日誌 第四百三十四日目 その1
十二月に入り、フソウ連合海軍本部で行われた月初めの定例会議も慌ただしい雰囲気になっていた。
元々十二月は自分のいた世界と同じくフソウ連合でも年末で慌ただしい時期ではあったが、今回は前年以上の慌ただしさとなっている。
その大きな原因としては、いろいろな外交関係の問題と新しい技術の報告が重なったためだ。
その中でも外交問題として注意しておく必要があるのは、海賊国家サネホーンとの交渉やルル・イファンの動きの二つだろう。
特にルル・イファンの件は、情報どおりに『IMSA』と『IFTA』への加盟を狙っているのならば、いろいろ問題が発生し大事になる恐れが高い。
それに実際に加盟となれば、この二つの組織に加盟する国々との調整をする必要性があるかもしれない以上、僕が動いて対応することになるだろう。
まぁ、本当は門前払いでスルーするという最初の狙い通りでもよかったが、僕自身がルル・イファンに興味が沸いたというのが大きい。
まぁ、加盟するしないは別として連中の話や狙いを聞いておきたいと思ったんだよね。
だから、東郷大尉に指示してアルンカス王国への出張の手配はもうしてあるし、幕僚達には先に連絡している。
「結局、動かれるのですね。薄々そんな感じはしていましたけど……」
そう言って連絡を聞いた新見中将は呆れかえっていたが……。
だから、会議ではあまり時間はかからないだろうなと思っていたが、予想通り僕が動くというと「ならお任せします」という全会一致の形であっけなく話し合いは終わってしまった。
うーん、なんだろう……。
少しは反対意見が出るのかもしれないと思ったんだがなぁ。
そんなことを思っていると、隣に座っていた東郷大尉が会議を進める言葉が耳に入る。
「長官、次の議題に移ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。頼む。次は海賊国家の交渉の件だったね」
僕はそう言いつつ資料をめくる。
海賊国家との交渉は、今のところ少しずつ進展という感じで時間がかかりそうだし、いきなり大きな進展は難しいだろう。
報告だけで、話し合いはすぐに終わるな。
そんなふうに思っていたのだが、実際はそうはならなかった。
「では、青島大尉、報告をお願いします」
そう東郷大尉に言われて、青島大尉が報告を始める。
「了解しました。海賊国家サネホーンとの交渉ですが、現在、二週間ごとに行われており、少しずつではありますが進行しているといったところでしょうか。確かに時間はかかりますが、彼らの対応はきちんとしており、誠実であります。このまま交渉を続けていくべきだと私は思っております」
その報告に、質問が発せられた。
「前回の交渉は、正味三十分もないと聞いておるのだが、それでうまくいっていると思うのかね?」
発言者は山本大将だ。
彼は、海賊国家との交渉にはどちらかというと否定的だ。
前回も無視してしまえばいいと発言し的場大佐と口論になった。
あの時は的場大佐の言葉と態度、それに心意気に納得したが、それでもこう進展がないというのは問題だと思っているようだ。
だが、そんな山本大将の言葉に対して、青島大尉は平然して口を開いた。
「もちろんです。彼らにも本国に聞かねば答えられないこともあるでしょう。我々と同じくね」
「それは、まだお互いを信用していないという事ではないのかね?そんな有様で同盟やら条約やらが結べると思えんのだが……」
「それはそうですね。なんせ、ほんの数か月前までは、こんなことになるとは想像できませんでしたから……。我々にしても相手は国家規模の勢力を誇るとはいえ、所詮は海賊であり、敵でしかないと思っていたのです。もちろん、向こうも似たようなものでしょう。だから、そんな関係でいきなり信頼は難しいでしょうね。でも、それでも彼らは真剣に、そして真摯に対応していると思います。だからこそこの件に関しては長い目で見るべきではないでしょうか」
「ほほう……。連中が真剣に、真摯にか……。なら、そう思った理由を聞かせてもらってもいいかね?」
山本大将は楽しそうに笑いつつ青島大尉に鋭い視線を向ける。
その視線を平然と受け止めて、青葉大尉は答えた。
