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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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公国と帝国

「中々順調のようね」

報告書に目を通した後、それをデスクの上に置くとノンナ・エザヴェータ・ショウメリアは微笑んだ。

地道な歩みであったがその努力は間違いなく確実に進んでいる。

王国、フソウ連合との講和と援助。

領地内の政治と民意の安定。

経済力と軍事力の向上。

今のところ、問題は無い。

さらに、フソウ連合に委託していたビスマルクとグナイゼナウの二隻の修理がまもなく終わるという連絡も来ている。

これでやっと大きく動くことができるのだから、微笑みたくもなるだろう。

元帝国海軍少将、いや今は公国防衛隊長官となったビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードルはそんなノンナの姿に内心ほっとしていた。

あのフソウ連合との戦いの後以降、事態は激変し、苦労と神経の磨り減るような状態の連続であった。

そして、彼の主人であり、公国の代表者となるノンナの苦労は並大抵のものでは無かった。

それを思えば少しぐらいは気が緩んでしまうだろう。

しかし、そう思いつつ、ビルスキーアは思うのだ。

この方は、どんな状態になったとしても、気を緩める事は無いだろう。

そういう生き方をしてきた方なのだと。

そして、ビルスキーアの隣には元海軍大佐の諜報部門をまとめる情報部長になったアンドレイ・トルベツコイがおり、無表情で指示を待っている。

ビルスキーアとアンドレイの二人を見た後、ノンナは口を開いた。

「そろそろ始めましょうか」

「いい頃合いかと思います」

「そうですな。時期的にも戦力的にも十分になりつつありますな」

二人の視線がノンナの口元に集まる。

それがわかっているのだろう。

ノンナはニタリと笑った後、ゆっくりと口を開いた。

「まずは、連邦の連中に揺さぶりをかけていく」

その言葉に、少しがっかりしたような表情でアンドレイが聞き返す。

「連邦……からですか……」

黄金の姫騎士であり、今や帝国皇帝の地位を受けついだアデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチに個人的な恨みがあると思われるアンドレイにとっては不本意なのだろう。

「不服そうね、アンドレイ」

そのノンナの言葉に、頭を振って否定するものの、その顔にははっきりと不満が出ている。

「いえ。そんな事は……」

「嘘ばかり……。本当に貴方はアデリナが絡むと駄目ね。もう少し落ち着きなさい」

「しかしですな。こればっかりは……」

「分かっているわよ。でもね……」

そう言ってノンナは身体を少し乗り出して言葉を続けた。

「今はまだよ。帝国と争うより、その帝国を利用して連邦の戦力の一部を引き付けておいて貰う方がこっちとしても動きやすいし、今、帝国が崩壊すると連邦の戦力がこっちに集中してしまう」

いくら戦力が整い、戦う準備が出来たとはいえ、単純に比べると公国と帝国の戦力の差は五倍以上となっている。

それでも今の均衡を保てるのは、帝国と公国と言う二つの直接の敵対勢力と王国とフソウ連合と言う戦争継続中の勢力があるためだ。

そのために、連邦は公国や帝国に大攻勢をかけてこない。

だが、隙があれば間違いなく侵攻は開始されるだろう。

実際に、公国との最前線には兵力三万、火砲百以上を有する部隊が展開しており、それだけで無くその後方にも同程度の部隊がいくつか駐屯している。

「しかし、連邦と戦うのは分かりましたが、どういった方法で行うのですか?最前線の敵戦力と布陣を見る限り、かなり苦労しそうです。それに被害も……」

ビルスキーアが質問する。

いくら戦力が整ったとはいえ、方法によっては大損害を受ける可能性が高い。

そうなったら、今のまでの苦労が水泡に帰してしまう。

まだ、それだけで済めばいいが、それどころか敵に侵攻される恐れすらあるのだ。

「そうね。普通に戦っても被害が大きくなるばかりだし、下手は出来ない。だから……」

そこで言葉を止めてニタリとノンナが笑う。

副官時代ではほとんど表情を見せなかったが、今は抑えておく必要はない為だろうか。

以前に比べると彼女の表情は実に変化に富んでいる。

「ビスマルクとグナイゼナウが戻ってきてからとなるが、艦隊による嫌がらせを行う」

「嫌がらせ?」

「ええ。艦隊による港や海岸近くの補給基地への砲撃と民間船舶の規制で敵の海上輸送ラインを潰します。徹底的に……」

その言葉にビルスキーアが慌てて言う。

「それでは物資が回らず国民が飢えてしまいます」

実際、旧帝国では鉄道と海上輸送によって都市や食料の生産性が少ない地域、生産に向かない地域に食料を輸送しており、先の内乱で鉄道網がズタズタの状態では海上輸送を抑えられた場合、一部の国民には食料が回らなくなる恐れが高かった。

