アルンカス王国海軍設立への道 その1
昼近くになり、本当ならもう終わってもおかしくない時間帯だが、その日のアルンカス王国の朝議は一つの提案で止まってしまっていた。
『アルンカス王国海軍の設立』
それが朝議を停滞させている提案であった。
提案者は、王国特別軍事顧問の木下喜一である。
彼は、公国の港と船舶への無差別な攻撃に危機感を感じ、今回の提案を行ったのであった。
「しかし、わが国に本当に海軍が必要でしょうか?」
そう言ってきたのはアルンカス王国の財政を握る人物である。
彼にしてみれば、海軍設立は無駄に金を使うだけと言う認識のようだった。
「そうですぞ。フソウ連合海軍の駐在艦隊、それにイムサの本拠地があるおかげでそこに所属する艦艇が行き来しており、それらだけでもかなりの戦力となります。それで十分ではありませんか?」
また別の大臣からも反対意見が出た。
しかし、その意見を聞きつつも、木下喜一は提案を引き上げようとは思わなかった。
上手くいくとは思っていなかったし、反対者を最初から説得させるつもりであったからだ。
だから彼は立ち上がると全員を見回して口を開く。
「反対される方の意見もごもっともです。確かにフソウ連合の派遣艦隊、イムサの戦力はかなりのものです。しかし、それでも私は王国海軍設立を希望したい。そうしなければならないと思っています」
その言葉に皆真剣な表情で考え込み黙っている。
そんな中、宰相であるバチャラが少し楽しそうに問いかける。
「そうしなければならない理由の説明をお願いしてもいいですかな、木下殿」
バチャラにとって、いやアルンカス王国の人々にとって木下喜一はアルンカス王国に改革をもたらす者であった。
王国特別軍事顧問。
それはチッャマーニ姫の希望で木下喜一をアルンカス王国に引き止めておくために用意されたあくまで飾りの役職である。
だから、実質、彼に権力はほとんどない。
そのため仕事はあってないようなものである。
だが、彼は積極的に動き、いろんな事に対して働きかけてきた。
最初こそ、余計な事をと感じていた者がほとんどであったが、フソウ連合からの出向という事もあり、彼を軽視する事はできない。
だから一応、意見や提案を聞き入れ議論する。
すると彼の意見や提案の的確さが認識されていく事になり、いつしか彼は王国のアドバイザー的役割を得るようになっていたのである。
また、軍事顧問と言うが彼の知識の広さのおかげだろうか、対応出来る範囲はかなり広い。
軍事だけではなく、経済、情報、流通、衛生、などなどあらゆる方面で彼のアドバイスは、間違いなくアルンカス王国の国としてのレベルを底上げするものばかりであった。
そして、そのアドバイスを取り入れることで、アルンカス王国は確実に力をつけてきたといっていいだろう。
確かに六強と呼ばれる列強国には劣るものの、それでも経済や産業に関しては馬鹿に出来ない存在に成長しつつあった。
そして、それらの事によって木下喜一を所詮は異国人であり同胞ではないと心の底で思っていた者達も、今では彼を『異国人ではあるが我々の同胞であり兄弟である』という認識へと書き換えてしまっているほどだ。
だからこそ、フソウ連合と言う強国から出向しているとはいえ、たかがお飾りの一役職の提案でここまで朝議が停滞することになったのである。
「そうですね。最大の理由は、アルンカス王国がアルンカス王国であるためにといったところですか……」
曖昧な言葉に、バチャラはニタリと笑い、周りの者達は首を傾げる。
「より詳しくお願いしてよろしいですかな?」
そう聞かれ、木下喜一は周りを見渡しつつ説明を始める。
「アルンカス王国は、まだまだ発展する余地の高い国でありこれからより豊かになっていくでしょう。しかし、豊かになれば、それに相応するようにしてそれを危険視する者達も出できますし、その富を狙って動く者達も出て来ます。いくら六強の王国や共和国が独立の後ろ盾になってくれたとはいえ、遠い異国の地です。そして、フソウ連合も近いとはいえ、何かあった場合、すぐに駆けつけれる距離ではありません」
「そのためのフソウ連合の派遣艦隊ではないのかね?」
「ええ。その通りです。しかし、その戦力は外洋での戦いを中心とした戦力であり、あくまでも抑止力でしかありません。それにあの艦隊が守るのはアルンカス王国なのです」
何を当たり前の事を……。
周りの者達はそういった顔をしていたが、木下喜一は彼らに微笑み言葉を続けた。
「今回、連邦に対して公国が行った作戦を皆さんもご存知だと思います……」
「ああ。あの港や船舶の徹底した破壊を目的とした作戦の事だろう」
「あれは何を考えているのか良く分からん」
「確かに流通を締め上げていく利点は分かるし有効な策であることも理解出来る。しかしあそこまでする必要があったのかと思うがね……」
口々に出される色んな意見を聞き、木下喜一は頷いたり傾聴したりしていたが、ある程度静かになると口を開いた。
「皆さんの意見はそれぞれ違いはあるでしょうが、だがひとつだけ共通していることがあります。それは、ああいった攻撃が有効だと言う事です。流通は、国の血と言っても反論される方はおられないでしょう。だからこそ流通によって食料を初めとする物資が滞り、大打撃を受けないようにする必要があります。そして、それを実施するにはフソウ連合の派遣艦隊だけでは数が足りませんし、そうなると国を守れなくなってしまう可能性があります。それならイムサを頼ればと思われるかもしれません。確かにイムサは流通を守る為に作られた組織で出資及び協力国の航路を守るでしょう。しかし、それは航路を守るだけであり、特定の港を守る為の組織ではないのです。また、これは予想ではありますが、もしかしたらフソウ連合の都合で協力が出来ない場合もありうるのではないかと自分は考えています」
