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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十三章 暗躍、そして……

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二つの決断

「しかし、本当にあんな男で大丈夫なのか?」

トバイが不満そうな顔で言うが、その言葉をアーチャは笑って言い返す。

「いやいや。中々抜け目ない男だと思ったよ、私は。どうやら今回の騒動の流れを見抜いているって感じだし。そうでなければ、今回のような事はできないだろう」

そこで一旦言葉を切った後、視線をトバイからレンカバッラ大佐に向ける。

「そうだろう?」

「おっしゃるとおりです。彼は抜け目ない男です。常に情報収集を怠らず、それを活用する為にあらゆる手を打ちます。実際、今回の騒動を知ると真っ先に私のところに連絡を入れてきました。まだ軍がほとんど動いていない時点でです。そして、貸しを返して欲しいといわれ、今回の茶番を遂行するように言われました」

「だから、最初に総督一行を逃がして欲しいといったんだな」

トバイが怪訝そうな顔で言う。

「ええ。その通りです。それほどの貸しが彼にはある……」

しんみりとした顔でそういうレンカバッラ大佐。

さすがにその貸しは何だとは言いにくかったのだろう。

「まぁ、いい。君の提案はこっちの予定通りのものだったからな。問題ない」

そう言ってトバイは話の流れを変えるため、一旦言葉を切ると別の話をふった。

「しかしだ。それほど出来る男という話だが、本当か信じられん。彼の情報はあまりないようだが……」

「ええ。彼は自分の事をあまり言いたがらないです。ですが……」

そう言った後、決心したようにレンカバッラ大佐は口を開いた。

「私が調べた結果、彼は元々は共和国出身の軍人という事がわかりました。あの共和国の軍師と言われたアラン・スィーラ・エッセルブルドの部下で彼の右腕といわれるほどの実力者だったらしいです」

