日誌 第四百三十四日目 その2
「以下の結果より、我々としては防空巡洋艦一隻、防空駆逐艦三~四隻が理想ではないかと考えております」
その報告に、会議室いた者達は黙り込む。
かなり試行錯誤して計算されたのだろう。
その量は膨大で、その得られたデータを元に出された内容であり、実際はこれから実働して修正は必要ではあるが説得力はかなりのものだ。
防空ラインの構築や旗艦である防空巡洋艦からの的確な防空指示による高密度の対空砲火は確かに有効な手段だろう。
それに、先に発表された『二十伍式電波式近接反応爆裂対空弾』略して『二十伍式弾』や新型電探、などの組み合わせはより効果を示すのは間違いない。
しかしだ。それでもすぐに賛成の声が上がらない。
それは、今のままでは艦隊構成に支障が出てしまうからだ。
現在、フソウ連合海軍が保有する防空巡洋艦は、高雄型重巡洋艦の摩耶と愛宕、それに長良型軽巡洋艦の五十鈴の三隻がある。
また、防空駆逐艦としては秋月型十二隻、改秋月型三隻の計十五隻だ。
それらの数から防空巡洋艦一隻、防空駆逐艦四隻の編成で行うと三部隊、改秋月型を旗艦として編成した部隊を含めても四部隊にもならない。
それに対して、航空戦隊はこれより数が多いうえにこれからの事を考えれば通常の艦隊にも対空に特化した部隊が付き添うこともあるだろう。
一応、輸送船などの支援艦隊には、電探や対空、対潜能力を上昇させた護衛駆逐艦を編成した部隊を用意するつもりだ。
だが、護衛駆逐艦での速力や航続距離等を考えれば、艦隊に随伴というのはかなり厳しいと言わざる得ない。
実際、旧日本海軍でもそういった問題があったと聞く。
また、それとは別に問題もある。
僕がそう思った時だ。
静まり返った中、それをひっくり返すかのように山本大将が口を開いた。
「確かにその艦隊編成はいいと思う。これからは艦隊同士の戦いだけでなく、航空部隊や基地からの航空戦力が脅威となるのはバーガラン海海戦ではっきりしたからな。だが、摩耶と愛宕は新型電探と通信能力の強化、艦隊防空管制指揮所の追加などを行っており問題なく防空戦隊の中核となるだろうが、軽巡ベースの五十鈴は厳しいのではないかな?」
そう言われ、報告者の技術士官は頷く。
「確かにその通りでしょう。しかし、五十鈴の大きさでは重巡ベースのような余裕はありません。そこで、改秋月型と組ませることで旗艦としての必要な能力の軽減を考えております。実際、搭載している電探は、五十鈴よりも改秋月型の方が高性能です。ですから通信能力に特化し、全体の防空管制能力を優先させる構成にし、索敵は改秋月型に任せるという形にしておけば、重巡ベースの防空巡洋艦を旗艦とする防空戦隊と変わらない能力を発揮するでしょう」
「なるほど……。ですが、根本的な問題として、本当にこれらの数値通りの結果が出るのかね?」
そう言われ、技術士官がムッとした顔になった。
ある意味、痛いところを突かれたからだ。
これらの数値や結果は、いくら膨大な量のデータを基にしてあるとはいってもあくまでも机上の空論である部分が大きい。
それは昼食中に僕が思っていたことでもある。
さて、技術士官はどう答えるか……。
まぁ、いざとなったら僕の方から助け舟を出すつもりではあったが、どうやらその必要はなさそうな流れになる。
「確かに、現状はそう言われて絶対問題ありませんとは言えません」
まずそう前置きした後、技術士官はふーって息を吐き出して僕の方を見た。
つまり、言っていいかという確認の為だろう。
わざわざ確認を取るとはいいじゃないか。
僕は頷く。
それを確認した技術士官は、山本大将の方に視線を戻すと質問に答えた。
