ルル・イファン独立戦争 その5
十月十一日、午前九時……。
深夜から降りだした雨が強くなり荒れる海面の中、第九艦隊から戦艦三隻、重戦艦二隻が動き出す。
ルル・イファンの火砲が配備されていると予想される陣へ攻撃を仕掛けるために……。
しかし、その後に続く艦船はない。
激しい雨と荒れる海に臨時で上陸部隊の指揮を任せられたリキターベント少佐は作戦の実行を拒否したのである。
この雨と荒れた海では、上陸作戦を実行するには危険すぎると。
実際、朝方になると余計に天候は荒れ始めた上に、嵐が来ているという情報さえある。
また、信号弾により先鋒の傭兵団が近くの村に入り健在なのはわかっていたが、天候はどうしょうもない。
結局、ここは様子を見るべきという意見が大半を占めた。
もっとも、連中の火砲は厄介だから艦砲射撃で潰しておくという事だけは実行する事になった。
ただし、弾薬が不足気味であるため、艦砲射撃を行なう艦艇や量はかなり制限されてしまっている
それは、『どうせ敵の艦隊戦力は微々たるものだからそれほど弾薬を残しておく必要ない。だから上陸に邪魔な連中を圧倒的な火力で踏み潰してしまえばいい』と言い張るケンカシア艦隊司令をポラルファ大尉が必死に説得して引き出した結果であった。
しかし、その結果かなりの気力と体力を使ったのだろう。
作戦行動する艦艇を艦橋で見送るポラルファ大尉の目は、死んだ魚のような虚ろな目であった。
艦橋にいた乗組員、特にケンカシア艦隊司令から理不尽な事で怒鳴られることが多くストレスの溜まっている無線手は、そんな副官を哀れむのと同時に同類を見つけたといった感じの表情を浮かべて見ている。
もっとも、そんな艦橋の空気や雰囲気をケンカシア艦隊司令が気がつくはずもなく、艦艇を見送りつつケンカシア艦隊司令は不満そうな表情のままぼやく。
「これくらいの雨で上陸作戦を中断とは、あの爺め……」
爺とは、リキターベント少佐の事である。
現場からたたき上げの五十代の男性で、その顔や身体には幾つもの傷がある歴戦の勇士といった感じの強面の男だ。
さすがにその雰囲気と強面の顔、それに紳士的ではあるが、他を圧倒する言葉に押されたのだろう。
渋々ではあったが、ケンカシア艦隊司令は上陸作戦中止を受け入れるしかなかったようである。
また、リキターベント少佐が退室後、虚勢を張るケンカシア艦隊司令を見てますます艦隊司令に対しての周りの評価が下がったのは言うまでもない。
もっとも本人は周りから自分がどんな評価をされているのかまったく気にしていないというか、気づいてもいないようだったがそれは幸せであり、不幸でもある。
人によっては、神経質になり評価を気にすることで自分を歪めてしまう恐れがあるのだが、彼の場合はそれを気にしない、或いは気づかない事でその束縛から解放され幸せなのだろう。
しかし、人を評価するのは他人であり、それによって周りの対応も代わってくる
また、それによって被る被害もある。
だが、もし他人が自分に下している評価が少しでもわかっていたら、それは代わったかもしれない。
実際にその人の人生を大きく変えてしまうこともしばしばある。
だから、わかっていないことは不幸でもあるのだ。
そして、ケンカシア艦隊司令はこの後、その不幸を味わう事となる……。
ともかく、こうして第九艦隊から離れた五隻による艦砲射撃が午前十時過ぎに始まった。
ガチガチに固められた乾パンをコーヒーでいくらか柔らかくして口の中に放り込んで遅い朝食をとっていたリー団長のところに伝令の兵が駆け込んできた。
どうやら見張り所にいるパントンパ副団長からの連絡らしい。
「『艦隊に動きあり』との事です」
「そうか……。それで動いているのは何隻だ?」
「はっ。五隻前後との事です」
「そうか。なら、今日の上陸作戦は中止だな。副団長は他に何か言っていたか?」
「いえ。艦隊に動きがあるとだけ伝えろと……」
要は慌てて来る必要はないということだな。
「わかった。副団長に『了解した。朝食が終わり次第そっちに寄る』と伝えろ」
その言葉に一瞬、『えっ?!急いで行かないんですか?』といいたそうな顔をしたものの、すぐに表情を引き締めて伝令の兵は敬礼して戻っていく。
その後姿を見送りながら。リー団長は中断していた朝食を再開する。
この天候に、海の荒れ具合を見れば、上陸作戦は無謀と言っていいだろう。
しかし、上陸作戦は無理でも艦砲射撃で敵の火砲を潰すことは可能だ。
雨が振り、地面がぬかるんでいる今なら、砲撃されても急いで撤収は難しいだろうしな。
しかし、あの指揮官、確か……リフトラサ大佐だったか……。
あのタイプは、机上の空論を振り回し、それを現場に押し付けるタイプだ。
だから、あいつが上陸作戦中止を命じるとは思えない。
こりゃ、上陸部隊を指揮するヤツが変わったな……。
そんな事を考えつつ、リー団長は、最後の干し肉を口の中に放り込み、コーヒーで流し込んで朝食を終わらせる。
もし予想通りなら、今日は大きな動きはないだろう。
なら……どうするか……。
やはり、接触するしかないか。
