日誌 第六日目 その3
夕食と入浴を終わらせて製作室で作業をしていると、ドアをノックする音が部屋に響く。
時間を見ると二十一時といったところだろうか。
「ああ、どうぞ」
手を止めて、椅子を回してドアの方に身体を向ける。
「失礼します」
この前出かけたとき購入した私服姿の東郷大尉が入ってくる。
かなり悩んだだけあって彼女に良く似合っている。
それに髪を解いている為か、なんか柔らかい感じだ。
しかし、顔に浮かぶ表情は仕事の時のものだった。
敬礼をすると右手に持っていたボードを見ながら口を開く。
「報告します。第二水雷戦隊旗艦最上から報告がありました。作戦は問題なく成功。敵各拠点の征圧も終わったそうです。敵、大型輸送艦一隻、小型艦一隻拿捕。捕虜は四百三十二名になります」
「ふむ…。で、こっちの被害は…」
「陸戦隊から軽傷十二名、重傷一名となっております」
「そうか…」
報告を聞きながら、ボディアーマーみたいなものを開発したほうがいいかなと思う。
旧日本海軍に比べればフソウ海軍の兵力は限りなく少ない。
出来る限り海の戦いで終わらせたいが、こういった離島奪還作戦はこれから増えるに違いない。
陸戦兵力に限りがある海軍としては、どうしてもその際には今回みたいな少数精鋭での奪還となってしまうだろう。
ならば、いかにして被害を出さないようにするかが大切だ。
装備品だけでなく、作戦や資材関係も再度検討したほうがいいな。
作戦なんかはこっちの書籍とかから学べばいいが、装備関係をどうするか…。
こっちの世界の商品を持っていった方がいいのか、それとも別に方法をすべきなのか…。
何かいい手がないか模索しておくか…。
そんな事を考えていると、じっとこっちを見る東郷大尉の視線に気がついた。
「他に何かあるのかな?」
「はい。実は、その後にも文章があって…」
少し困惑気味な表情の東郷大尉。
珍しいな。
基本、細かい報告書は後日に提出される為、最初の連絡は、結果と戦果、それに被害だけの連絡がほとんどなのだが…。
さて、的場大尉は何を言ってくるのかな。
そう思いつつ、続きを読むように言う。
「はい。わかりました。『この拠点の再利用を提案する。早急な検討をお願いされたし。また、迅速な支援と増援に感謝する』以上です」
ほほう…。そう来たか。
僕はその報告を聞きながら面白いなと思う。
それに的場大尉らしいとも…。
第一水雷戦隊の指揮をした南雲大尉はまさに前線向きという感じだが、今回の行動や発言から的場大尉は前線も後方もどちらも出来るオールマイティなタイプといっていいだろう。
しばらくは艦隊指揮をしてもらうが、将来的には参謀として近くにいて欲しい人材だ。
また拠点の再利用の提案はすぐにでも警戒用の基地が欲しい海軍としても助かる。
それに、たしかあの区域はイタオウ地区となっているが、開発も行われておらずほとんど手付かずの状態のはずだ。
なら、こっちで勝手に使わせてもらっても構わないだろう。
まぁ、文句を言ってきたら、今回の件をネタに揺さぶりをかけてやってもいいかな…。
ふっふっふ…。
今度の本会議の時にたっぷりと文句つけてやろう。
前回の時に散々噛み付かれたからね。
少しぐらいはお返ししないとなぁ…。
ふっふっふっふ…。
そんな事を思っていると、東郷大尉が怪訝そうな顔で声をかけてきた。
「長官、今、すっごく悪い事考えてませんでしたか?」
おっと、うちの秘書官様は表情を読むのに長けている。
気をつけないとな…。
「いや。少し基地再利用の件で考えてたんだよ」
「本当ですか?なんだかあくどい表情されてましたよ。もしかして、イタオウ地区の責任者にどう文句言ってやろうかとか考えてませんでしたか?」
おおっ。するどいっ。
しかしだ。ここで素直に認めるのも癪だ。
だから、僕は何事もなかったかのように言う。
「そんな事はないぞ」
「なーんだ。つまんない」
意外な返事に思考が一瞬、止まる。
珍しいといったほうがいいだろうか。
そんな内心驚いている僕に構わず、東郷大尉は言葉を続けた。
「私だったら、どうとっちめてやろうかとか、どう言ってやろうかとか考えてたんですが…。大体、あんな人は責任者をやらせてはダメなんですよ。ネチネチ粘着質でしつこい感じだし、何よりあの目つきが嫌なんですよね。大嫌いな蛇を思い出すんですよね。あーー、もーーーやだ、やだっ…」
なんかストッパーが外れてしまったようで、イタオウ地区の責任者への愚痴がだらだらと続く。
気に入らないのと自分の事ばかり考えている発言と政策にうんざりしているようだ。
しかし、このままではいつまでたっても終わらないので声をかける。
「わかったから、その辺にしたらどう?」
僕の言葉に我に返ったのだろう。
真っ赤になりつつ慌てて口を手で押さえる。
「す、すみません…。なんかカーッとなっちゃって…」
「ははは。今度、時間を作ってじっくり愚痴は聞くよ」
「はい。お願いします…」
真っ赤になって苦笑いを浮かべる東郷大尉だが、ふと気がついたかのように作業机の模型に目がいった。
「今日は何を作られているのですか?」
その問いに、作業机に視線を向けながら口を開く。
「二式大艇を四機と水上機母艦の千代田を作ってるよ」
僕の言葉に、東郷大尉はうれしそうに笑う。
「ああっ、二式大艇の追加分ですかっ。警戒部隊の人達、喜びますよ」
「一気に追加は無理だけど、少しずつ追加していくつもりだから…」
僕がそう言うと、「がんばってください。でも無理はしないでくださいね」と東郷大尉は笑って言ってくれた。
「では、作業中失礼しました」
大尉はそう言って敬礼した後、ドアに手をかける。
「いえいえ。じゃあ、おやすみ、大尉」
「はい。おやすみなさい」
そう挨拶を交わしてドアが閉まった。
その瞬間、身体中から力が抜ける。
気にはしないようにしていたが、やっぱりそれだけ作戦の事が気になっていたんだと思う。
無意識のうちにため息が口から出た。
作戦の方はなんとかなったか…。
しかし、これからがまた一苦労だ。
戦いはするよりも、終わった後のことの方が大変だという事を前回の海戦で散々思い知らされた。
でも、気が重いがやるしかないな。
上が命令でやらせている以上、上にいる人間は下のやった事を責任取るのが役割だって言うからな。
そう思っては見たものの、気が晴れるはずもない。
ああ、しばらくは戦いもトラブルも起こってほしくないなぁ…。
のんびりしたいよ…。
僕はそんな事を思ってしまっていた。
しかし、なぜか、そう思ったときに限ってトラブルは発生するのだった。




