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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十四章 ルル・イファン人民共和国の誕生

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ルル・イファン独立戦争  その7

十月十四日、第九艦隊が嵐によって壊滅的な被害を受けた二日後、傭兵団『死にぞこないの虎』を中心とした傭兵によって構成されている上陸部隊の先鋒隊六百名は、ルル・イファン軍第一防衛団に降伏した。

接触して交渉しょうとした矢先の第九艦隊の撤退によって後手後手になってしまったが、降伏はすんなりと受け入れられた。

それはまさに待ってましたといわんばかりで、部隊の武装解除後、すぐに団長であるリー・カントンハと副団長であるリッヒンダ・パントンパは首都ルル・イファンに移送された。

武器などは取り上げられたが、それはどう見ても捕虜としての扱いではなく客人としての扱いに近かった。

やっぱりか……。

自分達の考えが当たっていると言わんばかりの対応に二人は顔を見合わせた後苦笑するしかない。

こんな事ならさっさと降伏すればよかったと……。

恐らくそうだろうとは思ったのだ。

しかし、もし違ったら……。

そのことが引っかかり決断が遅れたのである。

それは団員を含めて六百名の命を預かる者としての責任がそうさせていた。

だから、簡単に決断力が足りないと非難できないだろう。

ルル・イファンに着くと二人はすぐにルル・イファンの行政府が入っているホテルの一室に案内された。

あまり大きくないその部屋には三人の男が二人を待っており、その一人に、二人は見覚えがあった。

「やっぱりですか……」

「やっぱり手前かっ、パットラっ!!」

そう、彼らの前には傭兵団『飢えた狼達の巣』団長であり、今やルル・イファン軍軍事顧問であるパットラ・ファンスーバルが苦笑した表情を浮かべて立っていたのだ。

その姿に、リー団長はズカズカと部屋の入ると詰め寄った。

「手前っ、生きているなら、生きているって連絡ぐらい寄越しやがれっ」

その言葉から始まったリー団長の罵詈雑言を含む愚痴のような言葉に、ただただパットラは苦笑を浮かべて頷きつつ「すまなかった」を連発する。

その様子に、圧倒されたのだろう。

残りの二人、アーチャことアヴドーチヤ・フョードロウィチ・ラスコーリニコフとリプことリプニツキー・ロマノヴァ・リプニツカヤは暫く唖然としてただ見ていたが、そのうち何か納得したのだろうか、互いに顔を見合わせると苦笑を浮かべた。

なお、パントンパ副団長は『ああ、また始まったよ……』といった表情を浮かべて呆れ返っている。

ざっと十五分程度それが続いた後、大きくため息を吐き出してリー団長は仕方ねぇといった表情を浮かべて拳を握った右手を軽く掲げる。

その拳に、パットラも右手に拳を作って軽くぶつけた。

どうやら落ち着いたようだ。

そう判断したアーチャは、苦笑したまま二人に椅子を勧める。

それでやっと周りの状況に目がいったのだろう。

リー団長は短く謝罪の言葉を口にしたが、それをアーチャに笑って『気にしないでくれ。親友との再会だとわかったからな。野暮な事はいわんよ』と言われてしまい、照れたように頭をかいた。

そしてコーヒーが運ばれ、それぞれの自己紹介が済むとまず口を開いたのはリー団長だった。

「それで今回みたいに手の込んだ事をやったのは、俺に何か頼みたいからじゃないのか?」

まさにド直球である。

相変わらずの物言いに、パットラは苦笑しつつも頼もしく感じた。

こういう男だからこそ、信頼できると……。

そして、それに答える為に口を開く。

「その通りだよ。確か、リーはタイドラ・マックスタリアンにツテがあったよな?」

その名前に、リー団長の顔がピクリと反応する。

「もしかして、共和国商人のか?」

「ああ。そっちだ。マックスタリアン商会の代表だ」

それで間違いないと確認したんだろう。

リー団長が怪訝そうな表情を浮かべた。

「確かに、ツテはある。しかしだ、何を考えているんだ?ありゃ、大商人だぞ。そうそう頼みごとなんて出来ないぞ」

その言葉に、横で話を黙って聞いていたアーチャが口を挟む。

「ああ。わかっている。そうだね、うまくいったらルル・イファンの商売に深く関わられるっていうのはどうかな?」

ルル・イファンの商売に深く関わる。

それは連盟の商人が一掃されたこの国で大手を振って商売が出来ると言う事であり、とんでもない利益が生まれるだろう。

だが、それはうまくいったらである。

現状は、連盟との戦いが継続しており、うまくいく確率は限りなく低いだろう。

それに頼みたい事と言っても限度がある。

だからその確認をしたかったのだろう。

「何を頼みたいんです?」

リー団長が確認するかのように聞く。

その言葉に、笑いつつアーチャは隣にいる人物、リプの方に視線を向けた。

「彼をアルンカス王国まで連れて行って欲しいんだ」

そこでリー団長は納得した。

アルンカス王国への航路は王国、共和国から少ないながらも出ているが、秘密理に人物を連れ込むには商会の直接扱う商船に乗るのが一番だ。

そして、アルンカス王国への商船での航路があるのはリットーミン商会であり、そのリットミン商会と強い横の繋がりがあるのがマックスタリアン商会であった。

「つまり、アルンカス王国の商船に便乗できるように、リットーミン商会に便宜を図って欲しいという事ですか……」

「そういうことだ。それともう一つ……」

パットラが楽しそうに笑って言う。

「なんだ、まだあるのか?」

「ああ。その際の護衛を頼みたい」

その発言に、リー団長とパントンパ副団長は呆れた顔をする。

「すみません。我々はほんの数時間前まで敵だったんですよ?」

たまらず、パントンパ副団長がそう言うものの、「傭兵としての信頼がありますし、それに確か傭兵団『死にぞこないの虎』は要人警護なんかもこなす技量の者もいると聞いたんですが……」とパットラから言われてしまい二人は黙り込む。

