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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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『陽はまたのぼる(Солнце снова встает) 』 その1

ゆっくりと横付けされていた艦艇が離れようとしている。

それを艦橋から見つつ明石はほっとした表情になった。

それはそうかもしれない。

フソウ連合以外の、それも全く知らない戦艦の修理補修を命じられたのだから。

艦の基本から始まり、各部の状況確認。

それに応急修理されている部位の状況。

それらの把握から始まり、その後は大規模な修理補修。

それもかなり冷え冷えとするこの北の地でである。

作業員の肉体的にも精神的にもその負担はかなりのものだろう。

細かな問題は起こったものの、しかし事故を起すことなく無事完了した。

この地に来てから実に二ヶ月が過ぎている。

これが終わったら、一週間の休暇が貰えるらしいから、のんびり過ごしてほしいものだ。

そう言えば、帰国したら結婚するやつもいたな。

ご祝儀を用意しておくか……。

ぼんやりそんな事を考えていると後ろから声をかけられる。

「こちらにおいででしたか」

副長の小森少尉がボードを持って立っていた。

「ああ、すまないな。事務手続きを任せてしまって」

「いえ。かまいません」

そう言って持っているボードを明石に手渡す。

ボードを受け取ると内容にざっと目を通しながら明石が口を開いた。

「どうだった、向こうさんの様子は……」

「驚いてましたよ。こんな短期間の内にと……」

その言葉に明石はニタリと笑う。

それはそうだろう。

フソウ連合の工作艦明石、三原、それに桃取の三隻は、フソウ連合でも指折りの作業員が集まっているのだから。

そして、連日の激務により彼らの腕は日々より磨かれている。

恐らくだが、彼らを凌ぐ作業員は早々いないだろう。

一緒に作業を行なった公国のトップレベルの作業員が唖然としてしまったという話も聞いているし、遠まわしにリクルートを進めてくる輩さえいたほどだ。

だが、どんなに金を詰まれても、彼らは揺るがなかった。

祖国を、友を、肉親を愛し、自分の技術と仕事に誇りを持っている。

そんな連中ばかりだからだ。

「ふう……。いい部下を持ったよ、本当に……」

目を通したボードを小森少尉に返しつつ明石が笑って言う。

「い、いきなりどうしたんですか?」

少し驚いたような顔で小森少尉が聞き返す。

「何、少し今までの事を思い出してな」

「そうでしたか。そう思っていただけるのならば、部下冥利に尽きます」

そう言って小森少尉がカラカラと笑う。

その笑いはすごく気持ちのいい笑いだった。

「そうだ。確か落ち着いたら飲みに行く約束だったな」

「ああ。そうでした。いい居酒屋を見付けたとか……」

「そうだ。良い酒と美味い料理。きっと驚くぞ」

「それは良いですなぁ……」

「よし。帰国して最初の私的任務はそれにするか」

「おっ。良いですな。こりゃ、楽しみが増えましたよ」

「そうかそうか」

二人で帰国した後のことを話しつつ、遠ざかっていく公国の戦艦ビスマルクとグナイゼナウを見送る。

そして、甲板では手の空いた作業員達が帽子を振って別れを惜しんでいた。

こうして秘密理に北の地に派遣されていたフソウ連合の支援艦隊は、任務を終了し帰途に着いたのであった。



「無事に終わったみたいだね」

支援艦隊が任務を完了し、帰途に着いたという報告を聞き、鍋島長官は少しほっとしたような表情になった。

護衛の水雷戦隊と警戒のための部隊が一緒とはいえ、敵地と言ってもおかしくない場所に派遣したのだ。

やはり気になっていたのだろう。

その様子に新見中将は苦笑する。

「彼らは戻り次第、一週間の休暇と特別任務の給与を与える予定となっております」

「そうか。それは良かった。それで、指示はきちんと実行されたかな?」

その言葉に、新見中将の隣のソファに座っている川見大佐が答える。

「はっ。指示のとおり、両艦に装備されていた電探の無効化と取り外し、それに図面などのコピーを入手しております」

「それに連中は気づいていないのかな?」

「恐らく気がついていないでしょう。なんせ使われた形跡もない上に、ビスマルクのものは王国との戦いで主砲の一斉掃射でぶっ壊れたまんまだったらしいですから」

「そうか。それならいい。下手な問題にならないならね」

鍋島長官は苦笑しつつそう言うと、今度は山本大将がニタリと笑って言う。

「しかし、長官も腹黒くなられましたな」

その言葉にすごく心外そうな表情を浮かべて鍋島長官は反論する。

「何を言う。そんな事を言うほうがよほど腹黒だぞ」

「いえいえ。私は思った事を言ったまでです」

「よく言うな。最初はもう少し腹黒になられてもと言っていただろう」

「確かに言いましたが、それはそれ。これはこれです」

その二人の掛け合いを苦笑して見ていた新見中将だが、「まぁまぁ」と言って割って入る。

「その長官の指示のおかげで、我々は新しい技術と敵となる恐れのある相手の脅威を削れたんだから良しとすべきじゃないか?」

「まぁ、そうだな。その点は間違いない」

山本大将はそう言って笑う。

彼としては、世界は綺麗ごとだけでは回らないという事を鍋島長官は理解し実践している事に嬉しくなってしまったのだ。

だからこそ、ついついからかいたくなってしまったのだろう。

その点は、新見中将も、川見大佐も、そして鍋島長官自身もわかっている。

だからこそ、後腐れがないのだ。

「さて、山本大将も納得したようなので……」

笑いつつそう言った後、表情を引き締めて鍋島長官は言葉を続けた。

「今後の公国の動きに関しての各自の意見を聞きたいと思うが、どう動くと思う?」

その鍋島長官の言葉にすぐに答えたのは山本大将だ。

「資料の数字からだと正面から戦うにはかなり難しい上に、互いににらみ合っている地域は要塞化して突破は早々できるものじゃない。だから、時間をかけた戦いになるんじゃないかと思っている。まぁ持久戦だな。帝国や公国のように外からの援助がない上に、戦い続きで経済も農業もガタガタで連邦内はかなり厳しいという話だしな」

