イムサ第13護衛隊 その1
フールリアンナ海域。
ここは海賊が出没する危険海域の一つである。
そこに十一隻からなる船団が進んでいた。
中型程度の貨物船八隻と装甲巡洋艦程度の大きさの艦艇三隻で構成され、貨物船には、共和国の旗がたなびいている事から共和国船籍だとわかる。
だが、装甲巡洋艦クラスの大きさの艦艇は、国旗ではない独特の旗をかかげていた。
『多国籍による国際海路警備機構(International Maritime Security Agency)』略して『IMSA』の所属を意味する旗である。
そしてよく見ると装甲巡洋艦程度の大きさではあるが、艦体はかなり細く小柄だ。
それに武装や構造もかなり違う。
それもそのはずだ。
この三隻は、フソウ連合海軍がイムサに資金出資のかわりに提供した艦艇だからだ。
この艦艇の形式は、O級駆逐艦という。
1941年から1942年にかけて順次に就役したイギリスがJ型をベースに開発した艦艇で、全長105メートル、満載排水量2,400トン、速力37ノット、武装としては45口径12cm単装砲×4、53.3cm4連装魚雷発射管×2基などを装備する。
もっとも、イムサに提供された艦艇は、外洋艦隊のものに比べると性能が抑えられたダウングレード版であり、電探やソナー、爆雷などの機能はオミットされ、機関も数ランク下のものを搭載している。
もちろん、実在した艦艇の名前を付けられていない為、付喪神はいない。
その為、最大速力は、30ノットになっているものの、フソウ連合の艦艇や召喚された艦艇を除けばそれでもこの世界の艦艇としては最速である。
そのO級駆逐艦三隻は、最近訓練を終えて今回が初任務の途中であった。
「今のところ、平和なものだな」
そう言ってのんびりとした口調で、窓の外を見わしているのはイムサ配属を示す独特のグレーの軍服を着込んだ中年の男だ。
年は四十といったところか。
少し小太りではあるが、それはただ脂肪で太っているという感じてはなく、筋肉によって太く見えていると言った方が良いだろう。
しかし、少し腹が出ているのは年のことを考えれば仕方ないといったところだろうか。
くすんだ感じの金髪と鼻の下の髭、それと頬にある大きな傷が特徴的である。
ノア・フルーメンティア少佐。
王国海軍からイムサに参加した人物であり、この船団の指揮官でもある。
「そうですね。本当に平和なものです。ここがあの悪名高き海賊海峡だとは……」
そう答えたのは、フルーメンティア少佐の後ろに控えていて海図を確認している人物だ。
このO級駆逐艦、オットリッチの艦長を務めるクレマンス・クリスチアーナ艦長で、共和国海軍出身の少し黒に近い茶色の髪を短く切りそろえ、愛嬌のある表情の憎めない男だ。
年は、三十後半といった感じで、見た目はいつもニコニコとしている印象をうける。
「おいおい。そんな事を言うもんじゃないぞ。噂をすればって言うからな」
少し砕けた感じでフルーメンティア少佐がそう言うと、クリスチアーナ艦長はカラカラと笑った。
その様子は、長年付き従ったコンビのようにも見える。
しかし、王国と共和国は、長い間敵対国家に近い関係であった。
その為、今までなら互いの軍人同士がこういった雰囲気になることはなかっただろうし、なにより同じ艦に乗り込む事はなかっただろう。
だが、短期間ではあったがイムサでの厳しい訓練がその垣根を取り壊していた。
まさに同じ釜のメシを食った者同士といった感じの連帯感が生まれていたのである。
だからこそ、イムサではこういった感じで、多国籍の軍人が一隻の艦で仕事することも少なくない。
もっとも、話す言葉は、一番使用頻度が高く、国際海洋基準となりつつある王国語ではあったが……。
「そうでしたな。余計なものを引き寄せてしまうかもしれませんからな」
フルーメンティア少佐の言葉に、クリスチアーナ艦長は楽しげにそう言ったときである。
マストの監視所から報告が入った。
「十時の方より接近する艦艇あり。数は……八隻です」
その報告に、二人は顔を見合わせた後、苦笑した。
「噂をすれば……だな」
「ですな……」
だが、すぐに表情を引き締めるとフルーメンティア少佐は命を下す。
「オットリッチとオルンハーズは接近する艦艇に対して進む。オンバーナは船団を率いて離脱を始めろ」
「了解しました」
クリスチアーナ艦長はそう言って敬礼すると、命令を各部に伝える。
船団の周りを囲むように進んでいた三隻のうち、先頭と左側の艦がゆっくりと左側に艦を進めていく。
そしてその反対に、右側に残った艦は船団の先頭に立ち、船団を率いるかのように離脱を始めた。
「接近する艦艇、離脱する船団に向けて動きを変えております」
その報告に、フルーメンティア少佐は、ニタリと笑う。
「こりゃ間違いなく、海賊連中だ。こっちがイムサ所属の艦艇だと分かっているのかね……」
