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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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飛行機の価値

「これが話にあったフソウの秘密兵器、飛行機というものかね?」

リットーミン商会のかなり広い倉庫には、日の丸を記した残骸が幾つも並んでおり、それを目にしたポランド・リットーミンは圧倒されたかのような表情で呟いた。

それはそうだろう。

今まで見た中でも始めて見る兵器であり、その飛行機独特の機能美に圧倒されてしまったといったところか。

その美しさは破損していても、いや破損しているからこそより儚く美しく感じさせているのかもしれない。

「はい。色々調べたところ、機種は3つあるようです。タイプゼロファイター、タイプ九九ボマー、タイプ97アタッカーといったところでしょうか」

「ふむ。前の数字は型式でファイターとかボマーとかアタッカーとかの意味がイマイチよくわからんが、恐らく用途別に振り分けているのだろう。しかし……実に見事だ……。今まで見た兵器の中でも最高に美しい……」

感心して見入っているポランドに部下が聞いてくる。

「しかし、よろしいのですか?」

「なにがだ?」

手で残骸を触れつつ、視線は機体に向けたままポランドが聞き返す。

「いえ。これをフソウ連合に無償で返還するという事です。回収するにも金がかかっていますし、これほどのものなら他国は大枚をはたいてでも欲しがるでしょう。なんせ、あのフソウ連合の秘密兵器ですから……」

そこまで言われ、ポランドは残骸から手を離すと視線を部下に向けた。

その目は厳しい光を放っている。

「確かに、他国は高い値、それこそこちらの言い値でも買うだろう。これらはそれだけの価値がある」

「なら……」

そう言いかける部下だったが、それをポランドは言わせなかった。

「しかし、その取り引きが終わったらどうなる?それで終わりだ。その後は何もない。しかしだ。これをフソウ連合に無償で返還した場合、返還しただけで終わるだろうか?私の予想では、間違いなくそれだけで終わることは無いだろうな」

その言葉に部下が心配そうに聞き返す。

「本当にそうなるでしょうか?」

「君はフソウ連合が世間ではどう言われているか知っているか?」

「確か……『恩には恩を、仇には仇を返す国』だと……」

「そう、その通りだ。それ故にフソウ連合は新参ながらもその強力な武力とそんな国の方針のおかげで今や六強の国家からも一目おかれる存在となっている。そんな国が、言われるまま無償で受け取り、そのままで済ますと思うか?」

「確かに……。基本、国は協力者、貢献した者には褒章なり何なりを与えるでしょうね」

「そう。そして今のフソウ連合は他の国とより関わろうとしている。そしてその中には他国との貿易も含まれているはずだ。分かるな?」

「はい。分かります」

「そして我々は商人だ……」

「なるほど……。ここで顔を売り、その貿易の利権に噛もうと言う事ですね」

「そういうことだ。だから今回の事は、これからの長い取引をする為の初期投資となるんだ」

「納得いたしました。流石ですな……」

部下は感心したようにそう言うと、残骸の方に視線を向けた。

今の彼には、これらはただの残骸には見えていないだろう。

「納得したようだな。ならすぐに共和国のタイドラ様に連絡をつけるんだ」

その言葉で何がしたいか分かったのだろう。

部下がニタリと笑う。

「了解しました。フソウ連合共和国駐在大使への面会の取次ぎをお願いするわけですね?」

「その通りだ。連盟にフソウ連合は駐在大使を派遣していないからな」

今のところ、言葉の通り、連盟と共和国、それに帝国には大使館はない。

その為、大使館があって駐在大使がいるのは、王国、共和国、合衆国、アルンカス王国の四箇所のみとなっている。

そして、その中でなんとか会えそうなのは、共和国のアリシア派の有力出資者であり共和国の三大商人の一人タイドラ・マックスタリアンからの取次ぎが期待できる共和国駐在大使のみだ。

