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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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迷い……

一週間ぶりに最高議会『国民の家』に登城したプリチャフルニア・ストランドフ・リターデンを待っていたのは満面の笑みを浮かべた連邦の最高指導者であるイヴァン・ラッドント・クラーキンだった。

部屋に入るなり、プリチャフルニアに走りよると抱きつく。

「お帰り、同士プリチャフルニアよ。待っていたぞ」

その抱擁を驚いた顔で受け止めたプリチャフルニアであったが、すぐに室内の変化に気が付いた。

室内にいるメンバーの顔ぶれが半数近く違うのである。

そして活気がなかく、ほぼ全員が死んだ目をしており、まるで葬式のようだった。

「あ、ありがとうございます、イヴァン様。しかし……これは……」

思わずそう言うプリチャフルニア。

思わずそう聞いてしまうほど一週間前とは雰囲気が異質だった。

だが、イヴァンはいつもと変わらない口調で話す。

「なに、使えないやつを更迭したのよ。同士プリチャフルニアが戻ってくる事をこれほど待ち遠しかった事はなかったぞ。さぁさぁ、来てくれ」

「こ、更迭したんですか?」

「ああ。さすがに同士プリチャフルニアに言われた事を自分なりに考えてみてな。死刑は不味いと思ったのだ。使えないとはいえ、人材は宝だと言うからな。だから、簡単に死刑にするのはやめたのだ。だから、代わりに更迭したのだよ。ふふふふっ」

楽しそうにイヴァンは笑う。

その様子は、子供がまるで上手くやったからほめてくれと言わんばかりの態度だ。

ここで褒めれ良いのだろうが、プリチャフルニアはそれ以上に気になることがあった。

だからそれを聞く。

「更迭先と言うのは……まさか……」

「もちろん、ロスキュに決まっているだろう。あの施設に送った。あそこはいつも人手が足りないからな。まぁ、しばらくあそこで働けば気も変わって心を入れ替えるだろう。そうすればこっちに呼び戻してもいいしな」

さらりとロスキュの名前が出た瞬間、プリチャフルニアは唖然とするしかなかった。

ロスキュ。

最も最北にある自然環境の厳しい地域の名前で、旧帝国時代から更迭された者たちの多くがここに送られた。

ここに送られたものは、日々のわずかな食事を与えられたのみで、一日のほとんどをこの地に眠る地下資源の採掘に従事される。

夏でも寒く、冬は極寒の地獄と化す。

ロスキュに送ることは生き別れを意味するとまで言われるほどだ。

実際、この地に送られて、一年以上生きていた者は数えるほどしかおらず、ほとんどが半年保てばいいほうで、気の弱い人だとロスキュ送りと聞いて自殺する者までいるほどの場所。

それほどの地に、この国を作るために一緒に戦った仲間と言うべき幹部達を送ったというのか……。

その中には、プリチャフルニアの信頼厚い部下や友人もいた。

もちろん、イヴァンに忠誠を誓う、まさに臣として立派な者達も……。

なのに……。

この人は……。

プリチャフルニアの背筋に冷たい汗が流れ、ゾッと寒気が走る。

背筋が凍るとはこのことなのだろう。

その感覚は、イヴァンにナンバー2の地位に付かないかと言われた時に感じたものだ。

あの時は、別にナンバー2にならなくても、この人の為、祖国の為に尽くそうと考えていたから丁寧に断った。

だから、信頼され、今の地位に着いたと言う経過がある。

あの時に感じたイヴァンの狂気。

忘れようとしていたそれを再度認識してしまった。

そして、今でこそ自分はこうして優遇されているものの、明日は彼らのようになるのではないか。

そんな不安が少しずつ広がり始め、心を蝕んでいく。

「そ、そうですか……」

「ああ。私もちゃんと考えていのだぞ。はははは……」

イヴァンは楽しそうに笑い、プリチャフルニアもそれにあわせて笑う。

不安に蝕まれた思考では、それ以外にどうすければいいのか何も思い付かなくなってしまっていた為だ。

そして、そんな二人の様子を見て、国家治安政務代行機関の長ティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカは心の中でニタリと笑う。

