日誌 第三百二十一日目 その2
シュウホン島の本会議が終わり、二式大艇でイタオウ地区に入ったのは夕方であった。
イタオウ地区の主港に到着するとイタオウ地区の統括と東部方面部の指揮官である的場良治大佐とイタオウ地区管理部の杵島(的場)マリ中佐、鏡敏則中佐の三人が港で出迎えてくれる。
「お疲れ様です」
的場大佐が降りてきた僕にそう言うと三人が敬礼する。
「ありがとう。すまん。遅くなってしまった。会議が押してしまってな」
僕がそう言うと的場大佐が笑いつつ言う。
「本当に何人かの意見をまとめようと思ったら時間が幾らあっても足りないですね」
「ああ。人それぞれで認識や常識も何もかも違うからな」
「それでいて、言葉は自分の考えの全てを伝え切れていないと……」
恐らく経験からだろうか。
そう言う的場大佐の顔は苦笑に満ちていた。
「そういうことだな。その辺は不便さを感じるが、それはそれで良いとも思っているよ」
僕の言葉に、的場大佐は少し驚いた表情になった。
「それは……また……」
「全てが伝わったら、それはそれでつまらないじゃないか?」
僕はそういった後、ニタリと笑う。
「何でもそう簡単にいかないからやり甲斐があるという感じだしな」
的場大佐は笑った。
「まぁ、確かに……。ですが、限度と言うものは必要でしょう」
「確かに。その意見は賛同するよ」
そんな会話をしていると、東郷大尉が僕の傍に来て囁く。
「長官、時間が押しておりますので……」
「おっと。そうだった。すまん」
周りにそう言って謝ると、周りはニヤニヤとしている。
あ、この笑いは多分尻に敷かれているといった印象を受けたに違いない。
いや、これは仕事だからな……。
プライベートではもっと優しいんだぞ。
思わずそう言いそうになって、慌てて口を閉じる。
いかんいかん。ますますからかわれるネタを提供するところだった。
「んんっ。さぁ、行こうじゃないか」
僕のその言葉に、的場大佐は笑いつつ案内を始めるのだった。
車に乗りまず向ったのは映画館だった。
イタオウ地区では映画製作会社がある関係で、三軒の映画館がある。
その内のひとつ、イタオウ投影会館は映画会社が直接経営する映画館で、最新の施設を使って実験的な事や試写会といった事を行なっている。
そこの試写会にまずは参加する。
予定では夕食を済ましてからとなっていたが、予定が押している為、変更となったのだろう。
なお、今回試写会で流すのは、アルンカス王国王女であるチャッマニー姫と木下少佐の出来事を基にして作られた『南の国で…』という映画で、以前チャッマニー姫の訪問の話が出てきたときに訪問の際にお見せしたいと言う事を、映画会社をまとめている杵島マリ中佐に伝えて公開の時期の調整を頼み込んでいた。
話によると、連絡した時にはほぼ完成しており最終段階に入っていたという。
だが、僕が連絡した事で、同時に製作に入っていたコメディ映画の方を先に公開したらしい。
「本当にすまん……」
その話を聞いて杵島マリ中佐に電話でそう言うと、「大丈夫ですよ。それどころか、もう少し色々いじって最高の映画に出来る時間が出来たんですから」と笑われてしまった。
そして、来訪の時期が決定したので急遽試写会が今夜行われる事になったのである。
試写会に参加するのは百人程度で、一応、製作関係者が中心だが、一部雑誌や新聞の編集者らも参加する予定となっている。
もちろん、紹介記事を書いてもらうためだ。
後、アルンカス王国の姫君の訪問も同時に公表される。
つまり姫殿下訪問と映画をそれぞれ話題にする為なんだけど、なんかすごく大変な事になりそうな気がするんだよな。
そんな事を思いつつ、映画館に入るとなぜかその場にいた全員が立ち上がって拍手で迎えられた。
一瞬、別に誰か来たのかと思ったが、どうやら拍手を送る相手は僕らしい。
なんだ、この状態は……。
思わず頭の中を?マークが埋め尽くしたが、すぐ原因を思いつく。
そう言えば以前、雑誌のインタビューで、僕が強く後押ししてくれたおかげで今があるみたいな事を的場マリ中佐は話したらしい。
その為、いつの間にかフソウ連合の映画の父とまで言われるようになったようなのだ。
それを思い出し、思わず慌てる。
おいおい。勘弁してくれ。
確かに、フソウ連合に映画鑑賞という文化は根付いていなかったが、別にそう言われる為にやったわけじゃない。
映画が好きで、その楽しみを皆にも伝えたかった。
それに新しい産業を作り出すことで、経済を活性化させたかったという事もある。
だから、そういった理由で行っただけであり、そんな事を言われるほど高貴ではないんだと大きな声で弁明したいのだが、どう見てもそんな雰囲気ではないので僕は苦笑して手を振るに留めた。
後ろでクスクス笑う二人の女性。
