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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十三章 暗躍、そして……

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交渉  その2

アレサンドラ港に入港したポランド・リットーミン一行を待っていたのは、とんでもなく派手な歓迎であった。

ずらりと並んだ兵士達と楽団による歓迎である。

ただ、それはフソウ連合のものに比べればどうしても見劣りするものであり、その洗礼を受けたもの達であれば「まだまだだな」と述べるだろう。

しかし、幸運な事に、ポランドはこのような歓迎をフソウ連合どころか今まで一度も受けた事がなく、只々圧倒されるばかりで、自分達のペースで話を進めるためという目論見は、現在ところ間違いなくノンナの狙い通りであった。

実際、ただ一人を除き、誰もが驚き、圧倒された。

そんな中、例外だったのはポランドが乗ってきた商船の船長で、彼は実に経験豊富でリットーミン商会の先代の時代から商会所属の商船の船長を勤めており、最も信頼できる船長だと父から聞かされている人物だった。

もっとも、いつもニヘラと下卑た笑いを浮かべ、だらしない感じにしか見えない男をポランドの兄は軽視していたし、ポランド自身も軽く見ていた。

しかし、そんな船長が、普段では決して見せることのない引き締まった表情でポランドに囁く。

「気を付けたほうがいいですぜ。こういった分不相応の歓迎を受けるときはろくな事はないですから……」

その言葉に、圧倒されて熱くなって空回りしていたポランドの思考が一気に冷めた。

冷や水を浴びせられたと言っていいだろう。

そうだ。船長の言う通りだ。

これはあまりにもおかしすぎる。

つまり、こっちを圧倒させ、交渉の主導権を握りたいということか?

もう、この時点で駆け引きが始まっているのをポランドは理解する。

そして脳裏に、以前アントハトナ老のパーティに招待された事が浮かんだ。

そう言えば、あの時もその会場のあまりの美しさと贅沢さ、それにパーティの華やかさで今回とは違う意味で圧倒された。

だが、あの時は、そんな自分をタイドラ・マックスタリアンを初めとする先輩達が気を使ってくれることで普段の自分を取り戻し、アントハトナ老との密会も怖気づく事も圧倒されることもなく、なんとかできた。

しかし、今はそんな手助けをしてくれる者達は誰もいない。

ここには頼れるものは自分しかいない。

それを実感した。

「大丈夫ですぜ、ポランド様。ポランド様ならやれますって……」

そう言ってニタリと笑う船長。

その笑顔は、いつもの下卑た笑みではない。

父がこの男を信頼する理由はこういう事か……。

ポランドは、もしかしたら父の時も似たようなことがあったのではないかと思い、ニヤリと笑い聞き返す。

「もしかして父の時も似たような事があったのか?」

その言葉に、船長はますます楽しそうにニヤつく。

「へっへっへ。それは言えませんよ、ポランド様」

その言葉自身があった事を示している。

つまりはそういうことか……。

すーっと深呼吸を何度かした後、ポランドは顔を、心を引き締める。

ここは自分の戦場なのだ。

戦いはもう始まっているのだと自分自身を叱咤して……。



タラップを降りてきた男を見てノンナは思わず「ほう……」と声を漏らす。

軍人であっても圧倒されるような熱烈で豪華な歓迎、ましてやこういった歓迎を受けた事がない一商人にとってはそれ以上だと踏んでいたのだが、降りてきた男は実に落ち着いていた。

