日誌 第三百二十一日目 その1
久々に出たフソウ連合シュウホン島で行われた本会議はピリピリとした空気に包まれていた。
それは仕方ないのかもしれない。
アルンカス王女の訪問が正式に決まったからだ。
以前からそういった話は外交部に届いてはいた。
だが、今回いきなり決まったのには理由がある。
アルンカス王国海軍の設立。
その為の交渉を兼ねてという事らしい。
恐らく言い出したのは木下大尉だろう。
いや、今は少佐となっているか。
一応、フソウ連合海軍の諜報部に籍は残してある。
しかし、それはあくまでもという事で、表向きは除隊扱いだ。
多分、公国の連邦に対する港と船舶の攻撃で危機感を感じたんだと思う。
特にアルンカス王国は首都と港が近い。
前回の時も、海賊の連中の襲撃があれば、首都さえも危険に曝されるといったレベルだったようだ。
この世界は水路や海路が発達している分、そこを押さえられるとかなり厳しい。
もっとも、今までは艦隊同士の海戦がすべてを決するといった感じが強かったが、公国が通商破壊を中心とした戦い方を見せた以上、それの有効性に気が付き実践してくる輩は増えるだろう。
フソウ連合の外洋艦隊が派遣されているとは言え、自分の身は自分で守れる程度の海軍力は必要と説得したに違いない。
僕が同じ立場なら、そうするしね。
だから、その準備はもう進めている。
その件も報告しなきゃいけないか……。
そんな事を考えていると、議長のガサ地区責任者であり、僕のよき理解者である角間真澄氏が僕を指名した。
「鍋島長官、報告をお願いする」
「はい」
僕は返事をすると立ち上がってボードに挟んでおいた内容を報告する。
「昨日、アルンカス王国から正式に依頼が来ました。八月十日から十六日までの一週間、我が国フソウ連合の親善訪問を行ないたいと……」
僕の言葉に、周りの人間が唸る。
あまり準備期間が無いと思ったのだろう。
そこで僕は追加の内容を口にした。
「外交部としては、以前から打診があったという事もあり、準備はある程度整っております。これが予定の日程です」
僕がそう言って右手を軽く上げると東郷大尉が各代表のテーブルに日程表を配る。
「これはなかなかきちんと出来上がっているな」
「しかし、二日目以降の予定が結構空いているが、それはどういうことかね?」
「はい。そこは、各地区の本島を回ってもらおうと思っております。また、少しのんびりしたいという事も言われておりますので、スケジュール的には余裕を持たせてあります」
「各地区の本島を回るという事は、つまり、各地区の視察という事かね?」
「まぁ、視察と言うより、各地の色んなものを見てまわって欲しいと言う事ですね」
そこまで言った後、僕はボソッと言葉を続ける。
「各地の特産品とか、歴史的建築物などを姫殿下に紹介されてはどうでしょう?貿易のきっかけになるかもしれませんよ」
その言葉に、各地区の代表者達の目の色が変わった。
それはそうだろう。
造船、機械関係はマシナガ地区、イタオウ地区の二つが中心となっており、他の地区は農業、畜産、漁業などが中心となっている。
そして、農業の機械化や効率化が少しずつではあるが進んでおり、現時点でも農業などの食料関係に関してはかなり余裕がある状態だ。
つまり儲からないときている。
国内が駄目なら、海外へと思うかもしれないが、現時点では海外への輸出量は少なく、またそのほとんどは武器や機械関係であり、一部、食料品や酒などの嗜好品があるもののその量はフソウ連合を訪れた外国の要人が個人的に希望されて行っているので微々たるものだ。
その結果、余剰分の食料は、軍部が買い上げ、何かあったときのための備蓄として管理している。
だが、それではあまり儲からないし、ましてやこれから生産率はもっと上がるとも予想されているため、余剰分は海外に輸出したいと思っているだろう。
「その訪問時間は、かなり取ってあるのかね?」
どうやら訪問時間が気になる様子で、そう聞かれて僕は笑いつつ言う。