だからこそ、ビルスキーアは言ったのだ。

だが、その言葉を冷めた表情で聞いた後、ノンナは冷たく言い放つ。

「国民?彼らは公国民ではないわ。敵国民でしかね。それに……」

その言葉の後に口角が釣りあがり、目が細められる。

「建国されるまで、国民の不満が連邦を支えていた。しかし建国された後は、不満は国を傾けるマイナス要因でしかない。そして、それを押さえる為に国民の為の政治を行なうか、それとも恐怖や暴力で抑えるか、二者選択でしかないでしょう。しかし、今のあの国の常態と主義を考えれば、恐らく後者を選択するしかない。だけどね、それらを使って支配した場合、ある一定を超えると一気に崩壊する。それこそ簡単に……」

「それを狙っているということでしょうか?」

恐る恐るといった感じでビルスキーアは聞き返す。

「まぁ、それもあるし、後は、占領し解放した際のこっち受けが良いようにする下地と言ったところかしら」

「解放ですか……」

「そう。私達は解放者として、旧帝国各地を解放していく」

「なら、情報操作も必要ですね」

そう口を挟んだのはアンドレイだ。

さっきまで無表情だった顔が、今はニタニタとした嫌らしい笑いを浮かべている。

同じ人物に仕えるとはいえ好きになれんな……。

ビルスキーアはちらりと横目で同僚を見てそんな事を思うが、さすがに口にはしない。

「そうね。お願いできるかしら?」

「もちろんです。こんな楽しそうな事、頼まれなくてもやっちゃいそうですよ」

「ふう……。相変わらずね」

「ええ。相変わらずですよ」

二人して楽しそうに笑いあう中、ビルスキーアは小さくため息を吐き出すしかなかった。




「これはどういうことよ?!」

アデリナは書類をデスクに放り投げた。

現在の西部地区、即ち帝国の現状を数値にした書類を見ての第一声である。

聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国の皇帝の座に着いたアデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチであったが、その幸先は良いものでは無かった。。

西部地区は他の地区に比べ、経済的価値も軍事的価値も全ての点で低い地域ではあるが、そのおかげで中央政府とは違って独自の堅実な政策が行なわれており、政治的にも経済的にも安定した地域となっている。

だが、それは一地域として見た場合であり、一つの国として見た場合、それはあまりにも足りなさ過ぎな現状になっていた。

最初から地区を独立させるつもりで運営してきた北部地区との違い、西部地区は旧帝国の一地区という体制で運用されていたのだから、準備不足となっても仕方ないだろう。

だが、それでもドミートリイ・ロマーヌイチ・プルシェンコ上級大将は出来る限りの事はやっている。

西部地区と他の地区の堺に部隊を駐留させての陣の構築を開始し、地区内だけである程度維持できるように経済の変換を実施。

国内安定に対する手配や法改正など……。

しかし、それらがすぐに結果を出せば良いのだが、結果を結ぶにはまだ時間がかかる為、なかなか成果が得られない苦しい状態が続いている。

実際、物資、特に食料不足は深刻となりつつある。

そんな状態は、順調に勢力を伸ばしている北部地区、すなわち公国とは真逆と言っていいだろう。

だからこそ、余計にアデリナをイライラさせてしまうのだ。

しかし、愚痴をこぼすものの以前のように部下を怒鳴り散らかす訳にもいかず、何とかするしかない。

「共和国とのラインはまだあるのよね?」

「はい。まだございます。しかし……以前に比べてそれほど無理は……」

その問いに、居並ぶ文官の中から一人の人物が一歩前に出て述べた。

ヴァシーリー・コソイ・ラカンベ。

新生帝国の政務官の一人であり実質の政治の責任者となっている人物だ。

また、彼以外にも、よく見ると文官の中には元帝国の宰相の下で働いていた人物がかなり多いようだ。

それは元宰相のグリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵がこの地に逃れてきた為、彼を慕う多くの官僚もまたこの地を逃げる先として選択したためであった。