「ほう……」

アーチャが驚いたような顔で声を上げる。

アラン・スィーラ・エッセルブルド。

共和国の軍師という異名を持つ傑物で、その才能は軍事だけでなく政治でもその才を発揮しており、一時期は共和国の陰の支配者と言えるほどの影響力を持っていた人物である。

フソウ連合との戦いで戦死するも、それまでの戦いで敗北はなく、国内をまとめ上げ、共和国の力を倍増させた手腕は未だに高い評価を受けている。

もっとも、それだけ才能があるとどこか常人離れした部分が出てくるものだ。

その部分が最も出たのは彼の人間性である。

そのあまりにも極端な人間性に、ほとんどの者は眉をひそめるだろう。

だが、そんな部分を差し引いても優遇されるほどの才能がある人物が右腕と頼った男……。

それほどの人物がなぜ、歴史はあるもののしがない傭兵団の団長なんてやっているのだろうか。

当たり前に浮かぶ疑問。

だからトバイは思わず口にする。

「それほどの人物がなぜ……」

「本当かどうかは定かではないのですが、集めた情報ではどうやら彼の婚約者がアランに弄ばれて自殺したらしいという話でした……」

「それは……また……」

ドバイが言葉に詰まり、アーチャも表情を硬くする。

アランという人物の話を聞く限りでは、それはありえると思えるからだ。

実際、アランには女性によるスキャンダルが山ほどあるが、その全てが公になったわけではない。

そしてそんな目にあったのなら、いくら才能を認めてくれた相手だとしても決別を選択するだろう。

その苦しみを想像し、誰もが言葉を無くして黙りこむ。

しばしの沈黙があたりを包み込んだ後、レンカバッラ大佐が申し訳なさそうに言う。

「今の話は……」

「ああ。わかった。聞かなかったことにする」

「そういうことだな」

そしてアーチャが壁に張られた地図に目を向ける。

「ともかくだ。もう走り始めた以上、やるしかないということだな」

そう呟く様に言うと、視線をレンカバッラ大佐に向ける。

「もし彼が駄目な場合は、レンカバッラ大佐、貴官が軍をまとめてくれ。それと恐らく連盟は近いうちに軍を派遣してくるだろう。それに対抗する手を検討して欲しい」

「わかりました。すぐにでも始めます」

そういった後、レンカバッラ大佐は砕けた口調で言葉を続ける。

「もっとも、無駄になってくれるとありがたいのですが……」

「そう言うな」

トバイがカラカラと笑う。

そんなトバイにアーチャは視線を移す。

「トバイは、独立運動に参加した都市や地域をまとめ、国としての形作りを始めてくれ。一週間以内に、独立宣言を行なう」

そう言い切るアーチャだが、その表情は硬い。

「いいんですか?」

「何がだ?」

「連邦からの連絡を待たなくて……」

その問いに、アーチャは黙り込む。

恐らく今のままでは、連邦が望む国の形にはならないことが予想できる。

しかし、それを連邦は許すだろうか。

不安だ。

しかし、もう後ろを振り返る暇などない。

「いいんだ。いざとなったら、私が責任を取ればいい」

短くそういうアーチャに、トバイがパンと背中を叩く。

いきなりの事で、アーチャが思わずよろけて咳き込んだ。

「な、何を……」

「心配しないでください。俺らは連邦の為に独立したんじゃねぇ。俺らは俺らの為に独立したんだ。そしてそんな俺らの思いをあんたは形にしたんだ。連邦なんて関係ねぇし、責任なんて取る必要なんてねぇですよ。自信を持ってやってくだせぇ。俺らはあんたについていくだけですから……」

それはレンカバッラ大佐も同じなのだろう。

アーチャを見て頷いている。

「すまん。ありがとう……」

涙が出そうになるのをぐっと我慢し、微笑んでみせるアーチャ。

そして、そんな同士と呼べる二人の思いに答えねばと思う。

連邦が当てにならない以上、我々はどこを頼ればいいのか……。

やはり、情報が必要か……。

そして、決断しなければならない。

この国の、いやこの国の人々の為に……。

そう決心するとアーチャは真剣な表情でトバイに言う。

「今回のことでの各国の反応や動きを逐一まとめて報告してくれ。今後の参考にしたい」

「ああ。わかりましたぜ」

そして、思い出したかのようにアーチャは付け加える。

「ああ、それと『IMSA(イムサ)』と『IFTA(イフタ)』についての詳しい資料を用意してくれ」

その言葉に、トバイは怪訝そうな顔をした。

「その二つはフソウ連合が中心になって作られた国際機関という話ですが、今の我々には関係ないのでは?」

だが、そんなトバイの意見にアーチャは微笑む。

「使えるものはなんでも使いたいからな」

「わかりました。出来る限り調べさせましょう」

「頼むよ」

こうして、ルル・イファン一揆は成功したが、それは彼らにとって新しい試練の幕開けでしかなかったのである。



「な、なんだと?!我が国の同士が連盟の植民地の一つで革命を起しただと?」

ルル・イファン一揆の報を聞き、連邦の最高指導者であるイヴァン・ラッドント・クラーキンは驚くと同時に喜びに震えていた。

「でかしたっ。我々の同士がやってくれたぞ」

だがその喜びもすぐに収まり、別の考えが浮かんだ。

「しかしだ。私は、今までそんな事をするという報告は聞いておらぬ」

そのイヴァンの言葉に、統制管制院の責任者の顔色が変わる。

それで察したのだろう。

イヴァンがぎろりと統制管制院の責任者を睨みつけた。

「貴様、報告の義務を怠ったな」

その視線と怒気を孕んだ言葉に、責任者は震え上がる。

まさに蛇の前の蛙だ。

だがそれでも何も言わなければ最悪になってしまうとわかっているのだろう。

なんとか言い訳を言う為に口を動かそうとする。

しかし、パクパクと口は動くものの、恐怖にすくんでしまった身体は声を出す事は出来ない。

その様子は餌を求める鯉のようでもある。

だが、誰もがとばっちりを受けるのを恐れて笑う事さえも出来ないでいた。

プリチャフルニアも報告の義務を怠ったという事から庇う事はできそうにないと判断し黙り込んでいる。

精々死刑だといわれたら、せめて慈悲をと言うぐらいはするつもりではあったが……。

「ふんっ。貴様は首だっ。強制労働所に送り込めっ」

そのイヴァンの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。

そして、部屋の入口で警備していた兵が責任者を引きずり出していく。

その様子をふんと鼻を鳴らして見送った後、イヴァンは会議室全体を見回した。

「同志が快挙を成し遂げた。これについての意見を皆に聞きたい」

その言葉に、次々と意見が出されていく。

だが、そのほとんどの意見は、『これもイヴァン様の御威光のおかげ』といったおべっかや賛美、或いはこの植民地を使って連邦の勢力を広げていきましょうといった自分本位のものばかりであった。

