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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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闇で動くもの……

数本の蝋燭の明かりのみが揺れる暗い部屋に三人の人影があった。

一人は老人で、柔らかそうなソファに深々と身を沈め、どこを見るのでもなくただ闇の中をぼんやりと視線を彷徨わせている。

真っ白になった髪と胸元まである顎鬚、それに浮かぶのは博愛に満ちた表情。

それらから優しげな感じがするものの、唯一違和感を感じるその目の鋭さは、せっかくの雰囲気を台無しにしていた。

そして、その老人の前には、人影が二つ。

光がわずかにしか当たらないために体格から男らしいということは分かるものの、影で表情や細かな特徴は見出すことが出来ない。

そんな二人の人影の左側から淡々と感情のこもっていない声でなにやら報告がなされている。

「以上の蝗害により、かなりの被害が出ており、さらに今も被害は拡大しております。恐らくですが、蝗害にあった地域の産業はほとんど駄目ではないかと予想されます。また、合衆国や他国の余剰食糧は、早速ですが連盟の商人達に買い占められており、ほとんど災害のあった地域の植民地を持つ国々は被害の補填に食糧をまわすことは出来ておりません。その為、食糧不足の地域では暴動が起こっているところもあるようで、王国、共和国、連盟といった国々は今まで続いた支配体制が崩れかけているといったところでしょうか」

その報告に、老人は目を細め、髭を撫でつつ聞き返す。

「連盟は商人が食糧を手に入れたのじゃろう?ならば問題ないのではないのかな?」

「ええ。商人は多くの食糧を手に入れております。しかし、どうも個人の利益の為に使おうとしているらしく、各地に分散して備蓄している様子で、本国である連盟に送る気配さえありません。恐らく一番被害の大きい王国に高く売りつけようとしている様子が見られます」

その言葉に、老人は眉の間に深い皺を寄せて表情を歪める。

「ふんっ。金の亡者どもめがっ……」

吐き捨てるようにそう呟いた後、ふーっと息を吐き出した。

そして、表情を緩めて口を開く。

「個人の利益を得る為に動いているとはいえ、王国を経済的にも締め付けるに良い策ではあるな」

「おっしゃる通りでございます。今回のことで、王国の経済状況は圧迫を受け、すでに末端の植民地では独立を謳う者達が動き始めているところも多いとか……。なお、愉快な事に、それほど深刻な被害がないはずの連盟の植民地でも同じ有り様になりつつあるようです」

老人は苦笑し、黙って報告者の隣に立っているもう一つの人影も肩を震わせている。

「さすがは資本主義といったところか。特に貧富の差が大きいからこそ、こういったときにその脆さが浮き張りになるといったところかの」

「その通りでございます」

報告者がそう告げ、報告者の隣の人影も頷いている。

「ふむふむ。ならば……」

そう言いかけて老人は一旦言葉を止める。

思考が言葉を止めた様だ。

しばらくの間が空くが、二人の人影はそのまま黙って老人の言葉を待っている。

そして、思考がまとまったのだろう。

老人が口を開いた。

「せっかくのチャンスが舞い込んだのだ。活用させてもらおうかのう……。すぐに商人達に当たりをつけて食糧を買い漁るのじゃ。そしてその食料を使ってドクトルト教布教を実施する準備を始めよ。狙うは情緒不安定な植民地じゃ。特にドクトルト教の布教に制限をつけている王国の主要植民地には念入りにな。信者さえ増えれば、その分発言力が増えて王家も布教の制限を維持する事は出来なくはなるはずじゃ。共和国のようにな……」