傭兵して信頼しているといわれてしまえば反論は出来ない。

彼らにしてみれば、傭兵なりの誇りとプライドがあるのだ。

その上、傭兵団『死にぞこないの虎』の技量を買われてという事もある。

実に断りにくい。

「手前、断りにくいってわかってて言ってやがるな?」

「ええ。引き受けて欲しいですからね」

ニコニコと笑ってパットラがそう言うと、リー団長は渋々といった顔をする。

「わかった。引き受けよう。だがな、マックスタリアン商会が乗らなかったらもう知らねぇからな」

「ええ。それで構いません。その時は、また別の手を考えますか……」

苦笑するとパットラはアーチャの方を見る。

「ああ。任せるよ、パットラ。君の思うとおりにやってくれ」

その短いやり取りの中にも、二人には信頼関係がきちんとあるのが見て取れたのだろう。

リー団長は、大きくため息を吐き出すと二人を見て口を開く。

「それで、どういう手はずにするんだ?」

その言葉に、パットラはうれしそうな表情を浮かべると計画を説明しだす。

それを聞きながらリー団長は相変わらずだと思う。

そして、そんなパットラと共に動ける事に喜びを感じていたのであった。



こうしてルル・イファン人民共和国が次の打つ手の為に動いていたころ、連盟もじっとしていたわけではなかった。

第九艦隊撤退の報を受け、すぐに緊急会議か招集された。

その中には、商会の機能をアルンカス王国へ移しつつあるポランド・リットミンの姿はなかったが、一人を除いてそれに対して誰も気にしていなかった。

彼らにしてみれば、それ以上に大切な事があったためである。

第九艦隊の敗北。

それはあまりにも予想外の出来事であり、最初は誰も信じられなかった。

しかし、続いて届けられる報告の内容に、それが現実だと受け止めるしかなかったのである。

そして持ち上がったのは、今回の敗北に関する責任問題だ。

ただ、戦いに負けただけでなく、国の威信を泥にまみれさせたという責任だ。

これにより、連盟領の独立運動はより大きくなっていく事が考えられた。

その責任をどうするのかという事である。

もちろん、ケンカシア商会を吊るし上げる事は彼らの中では決定事項だ。

それに戦いを指揮した者に対しても責任がある。

それを追求しなければならない。

その為に今回の緊急会議は開かれたようなものであった。

実際、会議が開始されて三十分もしないうちにケンカシア商会は今回の責任を押し付けられ、多大な資金と物資を国に収めることとなったのである。

おそらく、ケンカシア商会はこれで少なくとも十年間は借金で首が回らないだろう。

そして戦いにおいての責任は、戦死したケンカシア商会の三男であり第九艦隊司令官でもあるラストノナラ・ケンカシアと上陸部隊の指揮官であるギャラリン・リフトラサ大佐の二人に押し付けられた。

部下達の証言から二人が今回の敗戦の原因となったのである。

確かに事実ではあるが、もし生きていたら本人の口から出るいい訳によってここまで簡単に終わる事はなかっただろう。

まさに死人に口なしといったところか……。

ともかく、こうして責任追求が終わった後は、今後の対策が求められた。

再び軍を派遣するといった意見もあった。

しかし、再度戦いに負けたとき、その被害はとてつもないという事に皆気がついていたため、すぐに却下された。

何より、言い出した人間が却下されたことでほっとした表情を浮かべるほどであった。

なら言うなよ。

そう言いたい者は多かったが、誰も口にしなかった。

それは、連盟商人達にとって生きる伝説であるアントハトナ・ランセルバーグの存在があったからだ。

彼に睨まれたら、連盟で商売は出来ない。

それを誰もがわかっていた。

そして、彼が嫌うのは、意見が出ない事であり、出た意見を検討もせずに笑い馬鹿にする事であった。

どんな意見も検討する余地はあるというのが、アントハトナの考えであったからだ。

だから、誰も表立って笑ったり、馬鹿にしたりしなかったのだ。

そして、結局決定したのは、ルル・イファンに対しての経済制裁であった。

ルル・イファンは穀物生産国として今まで成り立っており、それ以外の産業はほとんど発展していない。

唯一、例外として現地の軍で使用するための弾薬や鉄などの生産拠点があるが、それは小規模であり、現地の軍の消費分ほどの規模といったところだ。

つまり、穀物以外に産業がないのと同じである。

だからこそ、国として成り立つ為には、穀物以外を輸入し、穀物を輸出なければならない。

時間はかかるが、海路でしか輸送ルートがないルル・イファンにとって、海上封鎖はまさに致命的なダメージとなるだろう。

「ふむ。それしか今のところはないか……」

アントハトナのその呟きが決定打となった。

こうして、残った八つの艦隊から、艦艇を出し合い、ルル・イファン海上封鎖作戦が開始されたのであった。

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