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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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独立への灯火

七月末日、連盟領ルル・イファンに連邦から一人の男がやってきた。

直接連邦とこの地を結ぶ経路はなく、何度も乗り換え、ある程度の時間が必要な旅路であったが、男は、植民地の中でも最も多くの人々が苦しんでいるという話を聞いてわざわざここを選択してやって来たのだ。

しかし、そこで男が目にしたのは、賑やかで華やかな都市と港、そして裕福そうな人々であった。

噂とは違うその現実に、男は驚いた。

だが、それ以上に驚いたのは、この地に先に来ていた同志達のやる気のなさであった。

彼らは、連邦から送られてくる資金をただ堕落した生活を送る為に使っているという有り様であった。

そのあまりの酷さに、男は仲間に抗議する。

「我々の理想をこの国にも広げるという目的はどうしたのか」と……。

しかし返ってきた言葉は味気ないものであった。

「君もここで生活していけばわかる」

その言葉に納得出来ない男は、到着した翌日から動き出す。

街の広場に行き、彼は行き交う人々に問いかけるように演説をしたのだ。

「我々は、六強と呼ばれる国によって支配され、摂取されている。それで良いのか。我々は平等に豊かになる権利がある。我々には自分達で政治をする権利がある。、我々の権利を取り戻そう。独立し、主権を取り戻そう」と。

