三者会談 その3
「長官、共和国から八月十五日以降なら、こちらに予定をあわせると連絡が入りました」
外交部補佐官の中田中佐の報告に鍋島長官は苦笑した。
「そうか……。どうやら共和国も尻に火が付いたみたいだな……」
「それはどういう事でしょうか?」
そう聞き返す中田中佐に、鍋島長官はデスクにおいている書類を見せる。
「リットーミン商会のポランドの報告だ」
そう説明されて手渡された書類には各地での食糧においての価格変動や予想保有量などが事細かに記入されている。
「これは凄いですね」
内容を確認し、驚きの声をあげる中田中佐。
外交部としてもこのような情報を集めようと動いてはいるものの、中々上手くいっていないのが現状だ。
もっとも、それは仕方ないのかもしれない。
ほんの一年近く前までは鎖国を行なっていて海外の情報をほとんど収集していなかったし、収集の為の情報網や組織は皆無だったのだから。
だからこそ急いで情報網の構築中を行なっているものの、長年商売をしてきたコネや情報網を持つ世界各地で動く商会と比べれば、その収集能力が低いのは当たり前といえよう。
「まぁ、全部が全部正しいとは思っていないが、目安としては実にありがたいよ」
本当ならば、いくつかの情報機関や情報網で得た情報を精査してより正確な情報が欲しいところだが、現状ではそれは中々難しく、結果としてあくまでも目安として扱うしかない。
「しかし、これを見る限り共和国はなんとかなりそうな程度の備蓄はあるように見受けられますが……」
そう言いかけた中田中佐だったが、ぴたりと書類をめくる手が止まった。
「なんですか。この急な備蓄量の減り方は……」
「恐らくだが、その減った食料は帝国に流れたらしい」
そう言って今度は別の報告書を手渡す。
それは諜報部からのもので、王国、共和国、合衆国の主要港での船の動きを報告したものだ。
栞が挟まれているページには、ある日を堺に共和国から帝国に向かって出港する船舶の動きが活発化していると書かれている。
「これは……諜報部もかなり頑張っているみたいですね」
報告書に目を通すと、中田中佐は苦笑した。
まるで自分らが取り残されたような気がしたからだ。
だが、その事を感じたためだろうか。
鍋島長官は、そんな中田中佐を真剣な表情で見つつ口を開く。
「それぞれの役割があるのだから気にする必要はないぞ。それよりも卑下するような暇があるなら、どうすればもっと上手くやれるか色々考えればいい」
そう言われ、中田中佐は表情を引き締めなおす。
「はっ。申し訳ありません」
「わかればいいんだ。裏で動ける諜報部と違い、外交部はあくまでも表の顔だ。その立場を上手く活用してやれる事をすれば良いだけだよ」
そして表情を崩すと笑った。
「まずは、アルンカス王国の姫殿下のご訪問に関してしっかり頼むぞ。アルンカス王国とフソウ連合の絆をしっかり世界にアピールするチャンスだからな」
「もちろんです。お任せください」
「それにだ。姫殿下の訪問の後は、三者会談を行なう。だから外交部は今以上に頑張ってくれないとこっちが困ったことになってしまうからな」
笑いつつそういう鍋島長官に、中田中佐は笑って答える。
「我々には我々に相応しい任務があり、今はそれを無事終わらせることに全力を尽くします」
「そうか頼もしいな」
そう言った後、鍋島長官はもう一つの資料を中田中佐に手渡した。
タイトルは記入されていないものの、結構な厚さの書類だ。
それを受け取り、思わず中田中佐は聞き返す。
「これは?」
「今度の三者会談で話し合う予定の事を纏めておいたものだ。目を通しておいてくれ。ただし、まだ表に出すわけにはいかないから君と君が信用できる一部の者のみということにしておいてくれ」
そう言われ、中田中佐が少し驚いたような顔で聞いてくる。
「よろしいのですか?」
「何がだい?」
「情報開示の相手の選定を私に任せてしまって……」
そう真顔で言われて一瞬『えっ?!』という顔をしたものの、鍋島長官はすぐに笑い出した。
