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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三章 二つの世界の間で

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日誌 第八日目 その1

トラブルっていうのは別に異世界だけに限った事ではない。

僕の世界にだってもちろんある。

そして、それは突然やってきた。

今の僕は、父親の遺してくれたアパートとマンションを相続したから、それを管理すれば普通に生活する以上の収入を得ることはできる。

しかし、それはただ何もしなくても収入があるというわけではない。

つまり、細かな事務関係や管理関係の仕事があるという事なのだ。

だがしばらく異世界の事で手一杯であった為、こっち側の仕事が疎かになってしまって問題が起こってしまった。

最初は些細な事であり、きちんと管理人の仕事をしていれば防げたトラブルだ。

しかし、気がつくのが遅かった。

些細な事は、トラブルとなり、より大きな問題になった。

しかも、事を納めるために警察まで来る羽目になり、僕は警察からお叱りを受け、その上、たまっていた管理人としての仕事を処理しなければならなくなった。

まぁ、毎日きちんとやってれば以前のブラック企業に比べて雲泥の差なんだけど、溜まったものを一気に処理しなければならないとなると話は別だ。

おかげでまったく動けなくなってしまった。

まぁ、自業自得なんだけどね。

でも、その為にここ二日間は向こうに行けないでいる。

それでも向こうの世界が落ち着いていれば問題ないのだが、今、向こうの世界も海軍増強やこの前の奪回戦の処理、それに外交問題とやらなきゃいけない事が山積みという状態。

細かな指示を東郷大尉伝えて三島さんと山本准将にお願いして何とか回しているようだが、このままという訳にはいかないのは明白だった。

しかし、名案も浮かばないし、ともかく今はこの書類を仕上げなければならない。

「ふーっ…参ったな…」

コキコキと首を動かしてすっかり事務処理で固まった首の筋肉をほぐす。

そして、いつもの癖で東郷大尉にコーヒーを頼むつもりで声に出そうとして気がつく。

そうだった…。

ここは自分の家の食堂で、東郷大尉も見方大尉も今の時間帯は向こうの世界で仕事に追われているんだった…。

「はーっ…」

ため息が出る。

本当に情けない。

何とかうまく物事が進んでいたからすっかり調子に乗りすぎていたようだ。

自分でお湯を沸かしてコーヒーを入れる。

それをブラックで少しずつ飲みながらさっき書き上げた書類に不備がないか目を通す。

ともかく、あと少しで落ち着く。

そしたら、また向こうに行ける様にはなるけど、向こうにかかりっきりになったらまた同じことの繰り返しになってしまう恐れがある。

どうにかしないとなぁ…。

そんな事を思った時だった。

ピンポーン。

玄関のインターホンが鳴った。

誰だ?

