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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十三章 暗躍、そして……

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交渉  その1

ポルメシアン商業連盟首都リスドランにある中心施設『ポルメシアン商業組合本部』の一室ではいつものごとく月末の会議が行なわれていたが、会議は大荒れとなっていた。

もっともそれは仕方ないのかもしれない。

災害に託けた食糧の独占とそれをうまく使うことによって得られる莫大な富が消え去り、それどころか今までにない大赤字をたたき出したのだ。

その額は80億リル以上。

日本円で言うところの8000億を超える。

ある意味、小国なら間違いなく国が揺らぐレベルだ。

そしてそれだけではない。

災害によって生じた消費の低迷と新たに力をつけたフソウ連合とアルンカス王国の二ヶ国による世界市場への台頭が目立ち始めたからだ。

確かに今のところはこの二ヶ国の輸出する項目は、機械関係と一部の食材といったものだけだが、それでも確実に規模は大きくなり、人々への知名度は確実に高くなっていく。

その上、小型の機械類だけでなく、取引規模の大きな船舶や作業機械も取り扱い始めているという。

そういう情報がある以上、無視出来るはずもない。

そして、『国際食糧及び技術支援機構(International Food and Technology Assistance Organization)』の設立の中心的役割を果たした国。

まさに、連盟にとって被害をもたらす国=フソウ連合という認識が出来上がりつつあった。

もっとも、その片棒を同じ連盟のリットーミン商会が裏でやっているという情報はまだ入ってこない為、まさか自分たちの同胞が自分たちを追い詰めているとは思ってもいないが……。

それに連盟の各植民地での独立運動とストライキ等が重なる。

その結果、今月の貿易予想は前年比-86.3%。

各商会は大赤字であり、アントハトナ・ランセルバーグが代表を務めるランセルバーグ商会でさえも赤字に転落してしまっている。

そして、そんな中、赤字を最小限に押さえている商会がある。

ポランド・リットーミンが代表を務めるリットーミン商会だ。

彼はきな臭い植民地の支店を次々とたたみ、アルンカス王国と王国、共和国、合衆国といった国々に人材と資金を集中したのだ。

その為、植民地にある支店をたたんだ為のマイナスがあるから表向きは赤字ではあるが、いろいろ集めた情報から実質は黒字だろうとアントハトナは見ていた。

もっとも、他の代表はそれさえも気が付いていない様子から、アントハトナはため息を吐き出す。

そして、本来なら彼が座っているはずの席を見る。

しかし、そこにはポランド・リットーミンの姿はない。

つまり、この会議に彼は参加していないのだ。

なにやら大きな取引があるため、資料のみを提出し、今は他国に交渉に行っているという。

最初こそ憤慨していた代表達だったが、「かえって煩いやつがいなくて清々するわ」と言い出す輩までいてますます気が重くなってしまった。

あの男の意見が、この腐った会議で、生きた言葉であったのだが、それさえも見抜けなくなってしまった腑抜けばかりという事だ。

もうこの国は駄目だな……。

あまりにも腐りすぎている。

この国を再生しなければならない。

しかし、私では意味がない。

改革は若い者がやるべきだ。

やはり……、あの男を……ポランド・リットーミンを担ぎ上げるしかないか……。

そんな事を思いつつ、アントハトナは意見をいう事も止める事もせず、ただ言い争いが収まる気配のない大荒れの会議でただ愚者たちの狂宴を見続けることしかしなかったのであった。



