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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十三章 暗躍、そして……

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傭兵団『飢えた狼達の巣』  その1

「くそったれめっ!!」

呼び出された団長パットラ・ファンスーバルは、戻ってくるなり近場にあった椅子を蹴り上げた。

その荒れた様子に、部屋にいた幹部達はため息を吐き出す。

「またですか……」

代表するかのように優男風の一人の男が声をかける。

「ああ、その通りだよ、ラスロット。連中、傭兵を只の使い捨ての駒みたいに扱いやがる」

「しかし、まぁ、一般的にそう扱われる事がほとんどですけどねぇ……」

そう言って副団長ラスロット・カーブルは苦笑を浮かべた。

ここはルル・イファンに最も近い港であり、物資の移送の中核となるファンカーリル港内にある兵舎の一つで、傭兵団『飢えた狼達の巣』にあてがわれていた。

傭兵団『飢えた狼達の巣』は、五十年近い歴史を持つ傭兵団であり、パットラは三代目団長に当たる。

命のやり取りを金で行なう為か、いざとなったら契約を蔑ろにしやすいことが多いことで有名な連邦の傭兵団だが、そんな中、傭兵団『飢えた狼達の巣』は出来る範囲内ではあったが、契約の遂行を行なう信頼できる傭兵団として名を知られていた。

もっとも、その為か、激戦地やとんでもない戦場に送られることもしばしばあったが、団長の機転と的確な指示で何とか修羅場を潜り抜けてきている。

もっとも、それ故により激戦地や難易度の高い戦場へ送られるという堂々巡りになってしまい、三代目の団長になったパットラ・ファンスーバルからよりそういうことが増えてしまったが為に、団長のパットラには『不運(アンラッキー)(スター)』というありがたくない二つ名が付けられてしまっていた。

