アメルシトアナ島沖海戦
三ヶ国による『国際食糧及び技術支援機構(International Food and Technology Assistance Organization)』の設立を世界各国の報道機関の前で公式発表してから三日後の午後、リットーミン商会からアルンカス王国のフソウ連合海軍基地だけでなく、何箇所かに連絡が送られた。
『収穫が終わった。これより倉庫に運び入れる』
それは、食糧の確保が達成されたという連絡であり、倉庫とは『トライデント作戦』で占領し、イムサの基地として現在活用されているアメルシトアナ島の港の事である。
ここは、占領以降、資材を持ち込んで拡張した結果、今や何隻もの大型船の係留ができるだけでなく、フソウ連合からクレーンなども運び込まれ、簡単な修理施設や備蓄タンクや大型倉庫などの大量な物資の一時的な保管などの出来る一大拠点となっていた。
もちろん、海賊や他の勢力からここを守る為に砲台の設置と駐屯艦隊が派遣されている。
そして、それだけでではない。
管理こそイムサになっていたが、イムサ加盟のフソウ連合、王国、共和国が利用出来る共用施設となっている為、王国と共和国は災害のあった植民地への緊急派遣に対応する予備の艦艇をここに駐屯させている。
つまり、ここに手を出す事は、イムサだけでなく、フソウ連合、王国、共和国を敵に回す事になるため、下手に手を出せない事態になっていた。
その為、連盟で集められた食糧は一旦ここに集められ、王国、共和国へと輸送される手はずになっている。
そして、アメルシトアナ島にあるイムサ司令部の屋上に二人の人影があった。
一人が港の様子を見て驚いている。
今ついたばかりの貨物船から、大型クレーンで荷物が降ろされているのだ。
「すごい量の物資や食糧ですね」
イムサアメルシトアナ駐屯軍司令官付の副官であるコーエン・リラリカート少佐は、港に運び込まれる大量の物資に驚き唖然としていた。
今まで王国海軍で働いていたが、ここまでの量は見た事もなかった。
「そりゃそうさ。王国と共和国の植民地の人々の腹を満たし、復興を手助けするために必要な量だからな」
そう言って双眼鏡で港に入り込んでくる新しい船団を見ているのは、司令官であるサンカード・サンハラハ少将である。
「ふむ……。次の船団は護衛の艦艇を増やしたほうが良さそうだな。ここまで船の動きが活発だと輸送中を狙う連中が出てくるかもしれん」
「確かに……。金庫が厳重なら、金庫に入れる前に狙うのは当たり前ですからね」
納得したのかそう言ってリラリカート少佐は頷いている。
「そういうことだ。どれくらい余裕がある?」
「一応、護衛隊が三隊今すぐ動けます」
「わかった。行きと帰りに一部隊ずつ追加だ」
「了解しました」
そう言うとリラリカート少佐は敬礼し、命令を伝える為に屋上を後にした。
後ろでドアが閉まる音を聞きながら、サンハラハ少将は次々と入港してくる船団の様子をじっと見ている。
偏狭なところに飛ばされたな。
最初はそう思っていたのだが、三日もしないうちにその考えは間違っていると知らされた。
ここは、王国、共和国とアルンカス王国、フソウ連合を結ぶ中間地点であり、重要拠点だとわかったからだ。
それ以降、彼はここでの職務に誇りと責任をもって当たっている。
「さて、今日の便はあれで最後か……」
港に無事入港して接岸を始めた事を確認して双眼鏡を下ろすと、彼は首を左右に振って背筋を伸ばした後、肩を回した。
明日の午後ぐらいからは運び込まれた物資の受け取りをする為に、王国、共和国の方も動きが活発になるだろう。
忙しくなるぞ。
そんなことを思いつつ司令官室に戻る為屋上の入り口の方に向かう。
しかし、この時、念のために出した命令が、すぐに言ってよかったと思う事になるとは思いもしなかったのである。
アメルシトアナ島の近くの海域にある小島に一隻の艦船が隠れるように身を隠している。
その船には、国籍旗は見当たらない。
ただ、黒い旗が風に揺れ動いているのみだ。
そんな船の最も高いマストの部分には、双眼鏡でじっとアメルシトアナ島に向かう船の動きを見ている男がいた。
髭ぼうぼうで日に焼けた肌、そして軍服をいじり倒して出来たような服。
まさに昔の船乗りっていう感じの出で立ちだ。
その男はじっと双眼鏡を見ながら舌打ちをし、「くそったれめ、舐めた真似しやがって……」と呟くとマストから甲板の方に下りた。
そこには何人かの船員らしき格好の男達が待っており、その代表らしき男が降りてきた男に声をかける。
「どうでしたかっ、ボス」
待っていた船員らしき男にそう聞かれ、降りてきた男はぶっきら棒に答える。
「ふんっ。明日やるぞ」
その言葉に集まっていた男達から歓声が上がった。
