日誌 第二百九十三日目
僕が戦いの結果を知ったのは、日付が変わった零時過ぎだった。
今みたいなインターネットがある訳でもない以上、距離が離れればどんなに急いだとしても伝わるまでに時間がかかるという訳だ。
これはこれで仕方無いのかもしれないが、もう少し何とかしないといけないと思う。
事前あった夕方の時点での報告では優勢とのことであったが、戦いは何かがきっかけとなって大きく形勢が変わってしまうことも多い。
だから、今夜は司令部に残ろうかと思っていたのだが、『部下を信じてどっしりと待つのも上司の役目』だの『部下を信じてください』だのいろいろ理由を言われて家に戻ることとなった。
いや、家に帰ったとしても結果が気になって寝られないと思うんだけどね。
ともかく、帰宅して東郷さんの作ってくれた夕食を食べ、入浴を済まし後はいつも通りに制作室に入ると模型製作中を開始した。
もっとも最近は制作室でやっているのは、模型製作よりも艦隊運用の資料を作ったり、いろんな戦記や資料なんかを読み込んだりしたりしている事も多い。
しかし、一時期に比べて落ち着いたものの、それでも週に二日か三日は模型製作に当てている。
そして、そんな模型製作で昨日まで何を作っていたかと言うと、砲艦である。
砲艦は、比較的小型で主として沿岸・河川・内水で活動する、火砲を主兵装とした水上戦闘艦艇のことだ。
A社から出でいるWLシリーズの宇治とかの河川砲艦が有名だと思う。
だが、作ったのは市販品ではない。
一応、大砲や装備品は色々使ったが、艦体はフルスクラッチに近いものだ。
もちろん、オリジナルになる。
歴史に名のないものであるから付喪神が憑くことはないが、それでも何回かの実験でわかったことだが今までの蓄積したきちんとした技術がある現在のマシガナ本島では、それでもきちんと形になる事が確認されている。
そこで、日露戦争の時の日本海軍の二等巡洋艦橋立型をベースに砲艦を作ることにしたのだ。
理由としては、港に大型砲塔を設置するよりも小型の砲艦の方が製造コスト削減や運用しやすいのではないかと思ったし、それにアルンカス王国のような港と首都が近い国なんかは沿岸の防衛線として需要はあると踏んだためだ。
もちろん、実際にやってみないとわからないことも多いため、二等巡洋艦の橋立と厳島を作って運用を実験的にやってみたりもした。
その報告を参考に、橋立と同じサイズに、35.6センチ45口径単装砲一基と25mm機銃 3連装五基の乙型と50口径20.3センチ連装砲一基と25mm機銃 3連装五基の甲型の二種類を作ることにした。
もちろん、規格を統一する為、35.6センチ45口径単装砲は金剛型巡洋戦艦で使われているものだし、50口径20.3センチ連装砲は重巡洋艦で使われているものだ。
こういった時に砲塔や砲身の予備パーツはありがたい。
また、艦体の方はプラ版を重ねて作ったが、同じものを二つ作るつもりはなかったので、星野模型店にお願いしてレジンで二個複製してもらった。
プラ版で作った分は、何かあったときに複製する為に保存しておく。
そして、細部を市販のパーツなどをいろいろ流用して二隻の砲艦が昨日完成した。
もっとも、昨日の時点では塗装の乾きなんかを考慮して港のドッグに設置しなかったが、今日の朝には設置する予定だ。
もちろん、ドッグ長には事前に話を付けてある。
確か、小型艦用のドッグに余裕があったはずだ。
そして、本日からは別の模型製作に入っている。
F社の秋月/初月 昭和19年/捷一号作戦のキットだ。
一応、就役した秋月型十三隻は全て製作が終わってフソウ連合海軍で運用されているが、空母が増える事を考えれば、まだまだ数が欲しいところだ。
そこで色々調べた結果、秋月型は建造中止艦が実に二十六隻もある事がわかった。
そこでいろいろ資料を集めて、僕なりの秋月型を作ろうと考えたのだ。
ただ、ベースとなる秋月型の模型が手に入りやすいものと手に入りにくいものとに極端に分かれるため、比較的に手の入りやすいF社のものでまずは実験的に作ることとした。
艦名として、第367号艦 清月、第368号艦 大月、となる予定だ。
そんな訳で、二隻分の艦体を借り組みしていく。
艦体はそれほど色々手を入れるつもりはないからストレートに作っていく。
手を加えるなら、艦橋周りや対空砲火、後は電探部分だろう。
ジャンクパーツだけでなく、エッチングパーツや改造用のパーツを買い込んでいるから、それらを使っていろいろやっていくか。
そんな事を思いつつ、使用するパーツ選びをしている時だった。
トントン。
ドアが控えめに叩かれる。
どうやら、報告が来たようだ。
「ああ、大丈夫だよ。どうぞ」
僕がそう声をかけると、ドアが開かれ私服ではあるがぴしっと背筋を伸ばして表情を引きしめている東郷さんがボードを持って立っていた。
「報告だね?」
「はい。まだ詳しい報告は昼頃になるとのことですが、速報として連絡が来ました」
「うん。わかった。見せてくれるかい?」
「はい」
そう返事をすると東郷さんが制作室に入室してドアを閉める。
そして僕の傍に来るとボードを手渡した。