しかし、反応はあまりにも芳しくなかった。

その演説に、人々はちらりとは見るものの、ただ通り過ぎるだけである。

それはどんなに熱弁を奮おうとも、演説の内容を色々変えたとしても変わらなかった。

まさに、反応のない日々。

そんな日が一週間続いた。

そして、そのあまりの反応のなさに、男の心が揺らぎ始める。

そして分かったのだ。

こんな事が続けば、心が折れると。

今、自堕落な生活を送る同志達も、以前は熱気盛んな者達であった。

しかし、その熱気とやる気は空回りを続け、そして折れたのだ。

ポッキリと……。

そして、それは自分の未来の姿のように感じられた。

しかし、男は諦めなかった。

今の方法で駄目ならどうすればいい……。

そこで考えた。

自分は、ここに住んでいる人々の事を全く知っていなかった事を

だから、まずはここにいる人々の生活を観察する事から始めた。

そして分かったのだ。

ここでは、いくら問いかけても、演説しても駄目だと……。

ここで生活している人々のほとんどは普通に生きていける。

それはもっとも貧しいものでさえもだ。

連邦の基準からすれば下手をすると裕福な部類だろう。

だから、不満や不平はあるかもしれないが、今の生活を壊してまで改革を望まない。

それ故に男の声に、心は動かさないのだ。

ならばどうすればいい……。

そこで男は思い出す。

自分がどうして改革に立ち上がったのかを……。

妻を、子供を、親さえも捨て去り、死さえ覚悟した時に拾われたのだ。

「どうせ命かけるならもっといい事しなきゃ駄目だ」と言われて……。

プリチャフルニア・ストランドフ・リターデン。

男の恩人であり、友とも呼べる男に……。

それから分かる事は、人は追い詰められなければ変わらない生き物だと言う事だ。

ならば……。

男は決意し、裕福な街ではなく、スラム街へと足を運んだ。

同志達は止めた。

なぜそこまで躍起になってするのだと。

そして、スラムには今まで何人かの同志が向い、身包みはがされ、ボコボコになって放り出されたとも伝えた。

だが、男の決心は揺るがなかった。

堕落した同士に男は笑って言った。

「彼らは、以前の私なのだ」

そして、彼は同志達に問う。

「何を恐れるのか。何を逃げるのか。我々だって以前は貴族達や裕福な者達にいい様に使われ彼らのように底辺で生き恥を曝していたではないか」

その言葉に、何人かの同志達は下を向く。

彼の言葉に痛いところを突かれたのだろう。

しかし、ほとんどの者は何を言っているのだと言う顔をしたままだった。

だから男は笑って言う。

「君達に改革者と呼ばれる資格はない」と……。

そして歩き出す。

スラム街に向って。

しかし、一人ではなかった。

そんな男の後に数人の同志が付いて来る。

彼らは、先ほど俯いた者たちだ。

男は、彼らを見て笑った。

「よかった。まだここは腐りきっていなかった」と……。

そして、男がスラム街に行くようになって一週間が経った。

スラム街で、男は人々に演説し、問いかける。

「なぜ我慢するか」

「今より良い暮らしをしないか」

「今ふんぞり返っている連中に一泡吹かせないか」

などなど……。

それは人々を煽る言葉のオンパレードだ。

たが、この場合、相手を煽る言葉がどれだけの効果を示すかを自分の経験から男は良くわかっていた。

だから、あえてそうしたのだ。

確かに、最初は数人が集まるだけであった。

しかし、日が経つにつれ男の話を聞くものが増えていく。

そして、いつしか男が演説を始めると多くの人々が集まるようになった。

男の演説を聴くために……。

そして、男は少しずつ演説の内容を修正していった。

煽るような言葉が少しずつ少なくなり、人々に訴えるような内容が増えていく。

もちろん、小難しい話をしても誰も分からないだろう。

だから、あくまでも単純に、それも何度も何度も繰り返して話していく。

それはまるで洗脳の様だった。

そしていつも通り問いかけを終わった後、一人の男が声をかけてきた。

その男は優しそうな感じの優男だったが、纏う雰囲気はヤバイものであった。

例えるなら、獰猛な猛獣を連想させる。

そんな男だ。

その男は、トバイと名乗った。

トバイは雰囲気とは違ってにこやかに笑いつつ口を開く。

「実にいい演説だったよ。最初のころの演説に比べるとさっきの演説は、君が言いたい事を相手にわからせるために実にわかり易く、そして共感できる内容になっていたな。それに日に日に演説も上手くなっているように感じたぞ」

その言葉に、男は素直に感謝の言葉を伝え、あれを聞いてどう思ったかを聞き返した。

トバイはニタリと笑う。

「さっきの演説にどう思ったかだって?そりゃ最高さ。出なきゃわざわざ名乗って近づいたりしねぇよ」

そう言った後、トバイはすーっと男に近づき囁くように聞く。

「本当に出来ると思っているのか?」

「何をだ?」

「連盟を追い出し、独立する事ができるって事さ」

その問いに、男は笑った。

「何で笑うんだっ!!」

馬鹿にされたと思ったのだろう。

烈火のごとく怒鳴るトバイに男は謝罪する。

「別に馬鹿にして笑ったわけじゃない。そんな事を聞かれるほど僕の演説ではまだまだ力不足だったのかと思うと呆れてしまってね。自分自身に笑ったんだ」

その言葉にトバイの怒りはどこかに吹き飛んでいた。

慌てて口を開く。

「そんな訳ねぇだろうがっ。今日の演説は最高だった。だがな、あまりにも最高だったゆえに出来そうな気がしてしまったんだよ。でもな、そんな事を出来た連中はまだいない。だから、可能なのかと確認したかったんだ」

その慌てたトバイの言葉に、男はニタリと笑って頷きながら口を開いた。

「出来るから言ってるんだ。なんせ、私は這い上がってきて今ここにいるのだから……」

そう言い切って、自分の過去の話を始めた。

妻を、子供を、すべてを捨てて絶望の中にあった事。

そんな中、一人の男との出会いで、死ぬ気でやれば出来ないことはないと教えられた事。

そして、自分達は帝国という圧政者を倒し、連邦という自分達の国を作り出した事を……。

いつしか、トバイだけではなく、周りに何人もの者達が男の話を熱心に聞いていた。

そして、話し終わって静まり返る中、トバイが呟く様に言う。

「確かに。出来そうだな……」

だが、男は首を横に振った。

「出来そうじゃない。出来るんだ。我々の手でやるんだ」

その男の言葉に、周りに集まって話を聞いていた一人が呟く。

「そうだ。出来るんだよ……」

その呟きが呼び水となり、人々の口から自然と言葉が漏れる。

「そうだ……。そうだよ」

「出来る……出来るんだ」

「そう。やるんだよ」

「ああ、やろうじゃないか」

一気に周りに集まった人々の熱気が爆発するかのように熱く、そして広がっていく。

それはまるで今まで溜まっていたものが噴火するかのようだ。

いや、それは正しいのかもしれない。

今まで押さえつけられていた人々の不満、不平が爆発したのだと。

そんな熱気の中、トバイが男に聞く。

「お前さん、名前は?」

男は笑いつつ答えた。

「私の名は、アヴドーチヤ・フョードロウィチ・ラスコーリニコフだ」

「アヴドーチヤ……。言いにくい名前だな」

「そうか……」

少し考えた後、男、アヴドーチヤは言った。

「じゃあ。アーチャと呼んでくれ」

「アーチャか……。いいじゃねぇか」

トバイはそう言うと、右手を掲げて叫ぶ。

「いいかっ。これから我々は、アーチャを中心にこの国を改革するっ!」

さっきまで騒いでいた人々か黙り込み息を呑む。

さっきまでの熱気が嘘のように静まり返ったその場の雰囲気は、爆発寸前の火山を連想させる。

そんな独特の雰囲気の中、トバイの言葉は続いた。

「我々は、連盟から独立し、我々の国を取り戻すのだっ!!」

その言葉に、一気にその場にいた人々が歓喜の声を上げた。

これが後に植民地に広がっていく独立運動の最初であり、九月に起こるルル・イファン一揆の始まりでもあった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 連盟って商人だっけ?それとも宗教だっけ? そろそろ存在が判明済みの主要国家と人物一覧が欲しい所
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