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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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三者会談  その2

空が黒くなっていく。

太陽が小さな点で塗りつぶされていくかのように隠れていく。

それはまるで太陽を食いつぶしていくかのように見えた。

それが人々をさらに恐怖に叩き込む。

そのあまりの出来事に誰もが呆然とし、力なく座り込むもの、立ち尽くすもの、震えだしてうずくまるもの、反応は色々だが誰もが絶望に苛まれていく。

そして襲い掛かるように黒い点で構成された影は全てを飲みつくし始める。

人々はその時になって初めて恐怖で動けるようになったのだろう。

誰もが逃げ惑った。

だが、もう遅い……。

小さな黒い影が何もかも食い尽くしていく。

それは、植物だけではない。

緑色のものは何もかも黒い点の餌食になった。

そして、食い尽くされないものでもあらゆるところに黒い点が入り込み、そして機能を失わせていく。

そしてそれからどれくらい経っただろうか。

黒い点の影が消え去った後には、すっかり食い尽くされて露出した地面とボロボロになったものだけが残っていた。

人々は、自分が助かったという事にほっとしたものの、それは一時的な安堵でしかなかった。

すぐに、今まであったものが失われた事を知り絶望するのだから……。

失ったのは食べ物だけではない。

植物だけでなく、黒い点は食べれそうなものなら何でも喰らい付いた。

その結果、あらゆるものがズタズタにされた。

さらに、喰らいつけないものにも被害は及ぶ。

機械は全て動かなくなった。

隙間に入り込んだ黒い点は、そこで死ぬ。

そしてその詰まりに機械は故障し、或いは動きを止めた。

それは、つまり、今まであって当たり前だった人の作り出したもの全てが泡と化したということだ。

人々は思っただろう。

自分達人の知恵が、自然にはとんでもなく無力だという事を……。

そして、人々は思うだろう。

なぜ、こんな虫のせいでこんな目に遭わなければならないのかと……。

無気力が、心を蝕む。

そしてそれはすぐに別のものに切り替わった。

それは怒りだ。

たがその怒りの矛先はどこに向けたら良いのだろうか。

そんな時だ。

人々の耳に入る言葉。

「全ては、今の政治が悪いっ。我々は自分達の意思で生活し生きる権利がある。今こそ、立ち上がろう!!」

それは、普段なら、そう……満ち足りていた普段なら気にもかけない言葉だ。

何を馬鹿な事を……。

そう聞き流す言葉だ。

だが、人は追い詰められてしまうと、何かにすがりたいと思う。

何かに怒りをぶつけたいと思う。

それ故にその言葉がまるで水が染み込むように心の隙間に入り込む。

それは、全てを失ってしまった心という名のスポンジが吸い込むかのように……。

そして、怒りの矛先は決まった。

絶望し唖然とした人々が少しずつ動き出す。

それはまるで小さな波が大きく広がるかのように……。

人々は、ゆらりゆらりと歩き出す。

その動きは、現代の人々ならゾンビのようだと表現しただろうか。

ともかく、人々は理不尽な自然によって受けた痛みを怒りに変えて動き出す。

こうして、ここ、アリットスタ大陸王国領の小さな村から波紋は広がり始め、まるで風の速度のように大陸全土へ、そして、同じような蝗害を受けたイルデンシナ諸島、そして洪水や干ばつによって被害が及ぶ他の地域へと広がっていったのである。



「暴動を抑え切れません。それどころか、暴動を抑え込むはずの現地の警備機構や軍の一部にも暴動に参加するものが現れる始末です。これではもう話し合いどころではありません」

その報告に、誰もが渋い顔になった。

そんな中、一人が報告者に質問する。

「備蓄の食糧を配布したりとかしていないのかね?」

その問いに、報告者は困ったような表情で答える。

「していますが、一部が略奪にあうなど現場は混乱に陥っています。また、どこから漏れたのかはわかりませんが、連盟の商人で食糧などが買い占めらたため手に入らなくなっているという話も出ているらしく、連盟だけでなくそれ以外の商人や店舗などが襲われる事態も起こっているそうです」