クリスチアーナ艦長が指示を出し終えた後、そう答ええる。
「恐らく、海賊国家所属ではない、小規模な連中でしょうな。そうでなければ、イムサに喧嘩は売らんでしょう」
「確かに……」
「で、如何いたしましょう?二対八ですからある程度お相手をして離脱でも構わないと思いますが……」
そう言いつつも、クリスチアーナ艦長の表情は何かを期待するものだった。
「それもありだが、こっちが離脱というのは性に合わないな。こっちが相手を追っ払うっていうのでどうだろうか。この艦艇のスペックを知りたいところだしな」
「訓練中に十分この艦のスペックは把握したのでは?」
「確かにな。だがな……」
そこまで言ってフルーメンティア少佐は楽しくて仕方ないといった感じで微笑んだ。
「実戦での使い心地を確認したい。それにだ、本国がこの艦艇のデータを知りたがっているというのもあるな」
あっけらかんとそう言われ、クリスチアーナ艦長は一瞬驚いた表情をしたがすぐに笑い出す。
「これはまた、正直ですな」
実は、クリスチアーナ艦長も共和国海軍から秘密理に似たような命令を受けているのである。
つまり、王国、共和国は、自国よりもはるかに性能の高いフソウ連合製の艦艇をイムサの所属艦艇として認め、その艦艇の技術を手に入れようと狙ったのだ。
それだけ、艦艇の性能差に危機感を持っており、実際、後にこのO型駆逐艦の性能報告を受けた王国は、ドレッドノート級戦艦に続き、O型駆逐艦の導入を決定する事となる。
「今更隠してどうする?共和国からも同じような指示が出てるんだろうが……」
呆れかえった顔でそう聞かれ、クリスチアーナ艦長は苦笑して頷く。
それ見た事かといった感じの表情のフルーメンティア少佐だが、すぐに気持ちを切り替える。
「よし、向きを変えて船団と接近する艦艇の間に入り込むぞ。各艦砲雷撃戦用意っ。それと監視所っ。接近する艦艇の所属の確認を急げ。それと通信兵、国際周波数で相手に呼びかけろ。『こちら、イムサ第13護衛隊、貴艦の所属を知らせよ。連絡なくこれ以上接近する場合、自衛の為に砲撃を開始する』だ。後発光信号は、『貴官の所属を示せ』だ。何回もやれ」
「はっ。了解しました」
通信兵が無線機にかじりつき、言われた文面を伝え始め、伝令兵が慌てて艦橋から飛び出していく。
艦橋内が緊張に満たされていく。
王国や共和国よりも厳しいフソウ式の訓練を受け、海賊程度の連中よりも兵器の性能も熟練度も上だという自信はあるものの、それでも緊張してしまう。
「接近する艦艇、反応ありません」
「やはりか……」
そして、それを呟くのを待っていたかのように、接近する艦艇から砲撃が始まった。
どうやら、船団に近づく為には、邪魔をするこの二隻を始末しなければならないと思ったのだろう。
「馬鹿な連中だな。どうせならもっと接近してやればよかろうに……」
呆れかえった表情をして呟いた後、フルーメンティア少佐は声を上げた。
「接近する艦艇を海賊と認定する。各艦、戦闘開始だ」
その命令にあわせて、オットリッチとオルンハーズは持ち前の小回りの良さを発揮し、縦一列で並ぶと一気に速力を生かして一気に敵艦隊に接近し戦闘を開始したのであった。
戦いは一時間もしないうちに呆気ないほど簡単に終わった。
接近してきた海賊の艦隊は、雷撃によって二隻を沈められ、砲撃で散々命中弾を受けた三隻は航行不能となり、残りの三隻は脱兎のごとく離脱を始めた。
イムサ側の被害はほぼゼロと言っていいだろう。
ただ、それは当然とも言える結果である。
海賊の使用する艦艇は旧式の速力の遅い艦艇が中心であり、乗組員も多くが元軍関係者とはいっても、そのほとんどは自堕落な生活を送ってきたものたちばかりだ。
まさに、兵器と兵の質の差があまりにも大きく違う為に出た結果であった。
「たわいない連中だったな」
フルーメンティア少佐は逃走する海賊の艦艇を見つつ口を開く。
「全くです。それで、あれはどうします?」
相槌を打ちつつクリスチアーナ艦長が向けた視線の先には、航行不能となり、ただ浮いているだけの海賊船が三隻漂っている。
もっとも、散々砲撃され、すでに戦闘能力はないに等しい有様で、乗組員達は脱出を開始していた。
その様子をちらりと見た後、ふーっと息を吐き出してフルーメンティア少佐は命令を下す。
「鹵獲する必要はない。全艦沈める。また、海賊を救助する事はしない。どうせ縛り首になる連中だからな。捕虜として助けるよりも見逃すほうが連中らとってはありがたいだろうよ」
そうは言いつつも、連中が助かる確率は限りなく低いだろう。
一度海に落ちたら海賊の仲間が探しに来る事はほとんどない上に、ここ、フールリアンナ海域では、海賊の横行が激しい為、ほとんどの船団は足を止めて救助したりしないからだ。
それに近くの島までかなりの距離があり、下手すると海流に巻き込まれ、島の方ではなくさらに沖の方に流される恐れさえあった。