心に楔を打ち込んだと確信して……。



最高議会が終了し、もう陽が沈み始める時間帯。

ここは、ソルシャーム社会主義共和国連邦、新首都ソルーラムにある一軒の喫茶店だ。

その喫茶店の一番奥の席で二人の男が深刻そうな顔で話している。

二人とも身元がわかりにくいような服装をしているが、その雰囲気は周りの人々に比べると浮いていた。

もっとも、本人達はそれに気付いていないようだったが……。

「良くやってくれた」

片方の男、国家治安政務代行機関の長ティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカがそう言うと、複雑そうな表情でミハイル・ファントカート・ホロブリトは呟く様に言った。

「本当に、これで良かったのか?」

その声には迷いと不安があった。

「ああ。良かったんだよ。このままではこの国はあっという間に崩壊してしまう。だからこそだ」

「だからと言って、友を貶めるような事は……」

「今更、何を言っているのかね?時間はもう戻らない。それに君も言ったではないか。このままではこの国は崩壊すると」

その言葉に、ミハイルは頷く。

「ああ。言ったさ。だがな、私はアイツを励ましたかったんだ。不安にさせたかったわけじゃない」

そのミハイルの言葉にニタリと笑ってティムールは言い返す。

「だが、そうなってしまったのは君の言葉でだ。私の言葉ではない」

「確かにそうだ。ただ、私としてはこの国の為にアイツに立ち上がってもらいたかっただけなんだ。なのに……」

「まぁ、落ち着け。確かに今は不安なのだろう。だが、プリチャフルニアならきっと分かってくれるはずだ」

「そうだろうか……」

「もちろんだとも。鋼のように目標を決めたら、彼はまっすぐな男じゃないか。今は、まだ先が揺らいでいて、その反動で不安になっているだけだ。だから、大丈夫だ」

ティムールがそう言うとテーブルに小さな黒い鞄を置いた。

それに視線を送り、ミハイルは怪訝そうな顔をする。

そして、その表情を見つつティムールは無感情に答えた。

「今回の事の報酬だ」

「報酬?!」

「そう。報酬だ」

その瞬間、ミハイルの顔が真っ赤になった。

眉が釣りあがり、怒気が全てを支配するような表情で、口を開く。

「私は、金が欲しくてやったわけではない。私は、国の為、アイツの為にと思って動いたんだ。それを……」

怒りの炎が燃え上がっているのだろう。

身体がゆらりと揺らめき、こぶしを強く握り締めブルブルと振るえている。

だが、それでもティムールは涼しい顔だった。

それどころか、ミハイルを窘めるかのような口調で答える。

「分かっている。それは分かっている。だがね、これは行動を起してくれた君に対しての謝礼のつもりなんだ」

その言葉と涼しげな表情でそう言い切るティムールに向けてミハイルは一瞬殺気を立ち昇らせたが、周りの人の気配を感じてそれをすぐ必死になって抑える。

「そんなつもりはない。だから、謝礼でもそれは辞退する」

なんとか縛りだすようにそう言うとミハイルは立ち上がった。

「まもなく時間なので失礼する。鉄道が駄目な以上、戻るだけでも時間がかかるからな」

まだ怒りが完全に収まっていないのだろう。

続けたミハイルの言葉の節々には怒気がまだ篭っている。

それでもなんとかそう言うと、相手の言葉も待たずに立ち去っていった。

その後姿を見付めつつ、無表情だったティムールの口角が釣りあがる。

笑っているのだ。

そして、笑いつつ呟いた。

「お役目ご苦労さん」と……。



次の日の朝、新首都ソルーラムに悲報が届いた。

南部地区を統括するミハイル・ファントカート・ホロブリトの死である。

首都で本部地区の報告を終わらせた後、戻る際に彼の乗った車両が事故で崖の下に転落、その時の事故で首の骨を折って即死だったという。

その報告にプリチャフルニアは戦慄し、恐怖した。

本当に事故なのだろうかと……。

或いは……。

疑心暗鬼に駆られ、そしてますますプリチャフルニアの心の中の不安と迷いは大きくなり、彼の思考を蝕んでいったのである。

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