海賊国家、動く……
いくつかのテーブルが並ぶ会議室で、一人の男が二人の男に敬礼し口を開いた。
「エンターブラ交渉官から連絡です。上手く相手を口説き落としたそうです」
その報告に、その場にいた二人の男性はそれぞれの反応を示した。
チリヂリの短めの金髪の癖毛に青い瞳を持つ大柄でいかにも肉体系といった感じの筋肉質の男性は楽しそうに笑い、もう一人の短めの茶色の髪を七三分けしたどちらかと言うと細めの神経質そうな男は顔をしかめている。
「口説き落としたとは……。もう少し言い方があるでしょうに。説得したとか……」
そう言ったのは神経質そうな男の方だ。
しかし、そんな言葉に筋肉質の男は笑いつつ言い返す。
「良いんじゃないか。リンダらしいと思うがな」
「君がそんな事を言って甘やかすから彼女があんなんなんだぞ。彼女はきちんとしたらもっと淑女っぽく美人になるはずなんだ」
「そうか?今でも彼女は十分に素敵だと思うぞ。なぁ、フッテン」
「確かに魅力的ではあるが、もっとこう淑女らしくなった方が、もっと彼女の美しさを際立たせる事が出来るんじゃないかと思うんだ。そうは感じないのか、ルイジアナ」
「そりゃ、お前さんの好みの問題だと思うがな」
二人の掛け合いに、報告者は口を挟んだほうがいいのかそのまま待った方がいいのか判断できず、困ったような顔をしている。
それにフッテンと呼ばれた男が気がついたのだろう。
「ああ、すまんな。報告は以上か?」
視線をルイジアナから報告者に向けてそう話す。
「はっ。以上であります」
「そうか。報告ご苦労。下っていいぞ」
「おう。お疲れ。少し休んどけ」
二人それぞれのねぎらいの言葉を受け、報告者は苦笑して部屋を退出した。
「見ろ、君のおかげで呆れられたぞ」
「何を言ってるんだ?フッテンが詰らん事言うからだ」
「なんだと?」
「なんだ?やろってーのか?」
二人の間が険悪な雰囲気に包まれる。
しかし、その雰囲気はパンパンと手を叩く音で中断された。
報告者とは入れ違いに部屋に入ってきた人物に……。
「はいはい、仲が良いのは良いけどさ、ほどほどにね。二人が喧嘩なんか始めたら、うちの組織は二つに分かれて大騒動になるからさ」
どちらかというとふんわりとした優男風の男性が苦笑しつつそこには立っていた。
「おおっ、誰かと思ったらペーターじゃねぇか。そっちの首尾はどうだったよ?」
ペーターと呼ばれた優男は、苦笑を通り越して困ったような顔した。
「まぁ、いろいろ手を回して残骸を買い取る手続きは進んでいるし、なによりホーネットを拿捕できたのは大きいね。まだきちんと調べてはいないが、あの船の中には修理が必要とはいえ、まだ使える機体が何機もあるみたいだし……」
「それで、航空機の生産は出来そうなのか?」
フッテンが少し心配そうな顔で聞いてくる。
その視線を受けて少しうれしそうな表情をするピーター。
だが、すぐに元の困ったような表情に戻る辺り、なかなかうまくいっていないらしいことが伺えた。
「まぁ、サンプルさえあれば、なんとかなると思っているよ。そのための施設も用意したしね。ただ……」
「ただ、なんだ?」
今度はルイジアナが聞き返す。
「人がね……」
「ああ、聞いたぞ。脱出したホーネットの乗組員が皆殺しにされていたと……」
そう言いつつフッテンが眉をひそめる。
「本当に、どこの誰だってんだ」
憤慨したようなルイジアナの声がそれに続いた。
「まぁ、艦の乗組員はいいんだよ。ただ、整備員やパイロット辺りは中々育成できないからね」
「確かになぁ……。その点、俺らはそういった事はあまり気にしなくていいから気が楽だけどよ」
そのルイジアナの言葉に、フッテンが突っ込む。
「お前は気にしなさ過ぎだ」
「何を言う、気にし過ぎてもどうにもならんだろうがっ」
「はいはい。それまでそれまで」
呆れたような口調のピーターの声で、再び二人は黙り込む。
そしてふと気が付いたのだろう。