そう判断し、見張り所に向かう。
自分の判断をパントンパ副団長に話すために……。
午前十時過ぎ、いきなり砲撃され始めた昨日までいた陣を見て、傭兵団『飢えた狼達の巣』を中核とした第一防衛団の指揮を任された副団長ラスロット・カーブルは苦笑を浮かべた。
「おいおい、いきなりかよ……」
その言葉には呆れたといったニュアンスが含まれている。
動けない要塞砲の類ならわかる。
しかし、こっちは火砲なのだ。
じっと同じところに留まっている訳がないだろうに……。
なんせ、連盟の艦隊が来るまでに作戦にあわせた準備は徹底的に行なわれているのだ。
特に四ヵ所に分けられている火砲の陣は、すぐに別の陣に移動もしやすいように道なども完備され、丁寧に偽装されている。
これは艦艇に比べ、射程距離の短い火砲をいかにして生き残らせるかという事を考えて用意されていた。
弾薬や砲弾などの消耗品の備蓄所も艦砲の届かない距離で幾つにも振り分けられ、一気に失われないように徹底的に管理されている。
もちろん、火砲だけではない。
この海岸には、ルル・イファン軍陸上部隊の実に七割が集結し、幾重にも防衛ラインが構築されていた。
だからこそ、村に先鋒の傭兵部隊を釘付けに出来るのだ。
今のところは、作戦通りに進んでいる……。
しかし、油断は出来ない。
なんせ、相手は六強と言われる連盟だ。
圧倒的な資金と戦力を持っている。
だから、まともに戦って勝てるわけがない。
そこで選択されたのは、連盟にルル・イファンを攻めるのは利がなさ過ぎると体感させることであった。
後ろ盾がない以上、それ以外に選択肢がなかったこともあるが、何より大きかったのは連盟が商人が中心となって作られた国であるという事だ。
商人は、利があると判断すればどんな事をしてもと固執するだろうが、利がないと判断すればあっけないほど固執しない。
まぁ、国としてのプライドや他の植民地の手前がある以上、あっけなくといった風にはならないだろうが、それでも他の国に比べれば切り替えは早い。
だからそれを狙ったのだ。
そして、それをする為には、徹底的に流血を強いて被害を与えるしかない。
例え、こちら側がどんな被害を出しても……。
厳しい戦いが続きそうだな……。
ふう……。
ため息を吐き出す。
そして天を見上げた。
激しい雨が降り注いでいる。
もう暫くこの雨が、この天候が続いてくれないだろうか。
それは血みどろの未来を先延ばしにしているだけなのかもしれない。
しかし、それでもそう願いたい。
仲間が死んで欲しくないから……。
だから願うのだ。
無理だと思いつつも……。
「作戦成功です。敵は一発も打ち返して来ません。これで敵の火砲はかなりの被害を受けたと思われます」
その報告を聞き、ケンカシア艦隊司令は満足そうに頷いている。
「ふふふっ。これで上陸を邪魔する連中も早々手は出して込んだろう。それにあの爺も文句は言うまいて。よしっ。明日にでも上陸作戦を敢行するようにあの爺に連絡を入れろ」
そのケンカシア艦隊司令の言葉に、魂の抜け殻の様になっていた副官のポラルファ大尉が我に返って止める。
「だ、駄目ですっ」
「何を言うっ。敵の火砲は黙らせたのだぞ。今が好機ではないか」
「確かにそうかもしれません。しかし、嵐が近づいているという情報があったではありませんか。せめて嵐が過ぎ去った後にすべきです」
「嵐だと?!」
怪訝そうな顔で聞き返すケンカシア艦隊司令。
要は会議でろくに話を来いていなかったのだろう。
「はい。この時期は本当はあまり嵐は起こらないのですが、今年は異常気象のためか昨日の夜に、嵐がこちらに進んでいるという情報が入ってきました。それに気候予想の担当官が嵐が直撃しなかったとしても海がかなり荒れるため、二、三日は無理はしない方が良いという報告も来ております」
「くうううっ。なんという天の悪戯かっ。仕方あるまい。しかしだ。天候が回復したらすぐに作戦に移るからな」
「は、はい。了解しました」
そのやり取りが終わるとケンカシア艦隊司令は自室に戻る為、肩を揺らしつつ艦橋を後にする。
その後姿を見送る乗組員の目に、尊敬といったものはまったくない。
ガチャリと防水扉が閉められ、その音にあわせたかのように艦橋にいた乗組員達の口からほっとした息が漏れた。
「お疲れ様でした……」
艦長が椅子を用意し、ポラルファ大尉に座るように進める。
「ああ、ありがとう……」
少し微笑んで遠慮なく座らせてもらうことにする。
朝の会議からずーっとケンカシア艦隊司令を宥め賺し、不満の矛先になって対応していたのだ。
それ故に体力も気力も限界に近かった。
「絶対に、辞めてやる……」
だからだろうか。
ぼそりとだがポラルファ大尉の口から本音が漏れる。
その言葉は感情が篭っている分、周りの人達の耳に入った。
しかし、周りはそれに気がつかない振りをする。
それは誰もが思っていることであったからだ。
艦長がポンポンとねぎらうようにポラルファ大尉の肩を叩く。
それだけの事であったが、苦労が報われるような感覚にポラルファ大尉はなったのであった。




