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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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『陽はまたのぼる(Солнце снова встает) 』 その7

早朝から始まった攻防戦は、徐々に持久戦という形になりつつあった。

次々と波状攻撃を繰り返す連邦の水雷艇に、公国艦隊は翻弄され続けている。

もっとも、翻弄はされてはいたが、最初の奇襲以降は魚雷による被害はなく、攻撃を仕掛ける水雷艇をほとんど沈めていっている。

だが、幾度と繰り返される波状攻撃に、公国艦隊の疲労が見え始めていた。

それは仕方ないのかもしれない。

ほとんどの艦艇の主砲は機力装填なのだが、それ以外の、特に小型の艦砲は手動装填のものも多かった。

その上、水雷艇のような小型で動きの早い相手では主砲は無用の長物であり、どうしても小型の艦砲が対応する事になる。

しかもその小型の艦砲は側面にあるため動きに制限がある上に、攻撃できる範囲は小さかった。

その為、兵たちの負担は大きく、またいつ終わるとも知れない波状攻撃に、肉体的だけでなく精神的にも追い詰められつつあった。

そして、その負担に悲鳴を上げていたのは、現場だけではなかった。

「戦艦リットランデーナから通信です」

通信兵の声に、ビスマルク艦長ドミトリー・エントゥカス・シェミャーカは怒鳴り返した。

「またかっ。いい加減にしろっ」

「ですがっ……」

「ええいっ、戦闘が終わってから話を聞くと伝えておけ」

これ以上ははもう受けつけん。

その意思を強く見せるかのように言うとシェミャーカ艦長は意識を窓の外に向けた。

その言葉と態度に、通信兵は大きくため息を吐き出すと、言われたとおりの言葉を伝える。

しかし、それで相手が納得するわけもなく、艦長に繋げの一点張りだ。

はぁ……。

最悪だ……。

だから貴族っていうのは……。

そう思いつつも、通信兵はふーと息を吐き出して、艦長の言葉を再度伝えるのみだ。

それ以外に返答するつもりはもうない。

自然と表情が無表情になり、口調も事務的なものに変わる。

その様子に、副長はため息を吐き出すとシェミャーカ艦長に声をかけた。

「艦長……」

「皆まで言うな。わかっている。あの腐れ貴族のボンボンめっ。議会だけでなく、戦場でも人の足ばかり引っ張りやがる」

どうせ、戦いに怖気づき、戦艦リットランデーナのレイニーネル艦長に無理難題を言っているのが安易に想像できた。

そしてその酷さに遂に根を上げて助けを求めているといったところだろう。

まさか、あのレイニーネルに押さえきれないとは……。

レイニーネルには酒だけじゃすまないかもしれんな。

そんな事を思ってしまった自分が少しおかしかったが、今は笑うところではない。

表情を引き締め直すとシェミャーカ艦長は声をあげた。

「被害はどうなっている?」

「味方の被害は今のところありません。ですが……」

歯切れの悪い返事に、シェミャーカ艦長は眉を歪める。

防いではいるものの、押されっぱなしであり、逆転に移る手が浮かばない有り様となってしまっているのは本人もわかっていたからだ。

「やはり今回は一旦引くべきではないでしょうか……」

「やはりそう思うか……」

「はい。敵がどれだけの水雷艇を用意しているかわかりません。このままじりじりと押されるよりは、一旦引いて水雷艇に対する対策を練ったほうがいいと思います」

「ふむ……」

踏ん切りがそれでもつかないのか考え込むシェミャーカ艦長に、副長が意地悪い笑みを浮かべて進言する。

「それに、もし撤退の件を追求されればあの貴族のボンボンに引っ掻き回されたと言ってやればいいのではないでしょうか」

その言葉に、考え込んでいたシェミャーカ艦長が一瞬ポカーンとした表情になった。

まさか、そう言われるとは思いもしなかったためである。

だがすぐにシェミャーカ艦長の顔も副官と同じ意地悪い笑みを浮かべた。

「そうか、その手があったな。それにレイニーネルにもその酷さを証言させるか」

「はい。今の彼なら喜んで証言するでしょう。まさに妙案です。それがいいかと……」

「よし。なら、今の攻撃が落ち着いたら、一気に離れるぞ。各艦に伝えろ」

「はっ」

副長が慌しく指示を伝えに動いている中、シェミャーカ艦長は周りで繰り広げられる戦いの様子から今後の事を考えていた。

あの水雷艇の攻撃に装甲巡洋艦では完全に対応できない以上、より小型で小口径の旋回砲塔を持つ動きの早い艦船が必要になると……。



「第六班、残念ながら全滅しました。敵に被害はありません。続きまして第七班が攻撃を開始します」

その報告に、『FGU』のコンスタンチン・セミョーノヴナ・マルメラードワ大佐は焦りを感じ始めていた。

最初の攻撃でビスマルクに魚雷を命中させたまでは良かったが、その後は公国の艦隊の徹底的な防戦により、命中した魚雷は一本もなく、さらに攻撃を仕掛けた水雷艇はほぼ全滅の有り様である。