「で、大将、どんな命令だったんですか?」

初老の優しそうな男がそう声をかける。

「リゲルか。聞いて驚け。このままルル・イファンに向かって進み、お偉いさん達を保護して港に誘導、その後はお偉いさん達が乗っている船が出るまで港を死守だそうだ」

その内容に、リゲルと呼ばれた初老の男はほっとした表情を浮かべた。

「なんだ。その程度ならいつもの事じゃねぇですか」

だが、その言葉を待っていたかのようにパットラが言葉を続けた。

「ほう。いつもと変わらないだと?連邦の正規軍と傭兵部隊以外は敵側に回っているというのにか?」

その言葉に、その場にいた幹部達も絶句する。

だが、そんな幹部連中を見回し、パットラは言い捨てるように言葉を追加した。

「敵の数は、一万以上、その数は時間が経つごとに増えているそうだ。これでもいつも通りか?」

「えっと……周りの地区からの援護は……」

「すぐ近くの都市、リンターバンカも似たような事態でな。お前さん、そんな事態で別のところに増援なんて回すか?」

「そうっすね。出さないですなぁ……」

全員がまだため息を吐き出した。

だが、その雰囲気を吹きばすかのようにパットラは声を上げた。

「ここで燻っていたって始まらねぇ。野郎共、急いで準備をしろっ!!」

「へいっ」

「了解でさぁ」

「勿論ですぜ」

それぞれがそれぞれの返事をして立ち上がって動き出す。

自分の率いる隊に指示をする為だ。

ドタバタするそんな中、ラスロットがパットラに近付く。

その表情はさっきまでの苦笑交じりではなく真剣だ。

「それでどうするんです?今の話の感じじゃ、連中、俺ら見捨てる気バンバンみたいですが……」

「ああ、連中は十中八九は俺らを見捨てるだろうな。あの目をみりゃわかるんだよ、あのゲス野郎が……」

「団長の読みはこういう時はほぼ当たりますからねぇ」

ラスロットはため息を吐き出す。

しかしそれで終わりではない。

「で、どうするんです?」

「確か、レンカパッラのやつに貸しがあったな」

「ああ、ありましたね。でっかいのが……」

「すぐにレンカバッラに連絡を入れろ。貸しを返せって言ってな」

「了解しました。それで各部隊の指示はどうします?」

そう言われて何を聞いてくるのかといった顔をするパットラ。

「いつも通りだよ。出来る限り殺さず、のらりくらりと対応して敵の足止めだけを重点に行え。後、いつもと違って数が違いすぎるから油断はするなと付け加えておけよ」

「了解しました。では……」

ラスロットは敬礼すると退室する。

その後姿を見送った後、パットラは付近の地図をデスクに広げる。

その地図には色々な書き込みがされており、使い込んである感じだ。

「ルル・イファンまでの主要街道は今の俺らじゃキープできねぇ……。となると……」

パットラの指先が地図上を彷徨うように動き、ある一転で止まる。

「やはり……裏街道でやるしかないか……」

そう呟くと地図をたたむ。

そして廊下で待機している伝令兵を呼ぶと細かな指示を各部隊に伝えるように指示したのだった。



九月二十二日 十一時三十分。

傭兵団『飢えた狼達の巣』は、ゆっくりと部隊を後退させつつあった。

すでにルル・イファンにいたアンカーラナ・ベルトファランカ・リットラーゼ総督はファンカーリル港へ向けて先に進んでいるだろう。

そして、その後を追うように進んできた民衆の動きを牽制し、足止めしている。

事前に、ある一定間隔で塹壕や簡易ではあるが防御拠点のようなものを準備していたため被害はほとんどない。

もちろん、こっちも必死で攻撃しているわけではないから相手にたいした被害を与えていないだろう。

第三者から見たら弾薬の無駄と思われるかもしれないが、これは必要な儀式なのだ。

相手に死傷者を出しすぎた後の降伏は、まさに遺恨返しの場となってしまう。

そうなってしまっては降伏する意味がない。

「よしっ。次の防衛拠点まで下がるぞっ。殿はトンパーの隊だ。気を締めてやれ」

「うぃっす。お任せあれ。バンラーナ、リット、シントカ、レミナント、いつも通りにやるぞ」

手馴れた様子でトンパーは部下達に声をかける。

「おおっ」

「うっす」

「りょかーいっ」

「へへっ。任せな」

それぞれ返事をすると名前を呼ばれた兵士達は、二人一組でテキパキと動いていく。

そして部隊がほとんど引いた後は、互いに援護しつつ少しずつ引いていく。

その連携は見事というしかなく、敵を牽制していた。

実に神経が削れるかのような精神集中が必要な場面で、彼らはまるでそれを楽しんでいるかのようだった。

その動きを見て敵の動きが止まる。

もう流れは変えられない。

間違いなく連盟の勢力は、この地を追い出されるだろう。

ならば無理な攻撃をかけて被害を出す必要はないと敵の指揮官は判断したのだ。

実際、最初こそ多かった武装した民衆は少なくなり、今追撃をしているのは一揆に賛同し参加した現地軍であった。

そして、彼らは今戦っている相手が傭兵であり、その傭兵の中でも確実な実力を持ち、出来る限り任務を遂行するといわれている傭兵団『飢えた狼達の巣』であるという事を理解している。

そして彼らは無益な戦いをしないという事も……。

だからこそ、こんな茶番みたいな戦いが繰り広げられていたのだ。



「一気に攻めれば潰せます。そうすれば、連邦の連中を血祭りに上げる事がで来ます。あの男を……絞め殺す事も……」

そう息巻く男の言い分をアーチャは黙って聞いていた。

総督府の連中は多くの民衆の恨みを買っている事は知っている。

だから、本当なら彼の言う通りにすべきかもしれない。

しかし、それをやっては今後がない。

だから諭すように男に言う。

「残念ですが、連中は逃がさなければなりません。そうしなければ、身内を殺された連盟は面子を捨ててあらゆる手を使ってもここを攻撃し奪還するでしょう。そして再占領された場合、見せしめの為にここにいた人々は皆殺しになってしまう。だから、恨みはあるかもしれないが、連中を連盟に逃がさなければならないのですよ」