「わかりました。時期は何時頃を狙いましょうか?」

「そうじゃな。狙うは今年の冬といったところか。餓死者が出始めるころにやればより効果的だろうて」

その老人の言葉に、報告者は頷いたもののすぐに聞き返す。

「さすがは老師。ですが、教国の備蓄食糧は微々たるものです。いかがいたしましょう?」

その言葉に、老人はぴくりと眉を動かした後、何を聞いているのだといった表情を浮かべて口を開いた。

「教国の信者共を搾って資金を用意し、癪ではあるが連盟の商人どもから王国より先に買い漁ればよい。もちろん、徹底的に値切ってだがな」

この場合の値切りは、教国の持つ宗教的力を使ってという意味でだ。

世界各国に信者がいるドクトルト教はそれが可能であり、その影響力は連盟の商人といえど無視できない。

「了解いたしました。ご命令のままに……」

報告者はそう言うと深々と頭を下げると一歩後ろに下がった。

反対に隣の人影は一歩前に出る。

今度は自分の番だと言わんばかりに……。

「次に例の異世界から召喚された艦隊からの捕獲した者たちからの情報です」

老人はゆっくりと視線を前にでた人影の方に向ける。

「例の召喚のか?」

「はい。それで色々試したのですが、飛行機や新型兵器に関する情報はそれほど集まりませんでした」

「ふむ……。やはり作る者と使う者では得られる情報の差は大きいと言う事かのう……」

老人がため息を吐き出してそう呟くと、人影は慌てたように口を開く。

「確かに飛行機や新型兵器に関してはほとんど情報を得られませんでしたが、しかし、全く情報がなかったわけではございません」

「ほう……。ならばどういった情報が得られたと言うのじゃ?」

「はい。次回召喚する際にはかなり役に立つ情報でございます」

その人影の言葉に興味が沸いたのだろう。

老人が少し身体を起こし、身体の向きを人影に向ける。

「ほほう……。面白い情報だと良いのじゃが……」

「もちろんでございます」

「そこまで言うのなら、楽しみじゃ。先を続けなさい」

「はっ。今回の尋問ではっきりと分かった事は二つ。あの召喚された軍隊の国の名前と戦っている相手でございます」

その言葉に、老人は興味を失ったのだろう。

身体を再び椅子に預ける。

「わしには相手の国の名前も戦っている相手も重要とは思えないんじゃがな」

そう言って老人は冷ややかな視線を人影に向けるが、しかし、それでも人影は動揺しない。

それは自分の報告が老人を満足させることが出来ると確信しているかのようだ。

その様子に、老人はため息を吐き出した後、投げやりに「まぁよいわ。話を続けよ」と言葉を続ける。

「はっ。ありがとうございます。召喚された艦隊の国の名前は、アメリカ合衆国であり、彼らが戦っている相手の国の名前は大日本帝国だそうです」

「ふむ。それで……」

興味が沸かないといった感じの老人の声に、人影は初めて肩を揺らした。

別に動揺したわけではない。

それはまるで悪戯を仕掛けることが楽しくてしょうがないといった笑いを抑えるかのようだ。

そしてゆっくりと人影は言葉を続ける。

「そして……、ここからが重要でございます。アメリカ合衆国が戦っている大日本帝国の国旗や軍旗がフソウ連合と同じだということがわかりました」

しばらくの沈黙の後、老人ががばっと椅子に預けていた上半身を引き上げた。

驚愕の表情をした老人が、人影の方に視線を向ける。

「そ、それは本当か?」

「はっ。間違いございません。また、聞かれると思い、召喚を実施した魔術師に確認いたしましたところ、召喚の儀式に簡単な認識変換の術式を組み入れる事は可能だそうでございます」

その人影の言葉に、老人は驚いた表情のまま聞き返す。

「それは……つまり……」

「はい。容易に大日本帝国とフソウ連合の認識を繋げる事が可能という事であります」

そう言い終わらないうちに、老人は立ち上がると人影に向って歩き出す。

そしてがしっと両肩を持つと興奮に震える声で言った。

「よくやったっ。それはまさに重要な情報であり、次回召喚の際により良い結果を得られるであろう。うむうむ」

「あ、ありがとうございます。また、それ以外にもこちらの都合が良いように動くような誘導の術式も組み込むといわれておりました」

老人は、人影から離れると椅子の周りをうろうろと回り始め、興奮して手を何度も叩く。

「そうか、そうかっ。そこまでやろうとしておるのかっ」

「もちろんでございます。老師の理想の為、我らはここにいるのですから」

「そうかそうか」

そして歩き回っていた老人の足が止まる。

「それで、次の召喚は何時頃になると言っていたのじゃ?」

「さすがに、何時頃とは言われませんでしたが、まだ少し時間がかかると……」

「そうか。それは残念じゃが。少し先が見えてきたようじゃ。まさに朗報というヤツじゃな」

「報告できた事を私もうれしく思います」

そう言うと、人影は深々と頭を下げた。

「うむ。ご苦労じゃった。必要な物は揃えるから、引き続き召喚の準備に励むように伝えておくのじゃ」

「はっ」

「それと布教の件もしっかり進めよ」

その言葉に報告を終えて後ろで控えていた方の人影も深々と頭を下げる。

「了解しました」

そして闇に解けるように二つの人影は消え去り、老人は再び椅子に座って身を任せ、天井に視線を向けると嬉々とした表情で呟いた。

「これでやっと神の試練の最大の障害であるあのフソウ連合に鉄槌を下せる」と……。



そして、八月半ば……。

教国では一気に税金が上がり、さらに信者には布教の為という名目でほとんど強要と言ってもおかしくない寄付金を請求される事となる。

これは、災害の比較的被害が少なかった教国の経済活動に支障を引き起こすレベルであり、教国の一般市民にとっては生きていくだけが精一杯となるほどであった。

そして、それによって信者の反応は大きく二つに分かれることとなる。

苦しみを少しでも緩和する為により宗教に依存する者達と一気に覚めていく者達とに……。

しかし、それはある意味、そうなって当たり前なのかもしれない。

なぜなら、人が生きていくためには精神的安定だけでは生きていけないのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、艦隊召喚しても補給が出来ない以上大した脅威にならない事に気付けよ。
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