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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十章 空母 対 空母

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パガーラン海海戦  その10

「くそっ。聞いてないぞっ」

そう吐き捨てるように言うと重巡洋艦タスカルーサ艦長キャハン大佐は壁を蹴る。

だが、それでどうにかなるのなら世の中苦労はない。

観測員からの報告では、砲撃から少なくとも重巡洋艦以上が三隻はいるようだ。

それに駆逐艦もいるとすれば、少なくともこっちの倍以上と見るべきだろう。

そして離脱しかけているとはいえ、前方には駆逐艦三隻。

それも戦ってみてわかったが、勇猛果敢な連中のようだ。

一筋縄ではいかない。

戦力的にも、流れ的にもこっちが圧倒的に不利と言う現状。

なら、このまま降伏するか?

一瞬そんな気持ちになった。

しかし、信じたくない現実がその思考を吹き飛ばす。

ここは異世界だ。

信じられないし、信じたくもない。

しかし、それでも現実はそう思うしかない状況が続いている。

つまり、それは、こっち側の感覚や常識はそのまま相手の感覚や常識ではないということを示している。

また、我々と彼らとの間に、元の世界であったような捕虜に対しての条約などあるはずもない。

もっとも、戦いという人の負の感情の前には条約は建前でしかない。

だが、それでもあるとないでは違いすぎるし、何より我々は彼らにとって異邦人なのだ。

どんな目に遭うかわかったものではない。

それに簡単に殺されるならいい。

しかし、憎しみに刈られた連中は残酷になる。

それこそ感情のある人である証であるが、それを誰もが制御できているわけではない。

それは幾つもの戦いの歴史が物語っているではないか。

ならばやる事はひとつしかない。

そう決心し、キャハン大佐は声を張り上げた。

「前方の敵に喰らいつけ。そうすれば後ろの敵も砲撃しにくくなる。そしてそのまま進み、一気に右側の島影に入り込み離脱するぞ」

キャハン大佐の命令の元、重巡洋艦タスカルーサは後方の敵に反撃しつつ、駆逐艦ウェインライト、ウッドワース率いて離脱しかけいる秋月三隻に食いつこうと速力を上げた。

「くっ。連中め混戦に引きずり込もうと思っているな」

的場大佐が呟く様に言うと、隣にいた最上が言葉を続ける。

「そして、右側の島に沿って離脱といったところでしょうね」

「ああ。その通りだ。この兵力差だ。まともに戦っても損害をふやすだけだしな。普通ならそう考えるだろう」

「ああ。普通ならね。でもさ……もし、普通じゃなかったら?」

「その時は、磨り潰すだけだ。混戦になったら少し厄介だが、そうなる前に圧倒的戦力差で叩くさ。前の時とは違ってその戦力があるしな」

その的場大佐の言葉に、最上はカラカラと笑う。

前の時、帝国の艦隊との戦いでは、戦力が劣っている為にかなり苦しい戦いを強いられたし被害が大きかった。

事実、最上自身も大ダメージを受け沈没する可能性さえあったのだ。

その時に比べれば、今回の戦いは実に余裕があると言っていいだろう。

「違いない、違いない。それでだ。普通だったときはどうする?」

「決まっているさ。すぐに第七駆逐隊は島の反対側の方に移動させろ。我々が追い込むから仕留めろと伝えてな」

「さすがに抜け目ないな」

「当たり前だ。戦力に余裕があるからと言って油断は出来ん。なんせ、連中の戦力は少ないといっても、こっちを殺すことが出来る力があるんだ。油断していい相手じゃないし攻める手を緩めるつもりもない。もっとも、それこそ降伏でもしない限りはな」

