日誌 第十一日目 その1
光二さんとの話し合いの翌日、丸一日をかけて引継ぎの為の資料や注意点をまとめ上げた。
そして約束の日のお昼に光二さんはやってきたが、その書類の多さにかなり驚いていた。
「これは失敗したかなぁ」と苦笑気味な顔で言われたけど、問題なく管理の代理は引き受けてくれた。
また、「一応、後々問題になったらいけないから、契約書まで作っておけ」と言われたときは驚いたが、どうやら以前の仕事でいろいろトラブルがあったらしい。
「いくら信頼しているといっても、なぁなぁは駄目だぞ。それに契約を結ぶって言うのは、信用していないから結ぶんじゃない。信用しているからこそ結ぶんだ」と言う言葉に、ああ、さすが元営業の人だと感心させられた。
そして、光二さんへ管理の代理引継ぎの翌日、僕は戻ってきた。
そう、戻ってきたと言っていいだろうか。
元の僕の世界の方が長く関わってきたし、いろんな人との繋がりもある。
だからこそ、元の僕の世界こそが故郷であるにもかかわらず、こっちの世界、フソウ連合とはわずか一週間程度の関わりしかないのに、僕はやっと戻ってきたと感じていた。
それだけ、こっちの世界で濃いい体験をしたと思っていいのかもしれない。
長官室に入って部屋の中を見渡す。
ほんの四日前とほとんど変わらないはずなのにすごく懐かして感じさえしてしまう。
自分の居場所といった感覚といったほうがいいだろうか。
そんな思いを感じていると、僕と一緒にこっちに来た東郷大尉が「長官…」と声をかける。
振り返ると実にうれしそうに笑顔を浮かべて口を開いた。
「お帰りなさいませ。皆、お待ちしておりました」
その言葉が僕の胸の奥に染み込んでいく。
そんな感覚。
そして、それでよりはっきりとした。
もう、この世界、フソウ連合は、僕にとって元の僕の世界と同じように大切なものになったのだと…。
そして、僕は笑って答える。
「ああ、ただいま…」
それは、僕がより深くこの世界に関わろうと決心した瞬間だった。
もっとも…すぐに少し後悔しすることになった。
「これが長官の最終確認待ちの書類です」
そう言ってデスクに積み上げられた書類に、僕は唖然とする。
いや、まさに積み上げられたといって問題ないだろう。
まぁ、一つ一つの書類が結構厚いという事もあるのだが、A4サイズの紙の束が実に六十センチ近くあり、聞いたところによるとこれでもかなり減らしたらしい…。
四日間不在の間にこんなにたまるって何だよって思ったけど、まぁ、その四日間動けなかったのは自業自得なんだから仕方ない。
少し引き気味に「やるか…」と呟いて書類の処理に没頭した。
まぁ、実にいろんな書類が処理待ちで乗せてある。
多分、急がなければいけない書類をなるべく上にしてあるのだろう。
書類が出来上がるたびに東郷大尉が回収していく。
そしてやっと一息ついたのは、お昼前になってからだった。
「お疲れ様でした。長官」
「ああ、疲れたよ…。事務仕事はあまり得意ではないんだけどなぁ。それも決定権があるやつなんか…」
僕が苦笑気味にそう言うと、東郷大尉も苦笑しつつ答える。
「仕方ないですわ。今や長官は、フソウ連合海軍司令長官兼マシナガ地区責任者、それにフソウ連合外交交渉部長官であり、軍事部長官ですから…」
そうなのだ。
戻ってきてから伝えられたのだが、肩書きが二つも増えていたのだ。
本会議のあと、何度もいろいろな話し合いが行われ、(海軍の方で手一杯だったので、考えや提案をまとめておいた資料を三島さんに渡して彼女に任せていた)僕がいない四日間の間にある程度、組織改変が行われたらしい。
その結果、政府機関として、十二の部と呼ばれる組織が正式に作られる事となった。
僕の世界だと各省庁といったところだろうか。
そして、そのうちの二つの部の責任者を僕が兼任する事となってしまったのだ。
一つ目の「外交交渉部」というのは僕の世界では外務省といったところで、以前行われた本会議でフソウ連合の外交責任者を僕がすることが決まったのだが、その名称が「外交交渉部長官」ということだ。