「ポランド様、間もなく公国領に入ります」

「そうか……やっとか……」

ポランドはほっとした顔でため息を吐き出した。

先ほどまで帝国領海に近かった為か、帝国海軍の装甲巡洋艦二隻が後方から追尾していたのである。

一応、公海上であったため攻撃される事はなかったが、それでも攻撃されるかもと思うようなひやりとした場面はあった。

途中、追尾する二隻の装甲巡洋艦が砲塔をこっちに向け始めたのだ。

恐らく密輸船とでも思われたのだろう。

或いは、公国に向かう船に対して行なわれる嫌がらせかもしれない。

たが狙われているこっちとしてはたまったものではない。

慌てて無線の国際チャンネルで密輸船などの不審船ではなく、きちんとした商船である事を伝えて事なきを得たという事があったためだ。

「いやはや、海賊相手とは違う、また違った緊張感があったよ……」

「まぁ、話して言葉か通じる分、軍艦の方がマシって程度ですがね」

そう言って船長はケラケラと笑う。

つまり、軍艦も海賊も彼らのような商船乗りから見れば、どちらも理不尽な連中というのはかわらないということなのだろう。

「それで、ポランド様、どれほど滞在の予定で?」

そう聞かれて、ポランドは考え込む。

「そうだなぁ……。少なくとも一週間は滞在予定だ」

「延長もありえると?」

「ああ。交渉次第だからな。しかし、何でそんな事を聞く?」

そう言われて船長はニタニタと笑う。

「いやほら、ここ最近ずっと忙しかったから船員たちに休暇をやろうかと思ってね。偶には、酒と女で骨休みも必要でさぁ」

その船長の言葉に、ポランドは苦笑する。

「骨休み……ねぇ……」

呟く様にそう言うと、ため息を吐き出して言葉を続けた。

「頼むから騒ぎを起してくれるなよ」

その言葉には諦めの色が強かった。

だが、船長はそんなことは気にしなかったらしい。

嬉々とした表情で頷く。

「もちろんでさぁ。ポランド様にご迷惑をかける訳ありませんぜ」

「それならいいんだがな……」

そう言って、ポランドは後を船長に任せると船室に戻る。

今一度、資料の確認をしておこうと思ったからだ。

弟のラカンナの話では、鍋島長官は、公国の交渉の全てをこっちに任せるという話だった。

それはつまり、公国においては駆逐艦の販売がメインではあるが、それ以外は好きにしていいとも受け取れる。

反対に、王国と共和国に向けては、フソウ連合の商人との合弁事業の依頼という形だったから、こっちはかなりの制限が付くだろう。

だから、利益を得る為には、自由に出来る公国相手にどれだけの事ができるかにかかっていると思っていい。

ふふふ……。

自然と笑いが漏れる。

本当に楽しませてくれますね、あのお方は……。

そんな事を思いつつ、ポランドはソファに座ると資料を鞄から出して確認を始めたのであった。



「確認が入れました。連盟の商船が一隻、こちらに向かってきているようです。あと数時間後にはアレサンドラ港に入港となるでしょう」

その報告を聞き、公国の支配者であるノンナ・エザヴェータ・ショウメリアは楽しそうに微笑んだ。

普段は無表情の事が多いため、彼女の事はクールビューティと思われがちだが、以前に比べて表情に感情が出やすくなったようだと公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードルは思う。

