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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十三章 暗躍、そして……

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国民動員法  その1

「戦況はどうなっている?まだ敵の戦線を突破できんのかっ!!」

怒鳴りつけるような声が部屋の中に響く。

ここは、ソルシャーム社会主義共和国連邦首都ソルーラムにある最高議会『国民(レッツアラン)(ニンロン)』の大会議室だ。

そこでは、遅々として戦果の上がらない公国との境界線での戦いの報告に、連邦の最高指導者であるイヴァン・ラッドント・クラーキンは怒り心頭であった。

額には青筋が走り、立ち上がった身体は力んでいる為かわなわなと震えている。

人によってはその背後に怒りの炎が見えたかもしれない。

そんな最高指導者の前で報告者はただ下を向き震えているだけでしかない。

誰もが関わりたくないのだろう。

その怒りの矛先が自分に向かない保障などないのだから……。

だから周りの人々は唯一彼に意見できるプリチャフルニアに控えめではあったが視線を向けた。

その視線に、プリチャフルニアはため息を吐き出す。

あの謹慎の一件から、彼自身も心の中では忠誠心よりも蟠りと不安の方が強くなりつつあったが、このままでは駄目だと決心したのだろう。

おもむろにイヴァンに声をかけた。

「イヴァン様。少しよろしいでしょうか?」

「なんだっ!!」

一瞬憤慨した表情で振り返ったイヴァンだったが、発言したのがプリチャフルニアだとわかると表情を和らげる。

まぁ、それでも顔は怒りで染められてはいたが……。

そして、プリチャフルニアの顔に浮かぶ表情を見てため息を吐き出した。

「またか……。同士プリチャフルニアよ」

「はい。またです、イヴァン様」

「で、今回は何だ?」

どすんと荒々しく椅子に座ったイヴァンは腕を組み、睨みつけるようにプリチャフルニアを見る。

「戦いはいつも勝利ばかりとは限りません。なのに、負ける度に更迭し人を変えているようでは、任命された誰もが萎縮し思ったように戦えないのではないかと思うのです。それに公国の境界線に作られた陣や要塞はかなり以前から周到に準備されたものであり、これを突破するには大兵力と優秀な指揮官が必要となります」

「つまり、戦況が動かないのは今の戦力ではどうしょうもないと?」

「はい。その通りでございます。現在の我が軍の戦力は、三万。それに対して敵は二万前後と思われます。また火砲も不足気味とも聞いております。そんな現状では、突破はかなり厳しいかと……。それよりも、総崩れもせず、敵の攻撃に耐えている前線の兵や指揮官を賞賛すべきではないでしょうか」

そのプリチャフルニアの言葉に、イヴァンは少し考え込む。

段々とイヴァンの怒りのボルテージが下がっていくのがなんとなくだがわかる。

どうやらこれで収まってくれたか……。

プリチャフルニアはほっと胸を撫で下ろしたが、それは早計であった。

「ふむふむ。確かに同士プリチャフルニアの言う通りだ。確かに前線の者達はよくやっている。それはわかった。だが、敵を突破できないのは問題である。ならば、戦力を増強するのだ。そうすれば、突破も出来よう」

その言葉にプリチャフルニアは慌てた。

今のところは大きな動きはないとはいえ、公国艦隊の港襲撃に対抗する為に水雷艇を主力とする大艦隊編成と港の警備に多くの火砲と兵力を割いているのだ。

予備の戦力などどこにあるというのだろうか。

「しかし、今の軍には余裕がございません」

「ならば、国民を動員すればよい。国民は国の為に尽くす義務がある」

「いや、それは……」

反論しょうと口を開くプリチャフルニアだったが、その前に「素晴らしい!!」という声と拍手が部屋の中に響いた。

その音の方にプリチャフルニアが睨みつけるような視線を向ける。

視線の先には、国家治安政務代行機関、通称NABの長であるティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカの姿があった。

「貴行は何を言っているのかわかっているのかっ。国家の礎たる国民を消耗すればどうなるかを……」

「だが、このまま戦いが続けば苦しむのは国民だ。だからこそ、一気に戦いの決着をつける必要がある。だからこそ、一気に戦力を集中運用する必要があるのだ。それにだ、国民が立ち上がることで最高指導者であるイヴァン様を中心に戦いを貫く姿勢を敵に見せつけ、敵の戦意を挫く事もできましょう」