「ふむ。その意見に賛成ですな」

そう言ったのは新見中将だ。

「連邦の主義は、平等と言う名の不平等を生み出し続けていますから、それに民衆はいつまで耐えられるかで決まってくるでしょう。だから、公国としても軍をあえて動かさず、見せ付けることで圧力をかけ続けていく方法をしていくと予想されます」

しんし、その意見に川見大佐が反論する。

「しかし、時間が経てば、確かに連邦は疲弊していくでしょう。ですが、反対に弱っていた帝国は力を盛り返していく事になり、その点は公国にとってマイナスになりかねません。また、両国はかなり敵対していますから、それ故にまず同盟といった事はありえません。そして、公国は虎の子の戦艦の修理が終わり、艦隊戦力が整いつつあります。帝国にも対抗する戦力があるとはいえ、二隻の戦艦の復帰は、帝国にとってかなり脅威です。だが、それを持ってしても二方面の戦いは厳しいでしょう。ですから、連邦国内がゴタゴタの内に公国はまずは帝国の脅威を取り除き、その戦力を取り込むのを優先させるのではないかと思っています」

諜報部であり、情報を一番先に知りえるがゆえにその結論に至ったのだろう。

その意見には説得力があった。

「そんなに、帝国と公国は敵対しているのかい?」

鍋島長官がそう聞き返すと川見大佐は大きく頷いた。

「報告書で互いに嫌悪しているとは聞いていたがそこまでとは……」

新見中将が呟く様に言葉を漏らす。

「確かにそんな関係なら、もし運よく同盟を結んだとしてもおいそれと後方をがら空きには出来ませんな」

山本大将も苦笑してそう呟く。

しばしの沈黙が続き、それぞれ思考をめぐらせる中、鍋島長官が考え込んだまま呟く。

「だが、それを連邦が見過ごすだろうか……」

その呟きに三人の視線が集まった。

「どういう事でしょうか?」

川見大佐が聞くと顔を上げて三人を見つつ鍋島長官が答える。

「いや、確かに今連邦はゴタゴタしている。しかし、中々優秀な人材もいるようだからね。そんな連中なら、その不満の矛先を帝国攻略で手薄になった公国に向けるんじゃないかと思ってね」

「ふむ。それなら、不満をぶつける相手として申し分ないですな。全て連中が悪いんだと……」

「確かに。それに旧帝国内で一番潤っているのは公国ですから、隙があればその富に目がくらんで攻め入る事はありえますな」

「うーん……。そうなると……」

四人がそれぞれ考え込む。

五分程度だが、沈黙が辺りを包み込む。

誰もが堂々巡りに陥ってしまったかのようだった。

それをなんとなく察したのだろう。

鍋島長官が口を開く。

「まだまだ情報が足りないな。今のままでは何とも言えない。しばらくは様子を見るしかないか……」

「その通りですな」

「下手な事をしでかすととばっちりがこっちにきかねませんし……」

「確かに、今の時点では時期尚早といった感がぬぐえませんな」

三人それぞれの言葉を聞き、鍋島長官は指示を出す。

「うむ。川見大佐は引き続き情報収集に動いてくれ。山本大将は、艦隊の方の管理と練度の上昇。それに予備役の教育などを中心に動いてくれ。新見中将は、パガーラン海海戦の後始末と、防空駆逐艦秋月改型の受領と編成などを頼む」

「「「はっ」」」

その指示に三人は立ち上がり敬礼する。

鍋島長官も立ち上がると返礼した。

そして、それぞれが思い思いの表情で退室しようとする中、鍋島長官が川見大佐に声をかける。

「川見大佐、少し良いかな?」

「はっ。なんでしょうか?」

「パガーラン海海戦で捕虜となった司令官との面会は出来そうか?」

「はい。出来ますが……。事情聴取の報告書はきちんとあげていたと思いましたが……」

「ああ。読んだよ。それでね。直接会って確認したいことがあってね」

それで何か察したのだろう。

川見大佐はすぐに敬礼すると返事をした。

「了解しました。秘書官の東郷大尉とスケジュール調整を行い、できるかぎり早く時間を用意いたします」

「ああ、頼むよ」

そう言うと、鍋島長官はデスクに向う。

そのデスクには書類が山のように重ねられており、それをちらりと見た川見大佐は苦笑した。

うちも大変だが、ここも大変だなと……。



カルトックス島湾からビスマルクとグナイゼナウが出港した後、二艦の復帰はすぐに公国に報告された。

「これでやっと動けますな」

公国防衛隊長官ビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードルは報告を行った後、そう言葉を続けた。

「ええ。これからは我々が動く番です。各自準備は問題ないですね」

公国の最高責任者であり、軍の最高司令官であるノンナ・エザヴェータ・ショウメリアは少し微笑みつつそう答えると、前に立っている幹部達に視線を向ける。

公国を動かす頭脳、ノンナの腹心達がそこには集まっていた。

そして、その面子の前でノンナはニタリと笑って宣言する。

「これより作戦『陽はまたのぼる(Солнце снова встает)』を開始する」と……。

こうして、公国軍は待ちかねていたかのように動き始めたのである。

まるで血を求めるかのように……。

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