勧誘とか新聞は全部断っているし、最近は通販で買い物した記憶もない。

面倒だなと思いつつも玄関に向う。

「うちは新聞も取らないし、勧誘はすべてお断りしてますよ」

そう言いって玄関を開けた。

「相変わらずだな…」

玄関で苦笑しながら右手を軽く上げてそう挨拶をしたのは、従兄の鍋島光二さんだった。

おっと、今は結婚して鍋島から星野になっていたっけ…。

そう、星野模型の店長、つぐみさんの旦那さんだ。

そして、僕の兄貴分の人でもある。

小さいころはよく遊んでもらってたっけ。

それに両親の死後も葬式や相続とかで大変お世話になった。

まぁ、僕の唯一頭の上がらない恩人であり、こっちの世界では一番信頼できる人だ。

「ああ、光二さんか。いきなりなんでびっくりしましたよ。いらっしゃい」

「今日は休みだったからな。最近、店に来たそうだから、どうしているのかと思って寄らせてもらったよ」

そう言って左手に持っていたビニール袋を差し出す。

「これは?」

「うちの嫁さんが、一人暮らしならろくなもの食ってないかもしれないからってさ」

どうやら、つぐみさんの手料理らしい。

「ありがとうございます。そうだ。立ち話もなんですから、上がっていってください」

そう言って応接間に案内しょうとしたら、途中で光二さんが立ち止まった。

何かと思ったら、彼の視線は食堂の方を向いている。

そして、僕はそれほど気になっていなかったが、はたから見たら悪戦苦闘しているのがはっきりわかるほどテーブルの上に書類やらが散らかっている。

「すみません。散らかってて…」

僕は慌てて食堂のドアを閉める。

「大変そうだな…」

光二さんは少し眉をひそめつつ、そう言って応接間の方に歩き出す。

その様子に、僕は光二さんがただ奥さんの手料理を土産に世間話でもしに来たということではないという事が薄々わかってしまった。


コーヒーを入れて戻ってくると、光二さんは懐かしそうに応接間に飾ってある両親と僕が写った写真を見ていた。

「コーヒーは、ブラックでよかったですよね」

そう声をかけてコーヒーカップをテーブルに置くと、「ああ」と短い返事をして光二さんがソファに座った。

僕も自分のコーヒーを置いて斜め前のソファに腰を下ろす。

光二さんは目の前のコーヒーに手を伸ばして少し薫を楽しんだ後、コーヒーを口に含む。

「相変わらずいい豆使ってるな」

「昔からですからね。他の豆にしちゃうとなんか物足りなくて…」

「まぁ、こんないいのを毎日飲んでりゃ、確かにそうなるな…」

「ええ…」

そして、会話が途切れて沈黙が部屋を支配する。

その沈黙は、まるで互いにどう切り出そうかと迷っているかのようだ。

事実、僕としては訪問の理由を聞きたかったが、どう聞けばいいか言葉に迷っていた。

五分間、ただ黙ってコーヒーをすする時間が過ぎていく。

そして、コーヒーがなくなって最初に口を開いたのは光二さんだった。

「ふう…。仕方ない…」

そう言って手に持っていたコーヒーカップをソーサーの上に置くと、僕を真正面から見据えた。

「お前、いったい何やっている?」

はっきりとそう言うとじっと僕を見て答えを待っている。

長い付き合いから、彼がこういう時は、嘘を言ってもすぐばれる。

だけど、異世界の事を話しても信じてもらえるだろうか。

確かに連れていけば信じてもらえるだろう。

だけど、それは東郷大尉や三島さん達に迷惑をかけてしまう事になる。

それに、できる限り異世界と繋がった事は秘密にしておいて欲しいと言われている。

それはそうだろう。

よくない考えをする連中に知れたら、間違いなくあの世界は滅茶苦茶にされてしまう。

それだけは避けたい。

だから、僕は黙り込むしかない。

沈黙がしばらく続き、光二さんが諦めたように視線を僕から外して頭をかく。

「やっぱり言えない事か…」

「すみません…」

本当は彼になら話してもいいんじゃないかという気持ちがないわけではない。

だが、それは不味い事だ。

秘密を知る人が一人増えると言う事は、秘密がばれる可能性が倍になると言う事だから…。

あの人は大丈夫と思って話した事が、三日もしないうちに誰もが知っている事になったなんて事も学生時代にはあったしね。

世の中、絶対と言う事はない。

それに、今回の事に光二さんや彼の奥さんを巻き込みたくないという気持ちもある。

だからこそ、今はまだ喋れない。

また沈黙が部屋を支配する。

光二さんは、説教をするでもなく、怒鳴りつけるわけでもなく、ただ黙って腕を組んで目をつぶって考えこんでいる。

多分、彼もどうしたらいいのか迷っているのだろう。

そして、どれくらい時間が経ったのだろうか。

トントンと二階で人が歩く音が響く。

それでハッとして時間を見ると十七時を過ぎていた。

確か「今日は十七時上がりですから、何かお手伝いできる事があったらお手伝いしますね」と朝、僕に声をかけてくれていた。

それはつまり、東郷大尉がこっちに帰ってきたということだ。

慌てて立ち上がろうとしたがそれはできなかった。

肩を光二さんの手で押さえ込まれてソファに再度座らされたからだ。

「独りでここに住んでいるわけではないんだな?」

普段は優しい光二さんの目が今は怖いほど鋭い。

僕は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってただ頷く事しかできなかった。

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