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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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会合への流れ

今、王国議会は混乱の中にあった。

体制の危機と言ってもいいだろう。

王国は、植民地をより深く自分たちの経済圏に組み込む為に、各植民地の自給率を下げ、限られた産業を伸ばしていた。

例を上げるなら茶葉の栽培に適した気候であるセドラム島なら茶葉、地下資源の豊富なイラスンナなら資源開発、そして広大な平地を持ち、安定した気候のアリットスタ大陸は穀物などを中心とした農業といった風に……。

そうする事で、王国を頂点とする経済圏の歯車の中から抜け出せないようにしていったのだ。

その体制は磐石なものと思われていた。

なぜなら、それで王国の支配は深く浸透し、揺るぐことがなかったからだ。

しかし、今、その磐石の体勢が大きく揺らいでいた。

アリットスタ大陸に発生した今までにない大規模の飛蝗によって……。

その被害はとても大きく、本来なら王国の経済圏の実に八割、全世界に流通する食糧の四割近い生産量を誇る農業がほぼ壊滅となり、自国に必要な分さえも維持出来なくなってしまったのだ。

さらに質が悪い事に、飛蝗の被害は何年か続く。

つまり、最低でも数年は食糧生産は不可能であり、自給自足さえままならなくなってしまうのだ。

もちろん、それだけではない。

他の植民地も日照りや地震等の災害により大きな被害を受け、経済が一気にガタガタになってしまったのである。

たかが植民地じゃないか。

放置したり、武力で鎮圧すればいい。

そう考えるかもしれない。

しかし、それは自分の手足を食うだけであり、その時はなんとかなったとしても結局は体制崩壊になることには変わらない。

王国としては、現在の体制を維持して今までのように美味しい汁をすすりたいのだ。

腹が減ったから卵を産む雌鳥を殺しては、どうしようもないのだから……。

そこで真っ先に打たれた手は、食糧に余裕があり、同じ同胞によって建国された合衆国に、食糧の援助の依頼、或いは借受をする事であった。

しかし、その動きは遅かった。

すでに合衆国の余剰分の食糧は商人たちによって手を付けられ、政府が動かせる量はたたが知れている有り様となっていた。

商人にとっては、品薄と言う事は商売にとって絶好のチャンスとなる。

どうしても欲しいというものなら、より価格をふっかけられるというものだ。

つまり、需要と供給のバランスが大きく崩れたといってもいいだろう。

また、合衆国の商人だけなら強権発動(もっとも多くの商人の政権支持を失うだろうが)も出来ただろうが、他国の商人、それも金にがめつい連盟の商人がかなり入り込んでしまっており、国家間の問題になりかねない有り様では、手の打ちようがなかった。

その為、合衆国は『支援はしたいが今の我が国に食糧の余裕はない』と返事を返すしかなかったのである。

「何をふざけた事を……」

その報告が議会にもたらされると多くの貴族出身の議員から構成されている貴族院から憤慨の声が上がった。

彼らにしてみれば、合衆国は自分たちの属国という感覚であったから余計にそう感じたのだろう。

だが、それ以外のもの、軍部や庶民から選出された議員、そして王家はそう取らなかった。

無理を言っているのは自分達である事を重々承知していたからだ。

それどころか、憤慨ばかりで何も考えようとしない連中に呆れかえっていた。

「いいかげんにせぬか。今は自分の思い通りにならぬといって相手を罵っていても仕方あるまい。それよりもこれからどうすべきか考えるべきであろう」

そう発言し、貴族院たちを白い目で見たのは『鷹の目エド』こと宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵である。

彼は貴族ではあるが、自国の現状と合衆国の状況をよく把握しており、普段からあまり良い印象を持っていない上に文句だけしかいわない貴族院の議員連中に辟易していた。

「まったくだ。ピーチクパーチク囀るだけなら、その辺の巣立ち出来ていない小鳥でも出来らぁな。頭のある人間なら、もう少し前向きな事を言え」

そう言って追い討ちをかけたのは『海賊メイソン』こと海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿である。

ちなみに『ピーチクパーチク囀るだけなら、その辺の巣立ち出来ていない小鳥でも出来る』と言う言葉は、無能な様を侮蔑する時に王国でよく使われる言葉である。

ある意味、馬鹿にされたようなものであろう。

さすがに、その言葉にむっとしたのだろう。

若い何人かの貴族院の議員がメイソン卿に非難めいた視線を向けるも、年季と役者が違いすぎる。

当の本人はその敵意のある視線を受けるとニタリと笑うだけで相手をひびらせて怯ませる有り様であった。

その様子をウェセックス王国国王ディラン・サウス・ゴバークは苦笑して見ていたが、表情を引き締めると議会全体を見回して口を開いた。

「言葉は少し考えものだが、言っている事は間違ってはおらん。今話し合う事は、この状況をどう打開するかであり、不満と愚痴ではどうにもならんのだ。実際、現在も飛蝗の被害は拡大して手のつけようがない有様であり、それ以外にも飢饉や干ばつなどが立て続けに起こっている。今、王国は建国以来、最も大きな危機を迎えていると言ってもいいほどだ。だから、前向きな皆の意見を期待している」