「はい。移動のほとんどは飛行艇で行なう予定ですので、かなり取れるのではないでしょうか」
「そうか……。なら安心だな」
売り込む気満々なのだろう。
時間に余裕があるとわかったらほっとした表情になっている。
だが、このままでは、せっかく余裕のあるスケジュールをびっちりと埋められてしまう恐れがある。
まぁ、売り込みたいのはすごく分かるんだけどね。
でも過度な売り込みは逆効果にしかならないから少し釘を刺しておく事にした。
「一応、親善訪問という事になっていますが、バカンスを楽しむという事も兼ねております。ですから、皆さんに希望時間と日程を提出していただきたい。それらを吟味してこちらで調整して最終日程を決めさせていただきます」
「ああ。わかった」
「早い方がいいのだろう?」
「もちろんです。早い方の分をどうしてもスケジュールを埋めていく関係上、優先になるかもしれません」
「わかった。急がせよう」
いかん、みんな目の色が違う。
もう一言言っておくか……。
「皆さん、皆さんの心意気は理解しているつもりですが、今回はバカンスを兼ねてという事をお忘れなく」
そうは言ったものの、恐らくとんでもない希望が来るだろうな。
そんな予感がして、僕は苦笑するしかなかった。
親善訪問の後、議題に上げられたのはアルンカス王国海軍設立の件だ。
これに関しては、反対と言う人は誰もいなかった。
元々、フソウ連合は、海運がメインの国家であり、海運の重要性は重々わかっている者達ばかりであった。
だが、その規模や協力の仕方についてや外洋艦隊との兼ね合いなども質問された。
それに一つ一つ説明し、資料を配っていく。
結構色々と言われたが、その結果、アルンカス王国海軍設立に対してはフソウ連合としては全面的に協力し、人員の育成や整備、補修等はアルンカス王国のフソウ海軍基地にて行う事が決められた。
もちろん、人員育成、整備、補修等の経費はアルンカス王国持ちである。
また、艦艇に関しては、以前から沿岸、近海警備用に計画していた砲艦や警備艇、駆逐艦などの小型艦がメインであり、外洋航海能力の高い大型艦は外されることとなったが、例外としてアルンカス王国海軍旗艦として軽巡洋艦が一隻追加される事となった。
その内容は以下の通りである。
○二十四式砲艦……松島型防護巡洋艦をベースに製作。全長91.8メートル、排水量4600トンの大きさで、機関を石炭専焼円缶から重油専焼水管缶に変更された為、速力は向上し22ノットとなる。35.6センチ45口径単装砲一基と25mm機銃 3連装五基の乙型と50口径20.3センチ連装砲一基と25mm機銃 3連装五基の甲型の二種類があり、実験的に各二隻ずつ建造され試験中。
○改峯風型駆逐艦(改)……改峯風型駆逐艦をベースに作製。大きさは峯風型とほとんど変わらない。違う点としては、機雷の排除と機銃の追加が上げられる。全長102.6メートル、排水量1300トン、速力39ノット。武装は45口径12cm単装砲4門、6.5mm単装機銃6挺、53.3cm連装魚雷発射管3基。
○第十九号型掃海艇(改)……第十九号型掃海艇をベースに製作。全長72.50メートル、排水量640トン。速力20ノット。爆雷は解除されているものの、それ以外の武装には大きな変化はない。5口径十一年式12cm単装砲 3基、25mm機銃 連装1基、大掃海具を装備する。
○香取型練習巡洋艦(改)……香取型練習巡洋艦をベースに、旗艦としての能力と賓客が乗る事を吟味して再設計してある。全長133.50メートル、排水量6300トン。速力20ノット。50口径14cm砲 連装2基4門、12.7cm連装高角砲 1基2門、25mm連装機銃2基4挺、53cm連装発射管2基4門、53cm魚雷4本、5cm礼砲4門。水上機搭載能力は外してあり、その分、居住スペースや、賓客用のスペースに使われている。
・提供艦数・
二十四式砲艦 6隻
改峯風型駆逐艦(改) 6隻
