めがつくだろうが、その死体さえも見つからないのだ。
それはつまりまだ捕縛されていない反フソウ連合派がいるという事が考えられるということになる。
だから、しばらくはこのままの体制を維持して捜査を続けるしかない。
また、ハンバード元大将の方も百隻以上の艦艇を動員して二度ほど派遣艦隊が捕捉したものの、彼が率いる艦隊に逃げられてしまっていた。
それでもかなり戦力を削ることは成功している。
その際に、大きな戦力となったのがフソウ連合から購入した護衛駆逐艦ジョン・C・バトラー級だ。
ジョン・C・バトラー級は元々船団護衛用の駆逐艦であり、艦隊戦には向いていない。
しかし、その速力とバランスの良さで、最初に二隻譲渡されて以降、合衆国海軍はこの艦艇を気に入り追加として十隻の発注されている。
そして現在六隻まで受け取りがすんでおり、この作戦に全八隻中、五隻が参加したのである。
その活躍により、現場でのフソウ連合製の艦艇の評価はますます上がった。
だが、もう距離的に見ても艦隊での捕捉は不可能であり、後は各国の対応に期待するしかない状況となってしまった。
六強関係の内、王国、フソウ連合は条約などの関係から間違いなく対応してくれるだろうし、共和国も火種を進んで向かい入れるとは思えない。
混乱の続く旧帝国領は問題外だろう。
あそこは今は自分の事だけで手一杯だろうし、外に敵を作りたくはないと思っているだろう。
その証拠に、帝国、公国は、王国、フソウ連合と休戦、或いは和平交渉を行っている。
もちろん、連盟は逃亡先としては論外だ。
それこそ、皆殺しにあって艦艇だけ摂取されるのが目に見えている。
それはハンバード元大将もわかっているだろう。
そうなると他の選択は連盟と教国の二つになる。
この二つはかなり怪しいと大統領は睨んでいたから、さっさと先に手を打った。
連盟には今後の商売の規制を、また教国には合衆国内の布教に関する制度の改革をちらつかせて……。
つまり、合衆国は今回の件は本気だという事を誇示するために。
となると……。
残りの選択肢はかなり少なくなる。
そんな中、一番大きな選択を潰す為に四日前に大統領は動いた。
フソウ連合の駐在大使を呼び、要請したのだ。
海賊国家に圧力をかけて欲しいと……。
その見返りとして、合衆国はフソウ連合と海賊国家との交渉がどんな結果になったとしても、フソウ連合を支持するという言葉を付けて……。
その言葉に、フソウ連合駐在大使慌てて「本国に問い合わせてお返事します」と返答されたが、それで十分な牽制になったようだった。
実際、「善処する」という返事が返ってきている。
ともかく、出来ることは片っ端からやった。
後は、国内の事をどうにかするしかない。
それが今の残された選択肢でしかなかった。
ただそんな中、唯一の救いは、今回の緊急事態宣言を一部を除くほとんどの合衆国国民は受け入れ政府を支持してくれたことだ。
その為、大きな混乱もなく国内の事態も落ち着こうとしていた。
「国民の方はどうだね?」
大統領の言葉に、副大統領が少し微笑んで答える。
「まぁ、この不況の中、よく支持してくれていると思うよ」
「そうか。実にありがたいことだ」
「確かにその通りだよ。だが、不況対策で失敗すれば、一気に支持を失う恐れがあるからな。それを肝に銘じておいてくれよ」
「わかっている。それで……補佐官はどうした?」
「今朝、ステンギナル州より連絡があった。森の中で発見された首つり自殺の死体が彼だそうだ……」
「そうか。背後関係を知りたかったんだが……」
大統領は大きくため息を吐き出した。
衝突があったのは事実だし、政敵となった事実はある。
しかし、それでも彼は友人の一人でもあった。
その友人を死に追いやったという事実にショックを受けつつも、それ故に彼の急変した態度が何やらきな臭さを感じていたのだろう。
大統領の言葉からはその思いが感じられる。
「合衆国国家保安局を動かしていますからそれで少しでも手掛かりが得られれば……」
副大統領の言葉に、大統領は苦笑した。
こいつはいつも私を支えてくれているという事を実感して……。
ありがたいことだ。
そしてこいつの頑張りに報いる為には……。
