ルル・イファンへの道 その4
夜中こそ見つからず順調に航海できていた雑草号だったが、夜が明けてからはそうはならなかった。
早朝に、連盟の艦艇に発見されてからは、しつこい追尾をうけて無駄な動きを強要されてしまっている。
速力は雑草号が有利ではあったが、ゴールである行き先が相手にはわかってしまっていることと数で牽制され、どうしても先に進めなくなってしまっていた。
それでも拿捕されずなんとかなっているのは、圧倒的な速度の差と経験、それに相手が雑草号を拿捕するのを優先している為だ。
恐らく確保した後、証拠として利用するのか、或いは背後関係を知りたいのだろう。
その為、今のところ砲撃は受けていない。
しかし、しつこく回り込まれて港の方に近づけないでいる。
「船長、どうしますか?これじゃ埒が明かないですぜ」
操舵手が叫ぶように船長に言うも、腕を組み船長は黙っている。
一度離れて相手を巻き、夜に再度突入という手もあるが、新月ではない以上、月明かりによって発見され、夜には拿捕が難しいと判断されて間違いなく砲撃されてしまうだろう。
そうなると無傷ではすまない。
最悪沈められる恐れすらあった。
その為、出来る限り昼間、相手がこっちを何とか拿捕しょうと思っているうちに何とかしたかった。
だが、思った以上に厳しい警戒に手を拱いていた。
今この近海で活動しているのは、戦艦や装甲巡洋艦をあわせて十二隻。
さすがに他の海域の警戒している艦艇を集結させることは出来ないため、この程度で済んでいる。
この中で特に厄介なのは、六隻の装甲巡洋艦だ。
雑草号より劣るものの、十分な速力と小回り、それと数で鉄壁に近い妨害を続けている。
それに比べ、戦艦は実に鈍重で対応しやすいといってもいいだろう。
そして、発見されてから三時間が過ぎようとした頃、ついに痺れを切らしたのだろう。
あまり動かず横に並び侵入を防ぐ置物の様に見えた三隻の戦艦の主砲が動き始めた。
「船長っ、戦艦の主砲がっ」
見張りの船員の悲鳴のような声が響く。
それを待っていたかのように雑草号の周りに水柱が立つ。
戦艦が砲撃を始めたのだ。
「痺れを切らして威嚇砲撃を始めたな」
船長は呟く様にそう言うと意を決したように命令を次げた。
「機関全速っ。真ん中の戦艦に突っ込めっ」
その命令に、操舵手は一瞬船長の方を見たものの、船長の考えを読んだのだろう。
すぐに前を向いて叫ぶ。
「了解しましたっ。面舵いっぱいーっ。突っ込みますっ」
船体が海に派手な白波を立てつつ向きを変える。
追尾していた二隻の装甲巡洋艦が慌てて舵を切って対応しようとしていたが、それでもいきなりで対応しきれていない。
また、回り込むつもりでいた残りの四隻の装甲巡洋艦も予想外の動きに戸惑ってすぐに反応できないでいた。
恐らく戦艦が威嚇砲撃をする為、それに巻き込まれてはたまらない。
そういった判断もあったのだろう。
だが、何より驚いたのは威嚇砲撃をしようとしていた三隻の戦艦である。
貨物船がまさかこっちに突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。
慌てているのが手に取るようにわかる。
それを確認し、船長はニタリと笑う。
彼は待っていたのだ。
戦艦が威嚇砲撃してくるのを。
そして、巻き込まれる事を恐れて装甲巡洋艦の追尾が緩む事を。
その隙をうまく突いたのである。
「いいかっ、主砲はもう無視していい。艦の側面の副砲に注意だ。このまま、戦艦と戦艦の間を突っ切る。その際に艦首、艦尾の砲を戦艦に向けてぶっ放せ」
「当てますかっ」
「馬鹿野郎、海戦じゃねぇんだ。牽制できりゃそれでいいんだよ」
ほぼ最大速力で進む中、雑草号の艦首と艦尾の一部を覆っていた布が取り外され、隠してあった十五センチ単装砲が姿を現した。
船長は牽制でというつもりだったのだろうが、散々追い回されてイライラしていた船員達にとっては、溜まっていた鬱憤を晴らすチャンスでもある。
「ぜってぇ当ててやるっ」
砲撃担当になっている船員達はかなりやる気だ。
艦首の方が右側を艦尾の方が左側に向けられ、それぞれのタイミングで砲撃が始まった。
その砲撃に、戦艦の方はパニックになった。
まだ武装商船という概念がないめ、まさか貨物船が打ち返してくるとは思っていなかったからだ。
側面の副砲のいくつかが砲撃するものの、その狙いはあまりにもまちまちで、雑草号とは関係ない方向に水柱を立てる有り様である。
そして、混乱する戦艦の間を雑草号は一気に突き抜けていく。
さすがに突破されるのは不味いと判断したのだろう。
