再会
早朝から始まった連盟の艦艇との攻防を制して防衛ラインを突破し、ついに雑草号はファンカーリル港に入港する。
彼らがいかに奮戦し、そして連盟の戦艦に致命傷を与えた上に突破してきたかを見守っていた港にいる人々は、雑草号を大歓迎で迎え入れた。
別に盛大な演奏隊が演奏したり、盛大な式が行なわれたわけではない。
ただ、港に働く人々が、自分達の仕事を中断し、拍手と歓喜で迎え入れただけだ。
しかし、今まで密輸を生業とし、こういった歓迎されて迎え入れられるなんて雑草号の面子にとっては初めての事であり、船長を初めとする全員がただただ驚くばかりであった。
そして、そこまで歓迎される中でヘマをやらかしてはと操舵手が張り切って見事な接岸を果たすと、歓声がより大きくなった。
こうして雑草号の面子は、ルル・イファンの地に到着したのであった。
「いやはや凄腕と聞いてはいましたが、さすがですな」
そう言って船橋に入って来たのはマックスタリアン商会から派遣されている案内人兼交渉人のパウエル・リルシンタだ。
年は五十前半といった感じの落ち着いた男性で、「航海に関しては素人ですから」と言ってほとんど船室から出て来る事はなかった。
それは雑草号の面子を信用していたか、或いはなるべく係わり合いにならない様に警戒していたのかはわからなかったが、そういった対応をしてくれた方が船長達にしてみればありがたかったし、かえってやり易かった。
中にはいるのだ。
自分の意見やわがままを優先させようとする連中が……。
そしてそういった連中ほど権力や力を持っているから性質が悪い。
だから、彼に対して船長達は好印象さえ持っていた。
「そう言ってもらえるとこっちとしてもやりがいがあるってもんだよ」
そう言って船長が笑うと、周りにいた船員達も笑った。
その様子を楽しげに目を細めて見ていたリルシンタであったが、すぐに表情を引き締めると口を開いた。
「これから交渉に入りますが、代表者の方、御同行をお願いできますかな?」
「まぁ、船の責任者として、俺が行かなきゃならんだろうな……。あとは……」
船長の視線が船橋の中を動く。
そしてそんな中、ミランダが手を上げた。
「私も行きたいわ。今後の事も考えて勉強したいしね」
ミランダとしては、自分がどれだけ男性に影響を与えられるかをわかっており、雑草号の交渉事を担当したいと思っていた。
もっとも、船長はあまり乗り気ではなかったし、一応表向きは彼女の意思を尊重したという形になっていたが、「私が旦那様以外の男に身体を許すはずないでしょ。私の男は貴方なんだから」と甘く囁かれて渋々承諾したのである。
しかし、交渉を担当するとしてもミランダにとってあまりにも経験がなさ過ぎる。
今まで膨大な魔力で好き放題やって来たのだ。
交渉技術が身についているはずもない。
それに聞くところによると案内人兼交渉人のパウエル・リルシンタはかなりのやり手だという話であった。
まさに今回はいい勉強のチャンスではある。
だから希望したのであり、それがわかっている以上、船長は頷くしかない。
自分の女を他の男に自慢したい気持ちと見せたくないという気持ちが鬩ぎあっているのである。
「では、船の方はこっちでうまくやっておきますぜ」
そう言ったのは、操舵手だ。
副長がいない今、妥当なところだろう。
「ああ、頼むぞ」
「了解ですぜ」
こうして、案内人兼交渉人のパウエル・リルシンタと船長、それにミランダの三人は代表者として用意された車に乗って港の軍司令部へと向かったのであった。
三人が軍司令部に向かった頃、荷降しが本格的に始まった。
メインに動いているのは、雑草号のクレーンだ。
さすが最新型というべきだろう。
その動きは素早く実に効率よく荷物を港に下ろしていく。
だが、ただ港に載せてきた荷物を下ろせばいいというわけではない。
湾内管理員達によってそれぞれの荷物のチェックが終わって、初めて積み荷はルル・イファンの倉庫に運ばれていく。