もしかしたら表面だけかもしれないが、それでも感心し賞賛に十分値するだろう。

これは中々肝の座った男だ。

確か、連盟の商人で、ポランド・リットーミンといったか……。

さすがはフソウ連合が仲介人として使っている事はあるな。

だが、そんな人物だからこそ、こっちの手駒としておきたい。

ノンナはそんな事を思いつつも、表情は歓迎の笑みを浮かべて降りてきた男、ポランドを歓迎する。

「ようこそ、ショウメリア公国へ。私がノンナ・エザヴェータ・ショウメリアです。今回は公国にまでお越しいただきありがとうこざいます。歓迎いたします」

そう言って右手を差し出すと、ポランドは一瞬見とれたのだろう、動きが止まったものの、すぐに差し出された手を握った。

「こ、こちらこそよろしくお願いいたします。リットーミン商会のポランドです」

そう言った後、ポランドは驚いたという表情で周りを見回す。

「いやはや、こんな熱烈な歓迎を受けるとは夢も思いませんでしたよ。感激しました」

その表情はまさにその通りだといわんばかりだったが、ノンナは心の中で舌打ちした。

本当に食えない男ね。

さっきまでどこ吹く風といった顔をしていたくせに……。

だが、そんな事は顔には浮かべず、只々嬉しいそうな笑みを浮かべる。

「そう言っていただけて嬉しいですわ。こちらと致しましても準備した甲斐がありましたわ」

「お互いに実に喜ばしい限りですね」

「ええ。交渉もお互いに満足出来るように努力していきましょうか」

「ええ。その通りですよ」

互いに熱く握手をして微笑み会う二人。

それは見ただけならば、実に友好的な関係の図として見れるだろうが、内面はそれぞれをこう思っていた。

ポランドは、ノンナの美しさに一瞬見とれたものの、すぐにこの歓迎を指示したのはノンナである事を思い出し、心の中で警戒を強くする。

こりゃ、手強いだけじゃすまないな、この女狐め……。

そして、ノンナはノンナで、自分の狙ったとおりに動かないポランドをやり辛い相手と認識していた。

中々手強いじゃないの……。

そんな敵対する二人の思考だが、互いに思っているある一点だけは同じだった。

『絶対に相手を打ち負かしてこっちの言う通りにさせてやる……』

こうして、リットーミン商会と公国の交渉が始まったのである。



ポランド・リットーミンが通されたのは、立派な建物の豪華な部屋だった。

壁には幾重にも重なるような彫刻と、立派な絵、恐らく建国史と思われる絵が描かれ、それを遮る事がないように配置されたこれまた豪華な家具達。

もちろん、椅子やテーブルだけでなく、出されたティセットも素晴らしいものだ。

恐らく、この部屋にあるもの全てをあわせるだけでとんでもない価格になるだろう。

そんな部屋だ。

そして、この建物自身も豪華であり、元々は帝国五家のうちの一つであるショウメリア公爵家の屋敷であったが、陰謀で公爵家が取り潰された後は帝国が所有し、そして今はショウメリア公爵家に戻ってきたある意味歴史の流れに翻弄されたものであった。

だから、それ故にというべきだろうか。

複雑な歴史を刻み、より金と時間をかけられたその屋敷は、部屋の一つ一つに歴史の重みを感じさせるものであった。

まさにプレッシャーをかけるには十分の歴史と豪華さ、それに誇りを感じさせている。

さすがにポランドもそのプレッシャーに押されたものの、同じような雰囲気のアントハトナ老のパーティ会場という経験があったし、それよりもシンプルながらも質実剛健と言ってもいい部屋での鍋島長官との面会の方が感じるものがあった。

それ故に、この部屋に感じたものは、張りぼてに近いものであり、彼にとっては十分耐え切れるレベルとなっている。

ただ、さすがにそれを口にする無礼さはない為、驚いて感心した振りをしていた。

「実に素晴らしい建物ですな。歴史の重みと豪華さを感じます。ここまでのものはなかなかお目にかかれません」

「そう言っていただけるとは嬉しい限りです。帝国内で、ここまでのものは中々ないと自負しております。特に、連邦内では、略奪などが当たり前のように起こりましたから、旧帝国首都の王城などは今は無残なものになってしまっているとか……」

「それは残念な事です。これだけのものは、どういう経過があるにせよ、人類の歴史の財産として保存すべきでしょう。それと同時に、他の旧帝国領とは違い、ここは安全と治安、それに法がきちんとしていると実感させられましたよ」