それは待ちに待ったという感じてあり、そんな男達の反応に満足げに頷いた後、ボスと呼ばれた男は一番近くにいる伝令兵のような部下に命令する。
「すぐにトーカホやリッペダルの連中に知らせろ。明日の昼の便から仕掛けるってな」
「了解しました。連中も喜びますよ」
そう返事をすると命令された男は艦内に戻っていく。
どうやら、無線で連絡を入れようとしているのだろう。
「おらおら、明日は忙しくなるんだ。野郎ども、それぞれ持ち場に戻って点検しな」
「「「へいっ」」」
ボスに声をかけた男がそう命じると集まっていた男達は、楽しげにその場を解散した
「なんでぇ、すごく嬉しそうじゃねぇか」
ボスが苦笑交じりにそう言うと、解散を命じた男が笑いつつ言い返す。
「そりゃ、久々の仕事、それもここら一帯の海賊が連合してやる大仕事ですからねぇ。わくわくもしますぜ」
「まぁ、確かにな。イムサの連中のおかげで、こっちはおまんまの食上げだからな」
「本当に、余計な事をしてくれたもんですよ」
そう言った後、解散を命じた男は声を低めて言葉を続ける。
「しかし、大丈夫ですかね?フソウ製の軍艦は、かなりの高性能でタチが悪いと聞いていますが……」
「確かにあの速力と機敏な動き、それに砲塔の旋回速度と性能は驚異的なものだ。しかしな、それでも所詮は装甲巡洋艦程度のものだ。数で押せば勝てない相手じゃねぇ。それにだ。イムサの艦が全部が全部、フソウ製になったわけじゃねぇしな……」
「そうですね。そのとおりです。しかし、声をかけた連中、集まるでしょうか?」
その言葉に、ボスはニタリと笑った。
「なぁに、連中もイムサの連中のおかげで商売が厳しくなりつつあるからな。それにイムサに追い払われた連中なんかは連中に一泡吹かせたいと思っているだろうしな。恐らくだが、明日は二十は集まると思うぞ」
二十という数に解散を命じた男は驚いた顔をする。
「まさかそんなに……」
「ああ。ノリノリだったからな。それに『黒の親分』が動くしな……」
「それは、それは……。実に楽しみですな。それと同時に明日襲撃されるイムサの連中が可哀想になってきますな」
「ああ……。だが、連中にはいい薬だ。海賊の力を見せ付けてやらなければな」
そう言葉を返しながらボスは考えていた。
やはり、今までのように互いに海賊同士がいがみ合うのではなく、徒党を組み動くしかない。
そして、明日の勝利が、そのきっかけになればといいと。
しかし、その願いは、かなうことはなかったのである。
翌日の朝、その小島の周りには、実に二十二隻の大小さまざまな形の艦艇が集まっていた。
元々は各国の軍艦ではあるが、年代の幅が違う上にそれぞれが改造を施されており、まったく同じものはない。
また、そんな中でも一際目立つのは、手をかなり入れてしまったために、ほとんど原型を留めていないまでになった一隻である。
その艦の名前は、センシセーター号。
艦上物だけでなく、艦体もかなり手を加えた為に、本来のものより一回り以上は大きくなってしまっている。
主砲40口径30.5センチ連装砲四基八門、副砲40口径15.2センチ単装砲二十二門を主兵装とするまさにこの世界での超重戦艦と呼ぶに相応しい艦であり、まさに、この二十二隻という海賊の群れの中のボスといってもいい存在感を出していた。
そして、その甲板には、まさに海賊といった感じの荒々しい男達が集まっていた。
それぞれの海賊船の船長達だ。
そしてその中でも一際目立つ、一人の男。
髭と髪がのびて顔を覆い、目と鼻の部分しか肌が見えない。
そして身に付けているものがほとんど黒ばかりの為、海賊連中から『黒の親分』と言われる海賊船センシセーター号の船長だ。
「サンサラニーナからの連絡で皆良く集まってくれた。今、俺らはあの忌々しいイムサとかいう連中に仕事を奪われつつある。おかげで生活が厳しいもの達も多いだろう。だが、このまま泣き寝入りは俺ららしくねぇ。そうじゃねぇか」
その言葉に、集まった船長達は声を上げた。
「そうだっ、そうだっ!!」
「連中に鉄槌をっ!」
「目にもの見せてやろうぜ」
周りを見渡すとその反応に満足そうに黒の親分は頷く。
そしてニタリと笑いつつ口を開いた。
「皆のやる気はよくわかった。本日、イムサの護衛船団を襲うぞ。どうやらかなりの大物だ。貨物船は十五隻をこえるらしい」
その言葉に、歓声が上がる。
しかし、すぐに心配そうな声が出た。
「そ、それで、護衛は……」
「昨日の時点ではイムサの最小護衛単位の三~四隻だ」
「それなら……」
安心したような声が出たが、今度は別のところから声が出た。
「しかし、もし増えていたら……」
「心配するな。いくら多くてもイムサの護衛は六~八隻だ。それに対してこっちは三倍弱。数で圧倒すればいい。それにだ、連中とて人だ。自分らが不利だと思ったに逃げ出すに違いない」
その言葉に笑い声が出る。
「確かに、確かにっ」