「実は、艦船による無線誘導操作に関する技術を応用した航空機の無線誘導による無人機計画が進んでおりまして、間もなく、グライダーや飛行機による実験が行われます。その際、実際の艦艇と二十伍式弾を使った演習を行う予定としております」
その言葉に、山本大将は「ほう……」と短く発声すると目を細めて楽しそうに微笑む。
また、それ以外の会議に参加している軍人たちも驚いた表情を浮かべていた。
実際、航空機の無線誘導装置による無人化は、まだ軍の上層部にも公になっていない情報で、僕以外は技術部と一部の関係者のみの極秘プロジェクトになっているが、これから実際に実証実験などを行う以上、そろそろ解禁する必要はあるだろう。
だからいい機会だと思う。
まぁ、それでも口外しないように釘を打つ必要はあるかな。
そう思っていると、技術士官がニコリと笑って口を開いた。
「新技術になりますので、皆様、口外はお控えくださいませ」
その言葉に、その場にいた者達は皆苦笑を漏らす。
まぁ、極秘だとわかっていたのだろうが、実際に釘を刺されるとは思ってもみなかったのだろう。
「ふむ。なら、その実証実験が楽しみだな。だが、その間、のんびりと編成を待っておくわけにはいかん。編成を実施しておく必要はあるか……」
「だが、それでも将来的には数が足りなくなるのは明白だ。秋月型や防空巡洋艦の増加は必須という事だな」
そう言ったのは、新見中将だ。
そして、視線をこっちに向けてくる。
いや、わかっていたけどね。
流れ的に……。
確か、秋月型は三十一番艦まで建造計画があったし、改秋月型は七番艦まであったはず。
なら、秋月型十八隻、改秋月型四隻は付喪神憑きで就役できるはずだ。
それなら十分、必要な分防空戦隊の戦力となるだろう。
ただ、中核となる防空巡洋艦だが、さすがに重巡洋艦、軽巡洋艦は、ほとんど就役してしまっており、今から作ったとしても付喪神憑きにはならない。
だから、今現在就役している高雄型か、航空巡洋艦の利根型に電探や通信設備などの改修を行い対応させるのではどうだろうか。
確か、利根型には、水上機を管制するための指揮所が用意されていたな。
そこをうまく使えば……。
そう考えをまとめると、僕は集まる視線を見回して微笑む。
「まず、防空駆逐艦だが、急には無理だがある程度の増加を考えている」
「ふむ。で、数はどれほどでしょうか?」
そう聞き返したのは、新見中将だ。
彼にしてみれば、人員などの事もあるからな。
今のところ、定員割れをしてはいないものの、かなりギリギリなところはある。
やっと、航空母艦と基地航空隊の増設による航空隊に関する人材育成のめどが立ったばかりだ。
だから、どれだけ実働に人員が必要か、また有事の際の事を考えての予備役は、といったところまで考えておく必要があるし、将来的な人材育成にもかかわってくるのだから当然だろう。
「まぁ、そうだな。最大で秋月型を十八隻、改秋月型を四隻追加しょうかと思っている」
僕の言葉に、会議室はざわめいた。
それはそうだろう。
計二十二隻。四隻ずつとしても五部隊編成できる数である。
現状の三部隊と合わせれば、八部隊となり、機動部隊だけでなく、十分に通常艦隊にもまわせる余裕があるだろう。
だが、それだけで話は終わらない。
「それに合わせて艦隊型駆逐艦の防空能力の強化も必要だと僕は思っている。先ほど発表された『二十伍式弾』だけでなく、艦隊型駆逐艦には仰角範囲の広い主砲への改修や電探の整備なども行いたい」
僕の発言に、ドック区画管理責任者である藤堂少佐が慌てて発言する。
「それは、決定事項という事ですかっ」
