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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
外伝4  マムアン、フソウ連合に行く

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八月十二日

歓迎会の翌日、豪華客船で一泊したチャッマニー姫一行は、そのまま船内の会場でフソウ連合とアルンカス王国の条約締結式に参加した。

『フソウ連合、アルンカス王国相互協力条約』である。

各国の大使、記者達が集まる中、それは行われ、その調印は対外的に大きく発表された。

ほとんどの参加者はフソウ連合とアルンカス王国の協力関係が強いのはわかっていたから、最初は何をいまさらといった感じだったが、それにあわせてアルンカス王国海軍の発足とその発足及び支援をフソウ連合が行うと言う事が発表され、会場はざわついた。

それはそうだろう。

海を押さえる事はその国の命運を握る事であり、植民地政策ではほんの一部を除き相手の国に海上戦力を与えると言う事はほとんどありえない事だからだ。

そのほんの一部の例外でも、精々哨戒艇クラスが関の山であり、任務も警備といったところで、海軍と言える代物ではないといったところだろう。

恐らく、その程度だな。

ざわついたものの、誰もが最初はそう思ったのだ。

しかし、発足するアルンカス王国海軍は、その名に恥じない艦艇を保有する事が発表された。

フソウ海軍規格での巡洋艦一隻と駆逐艦六隻を中核とし、その他の艦艇を含めれば二十七隻となり、艦隊と呼べる規模となっている。

その内容を聞き、会場の誰かが思わず発した「ありえない……」という言葉が会場の人々の思いの全てを物語っていた。

誰もがそんな規模の海軍が発足されると思っていなかったのだ。

独立とはいうものの、アルンカス王国は所詮、フソウ連合の植民地みたいなものだと言う認識が強かった為である。

だが、その何気ない言葉に対して、調印書にサインし終わった鍋島長官はニタリと笑った。

「ありえない?何か勘違いしている方もおられるようだから再度言っておくが、アルンカス王国は、フソウ連合の植民地ではない。共に歩む仲間であり、友人だ。それゆえに協力は惜しまないし、また協力をお願いする場合もあるだろう。これはその繋がりを確認する為のものだ。それを忘れないでいてもらいたい」

その言葉に、会場のざわめきは収まり、静まり返る。

今までは、協力すると言う事は、対等か、強いものが弱者を従えてという形でしかなかった。。

それが当たり前で、弱肉強食が世の常であった。

しかし、鍋島長官の言葉は、強さは関係なく、互いに力を出し合い、ともに生きていこうという新しい形である。

今までとは違う常識が作り出されようとする瞬間といったらいいだろうか。

それゆえに静まり返ってしまったのだ。

そんな中、サインし終わったチャッマニー姫は、ペンを置くと鍋島長官の方に顔を向けた。

「我が国を独立させてくれただけでなく、今までの対応でも十分なのに、それだけでなく、対等な相手として扱ってくれる事をここまではっきりと表明していただける。本当にありがとうございます。わがアルンカス王国は、その友情に恥じないよう協力させていただきます」

そう言って手を差し出す。

その手を鍋島長官は握り、互いに握手をする。

その様子は、瞬く間に世界に報道されたのであった。



式典が終わった後、控え室で出された紅茶を飲みつつ、鍋島長官とチャッマニー姫は二人で談話していた。

要は予定より早く式典が終わったため、その調整の合間に一息といったところだろうか。

もっともほっと一息ついているのは二人だけで、他の人達は調整の為に動き回っている。

周りに申し訳ないなと思いつつも、「少しお待ちになっていてくださいませ、姫様」とか「長官が動くと余計に面倒になるので、大人しくしていてください」とか言われてしまった以上、大人しくしておくしかない。