「僕は別に秘密主義じゃないし、君を信頼しているからね。それに目的がはっきりしていた方が君達外交部としても動きやすいだろう?」
そこまで言われ、中田中佐は苦笑する。
自分は何を聞いているのだろうかと。
そして思うのだ。
この信頼に答えなければと……。
だから、深々と頭を下げる。
「了解しました。その信頼を裏切るようなことがないよう精進いたします」
真面目にそう言われ、鍋島長官は苦笑を浮かべる。
「まぁ、無理はしないでくれよ」
「了解しました」
そして思い出したのだろう。
中田中佐は苦笑して言葉を続けた。
「それはそうと、三者会談の日程は如何されますか?」
「ああ、そうだったね」
少し考え込んだ後、鍋島長官は口を開く。
「十七日なんてどうだろうか。王国や共和国にしてみれば、早い方が良いだろうしね」
「わかりました。すぐに連絡を入れて調整します。それで開催場所は如何いたしましょう?」
「そうだね……。アルンカス王国で良いんじゃないかな。三国で集まるなら、あの国は本当に位置的にいい場所だからね。それに自国が独立を支援した国だから来るのも気安いだろうし」
そこまで言った後、以前、新見中将から、『フソウ連合の勢力範囲での行動をお願いします。長官はフソウ連合にとって必要な人ですから』と釘を刺されていた事を思い出したのだろう。
「それに新見中将辺りも説得出来るだろうしね」と苦笑して言葉を続けた。
その意味が良く分からなかったものの、中田中佐は怪訝な顔もせずに命令を受ける。
「わかりました。それで手配いたします」
「ああ、頼む」
中田中佐が退室した後、鍋島長官は引き出しからもう一つの報告書を取り出した。
タイトルは『アリットスタ大陸の蝗害の被害と暴動の被害について』となっており、こっちもリットーミン商会のポランドからもたらされた報告だ。
その内容を思い出し、鍋島長官はため息を吐き出した。
思った以上の被害と崩壊する秩序に現地は大混乱の有り様だと言う。
そんな事を思い出す中、頭に浮かぶのは友の顔だ。
アーリッシュ・サウス・ゴバーク。
王位継承権は五位ではあるが、今や次期国王候補一位と言ってもいいほどの人気と勢力になっていると聞く。
そんな彼にとって、今回は踏ん張りどころといったところだろうか。
それに努力家の彼の事だ。
今も必死で色々とやっているだろう。
「少しでも力になれればいいのだが……」
呟く様に言った後、恐らく今回を乗り切ったとしても王国や共和国が今までやっていた植民地支配はガタガタになり、近い将来瓦解する事が予想される。
ならば王国としてはこれすらどうすべきか……。
今までとは違う形の国同士の繋がりを作っていく必要性がある。
そこまで考えて頭を振った。
それはアッシュや王国の人々が考えて実行すべき事だ。
我々がするべきことではない。
そして、部外者が出すぎたマネをする事は相手を不快にさせるだけだと以前アッシュに釘を指された事を思い出す。
『それは心配するな。王国が全てきちんとやる。フソウ連合の配慮はうれしいが、そんなに気を使わないでくれ』
その言葉を思い出し自然と苦笑が浮かぶ。
「まぁ、こっちで出来る事はやっておくとするか……」
そう呟くと鍋島長官は東郷大尉を呼ぶためにブザーのボタンを押したのだった。
『八月十七日、アルンカス王国首都コクバンにて三者会談を行なう』
その報は、すぐに大使館経由で王国、共和国に伝えられた。
すぐに王国、共和国それぞれで緊急会議が行われ、国内の意見が纏められていく。
今や、王国も共和国も災害による被害と暴動、それに食糧不足により追い詰められてしまっていた。
その打開策として今回の会談にかける意気込みはかなりのものだ。
それは行動から察する事かできた。
八月十三日には、王国使節団、十四日には共和国使節団がアルンカス王国に到着。
自国内の三者会談への意見などの最終チェックや王国と共和国の二カ国間での事前交渉などを行い、準備に余念がない。
そして十七日十時。
アルンカス王国王宮の一室で三ヶ国の会談は開始される。
後に歴史家から『コクバン三巨頭会談』と呼ばれる会談の始まりであった。