フッテンが口を開いた。
「そういや、お前の兄貴はどこ行ってんだ?」
「ああ。お客様の出迎えに出港するって……」
「相変わらずだな。お前さんの兄貴は……」
フッテンが少し呆れたように言う。
「そう言うな。俺は好きだぞ、グラーフのああいった相手の事を考えて動く性格は」
「確かに。ただ、あいつはなんでも一人でやろうとしていて気になってしまってな。もう少し俺らを頼れば良いものをって思うんだよ」
「まぁ、良いじゃねぇか。危ないときは、俺等が支える。それで今までやって来れたんだからよ」
「そうですよ。我らサネホーンがここまでこれたのは兄のおかげだと私は思っています」
「ああ。そうだな。その通りだな」
そして三人は窓から外を見る。
目の前には、六強の主要港に匹敵するほどの大きな整備された港の風景が広がり、その中で一隻の巨大な航空母艦が出港しようとしていた。
港から出港しょうとしている航空母艦の艦橋で、誰もが忙しく動き回る中、一人の男がボードに書かれた報告書に目を通していた。
長いストレートの黒髪が背中に流れ、まるで女性のような美しい顔立ち。
それでいて真の強さを感じさせる細くて跳ね上がった眉と鋭い目。
そしてすーっと流れるような鼻と引き締まった口元。
しかしながら身体は細いながらもがっしりとしており、間違いなく男性だと主張するかのようであった。
そんな男性が報告書を読み終えると、傍らに立っている副官にボートを返した。
「うーん、不味いな。もう影響が現れ始める傾向があるか……」
搾り出すような声に、副官が困惑した表情で相槌を打つ。
「はい。観測をしていた魔術師からそのような報告が上がっており、経済官によるとその被害はかなり大きくなると予想されています」
「その予想被害は?」
「今のところはデータが不足で、それでも各地にかなりの被害がでるとしか……。今の状況では、六強各国はあまり余裕がありませんし、各植民地もそれほど余裕があるとはいえません。。その為、下手すると世界恐慌レベルの大混乱を巻き起こす可能性が高いと」
「そうか……」
「しかし、あくまでも予想です。そう気にかけなくても……」
その副官の言葉に、男は眉をひそめた。
「そういうわけにはいかん。世界的な大恐慌が起これば、それは我々にも飛び火するだろう。そうすれば、私達を慕ってくれる人々が苦しむことになる。それだけは避けたい……」
そう言ってますますしかめっ面になった男の顔に、副官が心配そうに声をかける。
「グラーフ様、我々の事をそれほど心配してくださりありがとうございます。しかし、我々は今やただの海賊ではありません、海賊国家サネホーンの一員であります。我々をもう少し信頼されてもいいのではないでしょうか?それにせっかくのお顔がもったいないです。グラーフ様のファンの女性の方々も悲しまれることでしょう」
その言葉に、グラーフと呼ばれた男は苦笑した。
副官の気遣いに嬉しくなったのだ。
だから気分を変えるかのように軽めの口調で答える。
「そうか……。そうだな。確かに今は色々悩んでも仕方ないか……。それにだ。貴官のいう通りだ。皆を信頼しなくてはな」
「はっ。その通りでございます」
ほっとしたような表情をした副官に、グラーフは笑い返す。
「それに、今から新しい友を迎えるのだからな」
「はい。我々に賛同していただける方ならいいのですが……」
「何、賛同しなくても助けるよ、彼らはこんな馬鹿な事をしでかした連中による被害者なんだ。だから、少しぐらいは彼らの為に動く輩がいてもいいと思うからな」
「グラーフ様がその一人と?」
「ああ。そうなれたらいいと思っている」
その言葉に、副官は心の中で思う。
相変わらず優しい方だと。
そして、こんな方だからこそ、誰もが着いて来るのだと。
「はっ。そうなれるよう、我々も精一杯ご協力させていただきます」
そう返事をすると副官は深々と頭を下げたのだった。




