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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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アルンカス王国海軍設立への道  その2

「この草案をどうとるかね?」

そう言ってアルンカス王国宰相バチャラ・トンローはフソウ連合から送られてきた書状を王国特別軍事顧問の木下喜一に手渡す。

それを受け取って目を通したあと、木下はニタリと笑った。

「深く考える必要はないと思います。それどころか、これはすごくいい案じゃありませんか」

「いや、条件が良すぎてね……」

バチャラは苦笑しつつそう言うと、木下も頷きつつ苦笑した。

「確かに疑いますよね。条件が良すぎると……」

だがすぐに木下は真顔になると言葉を続ける。

「これはあくまで私の考えですが、この条件は二つの意味があると思っています」

「ほほう……。ぜひ聞きたいな。聞かせてもらっても?」

「もちろんですよ。一つは、アルンカス王国とフソウ連合の繋がりの強化。もう一つは海外に対してのアピールといったところではないかと思っています」

「ふむ。繋がりの強化は私も考えたが、もう一つのアピールと言うのは何かね?」

「多分、他の強国がフソウ連合抜きでアルンカス王国と接触するのを牽制すると言う事と、後は恐らくですが二ヶ国共同で何かを行なうといった為の布石かもしれません」

その木下の言葉に、バチャラは少し首をかしげた。

「そんな事をしなくても、アルンカス王国はフソウ連合抜きで他の強国と色々やろうとは思わんし、他国もちょっかいは出さないと思うのだが……」

「ええ。今のままならね。今のところはほとんどの国はアルンカス王国は独立してはいるものの、フソウ連合の属国という認識だと思うんですよ。ですが、未来の状況は変化します。だからそれを見越してという事なのでしょう」

「ふむ。ご苦労な事だな」

バチャラが笑ってそう言うと、木下は苦笑した。

「鍋島長官は色々な世界の動きなんかを見つつ革新的な事をされていますからね。だから、余計にいろんなことに気をかけておいでなのでしょう」

その木下の言葉に頷きつつもバチャラは笑う。

「いやいや。私達から見てみれば、鍋島長官もだが、木下殿も革新的な提案者だと思うぞ」

「そうでしょうか……」

そう言い返して木下は頭をかく。

その言葉と様子に、バチャラは心の中で苦笑した。

どうも本人はそういった自覚がないらしいとわかって……。

「ともかくだ、いい条件を得たんだ。これを不意にする必要はないな」

「はい。出来る限り活用すべきでしょう。それで海軍人員の募集に関しては?」

「早速始めたいと思う。それでだ、一つ提案がある」

「はい。なんでしょう?」

「フソウ連合から譲渡される旗艦となる巡洋艦の艦名を国民から募集したい」

その提案に、木下はすぐに頷いた。

「いいですね。海軍兵士募集とあわせてやれば、話題になりますね」

「そうか。そう思うか。なら、その方向で進めようと思う」

「はい。お願いします」

そしてバチャラはテーブルに置かれた書簡に目を落とした。

「しかし、余剰食糧五年分とは……な」

「話を聞く限りでは、アルンカス王国の食糧生産能力はかなり高いと聞いております」

「ああ。もっもと、ここ二年ばかりはゴタゴタで落ちていたがな」

そのバチャラの言葉に木下は苦笑する。

最近知ったのだが、共和国に支配されていた二年間、アルンカス王国は素直に従う振りをして密かに抵抗を始めていたらしい。

その一つとして低い食料生産能力の報告がある。

サボタージュなどの理由をつけて生産能力が低下したと報告されたのだが、実は生産能力はそれほど落ちておらずに密かに食糧備蓄を行っていたらしい。

その為、ここ二年ばかりの秘密の備蓄量は結構なものだと聞いている。

「で、その二年間の備蓄分はフソウ連合に提供されるのですか?」

その問いに、バチャラは驚いてどうして知っているといった感じの表情をしたがすぐに苦笑した。

今の彼なら誰が話してもおかしくないと思ったからだ。

それほどまでに木下喜一はアルンカス王国の一員として溶け込んでいるとも言える。

うれしい事に……。

だから、素直に話すことにした。

「もちろんだとも。それを見通しての要求だと思ったがな。それに密かに連盟の商人辺りに売却して独立運動のための資金にでもしようかと考えていたものだからな。用途は変わったが、国を守る力の代金になると言うなら喜んで素直に提供するさ」

その言葉に少しほっとした表情をする木下に、バチャラは笑って言葉を続けた。

「それに、私は、いや、私達は、木下殿を友として仲間として信頼する。そして、その木下殿の祖国であり、我がアルンカス王国の同盟国であるフソウ連合を、我々は信頼しているんだ。だから心配しなくても大丈夫だ」

「ありがとうございます。私もそんな皆さんの信頼に答える為に頑張っていきたいと思っています。そして我が祖国とアルンカス王国の絆がずっと続くように努力していく所存です」