「連盟の護衛の連中なんか逃げ足速かったしな」
「あいつらは、傭兵だからな。自分の方が大事って連中ばかりだよ」
「そういう訳だから、心配するな。俺らはただ、一方的に連中を追い詰め、狩ればいいんだからな」
「「「おおおーーーっ」」」
そして、四時間後、彼ら海賊団は、アメルシトアナ島へ向かうイムサの船団を捕捉した。
数は、貨物船が大小あわせて十八、護衛はO型駆逐艦三隻と王国製の装甲巡洋艦四隻から構成され、二十五隻からなる大船団だ。
そして、そんな美味しい獲物を見逃すはずもなく、手はずどおり彼らは扇状に展開して船団を包もうとする。
しかし、連中よりはやく相手を捕捉していたイムサの護衛は、素早く動いて対応を始めた。
その動きはまさに海賊に比べてキビキビとしたものである。
O型駆逐艦三隻が海賊に向かって突っ込み、残りの四隻の装甲巡洋艦が船団を護衛し離脱を図ろうとしたのだ。
だが、そんな動きも海賊達は鼻で笑っていた。
一気に向かってくるのが三隻程度ならフソウ製の艦艇でも圧倒的にこっちが有利であり、それに向かってくる三隻もすぐに尻尾を巻いて逃げ出すに違いない。
それに速力の遅い貨物船なら、すぐに追いつくだろうと……。
だが、ここで彼らは三つの思い違いをしていた。
一つ目は、艦艇の性能と乗組員の熟練度だ。
彼らは艦艇の性能を甘く見積もっていたし、短期間ではあるが乗組員はフソウ式と呼ばれる訓練で徹底的に鍛え上げられていた。
そして二つ目は、乗組員達や指揮官の士気の高さである。
彼らは勇猛果敢であり、動きが散漫な海賊達に負ける気がしなかったし、それに何より自分の仕事に誇りを持ち、そして今回の荷物は王国と共和国にとって必要な物であるという認識を持っていた。
その為、数の差で逃げ出すような事は選択肢になかったのである。
そして最後の三つは、貨物船の速力だ。
今回、使用されている貨物船の多くはフソウ連合製のものであり、大きさの割りにはその速力は高く、今までの貨物船より遥かに機敏であった。
その為、突っ込んできた三隻のO型駆逐艦に翻弄される間に、船団はドンドンと離れていく。
そして、元々他の連中より利を得てやろうという者の集まりでしかない為に、予想外の抵抗と船団の離脱の早さに海賊達の間に焦りを生みだし、抜け駆けで船団を追おうとする連中まで現れ始める。
それでもなんとか抜け駆けさせないように押し留めようとしたものの、そこをO型駆逐艦によって突かれて海賊艦隊の統制は一気に崩れた。
そして、その上に、海賊達に不運が襲う。
物資の受け渡しの為に、先行してアメルシトアナ島に向かっていた王国船団の護衛部隊が、無線を受け戦いに参戦したのである。
海賊の襲撃を受けたイムサの護衛隊は、近くの基地(今回の場合はアメルシトアナ島)に報告するのと同時に、近くを航行するイムサの護衛隊に向けて救援の無線を発するのが決められている。
そして、その無線は国際チャンネルであり、海賊はどの国であっても共通の敵であるため、無線を受けた最も近い艦隊の王国船団の護衛隊が駆けつけたのであった。
その数は、わずか四隻ではあったが、統制を失った烏合の衆と化した現状では数など関係ない。
一気に攻め立てられ、二十二隻の即席海賊艦隊はあっけないほど簡単に殲滅されてしまったのである。
しかし、反対に、イムサ側の被害はO型駆逐艦の損傷軽微と何人かの怪我人を出しだけであった。
まさに圧倒的勝利といっていい海戦の結果である。
また、この戦いは海賊を殲滅し勝利をもたらしただけでなく、二つの利点を生み出した。
まず一つ目は、この戦いによってアメルシトアナ島周辺の海域から海賊が姿を消した事が上げられる。
確かにこの戦いにここ近辺の海域をアジトとするかなりの海賊達が参加していたが、それでも参加せず様子を見ていた海賊も多かった。
しかし、この圧倒的な戦いの結果、ここら辺りではもう駄目だと諦めたのだろう。
残った海賊も拠点を別の海域に移してしまったか、廃業して解散してしまったのだ。
そして二つ目は、イムサの実力がかなり過大評価され広まった事がある。
二十二隻の海賊を、新型とはいえ三隻で叩き潰したという話が一気に広まったのだ。
それも王国の援護かあったのと、相手の士気が低くて簡単に崩れたといった事は無視され、正々堂々と真正面から戦い、圧倒したというまさに一騎当千の兵が万の兵相手に動きを押し留めて追い払ったみたいなある意味物語みたいな話になってしまったのである。
その為、海賊達はますますイムサの護衛が付いている船団には手を出さないようになっていったのであった。
こうして、後に『アメルシトアナ島沖海戦』(実はかなり離れているので沖ではないのだが、いつの間にか脚色された話と共にこう呼ばれるようになっていた)と呼ばれる戦いはあっけないほど簡単に終了したのであった。