幾つものため息がその場にいた者たちから漏れる。

そして一人が呟く様に言う。

「やはり、武力で鎮圧するしかあるまい」

だが、その呟きに何人かが反応した。

「だが、物資はどうする?鎮圧したとしても、押さえ込むだけでは反発しか生まんぞ。鞭に対して、飴が必要な事は分かっているだろう」

「しかし、その飴となる食糧はどうするというのだ?」

「もう備蓄の食糧はほとんどないのだぞ。まさか、我々本国の分までまわすとか言い出すのであるまいな?」

「馬鹿か、そんな事をすれば、我々は民衆から吊るし上げられるぞ」

「だが、植民地がこの有り様では、経済はガタガタだ。本国も一気にこの余波を食らうことになるぞ」

「そうなれば、我々は……」

「なら、連盟の商人どもに金を払って食糧を手に入れるしかあるまい」

「それしか確かに手はないのかもしれんが……」

「しかし、それでは連盟の守銭奴どもの思う壺ではないか。連中が潤い、我らが困窮するという事態は許せん」

「しかしだ。どうすると言うのだ。他に方法があると言うのか?」

「い、いや……確かに……」

「もう少し落ち着こう。何か手があるはずだ……」

「しかし、手がなかったら……」

「…………」

深刻な議会の雰囲気の中、アリシア・エマーソンは黙って流れを見ていた。

今や、議会の最大派閥となったエマーソン派の代表となった身としては、早々迂闊な事は発言できない。

もちろん、切り札がないわけではない。

だが、どうせなら絶望感を皆で十分に堪能した後で切ったほうがより効果的だろう。

そんな事を考えての行動だった。

「アリシア様……。そろそろよろしいのでは?」

そう彼女に囁いたのは、彼女の派閥のリッチンハイド・ランターゼ議員だ。

年は四十後半から五十といったところだろうか。

白い色の混じった灰色の髪と整えられた口髭、それに整った顔で、まさにロマンスグレーを絵にしたような紳士だ。

もっとも、その目は鋭く鷹のようで雰囲気をぶち壊しているのだが……。

そんな彼は、元々は父のリッキード・エマーソンの重鎮で、リッキードの引退と娘のアリシアの派閥継承に猛反対をしていた人物である。

だが、そんな反アリシア派で一度は派閥を離れてしまった彼だったが、幾つもの業績を上げて確実に勢力を伸ばすアリシアの手腕に惚れて、謝罪して彼女の派閥に舞い戻ったという経歴の持ち主であった。

それ以降、彼はアリシアの片腕として主に議会において陰日なたなく真摯にサポートしている。

「そうね。そろそろぶちまけていいかもね。皆さん、絶望を十分味わったようだし……」

小声で返されたアリシアのその言葉に、リッチンハイドは苦笑した。

父親に比べるとかなり厭らしいと思ったためである。

だが、政界という魔窟で勢力を伸ばすには、彼の父親であるリッキードはあまりにもまともすぎた。

それ故に、軍師アラン・スィーラ・エッセルブルドに言いようにされていたのである。

もしあの時、アリシアほどと言わなくても、ほんの少しの図々しさや厭らしさがあればあんな事にはならなかっただろうにとも思う。

だから、リッチンハイドは思うのだ。

今、アリシアという女性に仕えてよかったと……。

そんなリッチンハイドの思考を読んだわけではないのだろうが、アリシアは微笑んで小声で言う。

「ふふふっ。これからも頼りにしてるわよ、リッチンハイド様」

そして、その反応を確かめることなく、アリシアは立ち上がった。

何人かの話し声の為に、それほど目立つ音ではなかったが、その音に話していた議員達の声が収まっただけでなく全員の視線がアリシアに集まった。

その視線にアリシアは微笑み返すと口を開いた。

「実は連盟の商人達に頭を下げずに済ますいい手がありますがお聞きになりますか?」

その言葉に、議会は一気にざわついた。

まさかと思ったものがほとんどであったからだ。

「それは、どういった手かね?」

議長がそう尋ねると、アリシアは視線を議長に向けて口を開いた。

「その前に一つはっきりさせたいことがございます」

「ほほう、なにかね?」

その議長の言葉に、アリシアは用意していた書類を取り出すと皆に見えるように手に持って表紙を周りのものに見せた。

その書類の表紙には『聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国領ミランナット諸島の一部採掘権と販売権のフラレシア共和国への譲渡に関しての条約締結について』と書かれてある。