その王の言葉に、誰もが深く頭を下げた。

元々、現状をわかっている者達は、王がここまで危機感を感じていることをより理解し、貴族院の議員もやっと事態の深刻さが分かったといったところだろう。

「では、皆の意見を聞きたい」

宰相のその言葉に、すぐに出たのは、災害のあった植民地を切り捨てての経済圏の再構築であった。

だが、それはすぐに経済官僚などの多くの人々、議会の大半から否定される。

それは当たり前だろう。

ただ毟り取られるだけであり、いざと言うときに助けにならないと分かってしまえば、最近活発化した各植民地の独立運動という火に油を注ぐだけでなく、他国との国家間の信頼関係も大きく揺らいでしまうだろう。

結局、植民地で生活する人々にとっては、強国に支配され強要されたりするデメリットはあるものの、安定した生活が出来るという事から従っている部分は大きいのである。

例えるなら、少々仕事はきついとしても、安定した収入と落ち着いた生活が出来るならよほどの事がない限り転職したいと思わないのと似たようなものと思ってもらったらいいだろうか。

もちろん、人間だから愚痴や不満は出るだろうが……。

そして次に出たのは、他の六強に援助を求めると言う事であった。

合衆国は駄目だったが、他の六強はどうだろうかという提案に、経済官僚と軍部が否定する。

今、他の六強も似たような状態であり、どこもそんな余裕はない上に、連盟の商人が商売の為に各国の経済に食い込んで荒らしまくっている事が報告される。

「あのハゲタカ連中め……」

誰かが呟く様に言ったが、それは議会の大半の者たちの総意であった。

連盟の商人は、金儲けの為なら、自分の身内も容赦なく売り物にする。

そう揶揄されるほどであった。

また、軍部としても他の六強と何度も戦っている関係上、そうすんなりと認めるわけにはいかないといったところだろうか。

それに、援助を求める=弱みを見せると言う事であり、その事が軍事行動に結びつく恐れも考慮されているようだった。

「しかし、そうなると……」

いい事を思いついたかのような表情で、一人の貴族院の議員が発言する。

「そうだ、備蓄の分や他の植民地の生産分を分配しなおうことで何とかしのげないか?」

その言葉に、大半の者がうんざりとした表情になり、経済官僚が嗜めるように返答した。

「もう、それはやっております。今はなんとか備蓄している分と、他の植民地で代用できる分で賄ってはいるものの、今年の冬は厳しい状態です」

その言葉と周りの雰囲気から、自分が今更な事を言ってしまったという自覚があったのだろう。

真っ赤な顔をして顔を伏せる。

そんな中、今や王位継承権五位であり、次期国王の最有力候補のアッシュことアーリッシュ・サウス・ゴバークが発言する。

「フソウ連合に支援の依頼をしてはどうでしょうか?」

その発言に貴族院の議員達は全員渋い顔をするが、反対に庶民出身の議員や軍部からは期待する表情が伺える。

それはそうだろう。

貴族院の議員にとっては、アッシュは自分たちの思い通りに動かない、最もなって欲しくない国王候補であり、出来れば彼の力をそぎ落としたいとさえ思っている相手なのだ。

しかし、その人物の口からフソウ連合と言う国の名前が出る度に彼は成功を収めて力を伸ばしているのだから、良い顔をするはずもない。

反対に、庶民出身の議員や軍部からは期待のまなざしが向けられているのは、彼は今や貴族院と言う大きな反対勢力に立ち向かえる自分たちの代表者という認識の為、どうしても期待してしまうのだ。

「ほう……。フソウ連合か。確かに、今や合衆国に匹敵する影響力を持つ同盟国だ。軍艦だけでなく、彼の国の工業製品は実に素晴らしいし、食文化も独特ながら実に美味なのは認める。しかし、問題は、あの国の食糧に余裕があるかどうかだ。交渉するほど彼の国は食糧に余裕があるのかね?」

貴族院の重鎮であり、宰相のオスカー公爵に次ぐ勢力を持つと言われるロジャー・ド・シュルーズベリー伯爵である。

白髪と白髭の痩せた気難しそうな老人の外見ではあるが、その言にはきちんとした筋が通っており、感情を入れない公平な判断をすることから『天秤のロジャー』という二つ名を持つ貴族院の実力者だ。

