シマト諸島奪回戦 ある副長の視点から
第二水雷戦隊旗艦軽巡洋艦最上から戻ってきた隊長はかなりご機嫌だった。
行くときはあれほど不機嫌だったんだけどな…。
「何かいい事あったんですか?」
思わず聞いてみる。
「おう、副長。いやなに、噂とは当てにならないものだな…」
「噂?」
「ほれ、第二水雷戦隊の指揮を任されている的場大尉の事だ」
そこまで言われて思い出す。
「ああ、あの噂ですか?」
「そう。あの噂だ」
その噂とは、的場大尉の両親がコネによって息子を今の地位につけただのといった感じのよくある噂だ。
それだけならよくあるで済んだのだろうが、彼は独特の感覚の持ち主であり、他人とはあまり交わらないようにしているようだ。
その為、噂は否定される事もなく、また見た目も軍人らしくないといった事も重なって尾ひれがついて今やかなりの悪評となってしまっている。
表立って言わないものの、かなりの人がその噂を信じているという話だ。
うちの隊長も噂を信じているわけではないが、見た目が軍人らしからぬその噂の相手に使われるとなると決して気分がいいものではない。
ましてや、うちの隊長は裏表がない人で、理不尽な事に対しては上司とか関係なく殴りつけるような人だ。
現に聞いた話では、上司を三人ほどボコボコにしたと聞いている。
その為に、もう中佐や少佐になっていてもおかしくないほどの実力の持ち主だが、未だに階級は大尉で止まっている。
だが、本人は嘘やおべっか使って上に行くよりお前らと一緒に地べた這いずり回ったほうが何十倍も幸せだといって笑っている。
そんな豪快な人だ。
その人がご機嫌になって返ってきた。
それは、つまり、的場大尉が隊長に気に入られたという事になる。
「そんなに面白そうな人ですか?」
興味が沸いたので聞いてみる。
「ああ。あれは面白い男だ。見てくれは良くないし、口は達者とは言えん。しかしだ…」
隊長がニタリと笑う。
「言っている事はきちんと論理立っている上に他者の意見を聞き入れる器の大きさもある。また、自分とは直接関係ないのにいかに被害を少なく抑えるかと模索してくれるあたりもありがたい。しかしだ、それ以上に面白いのは艦の付喪神が彼を慕っているんだ。艦の付喪神があんなに慕っている人物なんて初めてみたぞ」
「付喪神が…ですか?」
「おうよ。まるで親友のような親しさを感じだぞ」
「すごいですね」
思わず驚く。
作戦関係上、艦船の付喪神とよく話もするし、世話になる事も多いが、あくまでも仕事の付き合いといった感じばかりだ。
まぁ、長時間一緒にいないからなのかもしれないが、それを言うなら、確か最上の付喪神と的場大尉だってまだ組んでからたいして時間は経っていないはずだ。
だから、その話を聞いて信じられないと思ってしまった。
「でも、見せかけだけかも…」
「いやいや、俺が戦いが終わったら一杯飲みに行くかって誘ったら、やっこさん、付喪神も誘いやがった。そんでもって、付喪神も即答で行くって言いやがる」
「それは…見せかけだけ…じゃないですね」
隊長の話は信じられないが本当のようだ。
「だろう?」
「ええ。私も興味が沸いて来ましたよ、その的場って人物に…」
「そうかそうか…っていかんな話し込んでばかりでは…。それで準備の方は?」
「返ってくる前に無線で言われたとおり、準備しておきましたよ」
「そうか、そうかっ。副官が有能なのですごく助かってるぞ。がはははは」
そう言って笑いながら隊長が肩をガシガシ叩いてくる。
かなり痛いが、これはこの人なりのコミュニケーションであり、これをされないとうちの隊では隊長に認められていないらしい。
誰が言いだしたかは知らないが、迷惑な事を思いつきやがったと思う反面、納得できる自分がいるのだから始末に負えない。
ちなみに、副長になってからは毎日何回も叩かれている。
落ち着いたところで一応聞いておくことにする。