フソウ連合の人間から本国批判じみた言葉が出たことでざわつき、誰かが呟く様に言う。
「フソウ連合を信頼できないと?」
「そうは言いません。鍋島長官は恩に厚い人ですし、フソウ連合の国の方針からもそんな事はあり得ないと思います。しかし、連邦のように艦隊が対処できず、今回のように襲撃されたらどうしますか?それに前回の海賊襲撃の事を思い出していただきたい。あの時は、フソウ連合の派遣艦隊の奮戦でギリギリなんとかなりました。しかし、裏を返せばいつもなんとかなるという保証はどこにもないのです。だからこそ、もしもの事を考えて準備する必要があるのです。それに…」
そこで一旦間をおき、全員を見回して木下喜一は言葉を続けた。
「自国の防衛を全て他国に任せる国が果たして独立国と言えるのでしょうか……」
静まり返る中、反対していた財務の関係者が口を開く。
「確かに、貴殿のいう事は正論であり、事実この国の将来を考えれば素晴らしいだろう。だが、それをフソウ連合は認めると思うかね?それと財源はどうするつもりかね。かなりの金額が必要となるのは現時点でもわかるだろう?だから、その点を確認したいのだよ」
その問いに、木下喜一は頷くと答える。
「確かにおっしゃるとおりです。ですから順に説明していきます。まず、財源ですが、こちらは今のままのアルンカス王国の成長を考えればなんとかなるのではありませんか?」
「確かに。今の調子がある程度続くのであれば、問題ないだろう。しかし、それは保証できる事ではあるまい?」
「そうですね。成長の分を考えない場合や一気に全ての艦艇を揃えたりするのは難しいと思います。ですから、人員育成の部分に力を入れつつ最初はフソウ連合海軍の余剰艦のリースや譲渡を考えています。そして徐々に購入した艦艇と入れ替えていき編成をしていけば問題なくいけると思います」
「ふむ。短期ではなく、長期に見ていくと言う事か」
「その通りです。そうすれば財源への過度な圧迫にはならないですし、今再編中の陸軍へのしわ寄せも少ないと思います」
「なるほどな。では、もう一つの点はどうするかね?フソウ連合が望まなければ、譲渡やリースも無理な訳だが……」
「その点は心配ございません」
「ほう……なぜだね?」
「フソウ連合は間違いなく歓迎して受け入れると思うからです」
「もし受け入れなければ?」
「まず、そんなことはあり得ないと思いますが、その場合は、私の一命にかけても認めさせます」
その決心に、誰もが息を飲み込む。
彼の言葉と態度で木下喜一が本気であると感じた為だ。
そして、静まり返った中、それを破るかのように一人の人物が拍手を始めた。
質問をしていた財務関係者である。
それと同時に朝議に参加していたチャッマニー姫も拍手をする。
以前、彼女は朝議に参加する事はほとんどなかった。
幼い彼女に政治はまだ早い。
そう判断した宰相のバチャラが参加を強要しなかった為だ。
その結果、姫は蚊帳の外となり、宰相のバチャラが中心となり国を動かしていたのである。
それは見る者が見たら王を排除し、国を好きなようにしている様に写るかもしれない。
しかし、その行動はバチャラなりの姫の為を思っての行動であった。
どろどろとした政治の世界に幼い姫を巻き込みたくないと……。
だが、姫は変わった。
木下喜一と出会い、国が独立を得てからというもの、姫は朝議に参加するのが当たり前となっていた。
別に木下喜一と会いたいという訳ではない。
まぁ、全く無いとは言えないのかもしれないが、午後からのキーチとマムアン、そしてプリチャの三人によるお茶会は毎日実施されている。
つまり、わざわざ人の多いところで姫の仮面をかぶってまで会うという必要性はあまり意味がないのである。
また、今や彼女はただの国の象徴と言うだけではなくまさに国の指導者として少しずつ成長しつつあった。
彼女は木下喜一の残留という個人的なわがままを言った以降、自分の感情より国を優先させるようになっており、好意だけで物事を極力判断しないようにあえてしている様子が常にうかがえた。
そんな彼女が拍手をしている。
つまり、好意とは別に、国の為の提案として賛成という事を示したと言う事であり、ほとんど間をおかず宰相のバチャラも拍手を始めた。
それに遅れて他の者達も手を叩き始める。
その拍手の輪は広がっていき、その場にいたもののほとんどが拍手をしている。
確かに一部、釣られたものはいるだろう。
しかし、そのほとんどは自分で判断したのだ。
その証拠に、反対意見に頷いていた者達や疑問を口にした大臣も納得した表情で頷きつつ手を叩いている。
「あ、ありがとうございます……」
その皆の対応に驚きつつも、笑顔で頭を下げる木下喜一の謙虚な態度に、アルンカス王国での彼の好感度はますます上がっていくのであった。
そして、この朝議で、フソウ連合に対して木下喜一を代表とする交渉団でアルンカス王国海軍の設立と協力を交渉する事が採決され、どうせならと以前から提案されていたチャッマニー姫のフソウ連合訪問を同時に行なう事が決定した。
チャッマニー姫の訪問に対しては、世界各国に両国の絆の強さを示す事が主な理由だが、フソウ連合と言う国を直に見る機会を得るため、それと今回の交渉を少しでも有利にする為といった事も含まれる。
だが、表向きの理由は色々あるものの、結局今回の訪問は、しっかりと責任を持って王族の使命を果たそうとするチャッマニー姫に対して、バチャラを初めとする重臣達が治安の良い異国での休暇という贈り物の意味合いが強いという事はアルンカス王国内では公然の秘密であった。




