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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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訪問

一週間の謹慎を命じられ、プリチャフルニアは自宅に戻った。

もっとも自宅と言っても首都占領の際に割り当てられた建物であったが、元々貴族が使っていたものなのだろう。

幾つもの広々とした部屋で構成される建物は、独り身のプリチャフルニアにとっては広すぎた。

一応、建物の周りには警備の兵がいるし、建物の中には執事が一人と女中が二人いたりする。

しかし、プリチャフルニアは部下を使うのに慣れてはいても、使用人を使うのには慣れていなかった。

その為、結局は執事に建物の事は全て任せてしまっている。

執事や女中達は優秀だったようで何も問題はない。

だから問題があるとすればプリチャフルニアの方で、あまりにも居心地の悪いこの建物の中で自室にしか自分の居場所は無いような感じさえしてしまっている。

だが、謹慎を言いつけられた以上、あまりにも生真面目な彼に外出などできるはずもなく、彼は自室に閉じこもり気味となっていた。

そんな中、彼を心配した友人や知り合いが何人も駆けつける。

その中には、彼のおかげでイヴァンから酷い仕打ちを受ける事を回避出来た者も少なくなかった。

彼らにとって、プリチャフルニアは恩人であり、今の連邦の最後の良心だという認識である為だ。

また、普段は政務に忙しく、こういった感じでゆっくりと話す機会もなかったので、彼らは口々にプリチャフルニアを励まし、何かあれば力になると言って帰っていった。

その言葉にプリチャフルニアは感謝し、より国民の為、連邦の為に政務に励む事を誓うのである。

そしてその日も一人の友人がプリチャフルニアを尋ねて訪問していた。

「よう……」

玄関で出迎えた相手はそう言ってにこやかに笑うと右手に持っていたウォッカの瓶を軽く掲げた。

ミハイル・ファントカート・ホロブリト。

プリチャフルニアの同期と呼べる人物であり、今や彼の有能な部下の一人であった。

現在は南部地区の統括をしており、確か報告の為にしばらく首都に滞在していたはずだ。

「相変わらずだな」

そう言いつつ、その相変わらずの人懐っこい笑顔に苦笑を浮かべプリチャフルニアは彼を向い入れる。

「ああ、相変わらずだ、こっちは……。もっとも、お前さんはやらかしたみたいだがな」

その言葉にプリチャフルニアは困ったような顔をする。

「やらかしたというか……」

「なに、何があったかは聞いてるよ」

「そうか……」

恐らく話を聞き、仕事の合間をぬって気になって来てくれたのだろう。

その思いに嬉しくなる。

だから、自然と感謝の言葉がプリチャフルニアの口から漏れた。

「すまん。ありがとう」

「何々、気にするな。俺だってあんたに助けられた事もあるんだから、お互い様だ」

「そう言ってくれると助かるよ」

「それはそうと……」

ミハイルはニタリと笑って言葉を続ける。

「どうせなら、こいつを引っ掛けながら話でもしようぜ。ここじゃ、周りが気になってどうしてもな……」

そう言うと回りをわざとらしく見回す。

「おいおい。別に疚しい話はするつもりはないぞ」

わざとらしくプリチャフルニアがそう言うとミハイルは意地悪そうな顔をして言い返す。

「そうかぁ?まだ這いずり回っていたころの話なんてあまり他人に聞かせない方が良いと思うんだがな。なんせ……」

「わかった。わかった。部屋に行こう」

プリチャフルニアは慌ててそう言うと自室に連れて行こうとする。

「俺は別に構わんが……」

「馬鹿野郎。こっちが構うんだよ。一応、地位とか立場と言うものがあってだな……」

そう言いかけて二人は同時に笑い出す。

「ほんと、めんどくさくなっちまったな」

「ああ。本当だ」

笑いつつそう言うと、二人はプリチャフルニアの自室へと向ったのだった。



「そうか……。もうそんなにか……」

ミハイルの話に、プリチャフルニアは眉間に皺を寄せて唸る。

南部の状況を聞いた後の反応だった。

「ああ、餓死者がでるほどではないが……。元々食料が不足気味で他の地区に頼っていた部分が大きい上に、他の地区から難民が入り込んで人口が増えているからな。その上、農家の離反で結構な農地が手入れもされないまま荒れた土地と成り果ててしまっているところも多いんだ。一応、兵を回してなんとかやっているが、所詮は兵士だ。農民じゃないからどうしてもな……。そして、その上に、今の異常気象だ」