その為、時々、クレーンの動きが止まるが、チェックする人手が足りない上に量もある為、かなり手間隙のかかる作業だが仕方ないといったところだろうか。
「この調子なら、二日もあれば終わるかな……」
荷降ろしの指揮をしていた操舵手は満足げに作業を見ていて呟く。
以前の初代雑草号に比べれば搭載量が一気に増えたのだ。
もっと時間がかかると思っていた。
だが、搭載されたクレーンの性能が予想以上に良かった事とマックスタリアン商会の書類と積み込む際の順番のおかげだろう。
それに、新しく設定規格されたされたコンテナというブロック単位であるという事も大きい。
短時間で荷降ろしや積み込みをしなければならない密輸船にとって、この新型クレーンの性能とコンテナという規格は実にありがたい。
こりゃ、いい船を手に入れたぜ。
操舵手は、新生雑草号の性能に改めて感心するのであった。
荷降ろしが順調に進んでいた頃、軍司令部では話し合いが始められており、会議室には、マックスタリアン商会の交渉人パウエル・リルシンタと船長、それにミランダの三人と、軍司令部のパットラ・ファンスーバルと補佐のリー・カントンハの二人、五人が向かい合う形で対面していた。
リーとリルシンタが硬い握手を交わす。
「今回の件、承諾してくれて実にありがたい。特に貴方が来たのは実に心強いですよ」
リーがそう言うと、リルシンタがカラカラと笑う。
「リー団長には、我々マックスタリアン商会としては返し切れない恩がありますからな。それを思えば、今回の事など大した事ではございませんよ。それに今回の事がうまくいけばより大きな利益が得られるとなれば、今回のことに参加できるという事は我々としても願ったり適ったりです」
「そう言っていただくと私としてもありがたいですよ。それに医薬品を初めとする物資の補給も実にありがたいです。感謝します」
そういった後、リーはパットラを、リルシンタは船長とミランダを紹介した。
互いに短く挨拶を交わした後、パットラが口を開く。
「もう少ししたら、ルル・イファン代表も来られるとは思いますが、その間に今回の依頼の内容を説明しておきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「そうですね。それで構いませんかな?」
リルシンタが船長とミランダの方に視線を向けて聞いてくる。
「ああ。構わない。仕事の話はさっさと済ますに限るからな」
「ええ。お願いします」
「という訳です」
その言葉に、パットラは笑って答える。
「いやはや、気持ちいい返事で助かります。では、今回の依頼の説明を始めましょうか……」
こうして、交渉始まった。
「これでうまくいくと思っているのですか?」
そう言って説明が終わった後に聞き返したのはミランダだった。
「うまくいくとかいかないとかは関係ないですよ。ともかくやるしかないということです」
そう答えるパットラの言葉に、ミランダは必死なまでの決意を感じ取る。
つまり、これがうまくいかないときは、最悪の結果になってしまう恐れがあるという事だろう。
だが、やるしかない。
彼らには選択肢はあまりにも少なすぎる。
それがわかって、無意識の内にミランダの顔が引きつっていたのだろう。
それを見てパットラは苦笑して口を開く。
「心配しなくても別の手を考えますよ、お嬢さん。皆さんは、自分達の役割をしっかりとやってくれればいいだけですから」
そして、船長がミランダを優しく慰めるように言葉を続けた。
「そういうこった。俺らはお客さんをどうやって共和国に連れて行くかだけを考えればいいだけだ。難しく考えるな」
船長のその言葉に、パットラはうれしそうに笑う。
船長の態度と言葉から、プロとしての誇りと責任を感じたのだろう。
「そう言ってもらえれば、こっちとしてもありがたいですよ。ですが、脱出はかなり困難となるでしょう……」
「だよなぁ……」
船長が苦笑して相槌を打つ。
砲撃するまでは、たかが貨物船と侮られていたが、戦艦にダメージを与えるほどの戦闘艦と認識されてしまったのだ。