「この条約は、ミランナット諸島の一部採掘権と販売権のフラレシア共和国への譲渡する代わりに帝国に物資を援助するという内容です。そして、その物資のほとんどは食糧となっています」

そのアリシアの発言に、議員達はざわついた。。

それはそうだろう。

食糧備蓄がないというのに、そんな条件で条約を結んでいたのだから。

「確かに、食糧を援助しなければならないという事も問題ですが、それ以上に問題なのは、この取り決めが一部の者たちによって結ばれてたのを皆さんはご存知ですか?」

その問いに、議員の何名かが顔を伏せ、議長は黙り込んでしまう。

つまりは、関係者という事だ。

そんな連中を見てアリシアは目を細めた。

ふふっ。調査結果の通りって所かしら。

そんな事を思いつつ、全員の反応を確かめていく。

ほとんどの議員が今知ったのだろう。

議員のほとんどは信じられないといった表情や怒りに満ち満ちているものがほとんどであった。

しかし、爆弾はこれで終わらない。

アリシアは、用意されているプレートを取り出す。

それには、表が書き込まれており、なにやら数値が書かれてあった。

「こちらは、共和国の食糧備蓄量です。この数値を見る限り、ある一定の備蓄が保たれていました。しかし、こちらをご覧ください。この日を境に一気に備蓄量が半減し、三分の一以下になっております。その原因はなんだと思いますか?」

シーンと静まり返る議会。

誰もがまさかと思っていたが、誰も口に出来なかった。

そう思いたくなかったといったほうが正しい。

まさか、今の事態に陥った原因が一部とはいえ自国の議員の仕業だとは……。

だが、アリシアは容赦しなかった。

今こそ膿を出し切る時だからだ。

「この日から一気に減った理由……。それはこの日から帝国に食糧援助を始めたからです。もう私の手のもので調べがついており、減った食料の90%以上が帝国に届けられています」

一気に議会内がざわめきだす。

その原動力は怒りだ。

現に『帝国に抗議し、食糧を取り戻せ』と言う声が幾つも上がるほどだ。

だが、そんな熱気の中、アリシアはドンとテーブルを叩く。

その音で、一気に静かになったが、それは噴火寸前の火山のように感じられるほど熱気が辺りを満たしていた。

その様子を満足そうに見回した後、アリシアはゆっくりと発言した。

「一度結ばれている以上、帝国に何を言っても無駄でしょう。ですから、私はそれ以外の手で今の事態を押さえたいと思っています。しかし、またこんな事が行なわれては、いくらやっても穴の開いた鍋に水を入れるのと一緒です。ですから、まずはこの条約を勝手に結び、今の食糧不足の状態を作り出した人達に責任を取ってもらいたいと思っています」

その言葉が終わるとすぐに賛成の声がいくつも上がる。

「み、みなさん……落ち着いて……」

真っ青な顔でそういう議長だが、その顔には汗が浮かび上がっていた。

それはつまり、自分もグルだと言っているのと変わらない。

誰もがそれが分かったのだろう。

怒りの矛先は、議長と関係した連中に一気に向けられた。

「議長は解任だっ!!」

「そうだそうだっ。それにこんな条約を結ぶ為に動いた連中もだっ」

「外交部もなにやってるんだっ。連中も手を貸しているに違いないっ」

「そうだっ。そうに違いないっ」

まさに熱気の渦が議会を支配しているといっていいだろう。

大騒ぎの中、熱気の渦の中心にいるアリシアは議長に向ってニコリと微笑んだ。

「議長、そういうわけなので。今日までご苦労様でした」

その言葉に、議長はまるで糸の切れた人形の様に放心し呆然としたままその場に座り込んだ。

その姿はあまりにも無様で、アリシアは笑い転げたい衝動を必死に抑えるのに苦労したほどであった。

こうして、この出来事から共和国議会は一気に変革が進められ、議会だけでなく、外交部の人事もアリシアの望む形となり、今まで議会や反対派に足を引っ張られていたアリシアは、やっと足枷無しで動ける環境を手に入れた。

そして、後に人々はこの騒ぎを『鉄の女によって引き起こされた八月革命』と呼ぶようになったのである。

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