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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十二章 三者会談

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イムサ第13護衛隊  その2

『我、海賊国家サネホーンと思しき連中から対話を望まれ、これに応じる。貴艦は先に進め』

フルーメンティア少佐がオンバーナに向けて発したその無線内容は、受け取ったオンバーナからすぐさまイムサ本部へと無線で報告された。

その報告に、イムサ本部は蜂の巣をつついた様な大騒ぎとなる。

しかし、それは仕方ない事だ。

今までほとんど接触がなかったとはいえ、イムサにとって海賊国家サネホーンは敵対勢力と言っていい相手だ。

その勢力が遂にイムサと接触したのだ。

もっとも、当初予想されていた武力衝突ではなかったが……。

いや、武力衝突ではなかった事で、より判断が難しくなったといっていいだろう。

フソウ連合、王国、共和国からそれぞれ派遣されていたイムサの代表である三名は、どうすればいいか判断に迷って頭を抱える。

だが、結局は接触したフルーメンティア少佐の報告を待つ事で意見はまとめられた。

また、近くを警戒パトロール中の第8護衛隊と訓練航海中だった第22護衛隊を現地に急遽派遣することも決定し、実行された。

もっともこっちは戦いになったとしても間に合うとは思えなかったが、戦闘の結果と生存者の救助のためといったところか……。

こうして、海賊国家サネホーンとイムサの初めての接触に対してイムサ本部は情報不足であるため様子見という形となったのである。



二機の水上機のうち一機がイムサ第13護衛隊旗艦であるO級駆逐艦オットリッチの近くに着水する。

もう一機は警戒の為だろうか。

二隻の上空を飛んでおり、離れている味方艦体へ無線で状況を報告しているのだろう。

そしてオットリッチではすぐさまカッターの用意がされ、艦内に案内する為に水上機へと向かう。

その様子を艦橋から見ていたフルーメンティア少佐はすぐさま対談用の部屋の準備を命じる。

もっとも、駆逐艦という事からそれほど立派な部屋を用意できるわけではない。

用意できたとしても精々談話室が関の山だ。

しかし、それでも見栄を張れるうちは張りたいと思う。

それが些細なものであったとしてもだ。

その心境がわかるのだろう。

クリスチアーナ艦長がニタリと笑う。

「では至急準備させます」

クリスチアーナ艦長はそう言うと、部下にテキパキと指示を出す。

その様子を頼もしく感じながら「さてどうするか……」、そう呟いた後フルーメンティア少佐は思考を巡らせるのであった。


十五分後、カッターはオットリッチに戻ってきた。

二人の客を乗せて……。

徐々に近付いてくることでその二人の様子が見えてくる。

一人はかなり大きい男だが、もう一人はひょろっとした感じの背の低い男のようだ。

まるで凸凹コンビみたいだな。

そんな事をフルーメンティア少佐は思っていたが、すぐにその考えを修正しなければならなくなった。

背の低い男と思っていた人物が女性だと気が付いたのだ。

「女性が交渉に来るとはな……」

甲板で出迎えの為に並んでいたフルーメンティア少佐の口から無意識だとは思うがそんな声が漏れた。

「お気を付けください。共和国でそんな事を言えば、間違いなく叩かれますよ」

隣に並んで立っているクリスチアーナ艦長が苦笑して助言する。

共和国では『女性への差別反対』やら『女性の権利の回復』という言葉がよく囁かれ、その結果そういった運動が起こっている。

もっとも、人によっては差別も区別も分からず、それが新たに男性への差別を生み出しているといった事にもなってしまっている事も多いのだが……。

その事を思い出したのだろう。

「うむ……。声に出ていたか……。すまんな。気をつけるとしょう」

フルーメンティア少佐がそう言葉を返すと、クリスチアーナ艦長は苦笑を抑えて答える。

「まぁ、硬くなりすぎないようにお願いしますよ」

「勿論だ。それに緊張して漏れたわけではないぞ」

「まぁ。言いたい事はわかりますが、相手はあの海賊国家の関係者ですからね」

「分かっている。分かっているって……」

そんなやり取りをしているうちにカッターから客の二人が甲板に現れた。

まずは筋肉隆々の男性が甲板に現れ、その後に続く女性に手を貸している。

その様子から、本命は女性の方のようだ。

「ふう……」

思わずため息を吐き出すフルーメンティア少佐。

別に女性差別主義者ではないが、女性に対してろくな目にあわなかったし、女性は感情的になりやすく交渉事には向かないという考えを持っていた。