第十九号型掃海艇(改) 14隻
香取型練習巡洋艦(改) 1隻
ただ、スムーズに進んだのはここまでで、これらの艦艇をどう提供するかで話が止まってしまった。
まさかここまでの艦艇を無償で提供というのは誰もいなかったが、その提供方法や見返りについてはいろいろな話が出て紛糾した。
そんな中、僕は以前から思っていた事を話すことにした。
「現在、世界的な災害によって食料が不足気味です。恐らく少なくとも二・三年はその傾向が続くと思われます。そこで私の考えではありますが、五年間アルンカス王国の余剰食糧をフソウ連合に譲る事でその代金としてはどうでしょうか?」
まさか、そんな提案がされるとは思ってもみなかったのだろう。
誰もが驚いた顔をしている。
それはそうだろう。
国内でも食料は余り気味であり、その余剰分を軍部が備蓄として買い取っている有り様だからだ。
さすがに見かねたのか、カオクフ地区責任者の新田慶介氏が質問する。
「国内でも食糧が余り気味なのに、なぜ他国の余剰食糧を欲しているのかね?それにそれでは価格が釣り合わないのではないか?」
「確かに価格は釣り合わないでしょう。間違いなく、こちらが損をするでしょう。ですが、先ほど言いましたが、世界的な災害による食糧不足はほぼ間違いありません。その結果、近々世界的な規模で食糧の価格の高騰を引き起こすでしょう」
「なるほど。その時に一気に売って利益を得るという事だな」
したり顔で頷いてそういうシュウホン地区責任者に僕は笑って否定する。
「いいえ。売りません。要請があれば条件はつけますが、基本的に仕入れ値、或いは無償に近い価格で提供するつもりです。また、申し出があれば、同盟や条約を結んでいなくても出来るかぎり対応したいと思っています」
その言葉に新田氏が聞き返す。
「つまり、儲けるためではないと?」
「ええ」
「なら、何を得る為にそんなことをするのかね?」
「世界中の人々に対してフソウ連合と言う国の知名度を上げ、恩を売るためです」
シュウホン地区責任者が少し怒り気味で聞いてくる。
「それが我が国のためになると思っているのか?損するばかりではないかっ」
「短期的にみれば損をしたと思うかもしれません。しかし、厳しい時に高い金額を吹っかけて恨まれるよりは、安く提供する事で恩を売った方が良くありませんか?」
基本、僕は恩は買うものではなく、売るものだと思っている。
それが利益にならないとしても、買うよりは売る方が気が楽だしね。
僕の言葉に考えさせられたのだろう。
誰もが黙り込む。
それは仕方ない事なのかもしれない。
フソウ連合は今まで鎖国だった事もあり、全てを自分達だけで回してきた。
その為、海外の国の為にという思考に行き着きにくいのかもしれない。
また、この世界には、国際的な組織や機構は存在しない。
あくまでも同盟を中心とした援助のみだ。
だが、その同盟相手も大変だったらどうする?
今回の時のような世界的災害に対しては、そんな枠組みを取っ払って動ける組織が必要ではないかと思っている。
そして、今回の提供がそのきっかけになればとも……。
「確かに、その方が良いのかもしれん……。目先の利益ばかりを追い求めてもどうしようもないのは事実だからな」
そう呟く様に言ったのは、議長の角間氏だ。
「ふむ……。確かにその通りですな。商人で言う初期投資みたいなものですな」
「ああ。なるほど……。その例えは分かりやすいですな」
「確かに知名度が上がれば、貿易も潤うと言うことですか。ふむふむ」
どうやら納得したようで、誰もが頷いている。
「では、鍋島長官の提示した方法で、艦艇を提供と言う事でよろしいでしょうか?」
「「「異議なし」」」
こうして、本会議は無事終了した。
さて、これでゆっくりマシナガ本島に戻れる……とは行かないのが辛いところで、この後、イタオウ地区に向わなければならない。
角間氏や新田氏の誘いを丁寧に断って、僕と東郷大尉は、港で待っている二式大艇に急いで戻るのだった。