「何をっ、そんな事はっ……」

そう言いかけてプリチャフルニアは言葉に詰まる。

『意味がない』と言えば、イヴァンを否定する事と取られてもおかしくないとわかったからだ。

そんな言いよどむプリチャフルニアにフリストフォールシュカは小さく舌打ちしたが、すぐに表情を引き締めると高らかに声を上げる。

「国民一丸となれば、勝てない相手などいません。敵を完膚なきまでに叩き潰し、完全に殲滅し、この大陸全てを連邦とするのです」

その声に、イヴァンは満足そうに頷き、周りからは歓声が上がる。

もう何を言っても変えられない。

そんな流れが完全に出来上がってしまっていた。

そんな様子を見ながら苦虫を潰したような顔で黙り込むプリチャフルニア。

完全に足元をすくわれた格好だ。

ぎらりとフリストフォールシュカを睨みつけて呟く。

「その殲滅する敵といった人々は、元々は我々と同じ同胞なのだぞ……」

だが、その呟きは、熱狂する人々の歓声と熱気に飲み込まれていく。

そしてその日の内に国民動員法が決定されたのであった。



「おい、あの告知見たか?」

隣に座ったボロボロの古着を着た男が声をかけてきた。

ここ最近、よく見かけるようになったご同業だ。

日雇いの仕事がないか募集所に並ぶうちに仲良くなった一人である。

「何がだよ?」

「ほら、国民動員法ってやつだ」

「ああ、あれか……。どうのこうの言っても俺らみたいな貧民は関係ないぞ。結局、帝国から連邦に変わったって、何一つ変わらないどころかひどくなる有り様だからな。今更法律の一つや二つできても俺らには関係ない」

そういい返すと、男は慌てて周りを見回し、誰も聞いていない事を確かめて言い返す。

「いや、そうでもないみたいだぞ。一応、俺らも国民らしいからな」

「何が国民だよ。義務ばかり押し付ける国の国民になったつもりはねぇよ。まだ帝国のときの方がマシだったぜ」

その言葉に、男はますます慌てて周りを見回す。

「いい加減にしておけよ。秘密警察とかいたらどうするんだ?」

そんな言葉に、思わず笑いが漏れた。

「ははっ。留置所の方がまだマシってことだ。食事と寝るところがある分な……」

そうは言ったが、痛いのは勘弁だから自重する事にして聞き返す。

「それで、その法律がなんだって?」

「いやな、職のない国民は軍で兵隊として戦いに参加せよっていう事らしいんだ」

「へっ。なんだそりゃ……。戦争なんて俺らにゃ関係ないだろう」

「いや、そうでもないらしいぞ」

「ふーん……」

どうしても乗り気にならない。

今まで国が自分らにやってきた事を思えば、どうでもいいとしか感じられない。

「まぁ、乗り気でないのはわかる。俺だってそうだったからな。だがな……」

そういった後、男はニタリと笑う。

「兵に志願したら、衣食住は保障されるらしいぞ。それに少ないながらも金も出るらしい」

その言葉につい反応してしまう。

日雇いの仕事さえろくにありつけず、飯や寝る所さえ困ってしまい今や死を覚悟しつつある身としては実に魅力的だ。

思わず顔を上げると、脈ありと見たらしく男が言葉を続けた。

「それにな、別段難しい事はしなくていいらしい。ただ銃を持って弾撃って進めばいいとか」

「おいおい。それでいいのかよ?」

「ああ。数で敵を圧倒する為に兵を集めるので、簡単な事が出来れば問題ないとかいう話だぞ」

あまりにもうますぎる話に、思わず疑ってしまう。

「胡散臭そうな話だな。いくらなんでも俺はまだ死にたくないぞ」

そう言い返すと男も真顔で言う。

「俺だって死にたくないさ。だからさ……」

そこで男は周囲を確認して顔を近づけて言う。

「危ないと思ったら逃げ出しゃいい。示し合わせて一斉に逃げだしゃ、きっと連中、何も出来ないぜ」

「確かに……」

「それに、逃げた時は銃やら装備品を売れば金になるしな……」

「そうか……。そうだな。そう考えれば……実にうまい話だ」

「ふふふっ。実はな、もう五人と話をつけてある。他にも信用できそうなやつには話をすれば……」

「ああ。人が多いほど、うまくいくって寸法だな」

「そういうことだ」

二人してニタニタと笑う。

こうして、国民動員法が告知され、わずか一週間の間に一気に五万の志願者が殺到した。

そのほとんどは、危なくなったら逃げ出せばいいと思っている、仕事がなくて生きていくために一時しのぎの衣食住に飛びついた者達。

だが、彼らは自分達の考えが甘いという事を後に知る事となる。

『督戦隊』という存在と共に……。

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