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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十三章 暗躍、そして……

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宰相の遺産……  その2

「わが主であるグリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ様が亡くなりました」

皇帝としての身だしなみをして男に会ったアデリナに、男は自分はラチスールプ家の執事であり、今回の急な面会を許可していただきありがとうございますと丁寧な感謝を述べた後、その言葉を口にした。

その言葉に、アデリナだけでなく、同席していたプルシェンコ上級大将も動きが止まった。

いや動きだけではない。

思考も一瞬止まったと言っていいだろう。

あの老人が……亡くなった?!

殺しても死なないようなあの男が?!

亡くなったという事は……つまり、死んだというのか?!

帝国の裏の支配者であり、未だに多大な影響力を持つ、あの老人が……。

二人も同じ事を思っていた。

嘘だろうと……。

しかし、事前の情報で、この男がラチスールプ家の執事であるヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフである事はわかっている。

そして、このヤロスラーフという男は、職務に忠実であり、ラチスールプ公爵の最も信頼厚い男であるという事もだ。

そして、彼も主人を尊敬し、仕える事に喜びを感じているほどの間柄だ。

つまり、そんな男が主人が死んだなどという事をそうやすやすと口にするはずもない。

それが頼まれた事であれ、命令であれ、自分の主人を貶めるような嘘を彼は拒絶するだろう。

例え自分の命に関わる事であったとしても……。

つまり、そんな愚直なまでの忠臣が口にした言葉は、事実であるという事だ。

「嘘とお思いでしたら、お調べになられても……」

あまりにも長い間、反応が無かったことに疑われていると思ったのだろう。

ヤロスラーフは無表情でそう言いかける。

だが、プルシェンコ上級大将は慌ててその言葉を止めさせた。

「い、いや、そんなつもりはない。疑っているつもりはないのだ。申し訳ない。ただ、陛下も私もいきなりのことでな、驚いたのだよ」

「それは失礼いたしました」

そう言ってヤロスラーフは頭を下げる。

「そうか……。公爵が逝ったのか……」

アデリナが呟く様に言うと、ヤロスラーフはこくりと首を縦に振る。

「はい。今朝方、眠るように……」

「そうか。それで葬儀はどうするつもりだね?」

プルシェンコ上級大将の言葉に、ヤロスラーフは二人の方を見つつ答える。

「恐らくわが主は自分があまり長くないと分かっておられたのでしょう。事前に自分の死を一年隠し通せと伺っております」

「確かに。その方がありがたいわね」

そう言ったのはアデリナだ。

ラチスールプ公爵、つまり旧帝国宰相の影響力があるのは別に帝国だけではない。

それ故にラチスールプ公爵の存在は、公国や連邦にとっては大きな障害であり、帝国にとって盾の役割となっていた。

彼が声を上げれば、公国も連邦も何かしら影響を受けることを知っているからだ。

だから、今は療養中であり、表に出ないほうが帝国としては都合がいい。

アデリナはそう判断したのだ。

そしてそのアデリナの判断に、ヤロスラーフは初めて微笑んだ。

「さすがは陛下でございます。わが主は今の帝国の惨状に心を痛まれており、少しでも帝国のためにと最後まで考えておいででした。確かに、わが主には秘めた野望がありましたが、それが為に帝国が滅ぶのは望んではいませんでした。ですから最後、帝国に尽くす事を決めて遺言を残されたのです」

「遺言?!」

「はい。すでにラチスールプ家の血筋は、骨肉の争いで残されておりません。唯一の肉親であるアンネローゼ様も共和国で死刑にあったと聞いております。それ故に、わが主は自分の遺産を陛下にお渡しして少しでも帝国の復興に役に立っていただければと……」