またその次の「軍事部」というのもまさに字のごとく、軍事部門の事であり僕の世界で言う防衛庁といったところだろうか。
まぁ、最終的外交手段が戦争と言われているから、まぁ、これはこれでありだとは思う。
それにまだ陸軍である防衛軍が機能していないため、フソウ連合の軍事力のほとんどを掌握している海軍の最高司令長官である僕が兼任するというのは仕方ない部分ではある。
まぁ、この二つは仕方ないというか、まぁ納得できるんだけど、三島さんの話では他の通信運輸部とかも押し付けられそうになったらしい。
もっとも「あまりにもいろんな部を独占しても問題なのではないでしょうか」と言って三島さんがなんとかそれ以外の役職は断ったらしい。
まぁ、このマシナガ地区だけが異常に文化や技術レベルが高いから、どうしてもそういった事はこっちに任せたほうがいいということになりやすいのはわかるんだけど、さすがにこれ以上責任は負いたくなかったので三島さんに感謝である。
肩書きはあまり欲しくないので、今の分だけでもういりませんよ、本当に…。
ちなみに、今も三島さんは話し合いや根回し等でフソウ連合各地を二式大艇で飛び回っている。
だからだろうか。
東郷大尉に「交通手段が便利で早くなったのはいいんだけど、忙しくなりすぎなのも考えものよね」という愚痴の無線連絡まであったらしい。
今度、きちんとお礼を言っとこう…。
そして、海軍の方は、少しずつ増強が進んでいる。
南部基地の選定がすみ、結局ガサ地区提供の島で工事が始まった。
僕の提案したコンクリート船を使った物資輸送と、基礎工事という流れで、かなり工事期間を短縮する事が可能となったようだ。
今では、ドックで三日に二隻から三隻ほどの間隔でコンクリート船が造られている。
機関やいろいろな装備品をつけないでいい分建造が早くて就役が早い為、現場では助かっているらしい。
しばらくは、基地以外の各地区の港や備蓄プラントの整備なんかもあるからコンクリート船の建造は続くだろう。
また、北部基地の方はシマト諸島で発見された海賊のアジト跡が最有力の候補地となっており、また、シルーア帝国の再侵攻も考えられる為、駆逐艦島風と暁、それに海防艦御蔵と三宅、後は補給の為に特殊給油艦東邦丸の五隻が派遣されて警戒に当たっている。
なお、北部基地選定に当たってはひと悶着あるかもと思ったが、 イタオウ地区責任者橋本公男は何も言わなかったらしい。
いや、正確には言わなかったではなくて、言えなかったと言うべきかも知れない。
現在、イタオウ地区は今回の件で住民と行政府との間で衝突が起こっており、会議でいろいろ言える状態ではないらしい。
まぁ、暴動まで発展していないものの、責任者に対しての責任問題が取りざたされていると聞く。
「鎮火には時間がかかりそうな事態になったおかげで話し合いがスムーズで助かったわ」との三島さんのお言葉で、諜報部がうまくやっている事が窺える。
こういう問題は、一気に燃え上がるより長引く方がダメージでかいから、後で一気に燃やし過ぎるなよと諜報部には言っておくか。
つまり、こんな感じで僕がいない間に一気に物事は進んでしまっていて、その事に対応していくのが大変だった。
コキコキと首を回して立ち上がる。
時間はそろそろ十二時になろうかというところだ。
「さてと…お昼でも食べに行こうか」
そう東郷大尉に声をかけと時計を見て東郷大尉が答えた。
「ええ。そろそろ約束の時間ですわね」
「約束?」
確か、お昼に予定は入ってなかったはずだけど…。
だから思わず聞き返すが、東郷大尉はにこやかに微笑むだけだ。
それって話す気がないということだな。
するいぞ、女性はっ。
そんな笑顔見せられたら聞き返しにくいじゃないか。
僕がそう思っていると、その思いが伝わったのか苦笑しつつ東郷大尉は口を開いた。
「朝のミーティングの時は言いませんでしたが、昼食会を用意させていただいております。本日のお昼はそちらに参加をお願いします」
つまりはこの昼食会は最初から用意されていたという事らしい。
うーん。なんかのサプライズだろうか。
僕はそんな事を思いつつ、「わかった」と返事をして頷いたのだった。