結果はわかっているのだが、確認作業は大事だ。
「で…、先発隊の指揮は…」
「俺が行くに決まってんじゃねぇか。あんな楽しい事、他のやつにやらせられるか」
やっぱりかーっ。
いつもどおりだ。
しかし、指揮する者が自ら最前線にっていうのは考えものである。
そろそろ釘でも刺したほうがいいかなと思うものの、いつもまた今度と思ってしまう。
いかんなぁ。
でも、言い出しにくいんだよな。
こんなに嬉々として楽しそうにされるとさ…。
「了解しました。では、自分は本隊の指揮をとらせていただきます。なお、もう一つの拠点の方は、江戸川に任せてよろしいですよね?」
「ああ。やつなら問題ないだろう。副長に緑川、先発隊は能登がいいか…。それで頼む。さてと…じゃあ、任すぞ」
そう言って隊長はドスドスと歩きながら部屋を出て行った。
それを敬礼して見送った後、隣の部屋に移動する。
そこには戦闘準備の終わった兵士たちがずらりと思い思いの格好で休んでいた。
「いいか、そのままでいいから聞いてくれ」
全員の視線がこっちに集まるのがわかる。
指示を聞き損ねて死亡なんてのは情けないからな。
それがわかっているのか、さっきまで話し声で満たされていた部屋は静まりかえっている。
「作戦はいつもどおりの行動計画甲-三で実施だ。ただし、こっちが本命と思われる上に敵兵力がどれだけか予想がつかんから油断せず各自要注意せよ。なお、作戦区域の建物は写真で確認できたのは五つ。だが、恐らくそれだけではないと思われる。各小隊単位での行動を原則とせよ。なお特二式内火艇は上陸拠点の確保を優先させろ。いいな」
「「「はっ」」」
そして、恒例のやり取りが始まる。
「で、隊長は?」
「いつものごとくだ」
そう返事を返してやると、その場にいた全員から笑い声が漏れる。
「やっぱりかーっ」
「そうだよなぁ…。鬼神杵島だもんなぁ…」
「この前の訓練なんか最前線で戦いながら笑っていたんだぜ、あの人…」
隊員それぞれがいろんな隊長の話題を話している。
しかし、どの話題も必ず共通する点がある。
それは、恐れられると同時に、いやそれ以上に尊敬され、頼りにされている事だ。
そして、強烈なカリスマを持っていることも…。
ふう…。
口からため息が出た。
隊長に憧れ、隊長と肩を並べて戦えるようにとがんばってきましたけどまだまだですよ。
入隊時、隊長に言われた言葉が頭をよぎる。
「お前なら、俺と同程度、いや、俺よりも上にいける。だから精進しろよ」
いろんな人に同じような言葉をかけていると頭でわかっていても、それでも感動した。
そして、今、やっとここまで来た。
まだ背中が見えた程度だが諦めはしない。
隊長よりも上になりたいとは思わないが、隊長と肩を並べて戦えるようになりたい。
多分、ここにいる隊員のほとんどが同じ思いだろう。
だからこそ、我々は死ねない。
生きて、生きて、生き抜かねばならない。
だから、いつもの言葉を口にする。
「いいか、お前らっ、隊長と肩を並べて戦えるようになるまで絶対に死ぬなよ」
その言葉に隊員達は答える。
「「「了解であります」」」
そして全員が立ち上がって敬礼する。
それを受け、敬礼を返す。
その時だった。
止まっていた輸送艦が動き出し、砲撃の音が響き始める。
そして派手な爆発音がそれに続く。
さすが、訓練に明け暮れているだけあって、うちの海軍の射撃の練度は高いな。
そう思いつつ、自分の装備の確認をさっと済ます。
輸送船が大きく揺れ、艦首の渡し板が下げられる。
「いくぞ、野郎ども!!」
「「「おうっ」」」
その返事と共に特二式内火艇が前進し、その後に陸戦隊が続く。
輸送艦の傍では、海防艦からの援護射撃だろうか。
銃撃音が響いている。
そして、我らは戦場に飛び込んでいく。
わが祖国の為、そして何より隊長と肩を並べて共に戦えるようになるために…。




