勝利の宴 ある人物の視点から その3
「お、お兄ちゃんっ、な、何言ってんのよっ。的場さんが戸惑ってるでしょ?」
我に返ってボカボカと杵島大尉を叩く杵島大尉妹。
うーん、傍から見ていたら結構それほどでもない反応のように見える。
それは周りもわかったようで、彼女に気があった杵島大尉の部下二人は、前に言われた言葉で心を折られ、今の状況ですっかり心を削り取られたかのようだ。
なんか目が虚ろだぞ。
それを同僚が慰めている。
なんか男の友情って感じの状況で、それ以外の人は興味津々といった感じで成り行きを見守っている。
そして、そんな周りに関係なく状況は変化していく。
「なんだ?なら的場がよければ、お前はいいと言う事か?」
鋭い突っ込みに杵島大尉妹は真っ赤になる。
「それは…そのぉ…」
実に反応が初々しい。
「ふむふむ。なら的場、お前はどうだ?」
「えっ…いや…それは…」
いきなり話を振られて的場大尉も真っ赤になってしどろもどろになっている。
さっきまで饒舌に話していた人物とは思えない。
しかし、杵島大尉は鬼だった。
聞いた話では、戦いの時の彼は部下からは『鬼神杵島』と呼ばれ恐れられているらしい。
それが今、降臨しているといっていいのではないだろうか。
「はっきりしろ、的場っ」
部下をしかりつけるかのような厳しい言葉に「は、はっ」と背筋を伸ばして返事をする的場大尉。
それは、考えるより先に動く訓練で染み付いた反応といっていいだろう。
いやはや、軍人っぽく見えない的場大尉も、やっぱり軍人ですなぁ。
そんな事を思っていたら、ちらりと的場大尉がこっちを見た。
その目には、必死さと哀願が交じり合った色をしている。
あ、あれは助けを求める視線だ。
うむ。彼の相棒としてここは助けるべきだろうか。
そんな事は決まっている。
ここは、あえて助けないのが友情の証ではないだろうか。
自分にそう言い聞かせると、すみませんって感じで頭を下げた。
的場大尉の表情が怒りとも悲しみとも取れる複雑なものになる。
あ、あれはきっとこの裏切り者めぇぇぇーっという感情の爆発と逃げたいけど逃げられない絶体絶命の状況にパニックになってる感じだな。
そう、自己分析する。
よし。心の中で応援しとこう。
ガンバレーっ、大尉。最上は影ながら大尉を応援していますよ~っ。
「では、再度、的場大尉に聞くっ。うちの妹はどうだ?」
「はっ。素敵な女性だと思います」
きつめの口調で言われ、直立不動の姿勢で反射的に答える的場大尉。
多分、思った事がそのまま出ている感じで、杵島大尉妹の顔が真っ赤になって、慌てて自分の頬に両手を当てていたりする。
「うむ。でだ…」
ここで杵島大尉の口調が柔らかくなる。
「俺の妹と付き合いたいか?」
その言葉に、なんとか兄を止めようとしていた杵島大尉妹の動きが止まる。
兄に向いていた視線がゆっくりと的場大尉に向く。
その眼は、何かを期待するような、何かを恐れるような複雑な色に染められていた。
的場大尉がごくりと唾を飲み込む。
「どうなんだ?」
さらにダメ押しをする杵島大尉。
的場大尉の身体が緊張に引き締まる。
すーっと息を吸っては吐いて…そしてはっきりと言った。
「付き合いたいです!!」
その瞬間、
「よく言ったっ!!」
杵島大尉のその言葉と同時に的場大尉の背中が叩かれ、周りにバチーーンっといい音が響く。
周りもどっと一気に盛り上がる。
そして、的場大尉本人は、多分叩かれたのがよほど痛かったのだろう。
涙目で、それでいてすっきりしたような感じで、力が抜けて椅子に座り込んでいた。
慌てて的場大尉に近寄る杵島大尉妹。
顔は真っ赤だったが、的場大尉が心配だったようだ。
「ごめんなさい。大丈夫だった?」
「ああ、問題ない…」
「ごめんなさい。無理強いしちゃって…。本気にしないでね。酒の席でのノリだから…」
ぐったりとしていたが、的場大尉はその言葉にぴくりと反応する。
「違いますよ…」
「えっ?」
「だから…違うんですよ…」
そう言って、改めて決心したのか、ぐっと緩んだ顔を再度引き締めて杵島大尉妹の顔を見ながら的場大尉は口を開く。
「今のは俺の本当の気持ちです。俺は…俺は…あなたさえよければ…」
そこまで言って真っ赤なって黙り込む。
えーーーいっ。なんかまどろっこしいなぁ。
私はそう思ったが、何をすればいいんだろうか…。
完全に二人の世界になっていて、入り込みにくい。
どうやら周りも同じようだ。
ただただ、流れを見ているだけしか出来ない…。
少しの沈黙の後、的場大尉の言葉に杵島大尉妹が顔を真っ赤にしながらもうれしそうに言う。
「えっと…じゃあ、今の言葉は…本気ってとっていいのよね…」
「あ、うん…じゃなくて…はい…」
「そっか…なら…」
そこまで言って杵島大尉妹は極上の微笑を浮かべた。
「貴方の申し出をお受けします」
成り行きを固唾を呑んで見守っていた周りは、杵島大尉妹の言葉で一気にハイテンションに盛り上がる。
「よく言ったっ。さすがはわが妹だっ。がははははっ」
「くそっ、いいなぁ…畜生めぇぇぇっ」
「何これ、こんなんありかよぉぉぉ…」
「こりゃいいもん見せてもらったわ。下手な小説よりベタベタじゃねぇか」
「いやはや、めでたいめでたい」
「おめでとう。貴官はよくやった。そしてそれに答えた妹君も素晴らしかったぞ」
「いやぁ、苦労はこれからだぞ、がんばれよ、若人」
なんか口々に言いたい事をいっているので、私も言うことにした。
「お二人とも…ごちそうさまでした」
こうして、今回の勝利の宴は、戦いの勝利だけでなく、恋の勝利を掴んだ的場大尉への祝福の宴となって、結局朝方まで続くのだった。




