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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十伍章 火種

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旧帝国の動向

「只今戻りました、ノンナ様」

今や公国の軍事部門を統合する地位にある公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードルは入室するなり、そう言って敬礼した。

「ああ、待っていたわよ」

そう言って銀色の髪を持つ美女が微笑む。

公国の支配者であるノンナ・エザヴェータ・ショウメリアだ。

以前なら無表情だっただろうがここ最近はかなり表情が豊かになったなとビルスキーアは思いつつ、頭を少し下げる。

かって銀の副官と呼ばれ、無表情だった女性はもうここにはいない。

少しずつではあるが本来の彼女になりつつあるのだなとビルスキーアは感じていた。

そして、これだけの美人に笑顔を向けられて、うれしくない男はいないだろう。

それは婚約者がいるビルスキーアとて変わらない。

しかし、すぐにそんな気持ちを頭の奥に押し込み、まずは仕事をすべきだと思考を切り替える。

彼女が待っていたのは自分ではなく、報告、それも公国の今後の動きを左右する艦隊の様子を知りたがっているのだから……。

「はっ。では、報告させていただきます」

「ああ、頼む」

「カルトックス島湾の臨時港にて公国艦隊にフソウ連合から第一陣として駆逐艦二隻が引き渡されました。一週間ほどの視察での私個人の感想ですが、あれは使えますね。特に連邦の水雷艇などの小型艇にはかなり有効な戦力となるでしょうし、大型艦に対しても雷撃戦でダメージを十分与えられるでしょう。戦力的には、我らの使う装甲巡洋艦を遥かに凌駕しています」

「そうか。やはりあの海戦での力は本物だったか……」

そう言ってノンナは少し遠い目をする。

彼女の頭の中には、圧倒的不利にかかわらず、勇猛果敢に攻撃を仕掛け、自分らの前に立ちふさがったフソウ連合の艦隊のことを思い出したのだろう。

それはもちろん、ビルスキーアも同じであった。

速力があり、小回りが利くだけではない。

ある程度の火力と強力な魚雷の一撃を持つ手ごわい艦艇。

それがあの戦いでフソウ連合の駆逐艦に感じたことだ。

「はい。ですから、すべての引き渡しが終わり、きちんと戦力化が完了すれば反抗作戦の再開も問題ないと思います」

その言葉は自信に満ち満ちていた。

それを感じ取ったのだろう。

「ふむ。貴公が言うのなら間違いないか……」

ノンナはそう言うと満足げに頷くと椅子に体を預ける。

そんな主人に、ビルスキーアは報告を続けた。

「それとリットーミン商会のボランでしたか。あの男も気が利いていますな。フソウ連合と交渉して、指導員を準備しておいてくれていました。おかげで乗組員達も早く艦に慣れそうな感じでした」