ボードには数枚の紙が挟めてあり、夕方の敵飛行隊の襲撃と夜間での戦闘の結果が簡単に書かれており、被害と敵への損害も簡単にではあるが記載されていた。
「夕方に航空隊による攻撃か……。確かに不意を突かれたな」
夜間の空母による航空機運用は危険な為に基本行なわないが、その部分さえクリア出来ればかなり有効ではないだろうか。
いくら電探があるとは言え、暗闇の中では目視での迎撃は難しいだろう。
だが、現代の着艦システムでさえも夜間での着陸は難易度が高く、危険だといわれているのだ。
ましてや今のフソウ連合海軍の設備では、地上基地に比べてそれほど広さがない空母と言う狭い空間での夜間着艦はかなり難しいというか無理だろう。
そこでふと思いつく。
水上機での夜間攻撃はどうだろうか。
迎撃戦闘機を上げにくい夜間なら、迎撃機を気にせず下駄履きの水上機でも攻撃できるだろう。
それにフソウ連合海軍には、水上観測機(戦闘機兼偵察機)と水上偵察機(爆撃機兼偵察機)の機種統合で作られた瑞雲と多数の水上機を運用するための水上機母艦がすでに運用されている。
それを使えば上手くいくのではないかと……。
ふむ。
検討しておく必要があるな。
それと、敵の囮としての高高度からの襲来と本命の低空での進入に対して反応が遅れたともある。
完全に敵の作戦勝ちといったところか。
しかし今後、敵が電探の運用を本格的に開始したら使える手だろう。
詳しい報告書からいろいろ検討する必要がありそうだ。
また、それらのことから今後の機動部隊運用に関しては、電探の性能と索敵能力、それに艦隊防空能力の向上が課題といったところだろうか。
しかし、翔鶴の中破に、春月の撃沈、涼月の大破、それに航空隊の損失を考えれば結構な被害だ。
それに人員の被害も大きい。
恐らく、半年近くは艦艇の修理にかかるだろうし、航空隊も部隊の編成などを含めれば、それぐらいはかかるだろう。
航空隊に関しては、すぐにでも戦力化する必要があるなら他の航空隊から人員を回すという手もあるが、それを今急いでやる必要性はない。
どうせなら航空隊の建て直しを兼ねて、パイロット育成の方に回ってもらうのも手だな。
実戦経験は重要だ。
その経験を他のパイロットにも伝えて欲しいしな。
しかしだ。
被害は大きいが、相手の戦力をほとんど壊滅に近い状態にしたのだ。
初めての実戦であり、敵艦隊規模からしても同戦力程度の機動部隊相手に良くやったといえるだろう。
「艦隊の皆には『よくやってくれた』と言って十分に労っておいてほしい。それと敵味方関係なく漂流者の探索と救助を行うように伝えておいてくれ」
「了解しました。他に何かありますか?」
そう聞かれ、少し考え込む。
「そうだな……。敵味方関係なく飛行機や艦船の残骸の回収、或いは処分を徹底に行うようにと……」
「それは……また……なんで?」
不思議そうな顔で聞いてくる東郷さん。
「いや、この世界に飛行機と言う存在が我々以外にないと考えた場合、出来る限りその痕跡は残したくないからね」
そう言ってみたものの、多分全ての回収は無理だろうなと思ってしまう。
それこそ、GPSでもあればいいのだろうが、さすがにそれをやるには技術の基礎的なものが足りなさ過ぎるし、そんな技術はあまりにもオーバーテクノロジーと言っていいだろう。
「わかりました。出来る限りご希望に沿うように伝えておきます」
「ああ。でも無理はさせないでね。みんな疲れていると思うし、負傷者もいるから……」
僕がそう付け加えると、東郷さんはくすくす笑った。
「えっと……なにかな?」
思わず笑われてそう聞き返すと、東郷さんは笑いつつ答える。
「いえ……。長官らしいなぁと……」
今は軍務の話をしている以上プライベートではないと判断したのだろう。
普段の名前ではなく、役職名で言うが、その言葉に含まれるやさしさといえばいいだろうか、思いはじっくりと伝わってくる。
「あ、ありがとう……」
思わず照れてしまう。
「いえいえ。それよりも、明日も忙しくなるのです。そろそろお休みください」
東郷さんは笑ってそう言うと受けた指示を伝える為に敬礼すると退出していく。
「ああ、僕もだけど、東郷さんもね」
その声かけに、東郷さんは笑いつつ答える。
「はい。ありがとうございます。では……」
ドアが閉まると僕はゆっくりと椅子に全体重をかけた。
背筋を伸ばし、手を組んで天井を見上げる。
今回の機動部隊出現の件は唐突過ぎる。
既存の国の戦力とは思えないし、海賊でもないだろう。
では、どこの勢力なのか……。
我々と同程度の戦力を持つ以上、無視できる勢力ではないことだけは確かだ。
相手がどの勢力なのか、それがはっきりしない以上、どうしょうもない。
情報が少なすぎるのだ。
まずは、明日以降で情報をどれだけ手に入れられるかだな。
ただ、そんな少ない情報でもはっきりわかる事がある。
それは、僕と同じ異世界の人間が関わっているという事だ。
そうでなければ、今のあの世界にあの空母を中心とした機動部隊なんてものがフソウ連合海軍以外に存在するはずがない。
まずは、三島さんに相談しておく必要性もあるか……。
しかしだ。
これは……一波乱あると思った方がいいぞ。
僕はそう覚悟を決めるのだった。