まぁ、彼にしてみれば、またフソウ連合大防衛戦(ヒュドラ作戦)の後の修理と改修が立て続けに起こったあの異常なまでに忙しい日々の再現となりかねないだけに慌てたのだろう。
「まだ決定ではないが、そっちに無理がいかないようには考慮してやるつもりだよ」
僕がそう言って微笑むと、諦め顔で藤堂少佐がため息交じりに口を開く。
「頼みますよ、本当に……」
その必死な思いに、他の関係者は頷いたり、苦笑したりしている。
ちなみに、頷いている連中は彼らがどれだけ過酷だったかを知っている為の同情であり、苦笑しているのは、彼らの過酷さを知らない連中だ。
あの激務を知っていたら、苦笑で済ませられるはずもないだろうしね。
まぁ、言い出しっぺの僕がそう言い切るのもおかしな気がするが……。
だから彼の言いたいことはわかっているつもりだから僕は頷く。
「ああ、わかっている」
そんな僕の言葉に、藤堂少佐は「頼んますよ……」と呟くように言ってため息を吐き出した。
だが、そんな少佐には悪いが僕の発言は続きがある。
「あと、防空巡洋艦だが、高雄型の二隻と利根型の二隻を改修して対応するのがいいのではと思っている」
本当はもう一、二隻追加したいが、それだと戦隊構成に回せる重巡洋艦が少なくなってしまう。
古鷹型二隻、青葉型二隻、妙高型四隻、最上型三隻(最上は航空巡洋艦として除外)の十一隻をキープとしておこう。
最上に関しては、防空戦隊に回したいところだが、艦隊旗艦として運用されていることを考えれば、今回の選定に入れることはしない方がいいだろうと判断した。
「ああ、なるほど。それは中々いいアイデアですな」
「ふむふむ。さすがは長官だ」
「それならば、運用もうまくいきますな」
それぞれがそんなことを言いつつ肯定的な雰囲気の中、僕に向けられる藤堂少佐の視線が痛い。
判ってますって。
ちゃんと考慮しますって……。
こっちだって、模型製作するんだし、秋月型の模型を大量に集める必要が出来たからなぁ。
今予備で買い込んでいるのは五隻程度だから、後は十八隻分……。
個人的には、後期型の模型がいいなぁ。
前期型や就役時って電探や対空砲が付いてない為、いろいろ工作したり追加したりする必要があるし、買い込んでおいた電探のパーツなんかが足りなくなる恐れがある。
それに実体化した後のドックでの改修作業(フソウ連合基準への変更)の負担もあるしなぁ。
初期型を現在のフソウ連合基準にすると大改修になるしねぇ。
そうなると、模型としてはF社の艦NEXTの秋月/初月とか、PT社の初月、A社の初月、宵月、涼月あたりか……。
こりゃ、すぐにでも星野模型店に頼んでおかないとだめだな。
向こうも最近はゴタゴタしていて品物が入りにくいとつぐみさんも言ってたし……。
僕がそんなことを思っていると、どうやらその方針に決定したようだ。
まぁ、後で細かなところは要話し合いってところだろう。
もっとも、藤堂少佐は恨めしそうな視線と納得いかない顔してるけどね。
これは後でちょっと藤堂少佐とは話をしておかないと駄目だな。
そんなことを思いつつ東郷大尉に視線を送ると、東郷大尉は藤堂少佐をちらりと見た後、僕の方を見て頷いた。
どうやら、こっちが言わなくてもして欲しいことはわかったらしい。
さすがは、僕の有能な秘書官である。
公私ともにお世話になりっぱなしだ。
感謝しかない。
まぁ、僕の彼女でもあるのだが、そういえば最近は、仕事、仕事ばかりで二人きりで過ごす時間が少ないような気がする。
どうせなら、今度星野模型店に行くときはデートを兼ねて二人で出かけるかな。
次の議題に移りゆく中、僕は心の中でぼんやりとそんなことを考えていたのだった。




