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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十一章 動乱の序曲

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ある男の決断

仕事を終えて背筋を伸ばす。

背骨がボキボキといい音を立てる。

うーん、疲れているなぁ。

大体、デスクワークって柄じゃないんだけどなぁ。

だが、ある程度地位が上がった以上、事務処理は付いて回る。

仕方ない事ではあるが、なんかやるせない気持ちになっちまう。

昔は良かったな……。

相棒と二人、訓練に明け暮れ、がむしゃらに戦場を走り回った日々。

あの時は地獄だと思ったが、今はそんなあの時が懐かしく思えてしまう。

そんな事を思いつつ、隣のデスクを見る。

そういや、明日まで休みをとっていたっけな。

嫁と子供を置いて逃げ出してしまったという過去をきちんとして来いよ。

そう言って背中を押した以上、どうなったのか気になって仕方ない。

最初は一緒に行くつもりだったが、「ここは一人で行かせてくれ」と必死な形相で言われたら何も言えなくなっちまった。

上手くいっていると良いんだが…。

そう思ったが、慌てて頭を振った。

上手くいってるに決まっている。

立派になって戻ってきたんだ。

確かにそう簡単に溝は埋まらないかもしれないが、それでも夫婦だったんだ。

だから、きっと、上手くいく。

そう考えておく事にした。

仕方ない。

今日は一人で飲むか……。

そう思って最近よく行く店に向う。

首都ソルーラム。

かってはクラーンロと呼ばれた帝国首都。

重税に苦しみ、貧困に喘ぐ街が多い中、例外的な街の一つ。

帝国中の富が集まり、帝国で一番華やかだった場所。

しかし、先の内乱によってそんな都市だったここも、半分以上がガレキの廃墟となってしまった。

何とかガレキや廃墟にならなかった区画も全く無事だったというわけではない。

場所によっては、酷い有り様だ。

だが、そんな中、以前に比べれば質素であったが、多くの家や店が復興している。

だからと言うわけではないが、他の街よりは十分に栄えているといっていいだろう。

そして、そんな街の中にある店の一つ。

『偽りの幸福亭』と言う名の居酒屋。

そこが俺と相棒が良く行く店だ。

ここの辺りは暴徒たちの被害をあまり受けなかったのだろう。

店の建物に大きな被害はないようだった。

質素で派手のないテーブル3つとカウンターだけの小さな店だが、店主の人柄とそこそこうまい酒と料理、そしてリーズナブルな価格が売りの隠れたいい店だ。

大体地方から出てきた国民義勇軍の連中は、派手で見栄えの良い大きな店に行く傾向があった。

しかし、そう言った店に興味が無かった俺と相棒は、安い小さな店を転々とし、この店と出会った。

そしていつの間にか、二人で飲みにいくのはここと暗黙の約束が出来ていた。

だから、一人ではめったに行かない。

だが今日に限って、まぁ、一人でもたまにはいいかと思ってしまった。

後から考えれば、何か予感がしたのかもしれない。

ともかく、そんな気になってその店に向った。

そして入った瞬間、いつもの雰囲気とは違う店内の様子に足が止まった。

そして店主の方を見ると、困ったような店主と目があった。

俺を見た瞬間、店主の顔がほっとしたものに変わる。

「よかった……。呼びに誰かやろうかと思っていたんだ」

そう言った店主は視線を俺から奥のテーブルに向けた。

そこには、本来いないはずの相棒がそこにいて、今まで見た事もないほどにぐでんぐでんに泥酔していた。

そして泣いている。

「何があったんだ?」

思わず店主にそう声をかける。

「まぁ、詳しい事は本人に聞いて欲しいんだけど、どうやら嫁さんの家族、全員がいなくなってしまっていたらしいんだ」

「そ、そりゃ……どういう……」

驚いてそう聞き返すと、店主は慌てて答える。

「いや、俺だって詳しくは聞いてないよ。ただ、家は空き家になっていて、近所の話だといつの間にかその家にいた者達は全員いなくなってしまっていたらしい。どうも、アイツの嫁さんの兄貴が船乗りらしくてな。この国を捨てて逃げ出し時に、一緒に逃げたって言う話だ」