そのビルスキーアの言葉に、ノンナは少し不満そうな顔で口をはさむ。

「ポランドだ」

「は?!」

「だから、ポランドだ。リットーミン商会の代表者は……」

「ああ。そうでしたな」

誤魔化すかのように頭をかきつつビルスキーアはカラカラと笑う。

そんなビルスキーアをたしなめる様に少し不機嫌そうな顔でノンナは口を開く。

「あまり、人の名前を間違えるのは感心せんな」

そう言ってため息を吐き出すと言葉を続けた。

「それにだ。彼は我々の協力者で、大事な取引先だ。以後気を付けるように」

その物言いに、普段とは違うものを感じ、ピンときたのだろう。

ニタリと笑ってビルスキーアは口を開いた。

「確かに。その通りでしたな。以後注意いたします。しかし、なかなか面白い男でしたな、彼は……」

「面白い?!そうか?私としてはかなりやり手の商人であり、繋がりを持っておけば何かと有利に働くと思ってはいるが……」

怪訝そうな顔でノンナがそう言うと、ビルスキーアは意地悪そうな笑みを浮かべた。

「確かに言われる通りですな。しかし、私としては、ノンナ様を口説いたという点が実に面白いと思いまして……」

そう言われ、交渉の際にハニートラップに引っ掛けようとして、口説かれたことを思い出す。

『これらの美人よりも、私としてはあなたにお相手して欲しいですな。あなたの前では、誰もが霞んでしまうのですよ』

その囁かれた言葉と同時にポランドの顔が脳裏に浮かび、ノンナの思考を真っ赤に染めた。

「な、な、何を言っているのよっ」

真っ赤になりつつ何とかそう言ったノンナではあったが、満更でもないといった雰囲気にビルスキーアは微笑む。

以前とは違い、実に人らしい反応だ。

そして思う。

本当に良かった。

やっと彼女は人らしい感情を手に入れられたのだと……。



「なんだ、この様はっ!!」

一人の男がヒステリックに叫ぶ。

男の名は、イヴァン・ラッドント・クラーキン。

連邦の支配者だ。

しかし今の彼は指導者には見えなかった。

ただ思い通りにならないことに対してイラつき怒りを周りにまき散らしているだけといった有様で、敢えて言うなら我儘な子供が自分の思い通りにならないがために駄々をこねているといった方が正しいだろう。

もっとも、駄々っ子と違い、彼の場合は権力がありすぎた。

なにせ、連邦の事実上の支配者であり、彼の理不尽すぎる怒りと我儘は周りの人々を不幸へと導く。

それ故に誰も彼を止めようとしない。

とばっちりを食らいたくないからだ。

それは当たり前の反応だろう。

すべての人々が恐怖を克服できるわけではないし、強い信念を持ている訳ではない。

さらに、そういった信念を持っている者たちは、そのほとんどが理不尽な目に合うか連邦を見放している。

最近では、唯一イヴァンを諫めていたプリチャフルニアも何も言わなくなっていた。

それはイヴァンが信頼出来なくなったという事を意味していたが、イヴァンはそうは思わなかったようだ。

同志プリチャフルニアも賛同してくれている。

単純にそう思っていた。

しかし、それはイヴァンの勝手な思い込みであり、プリチャフルニアは自分の親しき友や身内を任務をかこつけて国外に逃がしていた。

そして、唯一の肉親である妹も無事国外に出られたことで、もうどうなってもいいとさえ思っていた。

そういえば、妹はあいつを振り向かせられたのだろうか。

ふとそんなことを考えてしまう。

危険を感じ国外に友人や身内を逃がそうと考えて妹と相談した時、妹は出来ればこの人と出たいといったのだ。

その相手は、自分の最も信頼できる部下の一人であり、友人でもあるリプニツキー・ロマノヴァ・リプニツカヤだ。

なぜ、彼と共に出たいかをもちろんプリチャフルニアは聞いた。

すると今まで見せたことのない反応を妹は見せた。

顔を真っ赤にして、そわそわと落ち着かないそぶりをした後、観念したのかぼそりと理由を口にした。

「あの方が好きなのです」と……。

それを聞き、プリチャフルニアは思わず思考が停止しかけた。

それ程意外だったのだ。

妹は美人が多いと言われる帝国の中ではその顔立ちは平凡すぎた。

それこそ並程度の器量と言っていいだろう。

だから、好いた腫れたの話はいままで一つもなかった。

もちろん、プリチャフルニアに取り入ろうという輩はいたが、妹はそんな連中の魂胆を見透かし相手にしなかった。

だからこそ、彼女は恋や愛に興味を示さずただ兄の手伝いの為に必死に働いた。

軍人として……。

だからプリチャフルニアはそれが当たり前だと思っていたのだ。

だがそれは自分の勝手な思い違いでしかなかった。

妹はきちんと女として幸せをつかもうとも思っていたのだ。

それは残念な気持ちもあった。

彼女の軍人としての才は際立っていたからだ。

しかし、それ以上にほっとしていた。

安心したと言っていいのかもしれない。

妹の男を見る目が確かだとわかって……。

だから、プリチャフルニアは妹の希望を受け入れたのだ。

ふーっ。

静かに息を吐き出す。

そして、妹の望みが叶う事を心から祈る。

それだけが今のプリチャフルニアにできることだけだから……。

だが、そんな思考もすぐに現実に引き戻された。

イヴァンの歓喜の声に。

「そうかっ、不穏分子を捕まえたかっ。さすがは同志ティムールだ」

そういって褒め称えている。

その視線の先には国家治安政務代行機関、通称NABの長であるティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカの姿があった