まぁ、こういった事がないと二人で談話なんて機会がないだろうなと思いつつ、鍋島長官は笑いつつチャッマニー姫を労う。

「お疲れ様でした」

その言葉に、チャッマニー姫は微笑んだ。

「いえ。こちらこそありがとうございます。今回の条約締結と何より鍋島長官のあの一言でよりはっきりと互いの国の関係を周囲にアピールできたと思います」

「そうですか。それはよかった」

そう言って笑う鍋島長官に、チャッマニー姫は少し迷った挙句、おずおずと聞く。

「もしかして狙っておられたんですか?」

「何をですか?」

「あの一言を……です」

チャッマニー姫にしてみれば、あの一言がなければ、今回の条約締結もここまでの騒ぎにはならなかっただろう。

確かに条約の内容を見れば互いに対等とわかるとはいうものの、それは建前だけと思っている者がほとんどだろう。

だが、政府の高官、それも軍と外交の代表者があれだけの前で公言したのだ。

これは下手な条約よりも強い効果を生み出した。

もし、それを狙っていたというのなら、この人は……。

そう思ってしまい、ついつい聞いてしまったのだ。

「あーー、あれですか……」

少し照れたような顔をした後、鍋島長官は苦笑した。

「あれを狙っていました……と言えればかっこいいんでしょうが……」

「あれは偶々だと?」

「ええ。あまりにも失礼な事を言う人がいるなと思ってね。ただそれだけです」

その言葉に、チャッマニー姫はきょとんとした後、くすくすと笑った。

「鍋島長官ってすごく正直な方なんですね」

「あー、部下からも時々、『もっと感情を出さないように』とか『黙っていればいいのに』とか言われますよ」

その言葉に、ますますチャッマニー姫は笑う。

その様子に困ったような顔をする鍋島長官。

まさかここまで笑われるとは思ってもいなかったのだろう。

だが、その様子がますますツボに入ったのか、チャッマニー姫は中々笑いが止まらない。

「す、すみませんっ……」

なんとかそう言ってチャッマニー姫が笑いを押さえ込んだのは、結構な時間が経ってからだった。

多分、普通の人なら怒ってもおかしくないだろうがそれでも鍋島長官は苦笑しているだけだ。

「落ち着きましたか?」

「ええ。おかげさまで。本当にすみません」

「いえいえ」

ニコニコと笑う鍋島長官に、ふとチャッマニー姫は以前から聞きいと思っていた事を聞いてみることにした。

「失礼だとは思いますが、一つお聞きしてよろしいでしょうか」

改まってそう言われ、鍋島長官は笑いつつ頷く。

「ええ。僕に答えれることなら……」

「鍋島長官は、なぜそんなに寛大なんでしょうか?」

「寛大ですか?」

「ええ。寛大だと思います。確かに色んな理由があるためとはわかっています。ですが、寛大じゃなければ自分よりも格下の相手に共に歩むとか言えないと思うんです」

「そういう意味ですか……」

そう言った後、鍋島長官は少し考えて言葉を続けた。

「別に僕は寛大とは思っていませんよ。ただ、自分さえ良ければという考えが嫌なだけですよ。確かに自分さえ良ければと言う考え方は楽だと思います。だって、自分のことだけ考えていればいいだけですから。ですが、それでは意味がないなと。自分一人だけの幸せよりも、自分を含めた出来る限りの多くの方が幸せを感じられればいいかなと思っているだけです。もちろん、全員が幸せになれればいいとかは言いません。人は神ではありませんから全ての人々なんて絶対に無理ですしね。だから、僕は手が届く範囲内の人だけでも幸せになって欲しいなと思っているだけです。そして、その力を今僕は持っているし、その努力はする価値がある思っていますしね」

「すごいですね……」

思わずそう言うチャッマニー姫に、鍋島長官は笑って言う。

「何を言うのです。姫殿下だって同じですよ。頑張っていらっしゃるじゃないですか」

「えっ…?!」

「だって、いつも姫殿下は、祖国の為、国民の為って努力をされている。要はそれと同じだと思いますよ」

そう言われて、チャッマニー姫は驚いた表情をしたものの、すぐに合点がいったのだろう。

ほっとしたように息を吐き出すと微笑んだ。

「そうなんですね……」

「そういう事です。だから、姫殿下。出来れば今のままの姫殿下でいてください」

「ふふふ。なら私も……。鍋島長官も今のままでいてください」

そう言われて、鍋島長官は苦笑した。

「ですが、部下達からはもう少し腹黒くなれとよく言われます」

「まぁ、何て人達ですかっ。酷いですわ」

そう言ったもののチャッマニー姫はくすくす笑う。

要は、それだけ鍋島長官を気にかけいるという事の裏返しとわかったからだ。

だから、その笑いに、鍋島長官も一緒に笑う。

だが、時間が経つのは早いものだ。

そんな風に言っているうちに時間になったのだろう。

コンコンコン。

ドアがノックされた。

「姫様、そろそろ出発の時間です」

プリチャの声が廊下からかけられ二人は立ち上がる。

「もう少し時間があればいいのですが……」

そう言って苦笑する鍋島長官に、チャッマニー姫は笑う。

「お互いにいろいろ束縛される身ですからね。長官はこれからどちらに?」

「ああ、外交関係の仕事で本島に戻らなくてはいけないので……。ご一緒できなくて残念です」

鍋島長官はそう答えた後、「確か、姫殿下はこの後映画撮影現場と工場の視察の予定でしたか……」と聞く。

「ええ。その通りです。いろいろ勉強させてもらいます。特にフソウ連合の工業力は高いと聞いておりますので楽しみです」

そう言った後、チャッマニー姫は笑って「もちろん、映画撮影現場も楽しみなんですけどね」と付け加える。

「そうですか。しっかりと見て行ってください。また明日以降も色んな地区の皆さんが姫殿下の歓迎の準備をしていると思いますのでお楽しみください」

笑ってそう言うと鍋島長官はドアを開けて恭しく頭を下げた。

「レディファーストです。お先にどうぞ……」

その言葉と大げさな行動に、チャッマニー姫はくすくす笑う。

「ありがとうございます」

そう言って少し頭を下げると先にドアを出た。

プリチャとガイド兼ガードの木下少尉が待っている。

そして、その少し奥には鍋島長官の秘書官が立っていた。

どうやら、長官もお出迎えが来たようだ。

「では姫様、飛行艇の準備が出来ているそうなので向かいましょう」

「そういえばキーチは?」

「先ほどまで少し仕事があったようです。ですから先に仕事を終わらせて乗っておくと……」

「そう。ふふっ。プリチャもだけどキーチも大変だね」

そう言って笑うチャッマニー姫に、プリチャが答える。

「何を言うのです。姫様も大変だったでしょう。本当に先ほどの式典お疲れ様でした」

「ふふっ。ありがとう。さぁ、次は工場視察と映画撮影現場の見学よね?」

「はい。その予定です」

「そう。楽しみだわ」

そう言うとチャッマニー姫はちらりと窓から見える外の景色を見た。

いい天気のようだ。

海面は太陽の光を受けて輝き穏やかで、空は雲ひとつない青空が続いている。

その景色を見ながらチャッマニー姫は呟く。

「ふふふっ。もっともっと勉強しないとね」

それは小さな独り言でしかなかったが、間違いなくチャッマニー姫の決心でもあった。

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