東郷大尉と杵島マリ中佐。
くそ。
後で文句言わねば……。
そう思いつつ、それを顔に出さないようにして皆に微笑みながら予定されていた座席に座る。
するとそれに合わせるかのように立って拍手をしていた人々も拍手をやめてそれぞれの座席に座った。
「ふーっ……」
息を吐き出すと。後ろの座席に座った東郷大尉がくすくす笑いつつ囁いた。
「すごい人気ですね」
「勘弁してくれ。本当にすごいのは、作っている人達なんだから……」
その僕の言葉に、東郷大尉は苦笑を浮かべて言う。
「相変わらずですね、長官は……」
「それはどういう……」
しかし僕の言葉はそこまでだった。
部屋が暗くなり、目の前のスクリーンに光が照らし出され始めたのだ。
まずは映画会社のロゴが出た後、明るい日差しとゆたかでのんびりとしたアルンカス王国の町並みが映し出され、すーっとカメラが動き汗を拭きつつ空を見上げる男性が街に立っていた。
男は仕事の関係で一週間この街に滞在する事になっており、今日は初日だった。
「しかし暑いな……」
男は恨めしそうに空を見上げて歩いていくと市場の通りに出る。
色んな珍しい野菜や果物が並び活気のある人々の様子が映し出された後、カメラは男に戻され一軒の物売りから果物を買おうと声をかける。
だがその値段は普通の人ならすぐに吹っかけられているとわかるほど高いものだが、来たばかり男はわからない。
言われるまま、高いなと思いつつも買おうとする男。
だが、声がかけられる。
「その人、フソウの人よ」
声の主は、可愛い感じの異国の少女だった。
恐らく彼女がチャッマニー姫なのだろう。
さすがに、あの年齢で恋愛物は不味いと思ったのだろう。
脚本にあわせて年齢は少し高めに設定してあるか……。。
そんな事を思っていると、少女は店の主人に再度言う。
「この人、フソウの人。共和国の人じゃない」
疑う店の主人に、男は自分はフソウ連合の商人で、仕事関係でこっちに来たんだと説明する。
すると店の主人は慌てて値段を言いなおし、謝罪する。
その謝罪を不思議そうに受け入れる男に、少女は説明する。
今、この国は、共和国に支配されて酷い目にあっており、人々は共和国の人に良い感情を持っていないと……。
だから、この国を、この国の人達を嫌いにならないで。
少女はそう言った後に別れようとするが、少女に興味を持った男は、街を案内してくれと言い、少女は少し考えたもののすぐに笑って頷く。
こうして、男と少女は出会い、その後も会う時間を決め、短時間ではあるが楽しい時間を過ごしていく。
だが、五日目の時、些細なことで二人は喧嘩してしまう。
再び会う約束もせず、悶々と過ごす二人。
そして一週間目がついに来た。
きちんと別れを告げることも出来ず、最後の仕事の為に王宮に向う男。
そう、男はフソウ連合の外交官だったのだ。
そしてそこで男と少女は再会する。
少女はこの国の王女だったのだ。
唖然とする二人。
そしてそんな中、海賊の艦隊が発見され、こちらに向っている事が報告された。
そして、今、王国には共和国の艦隊も兵士達もいない。
慌てふためく王宮の人々。
そんな混乱の中、男が少女に近づいて囁く。
僕が絶対に、君と君の愛したこの国を守ると……。
そして男はホテルに戻ると無線機で待機している艦隊に連絡を取る。
最初は男の報告に驚いていただけの艦隊司令だったが、男のこの国に対する思いを感じたのだろう。
艦隊を動かす事を本国に連絡し、海賊を必ず撃退する事を伝える。
そして、男は王宮に戻り、フソウ連合の艦隊が動いてくれると伝える。
だが、念のために港に軍を展開するように進言。
その進言を受け、王国の数少ない部隊が港に展開する。
そしてその軍の中に男の姿もあった。
志願したのである。
最初こそ、躊躇していた王国側だったが、現場の指揮できる人間がいないという軍の有り様に、男の熱意を受けて力を借りる事としたのだ。
そして港の近海で繰り広げられるフソウ連合と海賊の戦い。
優勢に進めるフソウ連合艦隊だが、その数の差は大きく、突破してくる数隻の海賊船。
動揺する王国の部隊。
だが、そんな中男は叫ぶ。
「この国を守る為、愛する人を守る為、我々は負けるわけにはいかないんだ」
その叫びに王国の兵士達の士気は上がり、上陸してきた海賊軍と果敢に戦う。
そして、勝利。
傷だらけになりつつも、男は王女の前に戻ってきた。
男に飛びつく王女。
そして告げる。
この国に残って……。
そして私を、この国を支えて欲しいと……。
しばらく黙り込む男。
そこで場面は切り替わり、数日後の王宮。
王女の傍には男がおり、二人は微笑んでいる。
そう、男はこの国に残る事を決めたのだ。
残ってこの国と自分の祖国との繋がりを深めようと決心したのだ。