そう言ってヤロスラーフは分厚い本を三冊差し出した。

その独特の装飾とその書物が漂わせる雰囲気にアデリナは呟く……。

「それって……まさか……」

「はい、陛下の思われているとおりのものでございます」

そう言ってヤロスラーフはアデリナの表情を読むかのようにしっかりと見て言った。

「艦艇召喚の書でございます」

「艦艇……召喚の書?!まさか……魔術師ギルドが次元の流れから解析してビスマルクなどを召喚したといわれている……あの魔道の書だと?!」

プルシェンコ上級大将がまるで言葉を確かめるように呟くとヤロスラーフはこくりと頷く。

「ええ。その通りでございます。この三冊は、それぞれ召喚する艦名にあわせてグロッサークルフェルストの書、ケーニッヒの書、マルクグラーフの書と呼ばれております」

その言葉に、プルシェンコ上級大将は本を食い入るように向けていた視線をアデリナに向けた。

アデリナは何かを考えるかのように感情を殺して黙って本を見つめている。

その視線は熱く、まるで引き寄せられるかのようだ。

そしてしばしの沈黙の後、アデリナは搾り出すような声で聞く。

「間違いないの?」

「はい。間違いございません。もっとも、もう魔術師ギルドは壊滅している為、確認のしようがごさいまませんが……」

「そうね、確かにそれが本物としても、魔術師がいないと使えないわよね」

少しほっとしたような口調で言うアデリナに、プルシェンコ上級大将は違和感を感じた。

艦に愛され、艦を愛する彼女が、艦艇召喚が出来ない事でほっとするのかと……。

「いえ。すでに魔術師がいなくとも出来るように手はずは整えられています。ただ一つ足りないものを用意していただければ……」

そのヤロスラーフの言葉に、アデリナが怯えたようにびくりと反応した。

アデリナの視線がゆっくりと本からヤロスラーフに向けられる。

その彼女の瞳の奥に燃え上がるのは欲望。

彼女だけの、彼女だけが欲するもの……。

それがあった。

「つまりだ。その足りないものさえ用意すれば、我々は新型の戦艦を手に入れられるというのか?」

「ええ。主人の話では、ビスマルクには劣るものの、今帝国が持つ装甲艦ドイッチュラント級よりも遥かに強力という話でございます」

その説明に、プルシェンコ上級大将は喜びの声を上げる。

「なにっ、それは本当かっ」

そう声を上げた後、アデリナに向かって声をかける。

「陛下、これで戦力の増加が出来ます。これで公国と互角以上に戦えますぞ」

だが、そんな言葉に、アデリナは無反応で、ただヤロスラーフに聞き返す。

「その足りないものというのはなに?」

その言葉は震えていた。

答を知っているかのように……。

そして、ヤロスラーフは淡々と答える。

「魔力でございます」

「魔力?」

そう聞き返すプルシェンコ上級大将にヤロスラーフは答える。

「ええ。魔力です。まぁ、文献や研究によっては生命力とも言われておりますな」

そしてニコリと笑うと言葉を続けた。

「魔術師でしたら一冊につき百名程度で済みますが、一般人でしたら……そうですねぇ。一万人程度で済むかと……」

「つまり、三万人以上の国民の命を差し出せと?」

アデリナが自分を抑えるように右手で胸を押さえつつ震える声で言う。

「はい。わずか三万人の命で帝国は強大な力を手に入れられるのです。そうすれば、今の公国艦隊との戦力差もなんとかなるかと……」

そのヤロスラーフの言葉に、アデリナは呟く様に言う。

「侮るな……」

「は?」

今度は呟きではなく、怒鳴るような声だった。

「侮るなっ!!」

そして、アデリナは右手を横に払う。

テーブルから三冊の本が壁にたたきつけられた。

その行動にプルシェンコ上級大将は驚き、ヤロスラーフはニタリと笑う。

荒い息をして、アデリナは視線をヤロスラーフに向ける。

その瞳には、怒りが見えた。

「そう言えと、言われたんだな?」

そのアデリナの言葉に、ヤロスラーフは笑って頷く。

「ええ。わが主から言われております。もし、この話に乗ってくるようなら帝国の復興は無理だろう。だから三冊の本を渡してさっさと帰れと……」

そこで初めてプルシェンコ上級大将は自分らが試されていたのだと気がついた。

そして、この話に乗り気であった自分が恥ずかしくなった。

国民三万人の命で他には手に入らない戦力が手に入るのなら、それぐらいは仕方ないと思ってしまっていたからだ。

だが、国民がいるからこそ、自分らが戦えるのだ。

軍人だけでは戦えない。

それを再認識させられた。

そしてアデリナはアデリナで、自分の心の中にある欲望に翻弄されてしまったことが情けなかった。

以前なら、間違いなく飛びついただろう。

だが、部下や国民と触れあい、最近になってだが彼らがあってこその国だと思い知らされていただけに、すぐに断られなかった自分の弱さを痛感してしまった。

「ふーーーっ」

息を吐き出した後、アデリナは「あの糞爺め」と呟く。

だが、その程度の分別もつかない愚者だと思われていたことに関しては腹が立たない。

そう思われてもおかしくない対応をした記憶があるからだ。

自分が同じ立場なら、同じように試しただろうと……。

だから、この怒りは自分に向けられた。

情けない自分に……。

だが、それでも愚痴ぐらいはこぼれる。

その愚痴がポロリと出たのだ。

だが、その呟きはヤロスラーフを喜ばせた。

「わが主が今の言葉を聞いたら、大変喜ぶでしょう」

「そう……。それはよかったわ」

少し呆れ顔でそういい返すアデリナ。

「はい。これで少しは安心してわが主も逝く事が出来るでしょう」

そう言って笑うとヤロスラーフは懐から封筒となにやら複雑な形をした鍵を出してテーブルに置く。

「その鍵と手紙は?」

そのプルシェンコ上級大将の問いに答えず、ヤロスラーフは聞き返す。

「ランカーナ灯台はご存知ですか?」

「ああ。西部地区の端にある灯台だな。あれのおかげで海難事故が減ったと聞いたぞ」

プルシェンコ上級大将は自分の問いにこたえないことに少しむっとしたものの、すぐに答える。

その答に、ヤロスラーフは満足げに頷く。

「ええ。その灯台です」

「その灯台が何か?」

「その灯台の燈台守の男に手紙を渡してください。そうすれば、わが主の遺産を受け取る事がで切るでしょう」

「遺産……?!」

「ええ。それをどうお使いになるかは、陛下がお決めください」

それだけ言うと、ヤロスラーフは立ち上がり、二人に深々と礼をすると退室しよう身体の向きを変えて歩き出す。

その後姿にアデリナは声をかける。

「この後はどうするのか」と……。

その問いに、ヤロスラーフは足を止めると少し振り向く。

その顔には後悔の色はまったくなかった。

やりきったといっていいほどのすっきりした表情だった。

「後は引退して、わが主の墓守でもして過ごします」

ヤロスラーフのその言葉には、それ以外はないという決心があった。

だから、引き止められないと感じたのだろう。

アデリナは引き止めなかった。

だがそれでも伝えたい言葉があった。

だから声をかける。

「では、ラチスールプ公爵に伝えておいてくれ。お前の遺産、活用させてもらうとな……」と。

そして、その言葉を聞き、ヤロスラーフは満足そうに微笑むと今度こそ退室したのだった。

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