得意満面な微笑みを浮かべ、彼は恭しく頭を下げた。

その様子に、プリチャフルニアは心の中で苦々しく思っていたが口は挟まない。

ただただ被害ばかりが増えていく前線の報告ばかりが続く中、唯一イヴァンが喜ぶ報告だからだ。

そんな時に波風を立てたくないと思っていた。

もちろん、以前ならそんなことはなかったのだろう。

しかし、今やイヴァンに対する信頼はない。

ただ、長年の付き合いであり、もう逃げだせないという諦めからこの場にいるだけという有様に近かった。

得意満面な微笑みを浮かべてフリストフォールシュカの視線がプリチャフルニアに向けられるが、プリチャフルニアにとってそれはもうどうでもいいことだ。

ただ、視線を受け流す。

その様子に勝ったと思ったのだろうか。

フリストフォールシュカはニタリと笑う。

勝手にやってろ。

貴様が不穏分子だと言って取り締まっている連中は数少ない有能な者達ばかりで、今や連邦は屋台骨が軋み傾きつつあるという事が判っているのかと。

実際、国家動員法によって国力の低下だけでなく国民の不満はますます大きくなり、指導できる人材は枯渇していく。

連邦の内情は今や亡国へと続く末期症状となりつつあった。

まさか建国して一年もしないうちにこの有様だとはな……。

プリチャフルニアは心の中でため息を吐き出す。

あの時、イヴァンについていこうと思った自分の選択が大きく間違っていたことを後悔をしながら……。



「中々様になってきたじゃない」

アデリナは目の前の光景に満足そうに頷いた。

彼女の目の前では、シクレヤーバヤーバンにて発見された大型艦三隻が戦力化を目指し、激しい訓練に勤しんでいる。

確かにまだまだ物足りないかもしれない。

以前、自分が率いていた帝国海軍の艦隊に比べ練度はまだまだ低いだろう。

しかし、それでも彼女はうれしかった。

彼らがこんな自分の為に必死でやっていると感じられたからだ。

以前ならそんなことは思わなかっただろうし、今の様子を見たらきっと罵倒し蔑んだだろう。

「なんて情けない連中だ。こんな程度もできないのか」と。

大きな変化だと自分自身も驚いている。

そして思うのだ。

こんなにも自分の為に頑張ってくれている部下達にどうすれば報えるのかと……。

そして、彼らに死んでほしくないとも……。

戦うのが怖くなった。

それが今の本音であり、まごうことなき心境なのだ。

それ故に、今の彼女は以前のように艦に愛し愛されるだけの存在ではなくなった。

ならせなら国民や兵士たちの事を考えるようになったからだ。

ある意味、少しずつだが、彼女は帝国皇帝として必要なものを身に付けつつあると言っていいだろう。

ただ、今のアデリナはジリ貧であった。

国力的にも、戦力的にも、そして外交的にも彼女の元副官であるノンナの支配する公国に大きく引き離されてしまったのだから……。

そして時間さえもアデリナの味方とはならない。

時間が経てば、間違いなく差はより大きくなっていくだろう。

だが、それでも彼女は諦めない。

自分を支えてくれる部下達に報いるため、そして苦しんでいる多くの旧帝国国民を救うために動かなければならないと信じているから。

そう、人は諦めたらそれで終わりなのだ。

諦めなければ終わりではない。

目の前で必死に訓練に励む部下達を見つつアデリナは決心を強めていく。

まだ、やれると……。

そして、その決着の時が迫っているのを薄々感じ始めていた。

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