その様子を見つつ、プリチャフルニアは心の中でため息を吐き出す。

一つぐらい彼らの血の滲むような努力と献身に報いるような発言はないのだろうかと思いながら……。

そしてプリチャフルニアは一つの決断をする。

それは祖国を裏切るような行為ではあったが、今の連邦のあり方にあまりにも我慢がならなくなったからでもあった。



「秘密理に……でありますか?」

プリチャフルニアの執務室に呼ばれた男、リプニツキー・ロマノヴァ・リプニツカヤは、迷ったような表情で聞き返す。

「そうだ。この書簡を急いでルル・イファンにいるお前さんの相棒、アヴドーチヤ・フョードロウィチ・ラスコーリニコフに渡すんだ。いいな、彼以外には誰にも見せるな。それが同じ連邦の仲間であっても、どんなに偉いさんであったとしてもだ」

そう、この男は、かってアヴドーチヤ・フョードロウィチ・ラスコーリニコフと共にプリチャフルニアに拾われ、切磋琢磨して競い合った彼の親友である。

だから、リプニツキーとしてはかっての友と再会できるというのはうれしかったが、味方さえも騙して秘密理に手紙を渡せといわれて困惑してしまったのだ。

だが、プリチャフルニアの真剣な表情と言葉から、これはとんでもない任務だと判断したリプニツキーは表情を引き締めると敬礼した。

「了解しました。必ずこの書簡を秘密理にアヴドーチヤに手渡します」

「うむ。頼むぞ。あまり時間はない。すぐにでも動いてくれ」

そう言うとプリチャフルニアは書簡とは別に厚めの封筒を引き渡す。

「これは?」

「ルル・イファンに向かうため、手配した船のチケットと当面の活動費だ。どう使ったかの報告はいらん。必要分だけ好きに使うといい」

「は、はいっ。わかりました」

封筒の厚さからとんでもない金額だとわかったのだろう。

リプニツキーの声がうろたえたように震えている。

「それと、同行者を一人つける。お前さんの護衛だ」

そう言ってプリチャフルニアが指を鳴らすと隣の部屋から一人の女性が現れた。

年は三十前といった感じだろうか。

美人ではないが、醜くもない。

あえて言うなら、どこにでもいるような普通といった感じの女性である。

その女性が似合わない軍服を着て現れ、敬礼した。

その女性をプリチャフルニアは紹介する。

「エヴゲニーヤ・セミョーノヴィチ・リターデン少尉だ」

「じ、女性でありますか?」

「女性だと不味いのか?」

「いえ。そ、そういうわけではありませんが……」

「心配するな。彼女の護衛としての能力はかなり優秀だ。間違いなく君を守ってくれるだろう」

「ですが……」

恐らく女性に守られているという事が嫌なのだろう。

そんな歯切れの悪いリプニツキーの言葉と態度に、呆れたような視線を向けて困ったような顔をした後、表情を改めてエヴゲニーヤは踵を鳴らしてリプニツキーに敬礼する。

「エヴゲニーヤ・セミョーノヴィチ・リターデン少尉であります。ご不満があるかもしれませんが、任務遂行の為、よろしくお願いいたします」

その勢いに飲み込まれてしまい、反射的に慌ててリプニツキーも敬礼し返す。

「あ、ああ……、こちらこそよろしくお願いします」

その二人のやり取りを面白そうに見ていたプリチャフルニアは、ニタリと笑うと今度は二人に身分証明書を手渡す。

連邦が国外に向かう人の為に発行しているものだ。

「二人とも軍人ではなく民間人という身分になっている。言葉遣いとかは気をつけるように」

「わかりました」

そう言いつつ渡された身分証明書を覗き込むリプニツキー。

そしてその様子を見てニヤニヤ笑いつつプリチャフルニアはとんでもない事を口にした。

「ああ、それはそうと、書類上、二人は夫婦という事になっている。うまくやってくれ」

その言葉に、唖然とした表情で固まるリプニツキー。

そしてそんな彼を見てニコリと微笑みつつエヴゲニーヤは口を開いた。

「エヴァと呼んでくださいませ、旦那様」

そして、リプニツキーは後に親友に再会したときにぽつりと言う。

「あの時の彼女の笑顔が本当に怖かった」と……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局本当に有能な奴は独立しちゃうんだよなぁ…特に「前例」がある組織からのだし。
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