もっとも、以前は体調を崩して議会を長期欠席していた為にアッシュに絡む事はなかったが、ここ最近は持ち直したのか議会に出席している。

そんな人物がアッシュに質問したのだ。

緊張しない方がおかしいだろう。

だからだろうか。

少し動揺するような素振りが見えたが、それでもアッシュは表情を引き締めるとシュルーズベリー伯爵を真正面から見据えて質問に答える。

「もちろんです。皆さんは、フソウ連合の軍艦や工業製品の性能などからあの国を工業国と認識しがちですが、あの国は高い生産能力を持つ農業国でもあるのです」

「なぜそう言い切れるかね?」

「簡単です」

アッシュはそういった後、笑って言葉を続けた。

「あの国は、最近まで自国のみで全てを賄ってきたのですよ。そうでなければ、鎖国なんて出来るはずもありません」

「確かにその通りだ。しかし、それだけでは弱いな」

「ええ。ですから、私はこの資料を提出したいと思います」

そう言って出されたのは結構な厚さの紙の束だった。

「それは何かね?」

「フソウ連合の食料品の物価変動とフソウ連合の一部の商人による食糧流通量の資料です」

紙の束を宰相のオスカー公爵に渡すと、自分の席に戻ってアッシュは説明を始めた。

「この資料によると、フソウ連合では政府の補助のおかげという事もあるのでしょうが、それ以上に生産量が多いため食糧関係は実に低価格に抑えられています。また品揃えも豊富で、店頭に何も無くなるということはあり得ないほどです」

その言葉に、資料に目を通していたオスカー公爵が同意する声を上げた。

「ふむ。この数値が正しければ、フソウ連合の食料品の物価変動は実に安定して低価格に抑えられいるのが良く分かるな」

その言葉を聞き、シュルーズベリー伯爵は眉を吊り上げて聞く。

「それだけで決め付けるのは早計だと思うが?」

「確かに……。ですが、我々が相手にするのはフソウ連合だけではございません」

「ほう。ではどこを相手にするのかね?」

「フソウ連合国の同盟国であり、フソウ連合の経済圏の一員であるアルンカス王国です」

アルンカス王国の名前が出た瞬間、シュルーズベリー伯爵か納得した表情になった。

アルンカス王国は、アリットスタ大陸よりは大きく劣るものの、食糧生産能力の高さは情報が得られており、こちらは食糧の余剰があるのは確実だからだ。

「ならば、直接アルンカス王国に問いただせば……」

貴族院の議員の一人がそう口を挟むも、シュルーズベリー伯爵がぎろりと睨みつけると口を慌てて閉じる。

「馬鹿かお前は。独立しているとはいえアルンカス王国はフソウ連合の属国に近い国なのだぞ。それを無視して話を進めてみろ。交渉が上手くいくどころか、確実に失敗する予想しか出来ぬわ。その上、フソウ連合の不評を買うのは確実となるだろうて……」

シュルーズベリー伯爵の言葉に、アッシュは苦笑する。

自分が説明しようとしていた事を全て言われてしまったと思ったからだ。

そしてシュルーズベリー伯爵は視線をアッシュに向けて宣言するように言う。

「ふむ。殿下の提案は、先を良く考えて対策なされており感心した。私は、この提案に賛成しても良いと思っている」

その発言に貴族院からは不満そうな呟きを漏らす者や表情をする者が多かった。

また、アッシュに手柄を与えるのではないかと危惧しているのだろう。

だが、そんな身内の反応にシュルーズベリー伯爵はどんとデスクを叩く。

その瞬間、ざわついていた貴族院の議員達が静まりこんだ。

彼を敵に回しては、自分の居場所はどこにもないとわかっているためである。

「再度、言わせて貰おう。私は殿下の意見に賛成する」

その言葉に合わせるようにメイソン卿も声を上げた。

「軍としても、殿下の提案がベストと思う。賛成だ」

そして最後に宰相のオスカー公爵が国王に提案するかのように発言する。

「王よ、このように提案がありましたが、いかがいたしましょうか?」

反論しないで国王に提案する事で、賛成を示したのである。

国王は、議会内を見渡した後、最後にアッシュに視線を向けると頷きつつ命じた。

「アーリッシュよ、フソウ連合との会合を開き交渉に入る事を許可する。その際に提示できる条件はエドと十分に打ち合わせて決めておけ。良いな?」

「はっ。了解いたしました。必ずや、成功させてごらんにいれます」

深々と頭を下げるアッシュに、国王だけでなく、メイソン卿やオスカー公爵が期待する視線を向ける。

そしてそれ以外にももう一人、そんな視線を向ける人物がいた。

シュルーズベリー伯爵である。

彼は自分の髭を撫でつつ思う。

ふむふむ。

実に楽しいぞ。

無理してまで議会にでた甲斐があったというものだと……。

こうして、王国は、フソウ連合に会合を申し込んだのであった。

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