「わかった。後始末は任せる。こっちは不況対策の方を推し進めていこう」
「頼みますよ、貴方がこの国の大統領なのですから……」
そんな二人のやり取りを見ながら国務長官はほっとしていた。
彼は派遣艦隊が作戦を失敗してしまった報告の後、どんな理不尽な命令が来るかと冷や冷やしていたのだ。
普段ならそんなことはあり得ないとわかってはいる。
しかし、今は普段とは違う。
だからも不安があったのだ。
しかし、二人はいつもと変わらなかった。
いや、いつも以上にしっかりと対応し、先を見て動いている。
だから、思う。
この二人がいてくれてよかったと……。
そして、この二人がいれば、まだまだ合衆国は大丈夫だと……。
「いつになったら解放してくれるのかな?」
アーサー・E・アンブレラはつまらなさそうに出されたコーヒーをすすりつつ傍らに立つメイドに声をかけた。
「まだ解放許可が出ておりませんので……」
すました顔でそう対応するのは、あの時のメイドだ。
会見の時の服装ではなく、今はあの時と同じようなメイド服を着ている。
相変わらずの美人で、名前をアイン・シャトラトスと言うらしい。
会見の後、連行されたこの部屋で縄を解かれた。
結構な大きさとセンスのいい家具、それにシャワーを浴びたりする浴室やトイレなども別にある為、結構豪華なホテルといった感じの一室ではあるが、大きく違うのは窓が一切ないことだろうか。
恐らく逃走防止の為だろう。
出入りができるのはたった一か所のドアだけであり、そこは部屋のセンスに合わないがっちりした実用性重視の鋼鉄製のものとなっている。
「もう一週間だよ?!目的は達成できたんじゃないかな……」
「それは私が判断すべきことではありません」
「暇だなぁ……」
短くそう言った後、アーサーはニタリと笑う。
「時間もあるし、君で少し慰めてもらおうかな……」
「人に頼るよりご自分で慰められてはどうですか?」
少し頬を朱に染めてアインはそう言うと、ワゴンで運んできた飲み物と本をテーブルに置くとさっさと部屋を出ていった。
「冷たいなぁ……」
アーサーはそう言いつつ退室するアインを見送った後、椅子に背を預けると天井を見上げた。
そしてゆっくりと思考の中に意識を沈めていく。
一週間が過ぎ、変化がないという事は、恐らく連中の目的はそろそろ達成されるのだろう。
そうなると前回の時に言われた話の返事を返す必要がある。
答えは慎重に選ばなければならない。
そう思いつつ、前回のことをアーサーは思い返していた。
「ようこそ、アーサー・E・アンブレラくん。会えてうれしいよ」
その年配の男性の声にアーサーは動揺した。
よく知っている声、それは祖父の親友ともいえる人物の声に似すぎていた。
だが、声を発した人物はそんなアーサーの様子に楽しくて仕方ないといった感じで肩を震わせている。
恐らく、笑っているのだ。
声を上げずに……。
そして、言葉を続ける。
アーサーの様子を見ながら……。
「君をここに招待出来てこんなにうれしいことはないよ。君の祖父であるクインサー氏には大変世話になったからね。」
その言葉に、残りの四人が頷く。
「祖父の知り合い……。そして、その声……。あなたは……」
「おっと、ここでは本名は出さないのがルールだ。私は"C"と呼んでくれ。それがお互いの為だよ」
そう言われてアーサーは口を閉じる。
その言葉からマスクの額の部分に書かれている文字の意味が判ったからだ。
あれは確か祖父が教えてくれたリンドルシェ語……。
古い魔術師が使う言葉で、あの文字は『調停者(Conciliator)』を意味している。
だから、"C"なのかと……。
そして、確か彼の本名の名前と名字の間に"C"がつく。
そこまで考えてハッとした。
よく考えてみれば、自分にも"E"がつくではないかと……。
確か、祖父の代からアンブレラ家当主は必ず"E"を受け継ぐように言われている。
そして、アーサーも父から受け継いだ。
何かの称号の名残で、祖父の厳命であったから家訓として残してあるとしか父からは聞いていない。
つまり、父も意味が判らなかったのだろう。
では、どういうことだ?
"E"にも意味があるという事なのか?