彼女を支えるために……。
そして『終劇』の文字が入り、物語は終わった。
拍手が沸き、雑誌や新聞の編集者達の反応も良さそうだ。
ただ、欠点としては、時間が長すぎる気がした。
三時間超えは、人によってはきついと思う。
だが、見た感じ、カットできる部分はなさそうに感じた。
結構削った結果なのだろう。
そんな事を思っていると杵島マリ中佐が聞いてきた。
「やはり長いでしょうか?」
どうやら時間に関しては、本人も長いと感じたのだろう。
「そうだね、さすがに三時間超えは長いと思うよ。でも、これ以上、削れないとも思った」
僕の言葉に、ほっとした表情の杵島マリ中佐。
長いからもっと短くと言われるんじゃないかと思っていたのだろう。
だが、元々の脚本からして結構内容が濃いものだったからよくやったと思う。
それに面白く出来ていたしね。
だから、僕は言葉を続けた。
「公開はこのままでいいよ。長いけど、それは注意喚起をしてお客様に対応してもらおう」
「はい。わかりました」
「しかし、よく出来ていたよ。これは公開が楽しみだな」
僕はそう言うと立ち上がった。
東郷大尉が先に立ち上がって銀幕の前の方に進み、マイクを用意している。
僕もゆっくりとそこに進むと東郷大尉からマイクを受け取った。
「皆さんのご協力のおかけで、無事映画も完成いたしました。ありがとうございました」
そう言って僕は頭を下げる。
そして言葉を続けた。
「皆さんご存知かもしれませんが、この話には元となった話があります。そして、その元となった話の舞台はアルンカス王国です。そう、この話の出来事はアルンカス王国の姫殿下が関わっておられます。もちろん、映画の出来事そのままではありませんし、それなりに脚色されてはいますが……。そして、なぜ、今回、私が試写会に参加し、皆さんの前に立っているという事を不思議に思う人もいるでしょう。ちゃんと理由があるんですよ。実は、本日、正式にアルンカス王国の姫君であるチャッマニー姫殿下の訪問が正式に決定いたしました。そして、この映画『南の国で……』の公開初日に参加していただく予定となっております」
その言葉に、会場は驚きと歓喜に包まれる。
それはそうだろう。
初めての異国の国賓の訪問とその訪問する姫の話を元にした映画の公開をあわせるというのだ。
そして、初日に本人に見ていただく予定にしているという報告に、盛り上がらないわけがなかった。
「え、雑誌や新聞の方々、この情報はここが最速です。スクープですよ」
僕がお茶目にそう言うと、新聞の編集者たちが慌てふためいている。
それはそうだろう。
映画の試写会で映画の紹介を書くつもりで来ていたところに、とんでもない爆弾が落とされたのだ。
多分、明日の朝刊の一面は、この記事で埋め尽くされる事だろう。
「詳しい事は、明日の議会決議内容が発表がされると思いますので、そちらを確認されてください。だから、推測でいろいろ書くのは止めておいて下さいね」
僕はそう言うとマイクを東郷大尉に渡すと部屋を退出した。
もちろん、記者なんかが色々聞こうとしたが、警備の人間に止められている。
悪いね。
これ以上は言えないのよ。
そんな事を思いつつ、控え室に向っていると後ろから的場大佐が呆れたような感じで声をかけてきた。
「なんと言ったらいいのかわかりませんが上手いですね……」
まぁ、半分褒めて、半分呆れてといった感じたろう。
「いいじゃないか。話題にはなっただろう?」
「はい。ありがとうございます。これで映画、話題になりますよ」
そう言ったのは、杵島マリ中佐だ。
「ああ。頼むぞ。それとな、撮影現場を姫殿下が訪れる予定もあるからな。緊張しすぎるなよ」
「あ、はい……」
そう返事はしたものの、杵島マリ中佐の声は自信なさげだった。
おいおい。
大丈夫か?と思ったが、彼女を信じることにしとこう。
続けて鏡中佐が声をかけてきた。
「それなら、港や工場等の見学も行なう予定と思っていいでしょうか?」
「ああ。もちろんだ。警備と危機管理はしっかり頼むぞ」
「了解しました。あと、説明できるものを用意させておきましょうか?」
「それはいいな。人選は任せる」
「はい、了解です」
そして控え室に到着した。
「後回しになりましたが、夕食に向う車が来るまでこちらでお待ちください。そんなにゆっくりする時間はないと思いますが……」
的場大佐が笑いつつそう言ってドアを開ける。
「ああ、そうだね。流石に腹が減ったよ」
僕が笑ってそう言うと腹をさする。
会議で昼食も軽くしか取っていなかったからな。
そしてそれが合図になったんだろうか。
僕のお腹がグーッとなり、しばしの沈黙。
しかし、「すまん。我慢の効かないやつで……」と僕が笑って言うと、全員で笑ったのだった。




