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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三章 二つの世界の間で

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日誌 第十五日目 

「さみしくなります」

そう言ってアッシュが僕を抱きしめる。

戦いが終わり、彼が捕虜となって実に十二日が経過していた。

すでに全員の情報収集も終わり、彼らウェセックス王国の捕虜は国外退去と決まった。

もちろん、アッシュもだ。

彼は、あの茶会以来、よく食事やお茶を楽しみつつ話し込む仲になっている。

なんか茶飲み友達がいなくなるのは少し寂しいかなとか口にしたら、三島さんに爆笑された。

どうも、発想がジジくさかったらしい。

そんな事はないと思うんだけどなぁ。

女の子だって、よく友達とお茶会するじゃないか。

なんかそういうのは差別だよなぁとか思いつつも文句を言えないんですけどね。

はぁ、情けない。

ともかくアッシュの事だ。

フソウ連合に残るという選択肢も彼にはあった。

彼が持つ外の国の知識は、外の国の情報が不足している我々にとって手放すのが惜しいと思えるほどに豊富だった。

それに彼と友人との関係になり、出来れば僕の手助けして欲しいという思いもあった。

しかし、彼はその提案を断った。

それでは自分の祖国と君の国との友好関係のきっかけになれないと言って…。

その決意はとても固く、僕は彼の意思を尊重する事にした。

その事を思い出しながら、彼ががっしりと僕を抱きしめるので抱きしめ返す。

もうさすがにみんな慣れたもので、挨拶だとわかっているから最初の時のような騒動にはならない。

ただ、東郷大尉が少し不機嫌そうな顔をしているが、「それは気にしたら負けだと思うように」と三島さんに言われたのでそう思うすることにした。

まぁ、いろいろ気を使うのは疲れるし、疲れる事はなるべくしたくないんだよね。

そして彼が離れると口を開く。

「どれだけできるかわからないが、貴国との戦いは出来る限り避けられるように努力はするつもりだ。だが…」

そこまで言った後、アッシュは少し悔しそうな顔をする。

自分の本国における力のなさ、立ち位置の不甲斐なさを噛みしめているのだろう。

だから僕は言う。

「きっかけを作ってくださるのでしょう?」

その言葉に、アッシュは表情を和らげて苦笑する。

「そうだった。そうだった。サダミチの言うとおりだ。それでも…友人としてできる限りの事はしたいのさ」

「ははは。無理はしないでおいてくれよ。それに無事帰れる事を願っているよ」

「何を言っている。その為にいろいろ気を使ってくれたんだろう?」

そう言うと悪戯を見つけたような表情をしてアッシュは言葉を続けた。

「君が捕虜全員に脅しをかけておいてくれたんだろう?お前らが助かったのは、第六王子である僕が部下をかばったからだと…」

おいおい。それは秘密にしておくはずだったのだが…。

何でバレたんだろうか?

僕が驚いた表情を見せたので、ニタリとアッシュは笑って種明かしをする。

「いやなに…。みんな以前とは比べ物にならないくらい僕に柔順だからね。さすがに気になって、部下の一人を問い詰めたんだよ。そしたら、いきなり泣きながら「殿下の心の優しさに感動しました。これからは殿下に絶対の忠誠を尽くしていきます」と言い出したからね。それでピンときたんだ」

「そうか…。そんなに態度は変わったのか?」

「ああ。まさに反転したってくらいにね」

「そうか…」

そう返事をしつつ、今までのアッシュの境遇に同情してしまう。

今の部下の対応だけで反転した、つまり間逆の反応だと言う事は、彼はどれだけ孤立無援だったのかよくわかる。

「他に親しい友人なんかはいないのか?」

ついつい聞いてしまう。

「ああ。士官学校の同期とかいるんだが、別々になってしまってな」

少し懐かしそうな事を思い出す顔をして笑う。

「そうか。なら無事に帰ったら顔を見せないとな」

「ああ。もちろんだとも…」

そして笑いつつ言う。

「東の果てに、サダミチみたいな新しい友人ができた事も報告させてもらうよ」

その言葉に、僕は笑いつつ言う。

「変な事は言わないでおいてくれよ」

「さて、それはどうしようか迷っているところだ」

アッシュがそう言って笑う。

僕も笑い、そして右手を差し出す。

「また会おう、友よ」

アッシュがその手を握り返す。

「ああ、また会おう。もちろん、今度は捕虜ではなくて、友好の使者としてここに来れたら最高だと思う」

「その時は、また茶会を楽しもう」

「ああ。そのつもりだ」

手が離れ、僕は後ろにいる東郷大尉に手で催促をすると、すーっと東郷大尉が木製の小箱を用意した。

「これは高価なものではないが、僕の個人的な友人に対する贈り物だ。よかったら使ってくれ」

そう言って、木製の小箱をアッシュに手渡す。

「み、見てみてもいいだろうか…」

驚いたのか、或いは感動したのか。アッシュの言葉の語尾が震えている。

「ああ。構わないよ」

そして、「本当にたいしたものではないから」と言いかけて言葉を変える。

外国人に対して『たいした物ではない』という謙遜は失礼に値するからだ。

「気に入ってくれればいいんだが…」

木箱を開けて中を見たアッシュの表情がうれしさに満たされる。

「気に入るも何も、絶対に気に入るだろう、これはっ」

アッシュはそう言って僕を見た。

木箱の中身は、ティセット一式と茶葉の詰め合わせ。

彼が紅茶も飲めないと言って愚痴っていたのを思い出し、僕の世界で買い求めたものだ。

もちろん、価格はそれなりで高級品と言うわけではない。

しかし、アッシュにとってはとても欲しかったものだったのだろう。

木箱をテーブルに置くと、僕に飛びついて抱きしめた。

「ありがとう。ありがとう…」

ただただその言葉だけを繰り返し強く抱きしめてくる。

だから、僕も強く抱きしめ返した。

こうして、アッシュは本国に帰ることとなった。

本国に帰ると言っても、嵐の結界を抜けた先の彼らの船の定期航路まで駆逐艦の護衛で輸送艦で送り、その後はカッターやボートに食料と水などを載せて送り出すといった事しか出来ない。

後は、彼らの運と努力しだいと言うことになる。

本当はきちんとした捕虜交換や捕虜引渡しをやりたいところだが、捕虜交換条約どころか国際条約の一つもないため、こちらで出来る事はここまでなのだ。

ふう。その辺の基本的な取り決めや条約も何とかしないといけないな。

そう考えたものの、今のところは侵攻してくる相手に対応するのが精一杯だ。

だからこそ、アッシュの存在が少しでも打開できるきっかけになって欲しいと思っている。

だが、彼にこの先に待つ運命は過酷なものなのかもしれない。

それを考えれば、会えるのはこれが最後になるかもしれない。

そういう考えが一瞬よぎる。

しかし、僕はなんとなくだがこれが最後の別れになるとは思えなかった。

勘と言うやつだろうか。

彼とはこれからも長い付き合いになるという…。

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