そのポランドの言葉に、ノンナは微笑む。

「そう言っていただけるとは実にありがたい」

第三者から見れば、その様子と会話からポランドが心底そう感じ思っているかのように見えただろう。

だが、ノンナは違った。

それを表面だけのものとポランドの動作から見破っている。

なぜなら、人の感動したり、怖気づいたりといった感情の動きは、必死に隠そうとしても目ざとい者にとっては些細なところで気が付くものだ。

一瞬動きが止まったり、言葉に詰まったりといった行動は、そう言った場合によく見られる。

だが、それがまったくないポランドの様子から、ノンナは自分の策がまったく効果を出していないという事実を突きつけられ、少しイラついていた。

それは地の利を得ている自分の方が有利であるはずなのに、反対に不利であるかのような錯覚を感じさせる。

見かけによらず、厄介な人物かもしれない……。

ノンナは自分の中のポランドの評価を上昇修正する。

そして、ポランドはポランドで、公国とノンナの評価を上昇修正させていた。

ここまでの財政の余裕や途中見た人々の生活や会った軍人達。

見られている部分だけかもしれないが、それでもここまで虚勢を張って対応する力に感心し、それを実行させたノンナ、或いは彼女の部下達の指導力の強さを感じたからだ。

だから言った言葉のうち『他の旧帝国領とは違い、ここは安全と治安、それに法がきちんとしていると実感させられましたよ』という部分は、間違いなく本音だった。

これなら、十分、商売をする条件を満たしていると……。

ただ、後はこの目の前にいる自分好みのお姫様がどこまで信用できる相手か見極めるだけということか……。

だが、それが一番難しいんだがな……。

そう思い、ポランドは心の中で苦笑した。

互いに腹の探りあいともいえる出だしではあったが、まず用件を切り出したのは不利な状況を感じてしまっているノンナの方だった。

「それで、フソウ連合からのお話では、ポランド殿が仲介者として駆逐艦を販売されるという話であったが……」

「ええ。そう指示を受けております。これがその見積もりと提供する艦艇の基本スペックです」

そう言ってポランドが厚めの封筒を手渡した。

それを受け取り、「少し失礼……」と断りをいれてから、封筒の中身に目を通すノンナ。

その様子は真剣そのものであったが、本人が気がつかないものの、集中している中で時折見せる何気ない仕草は実に色っぽい。

ポランドは、思わず見惚れそうになったが、慌ててそんな感情を押し殺す。

そんな表面上は些細な変化を、ノンナは最初は気付かなかったが、ほとんど読み終わって念のために見返そうとしたときに気が付いた。

そして心の中でニタリと笑う。

そうか。男だものね。

そっちが弱点か……。

あまりそう言った事はしたくはなかったが、じわじわとハニートラップでこっちの都合がいい駒に変えてしまうかと考える。

もちろん、そういったことに対しての用意はしている。

こういった取引や外交は、綺麗事だけですまないのはよく理解しているからだ。

そう考えながら書類に目を通した後、ノンナは口を開いた。

「ふむ。なるほど。こちらが欲しいものがよくわかっていらっしゃるようですね。艦艇の性能的にはまったく問題ありません。それどころか、予想以上のものでした。ですが……」

そう言った後、ニコリと笑って言葉を続けた。

「価格が……高すぎませんか?」

「そうでしょうか。この価格では安いと思います。世界中でフソウ連合製の艦船を欲するものはかなりいます。実際、王国や共和国だけでなく、連盟の一部の軍人の中にも導入してはどうかという話さえありますからな。もっとも、きちんと取り扱えないとその性能は引き出せないと私は思っていますがね」

最後の一言は、連盟海軍に対しての皮肉だ。

海賊達が「連盟の海軍はすぐ逃げ出す」と言うように、連盟海軍は実に質が悪い。

傭兵が多いという事もあるだろうが、商人が多い自分中心主義というお国柄もあってか、軍としての集団能力は実に頼りないものであった。

その皮肉がわかったのだろう。

ノンナはくすくすと笑った。

「自国の軍なのに、酷い言いようですわね」

「事実ですから、仕方ないでしょう」

真面目な顔をしてポランドがそう言うと、ノンナはますます楽しそうに笑った。

そして、笑いが収まるとノンナは少し考えた素振りをする。

そして覗き込むような視線でポランドを見返しつつ口を開いた。

「ですが、それでもこの価格ではどうにもなりません。ですから、こういうのはどうでしょう?」

そう言って彼女が提案してきたのは、代金の一部を物で支払うという物々交換であった。

「その物とは?」

そう聞き返すポランドに、すでに用意していたのだろう、書類が手渡される。

それに目を通し、ポランドはごくりと唾を飲み込んだ。

それには、普通の農作物や鉄鉱石などの資源だけでなく、驚かせるものがあった。

リランドッターナと呼ばれる特別な植物だ。

この植物はかなり限られた一部の地域しか生息していないもので、高い効果を持つ薬草として知られており、薬用として重宝されている。

また、裏では魔術に必要な触媒の一つとしても知られていた。

それ故に需要は大きかったが、出回る量が年々少なくなっており、価格はかなり高騰していた。

そんなものの名前をまさかここで見るとは……。

ポランドは心底驚く。

確かに旧帝国からある程度の量が輸出されていたとは聞いていたが、その量は微妙だった。

だが、記載されていた量はそんなものではない。

だから思わず口に出ていた。

「こ、この量は……」

「ふふふ。驚かれたようですね。この地区は、元々リランドッターナの収穫が多いんですよ。ですが、今までは帝国魔術師ギルドがそれをほとんど独占していましたからね」

噂では、帝国魔術師ギルドはほぼ壊滅してしまっており、ギルドが抑えていたリランドッターナは行き先を失い、また公国だけでは消費するには多すぎてしまい持て余していたのだろう。

これは……でかい取引になる……。

ポランドから今まであった落ち着きが消え去っていた。

その様子を見て、やっとノンナはしてやったりと満足し、そして初めて有利になったと感じたのだった。

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