「しかし、それは再度占領された場合です。我々はそう易々負けたりしません」

「なぜ、そう言い切れるのです?国力も戦力も大きく違いすぎるのですよ。恐らく全面戦争になったらあっという間に我々は負けますよ」

そのアーチャの言葉に、男は俯き黙る。

そんな男に、今度はトバイがまるで慰めるように軽く肩を叩きつつ言う。

「連中だって、プライドや仲間意識はあるし、身内の繫がりを重視する。だからこそ、それを踏みにじった場合、押さえが利かなくなる可能性が高くなるんだ。そうすりゃ、アーチャの言う通り全面戦争だ。そうならないようにする為の駆け引きなんだよ、連中を逃がすのは……」

そう言った後、トバイはニタリと笑って言葉を続けた。

「もっとも、連中以外は抑えるつもりだがね」

そこには、連邦が買占め、倉庫備蓄していた資材や食糧、それに停泊していた輸送船などの船舶も含まれていた。

そこまで話を聞くと、男は俯いたままゆっくりと口を開いた。

「我々の未来のためなんですね?」

「ああ、その通りだ。今後の未来の為に……」

そう言われると男は深呼吸をして顔を上げた。

「なら、精々恐怖を味わわせてやってください。せめてもの仕返しに……」

その言葉に、トバイはニタリと笑った。

「勿論だとも……」



傭兵団『飢えた狼達の巣』の殿がファンカーリル港の最終防衛ラインにたどり着いたのは、実に夕方の六時を回っており、周りは薄暗くなりつつあった。

撤退戦を始めて実に七時間以上の戦闘の連続に、誰もクタクタであった。

しかし、負傷者はいるものの、死亡した者はなく、うまく撤退出来たと言っていいだろう。

それに暗くなる前に到着したのも大きかった。

日が落ちれば味方同士の同士討ちや混乱が予想されるからだ。

「皆、お疲れ様。誰も欠けることなく戻ってきたのは実にうれしい限りだ。後は我々に任せて食事を済まして少し休んでくれ」

パットラはそう言って、無事戻ってきた部下や仲間達を自ら出迎えた。

そして最終防衛ラインに配置してある自分の直属部隊に警戒を強めるように連絡を入れる。

「それで……連中は?」

そう言ったのは、前線で防戦の指揮を取っていた副団長のラスロットだ。

その言葉にパットラは苦笑した。

「ああ、総督ご一行はとっくの昔に逃げて行ったよ」

「一緒に来いって言われなかったんですか?」

「ああ。一応お誘いはあったけどさ。お前達を残して行けませんって言ったら、複雑な表情でそれ以上聞いてこなかったよ」

その言葉にその場にいた全員が笑う。

要はお前さんのように部下を見捨てたりしないんだよ、俺は。

そう遠まわしに言ったようなものである。

そりゃ、それでも来いとは言えないだろう。

それに付いて行ったら行ったで、なにやら身に覚えのないことで責任を取らされそうな雰囲気もあった。

それらを考えれば、残ったほうが正解であろう。

「そう言えば、護衛は付かなかったんですか?」

港に停泊する何隻もの装甲巡洋艦や戦艦を見て、部下の一人が口を開いた。

どうやら、艦艇の数がそれほど減っていない事に気が付いたようだ。

「まぁ、慌しかったからな……。そこまで気が回らなかったんだろう。だから護衛なしで出港していったよ」

パットラがおどけた口調で答えると、質問した部下が笑って言い返す。

「よく言いますよ。護衛付けれないように手を回したんでしょう?」

「あー、ソンナコトハナイゾォー」

パットラが棒読みで否定するが、それが答えだった。

その口調と言い回しに再び笑い声が沸き起こる。

当初は護衛の為に装甲巡洋艦が三隻動く予定であったが、彼ら総督ご一行をよく思わないのは現地の人々だけではないということだ。

皆、心の中で思っていた。

ざまぁみろ、と……。

そして、ある程度笑いが収まるとラスロットが声を上げる。

「それでこれからの予定はどうなっているんですか?」

「ああ、二・三日奮戦してここを守った後は、断腸の思いで我々は降伏する。それぞれそのつもりで動くように」

「「「「おおーーっ」」」

その言葉に、その場にいた全員が声を上げたのであった。

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