その言葉にますますプリチャフルニアの眉間の皺が深くなった。

「それほどか……」

「ああ。ひどいもんだ。聞いた話じゃ、世界的な異常気象らしいじゃないか」

「そうだ。特にアリットスタ大陸とイルデンシナ諸島あたりはすごいらしい。飛蝗によって何もかも食い尽くされているという話だ」

ゲンナリとした表情でウォッカを流し込みつつミハイルが呟く様に言う。

「敵とはいえ王国の連中に同情するよ」

「ああ。あれが出たら一回じゃ収まらないからな」

二人はそのまま黙り込み、グラスを傾ける。

そして、苦笑してミハイルは呟く。

「まだ同情できる分、俺達は余裕があるのかもな」

その言葉に、プリチャフルニアも苦笑してみせる。

「そうとも言えるな」

だが、すぐにミハイルの表情が厳しくなった。

「だが、中央からの要請が段々と厳しくなっている。このままなら……」

そしてずいっと顔を近づけた。

その表情は真剣だ。

「プリチャフルニア、なんとかならないか……」

そう言われてしまい、困ったような表情をするプリチャフルニア。

出来る限りの事はやっているつもりだ。

そして、その結果が、今の一週間の謹慎なのだ。

「やっているつもりだよ……」

なんとかそう言い返すことしか出来ない。

その言葉に、ミハイルはじっとプリチャフルニアを見つめる。

その表情は硬く、鋭かった。

まるで彼の本心を覗き込むかのように……。

だが、すぐにミハイルは表情を和らげ苦笑する。

「ふんっ。お前は相変わらずだな。少しも昔と変わらない……」

「そうか?」

「そうだ。愚直なまでにな」

「褒められているように聞こえんな」

怪訝そうに聞き返すプリチャフルニアに、ミハイルは少し呆れかえった顔をして言い返す。

「褒めてないからな」

「そりゃ……どういう……」

「まんまだよ。お前さんが、国民の為、政府の為に頑張っているのは認める。だがな、よく考えてみろ。お前さん、実は状況に流されているだけで、結局はあの人に良いように使われているだけじゃないのか?」

誰とは言わないが、良いように使っている人物の名はプリチャフルニアにもわかった。

ミハイルは言いたいのだ。

国民の為、政府の為と言いながら、ただ、イヴァン・ラッドント・クラーキンに良いように使われているだけなのではないかと。

普段ならすぐに反論し、注意しただろう。

そんな事を言えば反逆罪に問われるぞと……。

だが、プリチャフルニアは一瞬だが躊躇する。

それは、自分自身、そう思うことがないわけではないことの表れでもあった。

そして、今回の謹慎で思うところもあったのだろう。

だが、それでも何とか否定の言葉を口にする。

「い、いや。そんな事はない……」

しかし、その態度から全てを察したミハイルは短く返事を返す。

「そうか……」

「ああ。そうだ……」

プリチャフルニアの言葉にはそう自分に言い聞かせるかのようにミハイルには聞こえていた。

だから自然と言葉が口から出た。

「すまん……。いやな事を聞いたな」

ミハイルはそう言うと頭を下げる。

「いや、いいんだ」

プリチャフルニアはそう答えて笑ったものの、その笑顔は普段に比べれば、あまりにも不自然なものであった。

そして二人は話題を変える。

それはまるでこれ以上触ると爆発してしまいそうな危うさを感じた為であった。



そして、プリチャフルニアが謹慎してから三日後。

新連邦暦元年七月二十三日(フソウ連合暦 平幸二十四年七月二十三日)

東部地区三大運輸港の一角を担うリセドンカが、公国のビスマルクを主力とする艦隊に襲撃された。

港には、海賊対策として以前から旧帝国海軍の東方艦隊の一部である戦艦一隻、装甲巡洋艦三隻が駐在しており、その戦力はそのまま国民義勇軍のものとなっていたため公国艦隊に対抗したものの、数も質も違いすぎる相手に真っ向から戦って歯が立つはずもなく、ほとんど被害を与えぬまま四隻は海の藻屑と化した。

そんな中、敵の艦隊に唯一損害を与えたのは水雷艇であった。

六隻の水雷艇の一斉攻撃で、敵艦隊の装甲巡洋艦一隻を撃沈したのである。

だが、その水雷艇もそのあとの集中砲火で全滅し、結局は港の施設はほぼ壊滅状態となり、停泊していた船舶にも大きな被害を出す結果となってしまっていた。

東方地区は、旧帝国において穀倉地帯である。

ここで生産される食料の多くは他の地区へと輸送され消費されていく。

この地区の食料が旧帝国の胃袋を支えていたといっていいだろう。

しかし、他の地区に物を運ぶのは簡単なことではなかった。

東部地区と中央区を結ぶ辺りは山岳地帯となっており、鉄道でなければ陸路では大量の食料を運べない。

そして、現在、鉄道は内戦によりズタズタになって復旧のメドさえも立たない有り様であった。

その為、どうしても食糧の輸送は海運がメインとなってしまう。

そのメインの港の一つを失ったのだ。

連邦の血液たる運輸機能は確実に目に見えるほど低下し、少しずつだがその被害は拡大していく。

そして、重い税と食料不足による値段の高騰。

その結果、連邦の国民は飢え始めてようとしていた。

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