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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十章 空母 対 空母

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帰還

いつものように夜食を作り始める。

今日はおにぎりだ。

麺類なんかの時もあるけれど、片手で食べられるおにぎりを彼は結構気に入っているようで、いつも美味しい美味しいと言って食べてくれる。

あ、もちろん、他の料理も美味しいとはいってくれるけどね。

でも片手で食べれて助かっていると言ってくれた事があったし、パンよりもお米の方が好きな傾向がある彼にとっては、サンドイッチよりもおにぎりが良いと思う。

それで中身の具は、今やおにぎりを作る時の定番となりつつある彼が好きな明太子と高菜で、それぞれひとつずつ用意する。

飲み物のお茶は麦茶だ。

熱い日本茶もいいけれど、時期的には麦茶でしょう。

ただ、キンキンに冷えているものではなく、常温のものを用意する。

冷たい麦茶は、それはそれで美味しいとは思うものの、ほんのり温かいおにぎりには合わないと思うので……。

そして用意が出来たおにぎりとお茶をお盆に乗せて作業室に向かおうとした時だった。

ちらりと人影が見えた。

警備の人かな。

そう思ったものの、この時間帯は家の中での見回りはないはずだ。

そうなると気になって、影の後をつける。

すると人影は一際大きな部屋に入っていった。

その部屋は普段は鍵がかかっていて厳重に管理されている。

そう、マシナガ島と同期したジオラマのある部屋だ。

ある意味、今のフソウ連合海軍の重要施設と言っていいだろう。

そのジオラマがあるおかげで今の現状となっているわけであり、そのジオラマに同スケールの模型を置く事でそれが兵器として実物化するのだから。

つまり、そのジオラマを失うという事は、模型による戦力増加をはじめ色んな事で支障をきたすことになる。

もちろん、長官の安全の為と言う側面もあるが、この家に常に警備の兵(それも信頼でき、優秀な)が二十四時間の警備を行うのはその点が大きいといえるだろう。

だから、私は用意したおぼんをテーブルに戻すとすーっと部屋に近づいていく。

ノブには鍵がかかっておらず、ゆっくりと回すと静かにドアを開いた。

そしてその隙間から見たものは、壮大なジオラマの中で立ち尽くす彼、鍋島貞道の姿だった。

彼の視線はじっと一点に向けられている。

そこにはボロボロの船の模型があった。

艦体は二つに割れ、各部は大きく歪み、まるで内部で爆発したようだ。

その残骸とも呼べる船の模型を彼はゆっくりと手に取る。

「お疲れさま。少し休むといい……」

そう呟く様に言うと、小さな箱に収めていく。

一つの部品の取り残しもないように……。

そして箱に蓋をすると、その蓋の上にマジックペンで書き込んでいく。

『防空駆逐艦 春月 平幸二十四年七月三日 パガーラン海にて戦没』

それでわかってしまった。

私は思わず部屋に入り込む。

私に気が付いたのだろう。

彼が私の方を見て微笑んだ。

その微笑みは少し寂しげで、胸の奥を締め付ける。

「夏美さん、こんばんは」

「えっとそれは……」

「春月だよ。なんか帰ってきているみたいな感じがしたからね。気になってみてみたら、ちゃんとここに帰ってきてくれたんだ」

そう言って彼は箱に視線を落す。

その視線は優しげで、それでいて寂しそうだった。

彼にとって、春月は彼の手で作られた模型のひとつでしかないが、それでも思い入れもあるし、ある意味、彼にとって子供みたいなものなのかもしれない。

だからこそ、愛おしいと思うのだろう。

「お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」

そう呟く様に言った後、彼はその箱を持って歩き出す。

「どこに行くんですか?」

私の問いに、彼は少し微笑み答える。

「いつかはこういったことが起こると思っていたからね。だから部屋を用意しておいたんだ」

そう言って廊下に出ると奥の小部屋に向った。