「彼らにしてみれば、今回の交渉はかなり慎重に当たらなければならないものの類でしょう。理由としては、フソウ連合は、今まで被害を与えていない国であり、唯一の話し合いに応じてくれる国なのですから。それに彼ら自身も自分らに時間があまりないのもわかっていると思います。『IMSA』と『IFTA』といった国際機関ができることで新しい国同士の繋がりができ、今までのようにはいかないのは明白です。だから、さっさと交渉を終わらせたいと思っているでしょう。だから、急いで条約を結ぶことを優先するならその場で適当な事を言って対応してもいいはずです。きちんとした情報を持ってない我々がその嘘に気がつく可能性は限りなく低いのですから。しかし、それでも、彼らはすぐに対応できない問題に関しては、その場での返答を控え、一度本国に持ち帰り、次の交渉の場で答えています。こういった対応をしてくれる。これを真剣で真摯な対応というものではありませんか?」
「そう見せかけているだけではないのかね?」
「それを言ってしまえば、何もかも虚像と嘘となってしまいます。それはあまりにも寂しいではありませんか。それに我々がまず一歩を踏み出し信じることで、相手もまた我々を信じてくれるのではないでしょうか」
そう言われ、山本大将は満足げに頷く。
確かに外交は、国と国との騙し合いの部分が大きい。
外交官は、愛国心に優れた詐欺師と言われることもあるくらいだ。
だが、そんな関係ばかりではないはずだ。
国と国の間でも友情はあるはずだ。
信じあう事は出来るはずだ。
まずはその一歩を示す。
そして相手がそれに応じなければ、それに相応しい対応をすればいい。
それだけなのだ。
だから、そう言ったことが分かったからこそ、山本大将は満足げに頷いたのだろう。
そして、僕は気がついた。
山本大将が黙り込んだことで、誰も文句を言わなくなったことに……。
さっきまでは、山本大将の質問に合わせて「そうだそうだ」とか「はっきりさせるべきだ」といった感じの相槌みたいな声が出ていた。
それがぴたりと止んだのだ。
それで気がついた。
山本大将は敢えて反対意見を言ったのだと。
恐らくだが、山本大将以上に、海賊国家との交渉を快く思っていない者はいまだに多いと聞く。
もしかしたら、議論は荒れていたかもしれない。
いや、恐らく荒れていただろう。
だが、それらの人達に代わって山本大将は質問し、納得いったという態度を示す事でそれらを押さえたのではないだろうか。
だからこそ、終わった後のあの満足げな表情なのだろう。
さすがだな……。
ああいった事は見習わなければならないな。
そう思って山本大将を見ていたら、大将も僕の視線に気がついたのだろう。
視線と視線があった後、山本大将は一瞬だがニタリと笑った。
それは悪戯が見つかった子供のような笑みであった。
外交問題が終わり、時間がちょうど昼近くという事もあって、少し早い食事休憩となった。
午後からは、新技術や新造艦艇、それと実験などの報告なとが行われる。
恐らく、夕方ぐらいまでかかるだろう。
まだまだ長いな……。
ため息を吐き出して、コキコキと首を動かしながら食堂に向かっていると後ろから声をかけられた。
「長官、ご一緒しても構いませんかな?」
そう言って声をかけてきたのは山本大将と新見中将だ。
「ああ。構わないですよ。しかし……」
そう言いつつ、僕はニヤリと笑って言葉を続けた。
「山本大将、あれ狙ってやってませんでしたか?」
その言葉の意味が判ったのだろう。
山本大将もニヤリと笑い返してくる。
「やっぱりあの視線はそういう意味でしたか……」
「ああ。おかげで話がスムーズに進んだよ」
僕がそう言うと、山本大将は苦笑した。
「いやいや。うまくまとまらないときは、長官が何か言うつもりだったんでしょう?」
そう聞かれて「ああ、まぁね」と返すと、山本大将はやっぱりといった顔をした。
隣にいた新見中将も似たような表情をしている。
「でも、そうはならなかった。だからいいんじゃないかな?」
二人は僕が敢えてここ最近はよほどのことがない限り発言しないようにしていることを知っている。
もっとも、ルル・イファンの件に関しては、ついつい先に動いてしまったが……。
そんなことを話しているうちに食堂に到着した。
少し早い時間帯という事もあり、それほど混雑はしていない。
フソウ連合本部ではいくつか食堂があったりはするが、それは人数的な制限の為にいくつかに分かれている為で、階級的な振り分けはない。
その為、少し早い時間ではあったが、兵士たちの一部がすでに食事をしていた。
僕が入ってきたのに気がついたのだろう。
慌てて立ち上がって敬礼しようとする兵士達に、僕は微笑みつつ構わないといった感じのジェスチャーをする。