そう言って木下は頭を下げる。

相変わらず謙虚で誠実な男だと思う。

鍋島長官といい、木下殿といい、フソウ連合は実に好感が持てる人物が多いな。

やはり、姫様の訪問をフソウ連合に決めたのは正しかったと言う事か……。

そう考え、ついでに思い出したのかバチャラは木下に聞く。

「そう言えば、フソウ連合への移動は飛行艇を使うと聞いたが……」

「はい、二式大艇と呼ばれる大型飛行艇を使う予定です」

「そうか。あの飛行艇に……姫様は乗るのか……」

少し羨ましそうな感じがするのは気のせいではないだろう。

なんせ、今のアルンカス王国では飛行機の情報規制が解除され、以前なら目立たないように夜間が多かった飛行艇の離発着も今は普通に堂々と港で昼間に行なわれている。

その為、珍しい飛行艇が見れると言う事で飛行艇の離着水する場所が見える港の一角は有名になりつつあった。

何でも、離着水の時間になると、毎日、何百人もの人々が集まると言う話だ。

そして、その人々は飛行艇が空を飛び立つ姿を見て思う。

空を飛べるという事に対しての驚きと一度で良いからあれに乗ってみたいという望みを……。

恐らくバチャラもそう思ってしまったのだろう。

最もすぐに慌てて表情を整えると咳を一つして取って付けたような感じの質問をする。

「しかし、あれだ。あれは空を飛ぶものだからな。その……安全面はどうなのかね?」

「ご心配ありません。二式大艇は信頼性の厚い飛行艇です。フソウ連合では、二式大艇の前の機体である九七式飛行艇と共に要人の移動だけでなく、離島などの一部の一般人の移動にも利用されています」

その木下の言葉に、バチャラはショックを受けたようだった。

唖然とした顔で聞き返す……。

「一般人も……利用しているということは……本当かね?」

「ええ。一般の人々が利用しているのは九七式飛行艇の方ですが……」

「そうか……。そうなのか……」

少し考え込んだ後、ひしっと木下にすがりつくバチャラ。

「木下殿……。姫の為、人々の為に飛行艇を我がアルンカス王国も導入したいのだが……」

決して自分が乗りたいとは言わないあたりが意地といったところだろうか。

その言葉と態度に、木下は苦笑して頷いた。

「わかりました。交渉しておきましょう。ですが、絶対ではありませんから……」

「頼むぞ」

必死と迫って頼み込むバチャラ。

「だから、絶対じゃありませんからね」

その気迫に押されて思わず念を押す木下であった。



アルンカス王国からの返信に目を通すと鍋島長官は驚いた表情を浮かべた後、苦笑した。

目の前には、参謀本部の新見中将と艦隊司令の山本大将、諜報部の川見大佐、そして外交部補佐官の中田中佐が揃っている。

「どうだったでしょうか?」

その新見中将の問いに鍋島長官は答える。

「ああ、おおむね合意と言ったところかな」

「その割りには、表情が……」

「あ、顔に出てたかい?」

その言葉に、全員が飽きれた顔をした。

つまりは、思いっきり出ていたという事らしい。

少し困ったなといった顔をしたものの、開き直ったのだろう。

「まぁ、気にしないで話を進めるよ」

なんか文句を言いたそうな顔がちらほらあったが、鍋島長官は強引に話を進める。

「アルンカス王国の食糧備蓄量がこっちが予想していたものより、かなり多い」

「どれくらいでしょうか?」

「ざっと倍はあるな……」

その言葉に、その場にいた全員が驚いた表情になった。

こっちの予想備蓄量は共和国のデータだけでなく、その前のデータも考えて結構シビアに計算しており、この予想量の前後一割から二割程度と踏んでいたから、そのまさかの量に驚いたのである。