それを部下もしっかりと分かっているのだろう。

頷いて連絡を取る為に部屋から出ようとする部下にポランドは声をかけた。

「いいか、失礼のないようにだぞ。ここで躓くわけにはいかんからな」

「了解しました」

そう頼もしく返事をすると、部下は倉庫から退出していった。

そしてポランドは視線を残骸に向ける。

「ふふふ。いいぞ、いいぞ。こんなにすぐにフソウ連合との顔つなぎの機会がやってくるとはな……」

残骸に手を触れつつ呟く様に言う。

絶対に今回の件を使ってうまくやってやると決心して……。



「ほう……。中々抜け目ないようじゃのう……」

ポルメシアン商業連盟の首都にある自分の商会の一番奥の部屋で、ポランドの動きに関する報告を聞いてアントハトナはニタリと笑った。

そして確認するかのように聞き返す。

「それでだ、フソウ連合の残骸は、坊主の商会に優先的に回してやったのだな?」

「はい。こっちの手配で手に入れたフソウ連合のもの三機全部を回しました」

その報告に満足そうに頷いた後、少し気になったのか聞く。

「わしの色が見えないようにしておるよな?」

「もちろんでございます」

「ふむ。よろしい。こっちが色々裏で手を回しているとわかったら、坊やも面白くなかろうて……」

そう言った後、ふと思いついたことをアントハトナは口にする。

「しかし、分かったら分かったでどんな態度を示すかのう……」

憤慨するのか、或いは知らぬ振りをして利用するのか……。

どんな対応をするかを知りたいという欲望の蟲が騒ぎ出したがそれをすーっと押しつぶす。

こんな些細な事で坊やをイライラさせて、せっかくの楽しい賭けがつまらない結果になったら面白くもない。

これから何年もかけて楽しむのだ。

少しぐらいは我慢するか……。

ただそんな理由の為だ。

アントハトナは見ていたいのだ。

自分と同じように、他人が商売によって振り回される人生を……。

四苦八苦しながら経済と言う化け物と戦いもがく他人の姿を……。

そんな事を遠い目で思考するアントハトナに、報告している部下は黙って何も言わない。

全ての決定権は、主人であるアントハトナが決める事であり、我々は従うのみだ。

アントハトナの商会は、それが徹底している。

それ故に後継者が育たなかったともいえた。

「ふむ……。せっかくの芽に余計な刺激は与えないでおくとするか……」

「はい。承知いたしました」

「それで、敵対勢力の飛行機の残骸だが、どれだけ手に入った?」

「そちらは五機ほどです」

「思ったより少ないな……」

「申し訳ありません。かなり色んなところから横槍が入っており、それが精一杯でした」

今回は色んな連中が動いており、アントハトナの力でもそれぐらいしか集められなかったのだろう。

いくらかなり手広くやっている世界有数の商人と言っても、所詮は個人だ。

国やそれに近い組織に適うはずもない。

「ふむ。仕方あるまい。それで接触を取ってきた連中はいるか?」

「はい。六強の内、合衆国、共和国、王国の三つが興味を示しているようです」

「まぁ、サンプルは多いにこしたことはないからのう。それ以外はどうじゃ?」

「転売を狙っている輩が少しと、兵器開発関係が数社、それとリミットタンクバージア社が……」

「リミットタンクバージア社じゃと?」

リミットタンクバージア社という名前に、アントハトナの眉がピクリと動いた。

リミットタンクバージア社。

ここ何年かの間に世界の経済界に進出してきた商会で、あらゆるものを取り扱う上に、取り扱う商品が普通考えて赤字に近い安い価格でありながらそこそこいい品質の為、一気に知名度を上げた将来有望な商会の一社なのだが、あまりにもその商会に関しての情報が少なく、アントハトナを初めとする老舗商会からは警戒されている存在だ。

「はい。他よりも必ず高く買うとのことです。なお、我々だけでなく残骸を手に入れた他の連中にも同じように通知しているそうです。どうやら政府機関以外の所にこの話は回っているそうで、我々と同じようにこの話を聞いた連中は「買占める気か?」と呆れかえっていました」

その言葉にアントハトナも頷くしかない。

技術というものは、他の物と違い、秘蔵しておけば価値が上がるものではない。

逆に時間が経てば経つほど次第に技術革新され、今は最新のものでも価値が下がり続け、いつしかはほとんど価値のないものになってしまう。

だからこそ、普通ならば最も高く売れる今の内に売ってしまおうとするだろう。

しかし、反対にリミットタンクバージア社は買い占めようとしているという。

「買い占める……だと……。だが……なぜ?」

考えられる事としては、技術の独占が考えられるが、いくら民間の手に渡った分を買い占めたとしても、国家レベルの勢力に渡った物は手出しできまい。

そして、国家レベルの勢力は、量産する為に民間に委託する事になり、そうなると技術の独占とはならない。

だから、秘蔵して価値を上げるといった事はまったく期待できない為、買い占める意味がまったくないのだ。

結果、考えられる線としては、それらを集めて研究するという事が上げられる。

実際に兵器関連の数社が新兵器と言う事で研究の為に動いているらしい。

だが、それなら、買い占める必要性はない。

精々サンプル程度でいい。

実際、飛行機に必要とされる基礎研究が全くされていない現状では、飛行機に必要とされる基礎的な技術や知識等がないので、まずは残骸を使っての初期的な実験などを行いノウハウを構築していく必要性がある。

ならば……なぜ?