「確かに、ごもっとも……」

実に楽しそうに最上は的場大佐を見て頷いている。

そして、最上は表情を引き締めると声を上げた。

「各艦に連絡だ。前方の三隻には、『混戦を避け敵を島影に誘導せよ』と伝えろ。第七駆逐隊の吹雪、白雪、初雪の三隻には『第七駆逐隊は、島の反対側に回り込んで誘導された敵艦に雷撃を実施し止めをさせ』だ。そして、第十三戦隊の摩耶 鳥海に『我に続け。敵を追い詰めるぞ』と連絡だ」

その命令に、通信兵が無線機にかじりつき、数名の兵が発光信号の為に外に飛び出した。

その動きはかなり手際がよく、洗練されているといって良いだろう。

その様子に的場大佐は満足そうに頷くと前方に視線を向けた。

最上から事前に発艦していた瑞雲が照明弾を落としたのだろう。

ゆっくりと光の玉が辺りを照らして落ちていき、その光の中、敵の艦艇の影が写る。

最上や他の重巡洋艦の20.3センチ連装砲塔が火を吹き、敵艦艇に向けて砲撃を繰り返し速力を上げて追い詰めていく。

すべては予想通りに動いている。

だが、それでも的場大佐は表情を引き締めており、そこには油断と言う文字はなかった。

今までの戦いで、戦いは予想通りに動かない事が当たり前であり、油断をしていると足元をすくわれるとわかっているからだ。

そしてそんな的場大佐の背中を最上は頼もしそうに見ていたのだった。



すっかり夜の帳の落ちた暗闇の中、空母エンタープライズは攻撃隊を回収するために探照灯を幾つも照らし現在位置を示し、SOC シーガル4機が攻撃隊の機体を誘導し、機体を着水させていく。

そしてボートやカッターによってパイロットが回収されていく。

もちろん、怪我の無い者なら自力で海面に飛び込み、ボートやカッターにいけるが負傷者はそうはいかない。

カッターやボートに乗った乗組員が、機体が沈む前に取り付き、負傷したパイロットを機体から引きずり出していく。

しかし、そう上手くいく機体ばかりではない。

被弾し、ボロボロなものも多いのだ。

うまく着水できなくて、ひっくり返ったり、機首から海に突っ込んだものさえあった。

そして、そんな中でフソウ連合海軍の巡洋戦艦 榛名 霧島からの砲撃が始まる。

「ちくしょうめ。実に嫌なタイミングで攻撃を仕掛けてきやがる」

スプルーアンス少将ははるか先に光る点を見つめて憎々しく言い放つ。

パイロットやカッター、ボートの乗員を見捨てて離脱すれば逃げ切れるかもしれないだろう。

しかしだ。

それをしてどうなるというのだ。

味方を見捨てて逃げる。

それはアメリカ軍人として最も恥ずかしい行動ではないだろうか。

「少将、探照灯を消して海域から離脱しましょう。このままではいい的です」

エンタープライズ艦長のジェーム・T・ランク大佐が慌てたように進言する。

「しかし、今、探照灯を消し離脱すれば、攻撃隊のパイロット救出が出来なくなる。海面で救出作業をしている乗組員を置き去りにしてしまうぞ」

「ですが、まだ敵の攻撃は当たっていませんが、いずれはこのままでは……」

悲痛なまでのランク大佐の言葉。

小を殺して、大を生かす。

それはエンタープライズ艦長として、乗組員に対しての責任から発した言葉だ。

それはわかる。

だが、彼らは必死な戦いを生き延びてきた者たちだ。

それを見捨てるのは……。

そう考えた時だった。

頭の中で引っかかるものがある。

すでに砲撃が始まってかなり時間が経つ。

なのにどうしたわけか、砲撃の落ちる地点はある一定の距離から近づいてこない気がしたからだ。

だからこそ、着水した攻撃隊のパイロットもボートやカッターの乗員も無事なのではないだろうか。

それに、停止して探照灯を照らしている、まさに的にしてくださいといった感じの今のエンタープライズの状態でここまで一発も至近弾がないのはあまりにもおかしいすぎる。

もし相手があまりにも下手だとしてもこれはありえない事だ。

なら……なぜ?