警戒され、その上敵討ちとして連盟の連中は躍起となるだろう。
いくら練度や士気が低いといっても、仲間意識はそれを補う力となりえるのである。
「一応、策は練って準備はさせているんだが……」
「ほほう。どんな策なんです?」
そう聞かれて、後方の無人島で発炎筒を焚き、船が接近しているように見せかけて敵の注意を引く予定という策を船長は説明する。
「なるほど……。ですが、どこまで有効かはわかりませんな」
「ええ、我々に固執しちまう可能性の方が高いですからな」
「ふむ、それは十分ありえます」
「うーん……、牽制だけでよかったんだがなぁ……」
そんな船長の呟くような声に、パットラとリーは苦笑を浮かべた。
思い通りにならない事がどこも多いと感じて……。
『人生はうまく進まないから面白い』
そんな事を言った人物がいたそうだが、それは詭弁だと思う。
やっぱり思ったとおりになった方が楽だし、楽しいだろう。
まぁ、適度な障害は欲しいところだが、あまりにも難しいのはなぁ……。
そんな事を思いつつ、パットラは「一応、こっちも他にやれる事がないか検討してしておきます」と言う。
「ありがてぇ、お願いします」
そう船長が返事をしたときだった。
ノックされ、ドアの向こう側にいる警備の兵が「代表が来られました」と伝えて来る。
「どうやら仕事をほっぽかして急いでやってきたようですな」
パットラが笑いつつ向かいいれるために立ち上がる。
それにあわせるかのように残りの四人も立ち上がった。
「ああ、どうぞ」
パットラのその声に答えるかのようにドアが開き、二人の人物が入室してくる。
一人は、今回、船に同行するリプことリプニツキー・ロマノヴァ・リプニツカヤであり、もう一人はルル・イファン代表であるアーチャことアヴドーチヤ・フョードロウィチ・ラスコーリニコフだ。
二人はにこやかに笑いつつ入室してきたが、その瞬間に、ミランダは隣にいる船長の気配が変わったのを感じ取った。
例えるなら、穏やかであった海が、いきなり荒れ狂う海へと変化したかのように……。
表情は変わっていない。
いや、変わらなさ過ぎた。
無表情なのだ。
そして、アーチャもお客である三人の内、船長と目があった瞬間、顔が固まっていた。
そこに浮かぶのは信じられないものを見たという感じてあり、恐れと不安と迷いが色濃く出ていた。
その異様な雰囲気に、場の全員が気がつき、どうしたんだと思う間もなく船長が動く。
「貴様っ」
短くそう言ったかと思うと右の拳でアーチャを殴りつけたのだ。
あっという間の出来事に、誰もが止められなかった。
そしてそんな中、真っ先に動いたのは、パットラとリーだった。
彼ら二人は船長を取り押さえようとして飛びかかろうとする。
しかし、その動きも「動くなっ」というミランダの言葉で一瞬とはいえ止まった。
いくら膨大な魔力を失ったとはいえ、彼女は魔女である。
その魔力を込められた言葉には、相手を束縛する力(特に異性に)が若干ではあったが残っていた。
そして二人の動きが一瞬止まったその間に、ミランダは船長の後ろに回りこむと背と背を預け合う形になり、パットラとリーに対して身構えた。
その動きと構えから只者ではないと判断したのだろう。
パットラとリーの二人は腰にある銃に手を動かす。
ミランダも自分の中に残っている魔力を高め、術式を組み始める。
まさに一触即発の状態へとなりつつあった。
だが、そんな状況を許さない言葉が響く。
「止めろ、二人とも……」
リプに支えられて起き上がったアーチャの発した言葉だ。
「しかし、今のは……」
パットラが信じられないといった感じでそういい返す。
しかし、切れた唇の血をぬぐいつつアーチャは言う。
「いいんだよ。彼には、私を殴る権利がある」
「ですが……」
「彼はね、私の義兄なんだよ。これは家族の問題なんだ」
こうして二人は再会する。
そこには、一国の代表や密輸船の船長としての立場はない。
ただ、義理の兄弟としての立場だけがあるのみであった。