それは、感情を隠し続けていかなければならなかった環境にいたためだろう。

それがまだ抜け切れていないのは悲しいものの、以前に比べて感情を出されるようになったという事はいい事ではないかと思っていた。

感情は、隠せば隠すほど心の傷として、心の重みとして自分自身に負担になっていくのだ。

それは、悲しい、悔しいといった負の感情ばかりではない。

楽しい、嬉しいといった正の感情であったとしてもだ。

結局、人は感情の生き物だということだろう。

そんな事を思っていると、ノンナがくすくすと笑った。

「ふふふっ。さてさて、どんな交渉をしてくれるのかしら。実に楽しみだわ」

そう言うと、彼女はデスクの置いてある書簡に目を向ける。

その書簡は、三日前にカルトックス島湾に来たフソウ連合の補給物資と共に渡されたものだ。

正式に国交を開いていない以上、フソウ連合との連絡は、そういった裏で行なう事となる。

だから時間がかかる場合もあるが、今回は返信は早かった。

それだけ、フソウ連合としても急いで返信する必要があると判断したのだろう。

しかし、その内容は、最初見たときは、唖然とさせられた。

十中八九、断られると思っていたのだが、そうとはならなかったのだ。

提供はする。

ただし、無償(タダ)ではない。

用意するから、取引商人から買ってくれときたからだ。

最初、あの無表情なノンナが大爆笑していることから、何が起こったんだと驚いたが、書簡の内容を知らされて不覚にもビルスキーアも爆笑してしまった。

あんなに笑ったのは初めてであった。

まさに、そうきたかといったところだろう。

これでフソウ連合は、公国の希望を条件付とはいえ聞き入れ、公国は代償が必要ではあるが、欲しかった物を手に入れる。

まさにウィン、ウィンといった関係だ。

もっとも、その交渉がどうなるかで、関係は大きく変わってくるが、フソウ連合は義理を果たしたことになる。

よく考えられていると思う。

この手を考えた者は、かなりの知恵者に違いない。

もしかしたら、噂に聞くフソウ連合のナベシマ長官という稀代の戦略家が考えたのかもしれないな。

確かに、今までの作戦や戦略を考えれば、辻褄が合うだろう。

あの男がいる限り、フソウ連合は敵に回すべきではない。

そして運が良い事に、今は協力者となってくれている。

まぁ、利用されているのは分かってはいるが、それでも敵対されるよりは遥かにマシだろう。

そんな事をビルスキーアが考えているとドアがノックされた。

「入りたまえ」

「失礼します」

そう言って入ってきたのは近衛隊隊長で、ノンナに対して敬礼すると報告する。

「交渉会場の準備と入港の歓迎準備が終わりました。後はいつでも対応できます」

「そうか。ご苦労だった」

ビルスキーアがそう声をかけると、ほっとした表情をした後、「ありがとうございます」と返事をする。

今回の交渉が大事だと知らされている為、かなり緊張していたのだろう。

そんな近衛の隊長の様子を楽しそうに見た後、ノンナが口を開いた。

「失礼がないように。良いな?」

「はっ。勿論であります」

「そうか。頼もしいな」

「ありがとうございます」

そして敬礼すると近衛の隊長は退室する。

その後姿を見送った後、少し気になったため、ビルスキーアはノンナに質問する。

「しかし、あそこまで豪華にする必要はあるのでしょうか?あれでは国賓待遇と思われても……」

「国賓待遇でいいじゃない。それで少しでも安く駆逐艦が手に入るなら」

笑いつつそういうノンナに、それだけではないなと感じた為、ビルスキーアはもっと深く食い下がることにした。

「それだけではないのですよね……」

そう言われてノンナが楽しそうに笑う。

「わかりますか?」

「ええ。何の為かはわかりませんが……」

「なぁに、領内で余っている物を売って欲しい物を手に入れるためといったところかしら」

その言葉でピンときた。

内戦が始まると外国の資産や商人たちはまるで潮が引くかのように帝国領から姿を消した。

それは当たり前だろう。

争いに巻き込まれるだけでなく、下手したら資産没収までいくかもしれない。

それほど状況が混沌としている場所で商売なんて出来ないからだ。

それでも、一部の高い利益目的で動く商人達はいたが、今回は連邦という国家が立ち上がったことで、そういった商人達も一気に手を引いた。

連邦の考え方と商人の考えは相容れないと言っていいだろう。

片や公平な富の分配であり、片や儲けることで貧富の差を生み出していく。

つまり、連邦という国のシステム自体が金儲けをさせないシステムと言っていいだろうか。

その為、今の旧帝国領で海外の商船はほとんど見かけない。

だから、こういう機会でしか会えない連邦の商人にツテを作っておきたいという事なのだろう。

「つまり、今回の商人を駆逐艦だけ手に入れるための仲介者としない為でしようか?」

「そういうことよ。連中だってこっちが連邦とは違って歓迎もするし、保護もする。もちろん取引もきちんとすると示せば心が動くんじゃない?なんせ市場を独占できるんだもの……」

確かに危険ではあるが実に美味しそうだ。

連盟の商人ならば食いついてもおかしくない。

「確かに……。その可能性はありますな」

そう言いつつ、違和感を感じた。

だから聞き返す。

「もしかしてそれだけではないのですか?」

ニタリと笑うノンナは楽しげに答えを明かした。

「ふふっ。私の目的はね、フソウ連合の工作機械よ」

「工作機械?」

「ええ。ビスマルクさえもきちんと修理できるレベルの高い工作機械。それが欲しいのよ」

確かにフソウ連合の工作艦には、公国の本国でさえも用意できないほどの高性能精密工作機械の数々が搭載されていた。

それに、王国の襲撃で被害を受けたアレサンドラ港の造船部門はまだ半分程度しか復興しきれていない。

それらを踏まえて最新設備を揃えたいという事なのだろう。

「なるほど。確かに……。ですが、手に入るでしょうか?」

「普通の連盟の商人程度ならまず用意するのが無理でしょうね。それにもし手に入るとしてもすぐに工作機械をというのも無理でしょう。だけど、それ以外にも欲しいものは沢山あるし、それに何よりあのフソウ連合が代理人としてよこすほどの人物よ。仲良くなって損はないと思うわ」

「確かに。その通りですな。納得いたしました。さすがですな」

そう言って頷くビルスキーアをノンナは楽しげに見ている。

その視線に驚き、思わずビルスキーアは聞き返した。

「な、何かありますでしょうか?変なことでも……」

たがその問いに、ノンナは視線を向けたまま笑いつつ答える。

「いいえ。問題ないわ」

そう言いつつも、ただ微笑を浮かべてじっと見られているのは相変わらずだ。

「えっと……」

「気にしないで」

そんな似たような問答を何回か繰り返し、ビルスキーアは気がついた。

要は自分が考えていた事が実行出来るかもしれないと思い、彼女は機嫌がいいのだ。

だから、ついついビルスキーアをからかっているつもりなのだと。

そんなノンナの様子に心の中で苦笑しつつも、実に人間臭くなられた。

ビルスキーアはそんな事を思ってしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、今回の取引に関しては寧ろタダで貰った方が面倒な事になるだろうね この手の「国家間の贈答品」は結局の所『借り』だからね。
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