確かに敵は水雷艇に翻弄されてしまっている。

それは間違いのない事実だ。

しかしだ。

ほぼ壊滅という被害で得られたものは、たったそれだけだった。

用意した水雷艇は三十四隻。

ひとつの班に四隻、最後の班だけは六隻に分けたため、全部で八班で戦力は打ち止めとなる。

今攻撃を仕掛けたのは第七班。

つまり、もうほとんど後がないという状況にまで追い詰められてしまっているのだ。

「くそっ。まさかここまで当たらないとは……」

何隻かは敵の艦隊に入り込んで魚雷は発射するものの、砲撃を避ける為に激しく動きつつ、動く相手に向って放つのだ。

よほどのベテランならともかく、素人に毛の生えた程度の練度しかない兵では当たるはずもない。

しかも当たったものも不発弾という有り様である。

まさに勝利の女神にソッポを向かれてしまっている有り様でついつい愚痴りたくもなるだろう。

しかし、それは仕方ない事なのかもしれない。

元々この世界は砲撃戦がメインであり、魚雷は破壊力はあるものの、射程距離は短い上に機構が複雑で故障や不良の多い補助兵器という認識であった。

その為、火砲の研究に比べれば予算も規模も限りなく小さいため研究や開発は遅々として進まず、魚雷はますます一発逆転の博打的要素の強いものとなっていたのである。

その博打的要素の悪い部分が今思いっきり出てしまっていたのであった。

そして、通信兵から報告が上がる。

「第七班……全滅です……。続きまして……最後の第八班が攻撃を仕掛けます」

「そ、そうか……。頼むぞ」

そうは言ってみたものの、マルメラードワ大佐はほとんど諦めかけていた。

今のままでは恐らく無理だろうと……。

残りの戦力は、陸上に配備した火砲のみ。

しかし、その頼みの綱の火砲もビスマルクやグナイゼナウとの圧倒的な射程距離の差という現実の前にはただの飾りと化してしまい、その結果は一目瞭然だ。

我々は軍港フルターキーナと多くの造船施設、それに生産中の数多くの水雷艇を失う。

そして、この被害により連邦は今後の敵の海上からの攻撃に対して最後の策と言える水雷艇の飽和攻撃さえも出来ない有り様になるだろう。

それは、制海権を失い、連邦の物資の輸送が滞る事を意味する。

国の血液たる物流が滞れば、その国は戦わずして瀕死となる。

それはいくら兵力が膨大で圧倒的であっても意味がない。

いや膨大で圧倒的な兵力だからこそ余計に大きなダメージとなってしまうという結果をもたらす。

最悪だ……。

これは……。

すーっと背中が冷たい汗で濡れる。

自分だけならまだいい。

しかし、恐らく責任は上司たるプリチャフルニアまで及ぶだろう。

窓際に干されていた自分を拾い上げ、ここまでして下さった恩人。

その方に迷惑はかけたくなかった。

だが、もう無理だ……。

申し訳ありません、プリチャフルニア様。

そう思ったときだった。

絶望を知らせる合図が響く。

「第八班、ぜ、全滅です……」

その言葉に、マルメラードワ大佐は苦笑を浮かべて呟く様に言う。

「そうか……」

本当にそれしか言う言葉がなかった。

しかし……。

しかしである。

勝利の女神は、そんな彼に少しだけ微笑んだのだ。

「敵、公国艦隊、ゆっくりとですが後退していきます」

「な、なんだと……。それは本当かっ」

「は、はいっ。敵艦隊、ゆっくりと離れていっています」

足から力が抜け、マルメラードワ大佐は近くの椅子に座り込む。

「はぁ……」

口から大きく息が漏れた。

なんとかなった……。

助かった……。

そう思ったり感じたのはマルメラードワ大佐だけではなかったのだろう。

本部の司令室のあちこちで同じようなため息や息を吐き出す音が聞こえる。

まさに薄皮一枚の勝利を連邦は手に入れたのであった。



○公国艦隊被害

 戦艦 ビスマルク   小破

 戦艦      一隻 小破

 装甲巡洋艦   一隻 小破

 

 戦死    二名

 重軽傷者   四十一名 


○連邦防衛隊被害

 特務型水雷艇 三十隻 撃沈

 特務型水雷艇  三隻 中破

 特務型水雷艇  一隻 小破

 戦艦      一隻 小破

 装甲巡洋艦   二隻 撃沈

 装甲巡洋艦   一隻 小破

 装甲巡洋艦   一隻 中破

 湾内施設     損傷軽微 


 死者    九百八十二名(施設関係者含む)

 重軽傷者   千二百十一名(施設関係者含む)




こうして、早朝から始まった攻防戦は公国艦隊の撤退という形で幕を閉じる。

その為、連邦政府は強大な敵艦隊に勇敢に立ち向かう水雷艇の勇者たちの活躍で敵を敗走させたと国民に発表したのである。

確かに、敵の目的である湾岸施設や造船所の被害を最小限に抑えたのは事実であり、その面だけを見れば、勝利といえなくもない。

しかし、敵に与えた被害と自軍の損害を比べれば戦い自体は連邦の惨敗と言っていいだろう。

実際に投入した戦力のほとんどが失われたか損傷しており、人員の被害も桁違いで、それは数字を見れば一目瞭然であった。

しかし、その部分は目を瞑られ、敵を退けたという部分のみを強調した結果、水雷艇による波状飽和攻撃はこれ以降、連邦海軍の基本戦術となっていくことになるのである。

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[一言] 水雷艇VS戦艦と言えばルイージ
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