だからだろうか。

困ったなといった感情がその表情からうかがえる。

それがちらりと目に入った隣のクリスチアーナ艦長は慌てて肘で小突き、それで慌ててフルーメンティア少佐は表情を引き締めなおす。

そんなやり取りがあったのを知らない海賊国家の交渉人である女性は敬礼すると微笑んで自己紹介をした。

「私の名前は、リンダ・エンターブラ。サネホーンでは交渉官の仕事をしています。以後よろしくお願いいたします」

年齢は三十手前という感じで、軍服よりもきわどいドレスの方が似合いそうな派手目の化粧とウェーブのかかった金色の肩までかかるセミロングの髪。

そしてその髪の間から見える鋭い目つきとそれに挑戦的に口角が釣りあがっている唇。

美人ではあるが、その気の強そうな雰囲気に、フルーメンティア少佐は心の中でため息を漏らす。

苦手とする部類の女性だと判断して……。

だが、さすがにそれを顔には出さずに答礼をすると微笑んで右手を差し出した。

その手にリンダが握手をする。

「イムサ第13護衛隊の指揮を任せられているノア・フルーメンティア少佐です。しかし……」

ちらりとリンダを見た後、言葉を続けた。

「こちらこそ、あの有名な海賊国家の交渉官がこんな女性とは思いもしませんでしたな」

ここでせめて女性ではなく美女とでも言えばよかったのかもしれない。

本人は別に皮肉のつもりはなく何気ない感想なのだが、言いましが不味かったようだ。

どうも相手はそう取らなかったようで、リンダのぴくんっとこめかみが動き、柔らかな微笑みは硬い笑顔になった。

「あら、もしかして女性では相手にならないと?」

少し喧嘩ごしの物言いに、フルーメンティア少佐も今度は皮肉というエッセンスをぶちかました口調で言い返す。

「いやいや。そんなつもりはないんだがね。ただ、あまりこういったことに女性は不向きではないかと思っただけなんですよ」

その言葉に、リンダは不満をぶち込んだ口調で答える。

「それは差別では?」

「いいえ。区別ですよ」

互いに握手をして硬い笑いのまま、会話する二人の間に不穏な空気が流れ始める。

二人とも相手が喧嘩を売ってきたと思い込んでいるようだ。

さすがにそろそろ不味いと思ったのだろう。

クリスチアーナ艦長が横から口を挟む。

「次をよろしいかな?」

そう言われ、呪縛が解けたかのように手を離す二人。

それはまるで推し量ったかのように同時であり、実はこの二人、気が合うのではと思わされるほどだ。

「これは失礼いたしました」

そう言ってリンダが頭を下げる。

「いえいえ。こちらこそ失礼しました。私はこの駆逐艦オットリッチの艦長を務めるクレマンス・クリスチアーナ艦長です。今回はお手柔らかに……」

そう言って右手を差し出すと、握手をしつつ「リンダです。こちらこそ……」と言ってちらりとフルーメンティア少佐を睨みつけるように見た後、クリスチアーナ艦長に微笑みかける。

そこにはさっきまでの不穏な空気は微塵もない。

その様子をフルーメンティア少佐は面白くなさそうに見た後、「では別室で話を伺いましょうか」と話を振る。

「そうですわね。さっさと仕事を終わらせましょうか」

リンダはそう言うと手を離す。

「では。こちらにどうぞ」

クリスチアーナ艦長が先頭に立ち案内を始める。

こうして、海賊国家とイムサの対談が始まったのであった。



別室で対談が始まったが、最初に口火を切ったのはフルーメンティア少佐であった。

座って紅茶が出された後、談話室のドアが閉められて室内がリンダと護衛、それにフルーメンティア少佐とクリスチアーナ艦長の四人になるとまずは口を開いた。

「それで今回、わざわざ我々に接触した用件は何かね?」

出された紅茶を迷いなく口に運び、その香りを楽しんだ後、リンダはため息を吐き出した。

「少しは紅茶の香りぐらい楽しませて欲しいものですわ」

そう言ってちらりと発言したフルーメンティア少佐に視線を向けると、紅茶を口にふくむ。

その様子に、フルーメンティア少佐は「ふん」と鼻を鳴らし、隣に座っているクリスチアーナ艦長が宥めている。

どうやら、少佐の方は私とはあまりあわなさそうな人のようだが、隣の御仁は話が分かる人のようだ。

そう判断すると、視線をフルーメンティア少佐からクリスチアーナ艦長に視線を移してリンダはカップを戻して口を開いた

「香りもいいし、味も中々ね。いいお茶葉みたいね」

「ああ。フソウ連合の長官がよく飲まれている紅茶でね。王国や共和国にも一部熱狂的に愛飲する人がいるらしい。その為か、イムサでも結構飲む人が多いんですよ」

答えたのはもちろんクリスチアーナ艦長だ。

「あら、そうなんですか……。シンプルで癖が強くないのに、満足度が高いといったらいいのかしら……。飲んでて飽きない感じね。ぜひ、我々にも輸出していただきたいですわ」