「そうか……」

決して珍しい話ではない。

この国から逃げたいと思う者は星の数ほどいるだろうし、実際にこの国を捨てて他国に移住するものは後を絶たない。

そして、たまたま相棒の嫁さんの兄貴に他国に逃げるツテと手段があったという事だけだ。

だが、残念でならない。

嫁さんを迎える為に相棒は頑張ってきたのだ。

確かに一度は逃げたが、それでも引き返してきた。

その行動を起こすには、かなりの勇気と決意が必要であったはずなのだから……。

だが、それは空振りとなってしまった。

もう少し早ければ……。

何より、逃げ出さなければ……。

そんな後悔に駆られたことだろう。

たが人生にやり直しはない。

過去には戻れないのだから……。

相棒の肩を揺さぶり声をかける。

「おい、大丈夫か?」

返事はなく、かなり泥酔しているようだ。

「仕方ないな。マスターすまなかった」

そう言って支払いをすませると、店主も申し訳なさそうな顔でお釣りを返す。

「仕方ないさ。こういったご時勢だ。それに、あんたらには世話になっているからな。これくらいはご愛嬌ってやつだよ」

そう言って苦笑する店主に、自分も苦笑する。

「じゃあ、またな。次は気持ちのいい酒を飲みに来るよ」

そう言って相棒の肩に手を回して店から出ようとするところでマスターに声をかけられた。

「うちはあんたらならいつでも大歓迎さ。それとこれ持っていきな」

手渡されたのは、手で持ている程度の小さめの袋だ。

不思議そうに渡された袋に視線を送る。

「まだメシ食ってなかったんだろう?それでも食ってくれ」

どうやら気を利かせてくれたようだ。

「これも料金内か?」

からかう様にそう言うと、店主はからからと笑う。

「入れる訳ねぇだろうが。その代金は次に来た時に上乗せしてやるよ」

その口調はさっきまでのしんみりした空気を吹き飛ばすかのように陽気だった。

もちろん、付き合いから店主が次の料金にこの分を上乗せする気は微塵もないのは分かってはいるが、おそらく店主も気にしてわざとそんな風に言ったのだろう。

「そうか。近々、また来るからな。お手柔らかに頼むぞ」

「ああ。もちろんだとも……」

そして店主はしんみりとした表情になって言葉を続けた。

「気を落とさないように言っておいてくれ……」

「ああ。そうするよ」

こうして、相棒をなんとか自分の部屋まで連れて行くとベッドに放り込む。

「あー……。結構重いな、こいつ……」

苦笑しつつ首と肩を少し動かしてベッドに放りこんだ相棒を見る。

相棒の顔は、涙で濡れた跡がはっきりと残っており、泥酔しているにもかかわらず時折顔は苦痛に歪んでいる。

嫌な夢でも見ているようだ。

「ふう……。しかし、明日休みで良かったな」

相棒の結果を聞く為に明日は休みにして、上手くいっても駄目でも二人で飲みに行くつもりでいたのだ。

もっとも、まさかの予想外な結果に、どう言ってやろうかと考え込んでしまう。

てっきり、嬉しくいくか、拒否されるかの二択しか考えていなかったからな。

こんな事になってしまうとはなぁ……。

そして窓際の椅子に座った。

窓から入り込む月明かりが部屋を照らしている。

その寂しそうな光に、ため息が漏れる。

「人生ってのは、上手くいかないものなんだな……」

そんな言葉が自然と口から漏れてしまっていた。



翌日の昼過ぎに、相棒は目を覚ました。

最初、自分がどこにいるのか分からなかったのだろう。

部屋をきょろきょろと見回している。

「よう。目が覚めたか」

そう声をかけると、状況を理解したのだろう。

慌ててベッドから起き上がると頭を下げた。

「すまん……」

「何、気にするな。お互い様じゃねぇか」

そう言って笑ってやる。

それで少しは落ち着いたのだろうか。

苦笑いを浮かべた。

「腹空いてるだろう?何か食いに行こうや」

その提案に、相棒は頷いた。

「ああ。話したいこともあるからな」

そう言って苦笑する様は実に痛々しい。

しかし、今はまだ余計な事はしない。

「わかった。それでいつもの店でいいか?」

「ああ」

そう言いつつ立ち上がるものの、二日酔いだろうか、相棒は時折顔をしかめている。

まぁ、あれだけ飲んで泥酔してたんだ。

酒も残るというものだ。

ともかく、俺達は二人でいつもの店に向った。

その店は、近くにある食堂だ。

いつも頼むものは決まっている為、食堂の女将さんは俺らをテーブルに案内した後、注文を聞かずに戻っていく。

そして五分もしないうちに料理が運ばれた。

それを普段と違い、ただ黙って黙々と食べていく。

そして食べ終わった後、食後の紅茶が出された。

それをじっと見た後、決心したのだろう、一口すすって視線を俺に向けると口を開いた。

「分かっていると思うが……。駄目だったよ」

その言葉から始まった相棒の話では、どうも帝国崩壊の少し前にいなくなってしまっていたらしい。

まさか、帝国崩壊が分かっていたという訳ではなさそうだから、偶々なんだろう。