その部屋はいつもは鍵がかかっており、私も入ったことはない。

鍵が開けられ、二人で中に入る。

そこは畳のある部屋で、大きさとしては八畳程度だろうか。

その奥には仏壇があった。

そして二つの写真が飾ってある。

父親と母親なのだろう。

父親の方は厳しそうな頑固親父といった感じだがどことなく彼に似ている。

母親は、すごい美人とまでは言わないものの、ふんわりとした感じの実に優しそうな人だ。

目元が彼に似てるかな……。

手入れがされているのだろう。

きれいに掃除され、花が生けられている。

どうやら彼が自分でやっているようだ。

そして仏壇の横には棚が用意されている。

「ここは?」

「僕の家族がいるところさ」

彼の言葉で思い出す。

彼の両親はもう亡くなっている事を……。

私は思わず口にしていた。

「ご挨拶しても良い?」

そう言われて、彼は苦笑する。

「そうだね。よく考えてみたら、夏美さんにここの部屋のこと言ってなかったっけ?」

「うん……」

「そっか。じゃあ、お願いするかな」

「うん。じゃあご挨拶するね」

私はそう言うと仏壇の前に正座し、鈴を二回鳴らすと合唱する。

本当なら線香に火を付けてとも思ったが、今は彼のやる事を邪魔したくなかったから今度きちんとやることにする。

私が挨拶している間に、彼は持って来た小箱を棚の一つに入れると合唱した。

つまり横の棚は、こういった事が将来起こるだろうと考え、彼が用意したものに違いなかった。

合唱が終わると彼は顔を上げて私を見る。

「これで供養できるとは思っていないけど、僕としては頑張ってくれた彼らに少しでも報いたいと思ってね。まぁ、自己満足かもしれないけどね」

その言葉に、私は即座に否定を口にする。

「自己満足なんかじゃありません。そんな事を言わないでください。春月に失礼だと思います」

私の言葉に、彼は少しほっとした表情になった。

「ありがとう。そう言ってくれて少しなんか肩の荷が下りた気がするよ」

普段は何気ない感じで飄々としている彼だが、見かけによらず責任感が強い。

だからこそ、自分の為に動いてくれるものたちに精一杯の恩を返そうとするのだろう。

そして、彼にとってそれは当たり前の事なのだ。

だから、私は口を開いた。

「そんなに一人で背負い込まないでください」

「えっ?!」

「だから、そんなに一人で背負い込まないでください。確かに私にはできる事はそんなにないと思います。ですが相談には乗れますし、話すことで少しは楽になれると思うんです。だから一人できついときは、私を頼ってください」

私をじっと見つめる彼の視線。

それは一瞬驚いたようなものになったが、すぐに優しそうなものに変わった。

「ありがとう……」

たった一言だったが、彼が漏らしたその言葉は幾つも並べられた言葉に負けないほどの、いやそれ以上の思いが込められていた。

私はすごくうれしくなった。

そして図々しいとは思ったがお願いをすることにした。

「私にもここの掃除とか手伝わせてもらっても良いですか?」

少し考え込むような彼の動きに私は少し焦ったが、彼はすぐ笑顔になって承諾してくれる。

「ああ。そうだね。夏美さんさえ良ければ手伝ってくれるかい?」

「はい。もちろんです。だって、私はあなたの彼女であり、パートナーなんですから」

その言葉にかれは照れた素振りを見せる。

実に可愛いらしい感じだ。

普段の感じとのギャップに思わずドキドキが止まらない。

しかし、それをぐっと押さえる。

「ああ。それじゃ、鍵を渡しておくよ」

彼はそう言うと仏壇の引き出しの一つから予備らしき鍵を取り出すと私に手渡した。

「お参りしてもいいですよね?」

そう念のために聞く私に、彼は笑って言う。

「僕の彼女なんだから許可なんか必要無いって。親父もお袋も喜ぶと思うよ」

その言葉に、今度は私の方が照れてしまう。

彼が私の事を彼女だからなんていい回しはほとんどしないのだから余計に……。

だから、私は再び仏弾の前に座ると二つの写真を見た後、手を合わせた。

これからよろしくお願いしますと思いつつ……。

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