追尾していた二隻のうちの一隻の装甲巡洋艦が、危険を顧みず追尾を継続。
戦艦の間を抜けて追尾に移る。
勿論追いかけるだけではない。
砲撃を開始してだ。
逃げられるくらいなら沈めてしまえ。
そういった判断だろう。
だが、元々練度も高くなく士気が低い為か、あるいは慌てふためいていた為か砲撃はかすりもしない。
それでも食い下がろうとするものの速力の差で距離が開きつつあった。
その上、突出してルル・イファンに近づき過ぎたその装甲巡洋艦に攻撃が仕掛けられる。
島影に隠れていたルル・イファン軍の水雷艇による雷撃だ。
元々は民間船に魚雷発射菅を乗せただけの代物だが、それでも魚雷が当たれば被害が出るし下手したら撃沈の恐れすらあった。
装甲巡洋艦の艦長は、ここで引き返すしかないと判断する。
悔しい思いをしながら……。
そして離れていく雑草号を悔しそうに見ながら離脱していく装甲巡洋艦の艦長に悲報が届く。
三隻のうち中央に位置して警戒ラインの指揮を任せられていた旗艦の艦橋に砲撃が命中し、大きな被害が出た事を……。
それを聞き、装甲巡洋艦の艦長は雷撃を恐れず食い下がるべきだったかと自分の判断の甘さを地団太を踏んで悔やんだのであった。
ファンカーリル港では、早朝から始まった雑草号と連盟の艦隊の追撃戦を固唾を呑んで見守っていた。
本来なら援護すべきところだろうが、ルル・イファン軍の主力海上戦力はあまり多くない。
また、そのほとんどが民間船に魚雷発射菅を取り付けた急造水雷艇だ。
戦艦、装甲巡洋艦もあるにはあるが、連盟の艦に比べて旧式で数も少なすぎた。
つまり、何とか港の近海と沖合いの島をキープできる程度の戦力しかないのである。
そして、何より問題なのは、失った後の補充のメドがないのも問題であった。
つまり、下手な事をして失うわけにはいかないのである。
その為、どうしても動きは慎重になりすぎる嫌いがあった。
「援護しましょうっ」
そう言って詰め寄るのはルル・イファン軍唯一の艦隊の指揮を任せられたリッランパ・ペタンドラン大尉だ。
連盟の第九艦隊に独自の判断で奇襲を仕掛け、支援艦艇に大打撃を与えた人物である。
だが、軍の指揮を任せられたパットラは首を縦に振らなかった。
「まともに戦ったら勝ち目はない。それに戦力の補充は早々できない事を考えたまえ」
その正論に、何も言えなくなるペタンドラン大尉。
わかってはいるのだ。
しかし、ここでじっと見ておくことができない性分らしい。
だから、ため息を吐き出すとパットラは口を開く。
「ただし、水雷艇の使用は認める。うまくこっち側にあの船がもぐりこんできたら、牽制して援護してやってくれ」
「わかりましたっ。よっしゃーっ。やってやるぜ」
そう言って声を上げるとペタンドラン大尉は退室していく。
その後ろを見送った後、パットラはもう一度ため息を吐き出した。
その様子を横で見ていた傭兵団『死にぞこないの虎』の団長であり、今はパットラの補佐して協力しているリー・カントンハは豪快に笑う。
「いやはや、苦労しているな」
そんなリーを横目で見つつ、パットラは不機嫌そうな表情で言い返した。
「だから、お前さんを巻き込みたかったんだよ」
「おいおい。護衛のためとツテの為じゃなかったのかよ?」
驚いた顔でそう聞き返され、パットラは苦笑して答える。
「それもあったさ。だが、俺一人では手に余るからな。苦労も楽しみも分かち合うっていうのが友だろう?」
「おいおい。この場合、苦労ばっかりじゃねぇか?」
呆れ顔でそう言い返されて、パットラはニタリと笑った。
「いやいや。そのうちいい事もあるだろうからな。まぁ、暫くは苦労が続くかもしれないけどな」
「おいおい。そりゃないだろうよ」
呆れ顔でそういい返すリー。
「まぁ、それは本音だとしても……」
「本音なのかよ」
思わず突っ込むリーを無視し、パットラは言葉を続けた。
「しかし、本当に来るとはな……。お前さんには感謝しているよ」
真剣な表情でそう言われ、リーは照れくさそうに頭をかいた。
「なぁに偶々だよ。それに、タイドラ・マックスタリアンは抜け目ない男だからな。やって損はない程度には思われたんだろうよ」
「それでもだよ。ありがとう」
そう言われて照れているのだろう。
リーは笑いつつ言い返す。
「そのうちいい思いをさせてくれればいいからよ」
「ああ。そう出来るようにがんばるさ」
「ああ。頼むぜ」
そう互いに言った後、二人は笑った。
そして、二時間後、雑草号は警戒網突破に成功する。
それは新たな再会の始まりでもあった。