そして、家の中には大きな家具なんかは残っていたものの、めぼしい家財は無くなっていたらしいから、着の身着のままという事態ではないようで少しはほっとしているという。

だが、行方に関しては、どこに行ったのかは全く分からず、いろいろ調べて回ったがその手掛かりさえもまったく見付からなかったという事だった。

まぁ、足がついて変なゴタゴタに巻き込まれたくなかったんだろう。

俺が同じ立場ならそうするだろうからな。

だが、それはある意味、相棒にとって残酷な現実を突きつけたことになる。

もしかしたら、時間がな無かったのかもしれない。

行方不明だから連絡の取り様が無かったためかもしれない。

しかしだ。

それでも相棒は切り捨てられたという事実は変わらない。

要は、相棒は嫁さんから見放されたという事だ。

段々と口が重くなっていく相棒に、どう声をかけていいのかわからない。

一緒にどこにいったのかを調べたほうが良いのだろうか。

或いは、諦めさせたほうが良いのだろうか。

それとも……。

相棒も口を閉じ、二人して黙ったまま時間が過ぎていく。

何か言わねば……。

そう思って口を開きかけるも、迷ってしまい、結局口を閉じるの繰り返した。

だか、そんな中、相棒は何か決心したのだろう。

下を向いていた視線をこっちに向けた。

その視線は決心に満ち満ちており、その強い光に驚くしかない。

「ど、どうしたんだ?」

そんな言葉に、相棒は「分かったんだ……」と短く返事をする。

「何がだ?」

「俺がやる事がだ……」

「おれがやること?」

「ああ。俺は、解放義勇運動に参加しようと思う」

その言葉に、俺は慌てた。

解放義勇運動。

それは、未だに植民地になっている国を独立させ、民衆の為の国にするという運動の事だ。

別名、解放運動戦線と呼ばれ、世界各国に同志がその運動を広げているという。

もちろん、簡単に成るべきことではない。

苦難の道しかないとまで言われる。

しかし、それでも参加するものは後を絶たなかった。

「本気か?」

「ああ、本気だ……」

「しかし、なんでまた……」

思わずそう聞くと、まるで悟りでも開いたかのように穏やかな表情になって相棒は口を開いた。

「分かったんだよ……」

「何をだ?」

「俺みたいな人を増やさない為にも、もっとやっていかないといけないと……」

その表情は穏やかだったが、ゾクリと寒気を覚える。

まるで相棒の顔をした別人のようだった。

「ど、どうしたんだよ、らしくもない……」

「そうか?いや、そうかもしれないな。俺らしくないのかもしれない……」

「なら……」

「だが、やらなきゃいけないと思ったんだ。国民を無視した政治は自分のような悲劇を作り出しているんじゃないかとね。まぁ、自分らしくないかもしれないけどな」

「しかし、そう思ったとしても、お前さんがやる必要は……」

「そう思ったら駄目なんだ」

その強い拒否の言葉に、説得の言葉は途切れてしまう。

「そんな事を思ってしまったら、俺みたいな惨めな思いを幾つも作ってしまうんだ。そんなのは間違っている。間違っているんだ」

強い拒否。

その言葉と表情に、どう言っても無理だと分かってしまった。

相棒の中で、何かが切り替わってしまったのだと……。

「そうか……」

口にできたのは、そんな言葉だけだった。

「ああ、すまない。心配してくれているのは分かっている。だけど、これは譲れない。だから……本当にすまない」

「いや良いんだ。それで俺に出来る事はあるか?」

思わずそう聞き返す。

その言葉に少し考えた後、相棒は笑って言った。

「そうだな。もし嫁やその家族、義兄の関係者に会う事があったなら元気にやっているとだけ……」

「それだけでいいのか?」

「ああ。それだけでいい」

寂しそうに笑いつつそう言う相棒。

そこにはもう何も入る込む隙間などないように見えた。

「そうか。それで、お前さんの嫁さんや家族は話を聞いているから良いが、義兄の関係者っていうのは?」

そう聞かれ、相棒は笑う。

「ああ、義兄はな、船乗りって以前言ってただろう?」

「ああ。聞いているよ」

「だから、その船の関係者に会えたら伝えてくれればいい」

「その船の名前は何ていうんだ?」

「義兄の船の名前は『雑草号』っていうんだ」

「『雑草号』……。しぶとそうな名前だな」

思わずそう口にしてしまう。

だが、その言葉を相棒は笑って受け止めた。

「その通りだよ。うちの義兄はしぶとくて強いんだ。俺もあんなになりたいと何度も思ったよ」

「そっか……。なれるといいな」

「ああ……」

そして相棒は立ち上がる。

恐らく、今日中に手続きを済ませるつもりだろう。

「じゃあ、しっかりやれよ」

「ああ。そっちこそな……」

互いに握手をすると、相棒は支払いを済ませて店を立ち去った。

その後姿に迷いは全く無かった。

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