それを見て兵士たちは軽く一礼した後、食事を再開した。
「さて、僕らも食事にしようか」
僕がそう言ってトレイを手に取って列に並ぶとその後に山本大将と新見中将も同じように並ぶ。
そして。五分後、食堂の奥の方に席を取ると食事に取り掛かった。
僕は日替わりのステーキ丼セットで、山本大将は肉じゃが定食、新見中将は、焼き魚定食だ。
「「「いただきます」」」
手を合わせた後、食事に取り掛かる。
「そう言えば、午後からは新型兵器として、近接信管を使用した爆裂弾の報告があるみたいですな」
食事をしながら、山本大将が聞いてくる。
近接信管を使用した爆裂弾、正式名称は『二十伍式電波式近接反応爆裂対空弾』、通称『二十伍式弾』は、アメリカ軍が大戦後期に使用していたVT信管をベースに開発されたものだ。
今までは対空砲弾としては時限式反応信管しかなかったが、今回報告の『二十伍式弾』は電波の反射によりある一定の距離に近づくと自動で発火する電波式信管を採用している。
その為、必中とはならないものの、それでも前よりも命中率はかなり向上することになるだろう。
もっとも、敵艦隊を先に発見し、殲滅することで艦隊に敵機を接近させないようにするのがベストであるのは変わらないのだが、それがいつも出来る訳ではないし、防御兵器の性能向上は身を守るためには必要だ。
彼としては、艦隊防空として使用することになる以上、気になっているのだろう。
「ああ、それと改秋月型駆逐艦と防空巡洋艦との連携方法などの実験報告もあるとか……」
新見中将もそう聞いてくる。
「ああ。その予定だよ。今回の会議では、防空関係が話し合いのメインになると思うよ。まぁ、実戦になれば、またいろいろ問題が出来るとは思うけどね」
僕がそう言うと、二人は苦笑した。
機械は実際に使うことで欠点や問題は多々生じるものであり、それを少しずつ改修して完成度を上げていく。
ただ、兵器の場合は、実戦で使わないとその兵器の真価が発揮されないという点が問題なのだ。
特に対空砲弾は地上の止まっている目標を狙って使用しても意味がないのだが、まさか本当に人が乗った飛行機を飛ばして対空性能の実験するわけには行かいないのが難しいところだろう。
もっとも、艦船を無線で動かすためのシステムの応用で、飛行機やグライダーを無人で動かす技術は出来上がりつつあるから、近々、無人機での実戦さながらの防空訓練や実験は行えるようになるだろうが……。
そういった事で、今の時点では対空兵器に関してはどうしても机上の空論になりがちで、初の空母同士の戦いとなった前回の戦いでは、用意していた武器や設備をうまく活用できたとは言えない有様だった。
確かに今のフソウ連合の使用艦艇の性能は間違いなくかなりのものであり、火器や電探、またそれ以外の装備もすべて旧日本海軍以上であったし、一部は大戦後期のアメリカ海軍よりも優れている。
大戦後期のアメリカ海軍の艦艇を製造することで、フソウ連合にそれらの技術が蓄積された結果でもあったが、ただいくらハードが優れていたとしても、やはりソフトである人やシステムが駄目だと宝の持ち腐れとなってしまう。
その為、アメリカ海軍が行った防空戦闘システムやマニュアルなどを参考に、フソウ連合独自の防空システム構築を急がせていた。
口の中の肉をしっかりと咀嚼しのみこんだ後、僕は二人を見て言う。
「まぁ、まずは午後の報告を受けてからってことだね」
「そうですな。そうなると艦隊編成の一部を近々変更しなければなりませんな」
新見中将がそう言うと、山本大将も頷く。
実際、第一航空戦隊の翔鶴、瑞鶴の二隻はまだ改修作業中だが、第二航空戦隊の蒼龍、飛龍、第三航空戦隊の赤城、加賀は部隊運用が始まっている。
そして、第四航空戦隊の大鳳、信濃も間もなく海軍に引き渡される予定だし、他にも中型空母の天城や葛城なども予定している。
まぁ、航空部隊の編成等もあるため、すぐにとはならないものの、将来的にはそれらを護衛する防空戦隊の急増も必要となってくると言っていいだろう。
それに、海賊国家が水上機の運用をしているといった報告があった以上、表に出ないだけで相手側に飛行機があるという可能性は高い。
それに対応するための技術向上は決して無駄とはならないはずだ。
ともかく、午後からも気を引き締めて会議に臨まないとな。
そんなことを思いつつ、僕は最後の肉片を口に放り込んだのであった。