そして、それだけの備蓄を何に使うつもりだったのかは想像できる。

「したたかな連中ですな」

新見中将が苦笑してそう言うと、山本大将は笑いつつ言い返す。

「確かにそうだが、同じ立場なら我々とて同じようにしただろうよ」

「そうですよ。それに、その量をきちんと報告してきたと言う点を考えれば、好感が持てますよ」

外交部補佐官の中田中佐が関心したように言う。

「やはり、木下がいる事が大きいのかも知れんな」

そう言ったのは木下の元上司であり、諜報部の川見大佐だ。

「ふむふむ。それはあるかもしれませんな」

「いやいや、そういう点もあるだろうが、それだけフソウ連合を信頼しているという事の証だと思いますよ、私は……」

「どちらにしても、今までアルンカス王国に対して行ってきた対応は間違っていなかったと言う事ですな」

「うむ。その通りだ」

そんなみんなの意見を聞きながら、鍋島長官は少し考え込んでいた。

それに気が付いたのだろう。

「いかがなされましたか?」

中田中佐が聞いてくる。

その問いに、軽く手を上げて答えながら鍋島長官は口を開いた。

「いや、別に難しい事は考えていないよ。今回のアルンカス王国の対応は実にありがたいと思っている。これでこっちも話を進めやすいし、例の件も進めやすくなる」

「例の件?」

「三ヶ国会談の件だよ」

「ああ、なるほど。確かに、備蓄が多いほど、こっちが有利になりますからな」

感心したように頷く中田中佐。

外交補佐官として、彼には今回の三ヶ国会談の内容はきちんと説明している。

だが、残りの者達にはまだ説明していない為、何事かといった感じでじっとこちらを見ていた。

「あ、すまん。今のは外交に関してだ。そのうち、きちんと皆には話すから、聞かなかったことにしておいてくれ」

鍋島長官がそう言うと、少し不満そうではあったがそれぞれが納得したような表情になった。

それを見て少しほっとした表情になった後、鍋島長官は書簡をテーブルに置くと全員を見回した。

「それと実は、向こうからの提案がある」

「ほう……。アルンカス王国からとは……」

山本大将が少し驚いたような表情でそう言った後、新見中将が聞いてくる。

「それでその提案とは……」

「アルンカス王国内で、飛行艇の運用をお願いしたいと……」

まさかそんな提案が来るとは思っていなかったに違いない。

全員が唖然とした表情になっていた。

「えっと……それって……」

「恐らくだけど、フソウ連合が本島同士の連絡や離島への移動、それに要人の移動に使っているのと同じ運用をという事だろう」

全員が少し考えたような表情になった。

そしてそんな中、感心したような表情で中田中佐が口を開く。

「確かに……。水路が発達して大量輸送が発達しているとはいえ、アルンカス王国の大きさを考えれば飛行艇の移動速度は魅力的だと思いますな」

「それに水路が発達していると言う事は、飛行艇の離着陸しやすい場所も確保できるという事か。下手な空港を作る必要もないし、確かにあの国で飛行艇の運用は実に合理的だし、九七式飛行艇なら余裕はある」

そう言ったのは、山本大将だ。

「だが、技術漏洩の恐れがあるのがネックではあるな」

二人の意見に対して、反対意見らしいことを言ったのは新見中将だが、漏洩さえ何とかすれば運営には反対ではないとも受け取れる口調だ。

「整備運営をこっちで行えば、少なくとも漏洩は最小限に抑えられるのではないでしょうか?」

諜報部の川見大佐が少し考えつつそう口を開く。

その言葉と表情に興味が沸き、鍋島長官がニタリと笑いつつ聞き返す。

「どうもその言い方からしてそれだけではないんだろう?」

「わかりましたか?」

「ああ。なんとなくだけどね」

「実は、飛行艇運営組織にあわせて、アルンカス王国で対外諜報部員の育成を始めようかと思っています」

「確かに……。人種の違いがあるからね。そのカモフラージュにも使えるといった所か……」

「はい」

「確かに。諜報は特に色々と用意しておく必要があるからな」

「まぁ。そういったところです」

「ふむふむ。なら、この件に関しては前向きに検討と言う事でよろしいかな?」

「「「異議なし」」」

全員がそう答える。

そして鍋島長官はちらりと時計を見た。

時間は十一時三十分過ぎといったところか。

「よし。区切りもいいし、今から久々に皆で昼飯でも食べに行かないか?」

鍋島長官のその提案に、全員が楽しそうに返事を返していく。

「良いですな」

「うむ。最近はなかなかこの面子で揃うことはないからな」

「私もよろしいのでしょうか?」

そう言ったのは、中田中佐だ。

彼にしてみれば、最近幕僚になったという事もあり、ついついそういった言葉が出たのだろう。

外交では強気な発言が多いから意外な感じだ。

「何を言っている。我々は仲間であり、友だ。新しいも古いも関係ないぞ」

「そうだ。そうだぞ。うーん、なんか酒でも飲み交わしたい心境になってきたぞ」

山本大将のその言葉に、新見中将が慌てて突っ込む。

「馬鹿かお前はっ。せめて職務が終わった後にせんかっ」

「ふむ……。なら、職務が終わった後、参加出来る者達で飲みに行くかっ」

「長官もどうですか?」

そう聞かれ、鍋島長官は苦笑した。

「そうだね。行きたいかな……」

そう言いつつ、視線は別の方を見ている。

全員が視線の先を見ると、その先には呆れかえった表情の東郷大尉が立っていた。

どうやら、会議で使ったお茶などを片付けにきたようだ。

そして全員の視線が集まっている事に気が付いてため息を吐き出した。

「こんな雰囲気じゃ駄目だって言えないじゃないですか……。もう仕方ないですね。いつもの小料理屋に予約を入れておきます」

それはつまり、軍の接待費で行うという事だ。

実際、鍋島長官は部下の慰労として宴会や酒宴をよくやっており、今回もそれと同じ扱いにするつもりなのだろう。

だから、その言葉にその場にいた者達は一斉に歓声を上げる。

「流石は大尉だ。話が分かる」

「すまんな、大尉」

「いやぁ、出来る女は違うな。うちの女房に爪の垢を煎じて飲ませたいほどだぞ」

それぞれそんな事を言われ、東郷大尉は苦笑した。

「持ち上げても、もう何も出ませんからね」

そして、ニタリと笑うと言葉を続けた。

「なお、長官が行かれるなら私も行きますからっ」

その言葉に、男同士の飲み会と思っていた面子は不平そうな顔をしたものの、東郷大尉の眼光の前に大人しくするしかない。

やはり、予算を握っているものは強いのであった。

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