「無理が利くとか利かないとか関係ないの。共和国にすぐに支援を要請しなさい。その際の担保は……」

少し考えた後、アデリナはあっけらかんと言う。

「ミランナット諸島の一部採掘権と販売権を譲るって言う事で」

ミランナット諸島。

数少ない帝国の植民地であり、数年にわたる検査によって豊富な油田埋蔵が予想される地域でもあった。

実際、帝国の使用する原油の六割以上がそこから運び込まれている。

「しかし、それでは……」

「今の私達に、あの諸島を維持するほどの外洋戦力はない。今まで掠め取られなかったのが不思議なくらいよ。それなら、一層のこと一部の採掘権を売って共和国を巻き込んだ方がより安全だわ。そうすれば、共和国も自分たちの利権を守る為にあの地を守らなくてはならなくなる。それにね、今の我々には、以前ほどの原油は必要ないでしょ?」

「しかし、将来的には……」

「先の話は後でいいわ。今をどうやって生き延びるか。それを優先します。今がない以上、先の事を考えても始まらないって事をしっかりと肝に叩き込んでおきなさい」

「は、はいっ。わかりました」

「譲歩条件としては、五年間の食料などの物資の一定支援と原油販売の一割程度ってとこかしら」

「少なすぎませんか?」

「少なくていいのよ。欲の皮を張りすぎるのは失敗の元だし、利益がなければ共和国は動かないでしょうね」

「確かに……。ただ、あまりにも美味しい話という事で相手に警戒されませんか?」

ヴァシーリー政務官が怪訝そうな顔で聞いてくる。

それはそうだろう。

ミランナット諸島の油田はかなりの規模であり、その一部とはいえ採掘権を売るという値段にしてはあまりにも安すぎる。

裏があると疑われても仕方ない。

そして、それはアデリナ自身がわかっているのだろう。

「その辺の匙加減は外交の連中に任せるわ。原油価格の方は一割を切らなければ問題ないけど、支援物資に関しては出来る限り粘って得られるだけ得るように。今、帝国に必要なのは、油ではなくパンだという事を忘れないで」

「了解しました。すぐにでも交渉に向わせます」

ラカンベ政務官は頭を下げるとすぐに部下の一人に指示を出し始める。

その様子をちらりと見た後、視線を動かすとアデリナは口を開いた。

「それと、王国とフソウとの講和の件はどうなっているの?」

「はっ。今のところはまだ……」

「急がせなさい。特に王国との講和は急がせて。共和国からの補給航路を王国海軍に押さえられたら、こっちが干からびてしまいますからね。それに、共和国の援助が王国とフソウの横槍で失敗する可能性があるかもしれないんだから」

「やはり、王国、共和国、フソウは繋がっていると?」

今や帝国国防軍長官を務めるドミートリイ・ロマーヌイチ・プルシェンコ上級大将がそう聞き返す。

「ええ。かなり少ない現在の情報でははっきりと言えないけど、この三ヶ国は結託していると見ていいわ。だからこそ、講和を急がせるの。敵は、公国と連邦の二つに絞る為にも……」

「了解しました。実は……」

ドミートリイ上級大将は、少し言いにくそうにではあるがフソウ連合がキナリア列島を占領したという報告をする。

以前のアデリナなら間違いなく烈火のように激怒し、報復の為に軍を動かしただろう。

しかし、ドミートリイ上級大将のその予想は大きく外れた。

その報告にアデリナは激怒するどころかあっさりとしたものだったのだ。

「まぁ、戦争中だものね。そりゃ仕方ないわ」

だが、すぐに思い付いたのだろう。

「フソウ連合との講和を担当しているものに伝えなさい。キナリア列島の譲渡を正式に認めるという条件を付け加えると」

思わずドミートリイ上級大将が聞き返す。

「良いのですか?」

「構わないわ。それに今の私達はそれを覆す力はない。なら、それで少しでもこっちの思惑通りに動くなら、徹底的に利用するまでよ」

「了解しました」

そして全員を見回して身体を乗り出すとアデリナは宣言する。

「良い?今が正念場よ。各自出来る限りの事をやりなさい。そして逐一報告をしなさい。深夜でも構わない。情報は早くなければ意味が無い。良いわね」

その言葉に、その場にいた全員が承諾の声を上げる。

彼らにしてみれば、自堕落な皇帝の姿のみを見てきたのだ。

だからだろうか。

アデリナについては色んな噂が今まであった。

もちろん、良いものも悪いものも……。

だが、それらを払拭するアデリナの凛とした姿。

そのゆるぎない決断に感服するしかない。

そして思うのだ。

この人についていこうと……。

こうして四苦八苦しながらも、アデリナは少しずつであるが帝国再建に動いていたのである。

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