日誌 第十一日目 その3
昼食会も終わり、午後の仕事を始めて三時間が経った。
さすがにもう駄目だ。
こんなに書類整理ばっかりやったのは、僕の中でも初めてではないだろうか。
ちらりとデスクの右斜め前を見る。
だいぶ減ったとはいえ、確認が必要な書類の束はまだ百科事典ほどの厚さがある。
うーんっ…。
集中力が切れかかってるな。
肩を動かし、背伸びをする。
ふう…。コーヒーでも頼もうか。
そう思ってインターホンのボタンを押そうとしたら、先に向こうから声をかけられていた。
「長官、広報部の杵島大尉がお話があるそうです」
「わかった。入ってもらってくれ」
「それが…例の映像が出来たと…」
「わかった」
僕は立ち上がると部屋の入口に向かう。
ドアを開けると長官室の前にある秘書用のデスクの前に杵島大尉が、デスクにはインターホンに手を伸ばしたままの姿勢で東郷大尉が座ってこっちを見ていた。
「さて、出来たんだね。早速見に行こう。東郷大尉も一緒にどうだい?」
「えっと…何を…」
「ほら、広報部に前言っていたじゃないか。海軍のニュース映画や広報映像を作ってくれって」
東郷大尉にそう言って、視線を杵島大尉に向けて聞く。
「あれが完成したんだろう?」
「はっ…はいっ。完成しました。それでですね、長官にもチェックをお願いできないかと…」
杵島大尉の言葉に、思い出したのだろう。
「あ、あの話ですね」と納得したのか東郷大尉が頷いた。
「ちょうど書類整理も煮詰まってたところなんだ。気分転換も兼ねてちょうどいいんじゃないかな」
「そういうことでしたら、私もいきます。仕事じゃ仕方ないですから…」
なんて言いつつもうきうきしている感じの東郷大尉。
その様子に、杵島大尉は苦笑している。
「もう…相変わらずなんだから…」
そう言いつつも、楽しそうだ。
「では、さっそく見せてもらおうかな…」
僕がそう言うと、杵島大尉は会議室の方に僕らを案内したのだった。
会議室は暗幕が掛けられて暗くなっており、スクリーンや映写機などももう準備されていた。部屋の真ん中には折りたたみの椅子が五個四列並べられている。
そして僕らが最後だったのだろう。
すでに先客がいて座って待っている状態だった。
「長官がお着きになられました」
映写の技術士官がそう告げると、座って待っていた先客達が立ち上がって敬礼する。
それに返礼しつつ、案内された席に移動した。
その面子は、参謀本部本部長新見大佐、後方支援本部の鏡少佐、諜報部川見少佐といった僕の幕僚達だけでなく、山本准将、南雲大尉、的場大尉などの現場の指揮官。そして、僕の代わりフソウ連合を飛び回っているはずの三島さんもいた。
「三島さんっ、帰って来ていたんですか?」
「ええ。ほんの三十分前にね。なんか面白いことするって聞いたからね。二式大艇から降りてまっすぐこっちに来ちゃったわよ」
ケラケラと笑いつつそう答える三島さんだが、かなり疲れが見え隠れしている。
「お疲れ様です。無理させてすみません。少し休んでおいてください」
「ええ。これ見たらそうさせてもらうわ」
そう言って手をひらひらさせると椅子に座って視線を前に向けた。
また、僕が座るのにあわせて他の人たちも椅子に座って視線をスクリーンに向ける。
すでにスクリーンの前には杵島大尉が立っており、深々と頭をさげた。
そして、その場にいる全員を見て口を開く。
「今回、海軍を知ってもらうための映写会を開いてはどうかという長官のご提案があり、無事、皆様のご協力のおかけで完成までたどり着く事ができました。本当にありがとうございました。では、始めたいと思います」
そう言った後、また深々と頭を下げるとスクリーンの前から退出する。
そして、わずかに点いていた明かりが消え、闇夜の中に包まれると映写機が動き出した。
ゆったりしたのんびりとした音楽が流れ、まず写ったのはフソウ連合のどこかの島だろうか。
空撮から始まり、そして、視点が空から陸に。