「馬鹿が……。海賊になんかなるからだっ」
フルーメンティア少佐が吐き捨てるようにいう。
それは同じ船乗りでありながら、道を外した連中を哀れむ言葉でもあった。
「各艦、被害ありません。何人かが怪我をしたくらいですが、ほとんど軽傷です」
渡されたボードに書かれた内容をクリスチアーナ艦長が報告する。
「そうか。なら、あの三隻を雷撃処分してさっさと船団に合流するか……」
「はっ。予備の魚雷装填は終わっております」
「よし。さっさと始めよう」
こうして三隻の航行不能艦の雷撃処分が終わり、沈んでいくのを確認している時であった。
「九時の方角で砲撃戦が始まったようです」
その報告に、慌ててフルーメンティア少佐とクリスチアーナ艦長は双眼鏡で報告のあった方向を見る。
確かに砲撃が行われているのだろう。
水柱がいくつか上がっているのが微かに見える。
「あの方向は……」
「ええ。海賊どもが逃走した方向です」
この海域で残党とはいえ海賊を狩るような連中はほとんどいない。
基本的に船団護衛は追い払うだけだ。
だが、そんな事をする連中が全くいないわけではない。
海賊を狩る海賊。
それは海賊国家に属する連中だ。
彼らにとって、自分達以外の海賊は、自分のシマを荒らす商売敵に過ぎない。
だから見つけ次第、徹底的に潰していく。
その結果が、今や国家規模の力を持つに至った現状を示している。
海賊国家の海賊にイムサが関わる船団が襲われたという報告は上がっていないが、それは偶々なのかもしれない。
だからこそ、フルーメンティア少佐の顔に緊張が走る。
「各艦、各兵装の補充を急げ。それと急いでここから離れるぞ」
「ええ。その方が良さそうですね」
クリスチアーナ艦長も同じ考えに至ったのだろう。
相槌を打つと、命令を各部に伝える。
駆逐艦オットリッチとオルンハーズは急いで方向を変えて船団に合流する為に離脱しょうとするが、それは遅かったようだ。
二隻の上空に二機の水上機が現れ、旋回し始める。
「あれは……」
ごくりと唾を飲み込み、クリスチアーナ艦長が上空を飛ぶ水上機を目で追いながら呟く。
「恐らく水上機という形式の飛行機だ」
同じように目で追いつつも苦虫を潰したような表情でフルーメンティア少佐が言う。
「ですが、飛行機はフソウ連合以外は……」
振り返るとフルーメンティア少佐に視線を向けてクリスチアーナ艦長が聞き返す。
その表情は、恐れと驚きに満ち満ちていた。
「どうやら、フソウ連合以外も保有している連中がいるようだな。機体に描かれいる国籍マークが違う……」
そう答えるフルーメンティア少佐の顔にすーっと汗が流れる。
天候の悪化でもなければ飛行機から発見された艦艇が逃れる術はほとんどない。
しかし、今の天候は晴天と言ってもいい天気だ。
それは期待できない。
それに今接触して来ているという事を考えれば、恐らくあの水上機の所属は海賊国家だろう……。
やばいぞ……。
そう判断したフルーメンティア少佐は命令を下した。
「各艦、対空戦闘用意っ」
一応、訓練で行なったものの、その時はフソウ連合以外で飛行機を運用している連中はいないのになんでそんな訓練をするのかと思ったが、つまり……こういうことか……。
こりゃ、ただでは戻れんかもしれんな……。
そう決心したフルーメンティア少佐は通信兵に命ずる。
「先行しているオンバーナに通信。『我、海賊国家所属と思しき水上機二機と遭遇す』だっ」
「了解しまし……」
通信兵がそう言いかけたときだった。
「どうしたっ。すぐに無線で報告しろ」
クリスチアーナ艦長がそう言いかけたが、それを通信兵は慌てて遮った。
「た、大変ですっ。上空を旋回する飛行機より無線です」
予想外の事に、思わずフルーメンティア少佐が聞き返した。
「連中から無線だと?!」
「はっ、国際周波数で呼びかけがあります。『我らは海賊国家サネホーンである。我らに攻撃の意思なし。話し合いを求める』以上です」
その報告に、フルーメンティア少佐はパンと自分の太ももを叩き、天を仰ぐ。
そんな様子のフルーメンティア少佐を伺うように見つつ「どうしますか?」とクリスチアーナ艦長が問いかける。
しばらく考え込んだ後、フルーメンティア少佐は決心したのだろう。
閉じていた目を開くと命令を下した。
「通信兵、相手に返答しろ。『本艦内での話し合いなら応じる』と。それとオンバーナに連絡だ。『我、海賊国家サネホーンと思しき連中から対話を望まれ、これに応じる。貴艦は先に進め』以上だ」
その命令に、艦内の緊張の度合いが一気に高まる。
今までで、海賊国家から話し合いを求めるという事はほとんどなかったからだ。
まさに初めてのことであり、フルーメンティア少佐の口から「これがどうなるかは天のみぞ知るってところか……」という呟きが無意識の内に漏れていたのであった。