ゆっくりと視線を攻撃してくる光の方に向けた。

そして気がついた。

光が点滅していることに……。

そして、スプルーアンス少将は理解する。

攻撃がどうして当たらないのかという事が……。

いや、正確に言うと、当たらないように攻撃していたという事がだろうか。

ふーっ。

スプルーアンス少将は息を吐き出すと、ランク大佐に声をかける。

「どうやら我々は連中に生かされていたようだ」

「それはどういう意味ですか?」

そう聞き返すランク大佐にスプルーアンス少将はちらりと彼の顔を見る。

「連中はいつでも当てられたんだ。それを敢えて当てないでいる。それにだ。あれだよ……」

「あれ……ですか?」

怪訝そうな顔のランク大佐。

スプルーアンス少将は視線を大佐から砲撃してくる光の粒の方に向けた。

「……発光信号だ……」

「えっ?!」

そして視線を光の粒に向けたまま、ランク大佐はうなり声のような声を漏らす。

どうやら、発光信号を読んだらしい。

「信じられるのでしょうか?」

「信じるも何も、今の我々の選択肢は三つ。救出作業の乗組員を捨てて逃げるか、このまま戦って戦死するか、それか……」

スプルーアンス少将はため息を吐き出した。

「言われるままに降伏するかだ」

そう言われ、ランク大佐は考え込む。

救出者を捨てて逃げたとしても、もし少将の言われるようにわざと外しているというのなら、連中は間違いなく攻撃を今度は当ててくるだろう。

そうなると結果は、戦って戦死と変わらなくなる。

つまり、三択と言いつつも、実際は生か死かの二択という事にしかならない。

恐らく、スプルーアンス少将もその事はわかっているのだろう。

だが、あえて三択にした。

それは私が試されているという事なのだろうか。

或いは……。

そしてわかってしまった。

スプルーアンス少将の表情を見て。

彼も迷っているのだと……。

予想外の事が起こりすぎ、その上、決断が悪い方、悪い方になっているように感じているのだろう。

その気持ちがわからなくはない。

この艦隊の司令官であり、責任者の重みは艦長と言う重みよりも遥かに重くてプレッシャーだ。

そして、そんな司令官を手助けできる事は……。

本当なら軍人としてやってはいけないことなのかもしれない。

しかし、すでに航空戦力は壊滅し、空の空母に出来る事はなにもない。

せめてもの抵抗としてこの艦を自沈させるべきだろうか。

だが、そうなった場合、乗組員の命でその代価を払う可能性がとても高い。

出切れば、それは避けたい。

少しでも皆が生き残れる選択。

軍人としての責任と乗組員達の生存の確率を高めたいという思い。

その妥協点として……。

そこまで考えてランク大佐は腹を決めた。

「スプルーアンス少将、降伏しましょう……」

「艦長……」

「この艦も連中にくれてやりましょう。ただし、降伏するだけです。我々は決して屈してはなりません。ですからまずやる事をやらなければなりません」

そう言われ、その言葉の含んでいる意味がわかったのだろう。

スプルーアンス少将は頷く。

「まずは相手がこっちの降伏を勧告通り受け入れるかどうかを確認だな」

「はい。それに受け入れてくれるとしても時間を作る必要があります」

「わかっている。ならば、パイロットの救助が終わった後、受け入れるというのはどうだろうか?」

「それはいい。その手でいきましょう」

「ならば、すぐにでも発光信号で相手に知らせてくれ。向こうの返答しだいでは、変更になるかもしれんが、問題がない場合は、そのまま艦長はこの艦に関する資料の破棄を。私は機密や暗号などの資料と機材関係の破棄を行なう」

「はっ。了解しました」

せめてもの軍人としての責任を果たすために……。

二人は頷きあうと行動を開始した。

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