「ふむ……。リミットタンクバージア社以外の……、そうじゃな、その五機分の残骸は国家関係に売り払うように」

「了解いたしました」

深々と頭を下げて報告者が下がろうとする。

しかし、ふと思いついたことがあったのかアントハトナが呼び止める。

「のう……。あの飛行機を量産できるところがフソウ連合以外にあると思うか?」

そう聞かれ、報告者は少し考えた後、言葉を発した。

「あるかもしれません。現に、フソウ連合とは違う勢力の飛行機がこうしてあるのですから……」

その言葉に、アントハトナは苦笑した。

確かにその通りであった。

現物があるのだ。

ならばフソウ連合以外でも飛行機と言う兵器を作れる存在があるという事だ。

なら……。

アントハトナは少し強張った表情をしたまま口を開いた。

「リミットタンクバージア社の動きを逐一報告せよ。それと、探れるだけ探っておけ」

「はっ。分かりました」

報告者はそう返事をすると退出した。

アントハトナは立ち上がるとゆっくりと窓際にいく。

雲ひとつない気持ちのいい天気で日差しは暖かく、ぽかぽかとしている。

しかし、そんな日差しを受けてもアントハトナの顔は強張ったままだ。

アントハトナの頭の中湧きあがった嫌な予感、これから世界が大荒れになっていくような予感が消えそうになかった。



「結局、最終的に何機ほど確保できたんだ?」

ペーターの言葉に、リミットタンクバージア社の幹部はため息交じりに報告する。

「はい。いろいろ手を回したのですが、F4Fが二機、TBDが二機、SBD一機、SB2U一機です。フソウ連合のものは連盟の商人や国家機関にほとんど流れてしまいました」

「まぁ、フソウ連合と繋がりを持ちたい商人や飛行機と言う兵器の研究をしたい国なんかは、血眼になって手に入れようとするからなぁ……」

ペーターが呆れ返ったような顔でそう言うと、リミットタンクバージア社の幹部も苦笑する。

海賊国家のダミー会社といっても一応商人である以上、フソウ連合との繋がりは実に魅力的という事はよく分かっている。

「しかし……アメリカ製か……」

嫌そうなペーターの声に、今度は黙って報告を聞いていたグラーフが苦笑して言う。

「仕方あるまい。召喚されたのは艦体のみなのだ。搭載する飛行機は、こっちで別途何とかするしかないのだからな」

「どうせなら、航空機込みで召喚されたらよかったのにさ……」

「無茶を言うな。あの時の召喚方法では無理だよ」

「なら、あのフソウ連合の航空機はどうなるんだ?それに今回の召喚だって……」

「フソウ連合の場合は、あれは召喚とは違う術式のものだと思っている。それに、今回のアメリカ艦隊召喚は、艦体ではなく艦隊全てを召喚という条件だからな。飛行機だけでなく、乗っている人達も含めての……」

そう言われ、ペーターは「あーあ……」と言って天井を見上げた。

航空母艦というものは、航空機が無ければただの輸送艦でしかない。

それが分かっているからこそ歯がゆいのだろう。

「まぁ、本国のものとは違うが航空機のサンプルは集められて量産に関する作業は進んでいる。それに修理した機体やアメリカ海軍の生き残りパイロットによるパイロット育成計画も問題なく進んでいる。今のところはそれでヨシとすべきだぞ」

「はい、はい。わかりました……」

ペーターはめんどくさそうにそう言うと部屋から出て行った。

「困ったやつだな……」

グラーフは退室したペーターを見て呟く様にそう言うと、視線をドアからリミットタンクバージア社の幹部に向ける。

「もう無理だろうし、あまり深追いすると余計な連中も動き出してしまうだろう。飛行機の残骸回収の計画はここまでとする」

「了解しました」

「後はいつも通りに動いてくれ」

「はっ、失礼します」

リミットタンクバージア社の幹部が退室した後、グラーフはため息を吐き出すと壁にかけられている海図に視線を向けた。

それは数多くの島々を中心とした広大な海図であり、海賊国家サネホーンの勢力範囲を示したものである。

それを見てグラーフは苦笑を浮かべるとぽつりと呟く。

「ミヤコ、貴女との約束を守るだけのつもりでしたが……、いつの間にかこんなになってしまいましたよ」

そして、窓の外に視線を向けた。

日が大きく傾き、今にも沈もうとしている。

「もし貴女がいたのなら、きっと笑って言うでしょうね。『グラーフ、何やってるのよ』って……」

ゆっくりと夕日が部屋の中を染め上げていく。

それをただグラーフは何かを思い出したのかのように悲しそうな笑みを浮かべて見ているだけであった。

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