そして、遠方の風景が段々と身近なものになっていく。
そして、それと同時に緑が生い茂り、畑や田で人々が働き、海に漁に出て生活しているさまが映し出されていく。
そこには、フソウ連合の人々の営みがあった。
平和で穏やかな風景がそこにはあった。
しかし、急に音楽は激しい毒々しいものに変わり、それにあわせて場面が変わる。
海の上だ。
そしてそこには遠距離で撮ったのだろう。
小さな点が段々と近づいてきており、それが大きくなってくるにつれ戦艦である事がわかる。
ガサ沖海戦で戦った重戦艦だ。
そして、画面は白くなって文字が並ぶ。
そこには、ウェセックス王国がフソウ連合に当てた文章がそのまま並べられていく。
もちろん、最後の脅迫部分も含めてだ。
そして、また曲が変わり、場面が変わる。
マーチが流れて海軍の軍艦や兵士達が写り、それにかぶさるように「我々は祖国の為に戦うのだ」という文字が写った。
高揚するように曲が段々と盛り上がり、「決戦の時は来た」という文字と海戦開始の時間が大きく画面を踊った。
そしてその後に映し出されるのは、ガサ沖での戦闘場面。
激しい射撃音が響き、敵からの砲撃を避けて戦う第一水雷戦隊の勇姿が映し出される。
そして、敵艦隊は壊滅し、海に漂う敵兵士を救い出すところまでが映し出された。
その後、フィナーレーの音楽が流れ終了となった。
画面が消え、明かりが点く。
みな画面を夢中になって見ていたようだ。
映画とかはそれほど詳しくはないんだけどよく出来ていると思う。
少しわざとらしく感じる音楽の演出とかはあったものの、普通に見るならこれくらいやってた方がいいのかもしれない。
そんな事を思っていると、杵島大尉が僕の近くまで来て恐る恐る聞いてくる。
「いかがだったでしょうか?」
「よかったよ。短い時間の間によく作ってくれた。これなら十分広報に使えると思うよ」
僕の言葉にほっとした表情を見せる杵島大尉。
「よかったじゃない」
僕の横で一緒に見ていた東郷大尉がそう声をかけると少し涙目になりつつも「ありがとう」と答えている。
そんな中、新見大佐が声をかけてきた。
「杵島大尉。少しいいかね?」
「は、はいっ。なんでしょうかっ」
その声に慌てて杵島大尉が返事をする。
「いい出来だとは思う。だがちょっと言っておきたい事がある」
「は、はいっ」
ピーンと背筋を伸ばして聞く体勢になる杵島大尉。
なんか、厳しい先生に怒られている生徒のようだ。
「どうせなら、海軍、或いは陸軍、志願募集中とかを最後にでも入れたらどうかね?」
「あっ…そうですね。広報と募集を兼ねて出来ますから、それはいいアイデアだと思います。検討してみます」
「うむ。そうしておいてくれ。海軍としても増強で少しでも兵が欲しいところだからな。それとだ…あともう一つ。こっちが本命だが…」
途中からも少し新見大佐の声が厳しいものに変わり、それに相反するかのように杵島大尉の緊張感が高まっているのがわかる。
「そんなに緊張するな。別に作品に関してではない」
その言葉に一瞬だがほっとした表情を見せる杵島大尉。
しかし、すぐにまた表情を引き締める。
「今回は問題ないが、次回からは機密事項が写っていないか事前に確認させてもらえないだろうか?」
その言葉に今まで何か引っかかっていたものがはっきりする。
そうだった。
今の我々の技術力は外の国よりも三十年ほど先行しているとはいえ、絶対的な差ではない。
何でもかんでも公開できるわけがない。
それをすっかり忘れてしまっていた。
慌てて新見大佐に僕が声をかける。
「すまん。そういう事を指示するのを忘れていた。僕のミスだ」
僕の言葉に、新見大佐がため息を吐き出す。
「長官、しっかりしてください」
「はい。すみません。気をつけます」
そして、僕の言葉の後、誰がかわからないが笑いが起こり、それがそこにいる皆に広がっていく。
僕もなんかおかしくて笑ってしまっていた。
もちろん、新見大佐も。
こうして、無事試写会は終了したのだった。