混乱するアーサーに、"C"は懐かしげに語り始める。
彼の祖父の事を……。
クインサー・アンブレラ。
元々は王国でかなりの力を持つ貴族であった。
財もあり、当時の王も無下にできない存在であった。
それは爵位というだけでなく、アンブレラ家は古き魔術師の血を引きし者達であったからだ。
しかし、その血は薄まり、魔術師とは名ばかりの存在になり果てかけていた。
それでも彼はまだ魔力が残っていたし、魔術師としての知識もあったが、その子には魔術師の素質も何より魔力もなかった。
当時、王国では魔術の血はかなり薄くなってしまい、魔術師の家系は力をほとんど失いかけてしまっていた。
今まで魔術を持つことで優遇されてきたのだ。
それがなくなってしまったら、その反動で自分たちの子供達がどうなるかわからない。
そう考えたクインサーは、他の魔術師の家系と結託し、当時の王国の王と取引をした。
その取引とは、これから王国に干渉しない代わりに、植民地の一つを我々に譲って国として独立させてほしいという取引であった。
魔術師が政治に干渉することを良しと思っていなかった当時の王は、同盟を結び、共に歩むという条件を付けてその取引に乗った。
こうして建国されたのがアカンスト合衆国である。
つまり、クインサーは合衆国独立に尽力を尽くした人物であるという事だ。
だが、彼は自分の功績を誇ることはしなかった。
自分の息子が魔術師として生きていけないという事が分かったことで、ただの一般人として生きていくことを決意したらしい。
そこで、魔術師の家系は、彼に称号を贈った。
リンドルシェ語で『起業者(Entrepreneur)』と呼ばれる言葉を……。
そして、祖父はその名誉を代々受け継ぐことを決めたのだ。
"E"という文字と共に……。
「つまり……あなた方は……」
「そう。我々は魔術師の家系のものという事だ」
そう言いつつも"C"はお手上げというジェスチャーをして言葉を続ける。
「もっと魔術師の力を持つものは一人ももういないがね」
その言葉には寂しさが感じられる。
だが、それでも誇りはあるのだろう。
「だが、我々はこの国を陰から見守ろうと決意し結社を作った。皆、財はあるからね」
「しかし、祖父はそれほど財産は……」
「彼は、財産のほとんどを我々に託したのだよ。普通の人として生きたい。それにはこの財は邪魔になる。だからこの国の為に使ってくれと……」
「つまり、私を助けたのは、その恩を返す為ですか?」
「それもある。しかし、それは理由の一つでしかない」
「それ以外にも理由があるというんですか?」
アーサーの問いにその場にいた全員が頷く。
「我らが所有する魔術秘具である『未来予知図』の記すところでは、フソウ連合と今事を構えれば合衆国は一気に力を失うと出たのだよ」
「『未来予知図』?!」
怪訝そうな表情を浮かべてアーサーが聞き返すと"C"は説明する。
「我らが偉大なる祖先たちが作り出した秘具よ。未来を予言する能力がある」
「それは絶対……ですか?」
その問いに、"C"は少し躊躇しつつも答えた。
「確かに……絶対ではない。出来事によって少しずつ内容は変化していく。だが、それでも最悪の未来を回避する事は出来る。今回の事はそれを考えての事だ」
「しかし、他に手はなかったのですか?」
すると右側の端に座っている者が少し怒りの混じった声で答える。
「我々は大統領に別ルートで証拠と資料を送ったのだ。だが奴は動こうとしない、それどころか、君にまで危害が及ぼうとしていた。だから、今回こういった強硬手段をとるに至ったのだよ」
「確かに。彼は慎重すぎるところがありますから……」
アーサーが苦笑してそう言うと右から二番目のものが楽しげに言う。
「もっとも、今回の事で尻に火がついたようだ。やっと重い腰を上げて決断したみたいだがな」
その言葉にアーサーが驚きの声を上げた。
「それはどういう意味ですか?」
「強硬手段にやっと動いたという事じゃな」
右端のものがケラケラと笑いつつそう言う。
「まぁ、結果がどうなるかは時間が必要だ。君の安全を考えてそれまでゆっくりしていきたまえ……」
"C"が楽しげにそう言うとアーサーが何か言い返す前に辺りの光がふっと消えた。
一気に周りが暗闇に閉ざされる。
その闇の中でアーサーは問う。
「私は、どうなる?」
アーサーの言葉に、暗闇の中淡々とした口調で"C"が答える。
「なぁに、しばらくここでゆっくりしていくといい……。落ち着いたら開放するのは約束するよ」
そして、言い忘れていたことを付け足す気軽さで言葉を続けた。
「それと我々は君を同胞として向かい入れてもいいと思っている。考えておいてくれよ」
その言葉を最後に辺りは静寂に包まれる。
そしてアーサーの後ろに人の気配がしたかと思うと口と鼻を布でふさがれた。
「ごめんなさいね」
それはメイドの声であり、アーサーは再度気を失い、そしてこの部屋のベッドで目を覚ましたのであった。