「それは嬉しいいお言葉ですな。機会があれば長官にもそう伝えておきます」

そう答えるクリスチアーナ艦長。

しかしその隣でフルーメンティア少佐が呆れかえった表情で言う。

「しかし、国交がないことには輸出もなにもないんだがな……」

そのフルーメンティア少佐の物言いに一瞬睨みつけたものの、リンダはすぐに表情を戻し、口を開く。

「そうですわね。国交がなければ難しいですわね。ですから、我々としては、フソウ連合と国交を結ぶ用意があると伝えてもらえませんか?」

二人の顔が驚きに変わる。

それはそうだろう。

今までどこの国家とも繋がりを持とうとしなかった海賊国家がフソウ連合と繋がりを持ちたいといい始めたのだから。

「それは……本気ですか?」

クリスチアーナ艦長が聞き返す。

「ええ。本気です。我々はそのつもりだからこそフソウ連合だけでなく、フソウ連合との関係の強いアルンカス王国やイムサを攻撃対象から外しております」

「それは何か?王国や共和国よりもフソウ連合が格上だと?」

フルーメンティア少佐がそう言うと、何を当たり前の事を言った感じでリンダはニヤリと笑って言う。

「ええ。そうですわね。フソウ連合ときちんと国交が持てた暁には、お情けで王国や共和国とも国交を持ってもいいかしら……」

「てめぇ……」

怒りに立ち上がりかけるフルーメンティア少佐をクリスチアーナ艦長がなだめたあときつい表情でリンダを見る。

「あまり我々の祖国を蔑ろにされる発言は控えていただきたい」

「ええ。気を付けましょう」

リンダはしれっとそう言うと少し分厚めの一枚の書状を差し出す。

「詳しい内容は、これに書いてあります。これをフソウ連合の鍋島長官に渡していただければ……」

「もし渡さなかったら?」

クリスチアーナ艦長がそう聞き返すと、リンダはにこりと笑った。

「その場合は、イムサを敵と認定し、徹底的に潰します」

「それはフソウ連合だけでなく、王国、共和国を敵に回すということだぞ」

「ええ。そう言う事ですね。ですが、我々にはその戦力があり、また渡さなければいつかはそうなるでしょうから、その時期が早まっただけって感じかしら。それにイムサがそれをもみ消したという事を公表させてもらうわ。そう言った不正があったという事は、あなた達のようないくつかの国によって作られた組織にとって実に大きな痛手となるでしょうね」

そう言った後、リンダは口角の右端を吊り上げる。

つまり、渡さないと言う選択はありえないとわかっているからこそ、ここまで強気で言っているのだ。

「なぜ、我々に頼む?他にいろいろと方法があるんじゃないのか?」

フルーメンティア少佐が身体を乗り出し聞いてくる。

「ええ。ありますよ。でも、その中でもっとも確実な方法がイムサを経由してという事だと判断したんですよ。それに……」

微笑みながら言葉を続けた。

「確か、今、ナベシマ長官はアルンカス王国に滞在されていますよね」

確か、アルンカス王国で三ヶ国による会談がある事は公表されているが、鍋島長官が出席するかどうかは発表されていない。

しかしその事実を知っているという事は、それだけ情報を把握していると示しているのだろう。

その強気の態度に、フルーメンティア少佐はさっきまでの仏頂面というか不満そうな顔が一気に変わり、実に楽しそうにニタリと笑う。

「どうやら、私の認識が間違っていたようですな。先の言葉は撤回しましょう」

先の言葉とは『あまりこういったことに女性は不向きではないか』という部分だろう。

今の受け答えで、このリンダという女性が正しい情報を理解し、それをきちんと使って交渉官として任務を遂行する事がわかったからだ。

「あら、それはありがとうございます」

まさかの言葉に、リンダは少し驚いた顔でそう言いつつ、頭の中でフルーメンティア少佐の評価を修正した。

もちろん、いい方にだ。

意外と石頭でっかちじゃないようね。

もしかしたら、じっくり話し合えば、色々面白いかも。

そんなことさえ考えてしまいそうになる。

だが、そんな事を考えているリンダに関係なくフルーメンティア少佐は話を進めた。

「確かにこの書簡は間違いなくフソウ連合へ渡しましょう。しかし、どう判断するかはあの国が決める事です。我々ではない」

「ええ。わかっています。ですから、一ヵ月後の九月十七日までに返事がなければ決別とこちらは判断いたします」

そこで気になったのだろう。

フルーメンティア少佐は聞き返す。

「ふむ。それで返事の方法は?」

「その辺は書簡に書いてありますので……」

「わかりました」

フルーメンティア少佐がそう返事をすると、少し躊躇したもののリンダが立ち上がった。

以上で用件は終わりという事なのだろう。

フルーメンティア少佐とクリスチアーナ艦長も立ち上がる。

「では、よろしくお願いいたしますね」

最初の険悪な雰囲気が嘘のようにリンダが穏やかな口調でそう言った。

「ああ。必ず渡すよ。それと……申し訳なかった」

そう言って頭を下げるフルーメンティア少佐。

その様子にリンダは困ったような表情をする。

「いえ。いいのです」

なんとかそう言った後、何か思いつたのかくすくす笑って言葉を続けた。

「そうですね。機会があれば、今度は先入観なしであなたとはまた話をしてみたいものです」

「ああ。そうだな」

フルーメンティア少佐がそう言うと二人はどちらからとなく握手を交わす。

その二人をクリスチアーナ艦長はほっとした表情で見守っている。

彼としては、なんとか無事終わったことで肩の荷が下りたと感じたのだろう。

こうして、海賊国家サネホーンとイムサの初めての接触は終了した。

しかし、それは一ヵ月後の大事件の始まりでしかなかったのである。

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